表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
6/71

六話 決意

 

 (おり)の向こうから現れた二人は、翼の少女と耳の上部が長いじいさんだった。

 翼の少女には見覚えがあった。あぐらの上で寝ているフィオのお姉ちゃんだ。

 お姉ちゃんは檻を開けようと必死だ。

 俺に向かって怒鳴りながら、錠前(じょうまえ)をいじっている。その必死さから、フィオを助けようとしているのは明白(めいはく)だ。

 たぶん、俺がフィオをどうにかしたと思ってるんだろう。

 一方で耳の長いじいさんは冷静だ。俺とフィオを見比べ違和感を感じ、檻の抜け穴に気づいたようだ。

 向かって右側にある錠前とは反対に、左の(すみ)にある隙間。岩と檻である太い木の間にできた、幼い子どもなら通れそうな隙間に。

 通った現場を見たわけではない。だが六歳の子どもが、自分の意思以外で知らないおじさんと居るわけがない。

 檻の隙間とフィオを見比べれば、這ってなら通れるとすぐに分かる。だから俺はフィオがいることの疑問を持たなかった。 

 錠を開けられず四苦八苦しているお姉ちゃんに、じいさんが話しかけている。じいさんの行動は期待通り、フィオがどうやってここに入ったかの説明をしているようだ。

 お姉ちゃんはようやく、冷静さを取り戻した。

 俺は俺でフィオの身体を揺すり、起こそうとする。まだ寝たりないのか不満そうな声をあげながら起き、目を開けて最初に見えたであろう人物を見て固まっている。

 フィオはお姉ちゃんを見て動きを止めた。

 数秒後、俺の首へ両手を回し抱きついてきた。怒られると察しての行動だろう。

 出会って間もない俺でも感情に気づけるほどに、お姉ちゃんの表情はコロコロと変わっていた。

 助けようと慌て、真実を聞いて怒り、怒りの原因の妹の行動に驚いている。おもしろい子だ。

 フィオをゆっくり引き剥がし、瞳を合わせ会話する。

 お姉ちゃんが待ってるから帰りな。

『いや。おこられるもん』

 つい、苦笑してしまう。

 微笑ましい姉妹喧嘩(きょうだいげんか)だ。

 助ける必要もない、けれどフィオには恩がある。

 今回だけだぞ。とそう思い、俺の言う通りにしてみな。と念じた。 

『うん!』

 返事を聞きフィオを肩に抱いて歩き、檻の前へと近寄る。

 フィオとの会話で分かったことだ、俺に伝えるのは瞳を介さないと伝わらない。けれどフィオは強く念じた俺の心なら、瞳を合わせなくても聞き取ってくれる。

 檻越しではあるがお姉ちゃんの前でフィオを降ろし、フィオに通訳してもらった。

 病気を治してくれて感謝する。どういうつもりかは知らないが、檻に入れたのは正解だ。俺は病気で、この病気は感染するかも知れない。この子は大丈夫だと思うが様子をみていてくれ。と。

 たどたどしくもフィオは通訳してくれた。この先、フィオを(かば)うための言葉までは。

 この子が偶然通ったところを俺が騙して中に入れた。だからこの子を叱ったりしないでくれ。と念じていた。

 騙して、の辺りでフィオが振り向き、再び俺に抱きついてきた。

 可愛い瞳から、ポロポロ涙をこぼして。

 不思議だった。俺ごときがフィオに触れてはいけない。最初はそう思っていた。思っていたのに、知らないうちにかき消されていた。フィオに触れる(たび)、何かが満たされていく。いや、触れる必要すらない。笑ってくれるだけで何かが満たされる。  

