五十八話 大会 準決勝
「勝者の皆様は、そのまま御待ち下さい」
アナウンサーからの連絡を受け、控え室には戻らず会場で数分待った。
待ち時間はリングを壊す時間で、その間に勝者四名は法術をかけてもらった。
元々土魔術で作ったリングである。ロープやらを外し、壊して元の状態に戻しただけのことだ。
時刻は夕方手前、四時になるくらいだろう。
時間の関係上やむないとはいえ、よくもまぁ観客は文句を言わないものだ。これで金を払っていたら、嫌になると思うが……。
そんな事を考え、よくよく観客を見ていて分かった。
たぶん、金なんか取ってないと。
試合場から一番近い階層の人たちは、見た限り一般人だ。
金を持ってそうな格好ではない。どちらかと言えば、少なさそうだ。
無料で観戦してるから、文句もでないのだろう。
ファングの人気には敵わないが、俺も結構人気のようだ。
巨人を倒した時は、近くの皆が全員沸いてくれた。
無論、青葉もその中にいた。
「ではシュウ殿、ここからの試合形式をご説明致します」
俺に法術を掛けてくれた術士が、そのまま説明もしてくれた。
この人も試合に出れそうなくらい、立派な体格だった。
ここからは四百メートルトラックの広さがある、会場全体を使って戦うことになっている。
準決勝は半分ずつ分けて使い、決勝は会場全体を使って行われる。
となると、戦術の幅がかなり増える。
対戦相手のギュネは、かなり有利だろう。
なにせあいつは、魔術師だから。
距離を取って戦たいはずだ。
……うん、危なくなってきた。
戦術を練り直しているうちに、会場の準備は整った。と言っても四百メートルトラックの直線部分を土壁で仕切り、試合場を二つにしただけだ。
青葉に手を振り、半分の試合場の真ん中に立った。
対戦相手のギュネは、離れた場所で待つと思ったが、俺の目の前にやって来た。
不気味な男だ。
青く長い髪と細い手足で、幽霊のような見た目のくせに。
魔術だけでなく、格闘技術も高かいという強者。
その上度胸もある。
……手の内を見てなければ、負けていても可怪しくなかっただろう。
魔術を使ったが最後。唱えるより先に、意識を刈り取る。
アナウンサーが息を吸い、叫んだ。
「始めぇ!!」
瞬きを一切せず、ボクサースタイルで構え、ギュネの口元だけを見る。
早速ギュネは動いた。後方に跳びながら、魔法を唱え出した。
口元の魔法光。これだけは誤魔化せない。
魔法光を合図に、ギュネの意識を刈り取るべく、最速の左ジャブを放った。
距離も速度も完璧に、顎すら的確に捉え、ダウンした。
「あれ?」
膝がいうことを効かず、上下の感覚まで狂いだす。
倒れたのは、俺だった。
「貴方のような化け物でも、事前に備えていれば、対処は可能。ということです」
どこかで聞いたような台詞だ。
「どうです、自分の技を食らった気分は?」
最悪だ。
情けないことに、見事に俺が合わせられていた。
ギュネは俺のジャブを躱し、逆にジャブで俺を仕留めた。
見事だった。
余裕の種明かしを聞かされる程に。
「……やはりまだ未熟ですね。貴方が仕留めた二人は、身動き一つしなかったのに、貴方は立ち上がろうとしている。これでは、続行しなければいけませんね」
うつ伏せに倒れたせいでギュネの動向は分からなかったが、魔法光の光だけはしっかりと眼に飛び込んできた。
「霊よ。言霊に導かれ我が敵を斬れ。鎌鼬」
今の俺に、魔法を防ぐ術はなかった。
鋭い痛みが、両足のアキレス健から伝わる。
「あああぁッ!!」
両足を深く斬られ、足首から先が動かせなかった。
立てないという事実が、俺の心を蝕む。
