五十七話 大会 二回戦
一回戦は俺が最短で終了していた。
時間が余ったので、リング上から他の三試合を調査する。
この中の二人とは、必ず戦うことになる。手の内を見ないわけがない。
若干こんなものかと、調子に乗ってる自分がいる。だからこそ、強者がいてくれればありがたい。
こんな発想自体、間違っているのだけれど。
該当者が一人、いてくれた。
強者を通り越した、危険人物が……。
ふざけた態度に対する、罰のように。
出来れば次の一回戦も見たかったが、兵士に控え室で待つように強要された。
チャンピオンがどんな奴なのか、俺は未だに知らない。
「シュウ兄倒すの早すぎ! ぼぅが見に行く前に終わってるなんて……。なんか損した気分だよ!」
控え室に来るなり、青葉がぶーぶー文句を言ってきた。
「んなこと言われてもなぁ……」
「応援したかったのにー」
青葉は青葉なりに、役に立ちたいのだろうか?
「……じゃあさ青葉。代わりといったらなんなんだが、今の試合の様子を、俺の代わりに見てくれないか?」
「? 一緒に行けばいいじゃないの?」
「ここにいろって言われてるんだ。だから、青葉にしか頼めないんだ」
「ぼぅにしか!?」
不満そうだった表情は一変し、活気に満ちていた。
「シュウ兄のためになるなら、ぼぅはスパイになってくるよ! 一番強い奴を見てくればいいんだよね!?」
「ああ。それでいい。任せたぞ、青葉!」
軍隊ばりの敬礼をして、青葉はダッシュして出ていった。
一人控え室に残され、ルナの無事を願う。
「……ルナ。もうすぐ帰るよ……」
ルナのことを考えると、いつだって心が切り替わる。
青葉とルナ。二人が俺の心を支え、目的と安らぎをくれている。
そろそろ二人を出会わせるための、段取りを考えなければいけない。
……試合よりも気が重い。
青葉がルナに敵意を抱くのは、疑似恋愛のせいだ。
困ったものだ。俺なんかに、青葉は恋したと勘違いしている。
あんなものは本当の恋じゃない。……恋愛経験なんてないが、それくらいは分かる。
青葉の感情は、親兄弟に対する愛情と、男としての愛情がこちゃ混ぜなんだ。他に頼れる人がいないから、こんなことになるんだ。
第一。……俺は青葉を、妹としか見ていない。
それはこれからも変わらないし、変える気も無い。
もし俺が青葉を、女性として愛してしまえば、待っているのは別れだけだ。
真実を打ち明ければ、誰だってそうなる。
俺は女性を愛さない。……愛せない。……空しいだけだから。
「……青葉に、好きな人でも出来ないかな……」
青葉の幸せを考えれば、それが一番良い。
いけない。暗い方に考えすぎた。
別にいいじゃないか!
俺にはルナという最高の娘がいる。
どこに出しても恥ずかしくない、最高の娘が!
……父親として生きよう。兄として生きよう。それでいいんだ。
俺は十分、幸せだ。
育てた子がいる。それだけで、十分なんだ。
考え事をするのはやめた。
二回戦に備え、身体を動かしていると。青葉が首を傾げ帰ってきた。
「どうした?」
ウォーミングアップを止め、青葉の顔を覗く。
「……シュウ兄。この世界って何なのかな?」
世界?
「何があったんだ? そんなにヤバイ奴がチャンピオンだったのか?」
と、言いつつも。青葉の顔を見る限り、悲惨なものを見てきたわけではなさそうだ。
どちらかというと、何あれ? って顔だ。
「あのねシュウ兄……。チャンピオン、……犬だったの」
「犬? 動物がチャンピオンってことなのか?」
青葉はブンブンと、勢いよく首を振って否定する。
「違うよ! 人型の犬!」
「人型の……狼男ってことか?」
「そう! 狼男!」
指をさしてくる青葉に対し、そんな馬鹿なと思ったが、アルテの一言が思い出された。
森の民の最後の一種族。アルテは確か、人狼族と言った。
森の民の決闘担当、人狼族。人の大陸である赤大陸で出会うことになるとは、思ってもみなかった。
「ありがとう青葉、重要な情報だ」
青葉の頭を撫でようと手を伸ばしたら、兵士がドアを開け、試合会場に向かうよう告げていった。
「……本当にいた」
青葉の言う通り会場には、全身を青みがかった毛で覆われた、狼の顔をした人間がいた。
アナウンサーの紹介によると、人狼の名はファング。敗北は一回のみという、闘技大会の伝説らしい。
目が合った途端、ファングは長い口元の端を持ち上げ、笑みをうかべていた。
ファングに気を取られていた。
彼が強いと分かったから、『俺』では、勝てないくらいに……。
茫然と見ていたせいで、兵士にはリングに上がれと注意されるし、観客には笑われた。対戦相手の巨人は怒ってるし、さんざんだ。
「おまえ、おらをなめてるな?」
巨人のブルが話してきて思う。三メートルともなると、結構見上げなければならない、と。
子どもと大人が戦うような身長差だ。
「舐めてなんかないさ。でかさはそれだけで、十分に脅威だ。力比べじゃ百パー勝てない。でもそれだけだ。お前はでかいだけ、負ける理由は無い」
「おまえ、殺す!」
逆効果だった。舐めてるつもりは、少しもないのに……。
やれやれとため息をついたら、試合開始のアナウンスが流れた。
開始早々、ブルの大きな手が掴み掛かってくる。
上がった人物が巨人であろうと、リングのサイズは変わっていない。
ホーディと戦った時のように、地球のプロレスリングと同じ大きさだ。
三メートルの巨人ともなると、リングの半分まで手が届き、厄介極まりない。
ブルの戦いかたは単純だ。
掴んで投げる。それだけだ。
それだけで、終わる。
さきの試合がまさにそれだ。ブルと戦った相手は、何度もリングに叩きつけられ、死にかけていた。
でかい奴は強い。単純明快な答えの一つだ。
ブルの身長は異常じゃない。地球の人が三メートルなら、細くて弱そうな体つきになる。ブルはそうじゃない。
しっかりと肉が付き、標準体型より上の体つきだ。
掴まれたら負ける。
だから最初、舐めてなんかいない。
――誘っていただけ。
ブルは何も考えず、俺の胸ぐらを掴んだ。想定より手がでかい。俺の手の倍はある。
でもまぁ、折れないレベルではない。
ブルが掴み掛かってくるタイミングに合わせ、小指だけを狙い、へし折った。
木の幹を折るような豪快な音と、うるさい悲鳴が聞こえた。
右手の処理は完了した。
予定では、もう片方も折るつもりだったが変更した。
ブルは折れた指を戻すために、両手を顔の前に下げたから。
チャンス到来。
弾丸のように、膝を目指して突っ込み。左膝の中心に、全体重を乗せたドロップキックをお見舞いする。
折るのは無理だったが、ブルは苦悶の表情を浮かべながら、膝を突いた。
「よっ」
目の前にでかい顔が降ってきたので、挨拶をす
ブルの顔は汗まみれになり、目を大きく見開いていた。
「おやすみ」
差し出された顔面に回し蹴りを食らわせ、試合は終了した。
急ぎファングを確認したが、彼の試合は終わっていた。
ならばと危険人物に向き直ったが、こちらの試合も終わっていた。
ギュネとファング。
準決勝と決勝の、対戦相手が決まった。