 だからフィオのためならと、いろいろやってしまうんだ。

 思いとは裏腹に、フィオを泣かせているのが現実だけれど。

 理由は分からないがとにかく泣き止んでほしい。こぼれる涙のせいでフィオの想いが流れてこない、どうすればいいのかお手上げだ。

 困っていると甲高(かんだか)い金属音とともに扉が開かれ、お姉ちゃんが入ってきた。

 俺からフィオを奪うように抱き上げ、(にら)んでくる。

 フィオはフィオで何か喋りたがっていたけれど、えづいてしまい言葉にできていない。

 言葉にできないままフィオは、お姉ちゃんに連れられ牢を出ていった。最後に涙を(こら)えながら一言だけを残して。

『ごめんなさい』

 だ、そうだ。

 二人が見えなくなるまで、視界に映る限り見送った。

 梯子(はしご)のような階段を上がったところで蓋が閉まり、見えなくなった。

 檻にへばりつきながら見ていると、残されたじいさんが話かけてきた。

 檻から先にある木製の小さな机と椅子に、じいさんは微笑みながら座っていた。

 机の上には蝋燭(ろうそく)があり、蝋燭の灯りが牢で唯一の光源(こうげん)だ。

 光源に照らされるじいさんの顔は、どこか暖かみを感じ嫌いではなかった。

 (ひげ)(かみ)で顔が隠れ、表情が読みづらい。

 腰の曲がり具合や動作から八十歳は越えていそうだ。二人に似た服装をしているけれど、地味だし下が違う。(はかま)のように見える。

 どことなく日本の服装に近い。二人の姉妹の服装も、スカートではあるが着物に近かったかも知れない。

 共通点が多いことから、耳と翼の違いはあっても同じ部族なのだろう。と結論付けた。

 この人と話せれば、現状を把握(はあく)できるのに……。

 もしかしたらと思い、視線を合わせ念じてみたが何も起きなかった。

「だよなぁ」

 じいさんは俺の(ひと)(ごと)を聞いて、顎髭(あごひげ)を撫でだした。  

 ゆっくりと四回髭を撫で、二回拍手を鳴らす。注目しろと言わんばかりに。

 視線を向けると、ジェスチャーをしていた。

 手を口に持っていき、手を鳥の(くちばし)みたいに動かしている。

 ものまねか? 

 何かを訴えているのは分かる。けど、(とり)ってなんだよ?

 腕を組んで考えてみた。

 そもそも鳥なのか。念のため、羽ばたく動作をしてみる。

 じいさんは右手を顔の前で振っている。違う、ということだろう。

 鳥じゃない。鳥じゃないなら……。喋れってことか?

「伝わらないのにか?」

 腕組みをやめて、喋ってみた。

 それだ、と指をさされた。

 指をさすのはマナーとしてどうなのだろう。という個人の感想は捨て去り喋り続けた。

 どういう意図なのか反応をみるため、(けな)したり()めてみることにした。 

「じいさんのジェスチャー分かりづらい」

 とか。

「立派な耳だな」

 と、交互に繰り返すも反応はない。ただ聞いているだけだった。

「言葉の壁、か」

 でかい壁だった。だが手掛かりはある、フィオがいれば通訳をしてもらえるからだ。

 どかりとその場に座り、あぐらをかいて後頭部を掻きむしった。

 泣かせて謝らせ、あの子に頼る。なんとも情けない話だからだ。

 だいたいまた来てくれるかどうか……。

 下を向き、深い溜め息をついていた。

 顔を上げると檻越しとはいえ、じいさんが目の前にいた。

 間近にいる俺を見据え、丁寧にゆっくりと喋りだした。

「ニ、ホン、ジン?」

 日本人、と言ったように思えた。

「……は?」

「ニ、ホン、ジン? ニッ、ポン、ジン?」

 疑いようがない。日本人かを(たず)ねている。

 壊しかねない勢いで檻を掴んでいた。

「日本を分かるのか!」

 少し驚いたあと、また同じことを聞いてきた。

 一言一句(いちごんいっく)も変わらない言葉は、何より雄弁(ゆうべん)に知らないということを物語っていた。

 日本人という質問に答えるため、力なく頷いた。

 じいさんは日本人と分かると、俺一人残して上へと帰ってしまった。

 

 一人になり、頭をフル回転させる。

 どう解釈すればいいものか。日本人、という単語だけを知っていた。何処(どこ)で誰から教わったのか、疑問は増えるばかりで一向(いっこう)に解決しない。フィオから聞いたことだけが頼りだ。