このままだと殺される。そう思い、口を開けた瞬間。
「降参してください」
そう言ってギュネは、仰向けで苦しむ俺の真上に立った。
顔に手を向けてきて、いかにも魔術を撃ちますよと、脅しながら。
ああ。そうだった。
久々の危険に頭が混乱していた。けれどギュネの態度が、俺を冷静にさせた。
ここは、安全な闘技場だった。
「あはっ」
「……何が可笑しいんですか?」
ギュネが質問したくなるほど、俺は笑っていた。
殺されると思った。自分が可笑しくて。
「ごめんごめん。こんなこと初めてだったから」
「? 何を……」
「ギュネ。俺は殺されるまで、止まらねぇよ」
降参は無い。そう判断したギュネは詠唱を初めるも、魔法光は集まりだした途端、消えていった。
俺が全力で、彼の足を掴んだから。
「バーカ。勝ったと思って近寄り過ぎなんだよ」
委中。
膝の裏の真ん中にある、激痛のツボ。そのツボを俺の握力が、全力で押さえていた。
詠唱は痛みで、中断させられた。
俺もギュネも、それだけでは終わらない。
ギュネは手を振り払おうと、無茶な体勢になる。
この瞬間を待っていた。バランスを崩し、寝ている俺の腕力でさえ、足を刈り取れるこの瞬間を。
「何!」
足を掬われたギュネは、キスが出来そうなくらい、接近してきた。
「手の届く位置に来てくれて、ありがとよ」
ギュネは危険を感じ、逃げようとしたが。
全て終わっていた。
ギュネの拳が何度も、俺の顔面に降ってくる。
けれどもう遅い。
俺の両手はギュネの首を掴んで離さない。
彼の顔色が真っ赤になり、意識が無くなるその時まで。
ギュネが地面に倒れ、俺が起き上がる。ぴくりとも動かないギュネの元に、兵士が駆け寄り試合は終了した。
「危なかった……」
空が赤く染まってきた。
俺の足は法術を掛けられ、完璧に動かせるようになった。
治療の間に、試合場を隔ていた土壁は取り除かれ、決勝の準備は完了していた。
治った俺はすぐ、試合場の中央で待つファングの元へ急いだ。
ファングのそばに立った途端、会場から大歓声が響いた。
「我が前に立つは、やはり貴様か……」
ファングは腕組みをしながら、笑って話しかけてきた。
「……危なかったけどな」
「戯れ言を、貴様は本気を出してはいない。その程度、我なら分かるぞ」
「あれが、俺の、本気だ」
「……まぁいい。我を倒せば貴様が王者だ。故に問う。貴様はあれだけの大金を何に使う? 何のためにここまできた?」
答える必要は無いのだが、人狼族は森の民だ。正直に話しても良い。そう思った。
「俺には大金が必要でね。緑大陸に渡るには、金貨が百枚もいるんだとさ」
「緑大陸だと?」
緑大陸というキーワードが出た瞬間、ファングの様子が一変した。
「人間が緑大陸に何ようだ!?」
ファングは狼が威嚇するように、歯を剥き出しにして怒鳴ってきた。
「何ようって……。帰るだけだ。俺は緑大陸にある、エルバ村ってところの出身だから」
誤解を解くための説明が、さらに事態を悪化させる。
「エルバ村? そんな村は知らぬ」
「それは……」
「言い訳をするな! ……我は貴様を戦士と見込み、楽しみにしてさえいた。とんだ勘違いだ。貴様は嘘つきだ。嘘つきの人間は、緑大陸を脅かす」
「話を聞け!」
「黙れ! 貴様は我の敵だ! 人狼族は同胞の守護こそ役目! 森の民に害を成す者を、我は断じて許さぬ! 我と戦う以上、死ぬつもりで来い!」
そう言ってファングは、俺の説明を聞こうともせず立ち去っていった。
ファングが短く遠吠えをすると、アナウンサーが喋りだした。
早く殺させろと、ファングの意図を感じた。
決勝戦。
大会最後の死闘が、開幕した。