 ここは異世界でフィオの(うち)。じっちゃんとお姉ちゃんとベラという人と暮らしていて、両親はいない。

 他の人は嫌い、でもおにいちゃんは好き。キラキラしてたから好き。などと実用性がない。

 どっと疲れが出てきた。

 つまりは何も分かっちゃいないから。

 藁の上で、大の字に寝てみる。牢屋だというのに、けっこう広い。キングサイズのベッドくらいはあるな。

 ……考えるべきことは山ほどある。あるはずなんだけれど、眠い。

 眠いし腹も減った。五日は何も食べていない。水だけは飲んでいたけれど、それだって二日前だ。いくらなんでも限界だろう。

 食えないことはあった。仕合(しあい)に勝てなくて、何も与えられずに三日間を過ごすこともあった。

 ()えて、相手を喰いそうになるぐらい。

 あの時に比べたらまだ平気だ。っていうより、あと二日はいけそうだ。

 何か違う。そう思った。

 飢えまでは達していないのだ。一日何も食べてない程度の空腹感。実際は五日なのにだ。

 ――体質が変わったのか。

 思いを(めぐ)らせていると、鼻を(こう)ばしい(にお)いが刺激する。

 蓋が開く音がして、誰かが降りてきているようだ。

 立ち上がるのも面倒で、寝ながら首だけを持ち上げ覗いていた。

 フィオとじいさんが鍋を持って来てくれた。

「フィオ」

 来てくれるとは思っていなくて心が(はず)んだ。立ち上がり檻の前まで行き、屈む。

 瞳を見つめ大丈夫なのか? と念じる。

『うん』

 と、頭に直接文字が浮かぶ。

 甲高い金属の音とともに、二人は中に入ってきた。

『これ、たべて』

 フィオは持っていた鍋を突きだしてくる。子どもが手にしていたから普通に見えたけれど、俺が持つと小さく見えてしまうくらいの土鍋。

 勝手に熱いと思っていたが熱くはない。

 受け取ると、待ちきれないとばかりにフィオが鍋の(ふた)を開けてしまった。

 ほのかに湯気が立ち、毎日見ても飽きない穀物が姿をさらけ出した。

 鍋の中には、お湯に溶けながらも形状は残しつつ、自らが()かるお湯を白く濁らせ俺を待つ。白米だ。

 正確にはお(かゆ)だが。

『たべて』

 フィオから木製のレンゲのようなものを渡され、遠慮なく頂いた。

 単純極まりない食品。だからこそ旨さがはっきり現れる。塩加減は調度良く、何より火傷しない温度に冷まされているのが素晴らしい。

 病人を気遣ってなのか量は足りないが、それが正しい。絶食が続いた状態からは、気をつけずに食べると死んでしまう。

 ゆっくり食事量を増やさないといけない。

「ごちそうさま」

 一、二分で食べ終わり土鍋に蓋を戻した。

 礼を言おうとフィオに視線を移すと、土鍋を見つめていることに気づいた。

「フィオ?」

 急激に反応し、首を左右に振りだした。

 ……分けてあげればよかったな。

 食事が終わり、何故(なぜ)この二人なのかよく分かった。

 じいさんは檻の入り口のすぐそばで腰を下ろし、じいさんの隣にフィオが座る。

 こうして俺とじいさんの、フィオを頼った会話が始まった。

 フィオの通訳によると、じいさんの名前はアルテといい。村の(おさ)だそうだ。 

 ここは村長の家の地下牢、俺がここに入れられたのは保護が目的と言っている。

 村の住民は全員、俺とは違う人種だけで構成されている。

 翼の人種、翼人族。

 耳が特徴的な耳長(エルフ)族。

 小柄な小人(ホビット)族の三種族だそうだ。

 村の目的は外交だ。この世界で最も人口の多い種族である、人族との外交こそが。

 三年前に外交は失敗に終わった。失敗、つまりは(あらそ)いだ。

 だから俺がいるのはいろいろ不味(まず)いらしく。アルテは、俺を(かくま)うために檻に入れた。

 すべてはアルテの友人が(キー)だった。

 その友人は俺と同じ、地球からの来訪者だそうだ。

本気(まじ)かよ……」

『まじかよ、まじかよ』

 一気に情報を受け取り「本気かよ」の連呼をしすぎ、フィオが気に入ってしまった。

 日本人か? という質問をしたのも、友人からの依頼だそうだ。友人自体は日本人ではない。その友人は、自分のことを多くは語らないそうで、年齢や外見も分からないらしい。

「外見が分からない?」

『かめんしてるって』

「なるほど、で名前は」

『マスケラ』

 マスケラという人物は何故日本人を助けようとしたのか、答えは一生得られないかも知れない。

 マスケラとアルテが知り合ったのは、六十年前の話だからだ。当時すでにマスケラという人物は、三十歳は越えていたそうだ。

 ……死んでるな。仮に生きていたところで会ったとてどうすることもできない。百歳近いご老体なのだから。

 アルテ(いわ)く、なんでも出来る人。とのことだ。

 出身国は不明だが六十年前といえば、世界が戦争やら冷戦やらでゴタゴタしていた時代だ。そんな時代の人間が他国の人間を助けるだろうか。

 ……どうでもいいか。助けてくれてありがとよマスケラさんそう思い合掌し、見上げて祈りを捧げた。

 話もそろそろ限界のようだ。フィオが眠そうだから。

 ただ伝えているだけのフィオ。難しい話や分からない話なんて眠くなるだけだ。それでもフィオはよくやってくれた。

 何時なのかは分からないけれど、ずっと通訳していたのだ。

 アルテもフィオを心配し、今日は終わりにしようとしている。

『さいごになってごめん。ワシのまごをたすけてありがとう。れいがしたいけど、おねがいごとはある?』

「願い事って」

 帰る場所はない。目的もない。だから迷うことはなかった。

 あぐらをやめて正座し直し、額をつくまで頭を下げた。  

「俺に、言葉を教えてくれ」

 翻訳の間、頭を下げ続けた。

 肩を触られ頭を上げると。

 静かな眼差(まなざ)しのアルテが、口元を緩ませていた。

『いいよ。だって』

 契約は成立した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