五十六話 大会 本戦
現時刻は、午後の二時くらいだろうか?
予選が終わったあと、係りの兵士たちに名前を聞かれ、その後控え室へと案内された。
本戦出場者には控え室があった。
十五名各自に用意するわけだから、四畳くらいの狭い部屋だ。それでも寝るくらいのスペースは有る。有るのだが。
……二人だと、とても狭い。
「シュウ兄。ご飯食べないの?」
「……腹を壊したくない」
「え? 聞こえないよ?」
「戦う前は食べないんだ」
「あっ! そうだよね。運動前は食べないよ……。ぼぅったら、そんなことも気づかなかったよ……」
しょんぼりした青葉を見てると、謝りたくなる。
……嘘をついたから。
青葉お手製のハンバーガーは生焼けが多く、食べたら高確率で下痢になる。
大事の試合を、下痢で不戦敗など出来るわけがない。
「もったいないから、ぼぅが食べるよ。いっただきまーす」
……青葉自身は、生肉の耐性が高いからなんともない。だから余計やばい。何回注意したって、ぼぅはなんともないよ? で終わってしまう。
青葉にはまだまだ教育が必要だ。
「ん?」
コンコンと、控え室のドアがノックされた。
係りの兵士には、一時間程は待機をと、言われている。まだ三十分くらいは残っているはずだ。
となると、マリアさんか?
予選が終わったあと。マリアさんに話を聞こうと観客席に向かったのだが、やはりお偉いさんらしく、探していた従者らしき人に連れていかれた。
優雅に手を振ってたから、また来そうだなー。とは思っていた。
「はい。どちらさん?」
ドアを開けると予想通り、マリアさんがいた。
「ごめんなさい、お邪魔するわ」
「えっ!?」
マリアさんは無理矢理俺を押し込み、ドアを閉めた。
「ちょっ! マリアさん!」
「しー!」
唇に指をあてながら、お願いしてきた。
言う通り静かにしていると、ドアの向こうで、マリアさんを呼ぶ声が聞こえてきた。
先程マリアさんを連れていった従者だろう。
「……行ったようね。ナスターシャの真面目さには、困ったものね」
「マリアさん。近いです……」
動けない程密着されていた。青葉はそんな俺を、微動だにせず睨んでいた。
「あら。ごめんなさいね。こんなおばあちゃんに抱きつかれても、迷惑だものね」
「そういう意味では……」
「じゃあどういう意味!! シュウ兄ってもしかして……、年上好きなの!?」
話をややこしくしないでくれ……。
「どうぞ」
青葉をなだめてから、一つしかない椅子をマリアさんに差し出した。
「あら? 貴方は?」
「日本は床に座る国ですから。気にしないでいいです」
「では、娘さんに」
「お気になさらず。そもそもこの状態じゃ、座らないですし……」
「仲が良いのね」
青葉はマリアさんを睨みながら、俺の腕に絡み付いて離れない。さながら自分のものだと、主張しているように。
「じゃあ。座らせてもらうわ」
マリアさんは椅子に座ると、俺が訊きたいことを、先に切り出してくれた。
「私がどうして日本を知ってるか? そのことを訊きたいのよね?」
「……はい」
この世界の高齢者は、恐ろしい。
「マスケラって、知ってるかしら?」
「もちろん知ってます。けど知ってるだけです。あったことも見たこともありません」
「それだけで十分よ。私が日本を知ってるのは、マスケラお父様に聞かされていたからなの」
俺はマスケラの子どものイメージが、想像から掛け離れていたせいで、大声でリアクションしていた。
自分でもびっくりするくらいに……。
それがいけなかった。
「マリアさん! 失礼ですけど何歳なんですか!?」
「あらあら。今年で六十歳よ。本当に失礼なことを訊くのね」
そう言って笑いながら、マリアさんは仮面を外した。
青い綺麗な瞳と白い肌。典型的な北欧系外国人だった。
白髪に染まり、法令線は目立つが、美人のおばあさんだ。
「シュウ兄……。どうしよう……、ぼぅこのおばあちゃん嫌いになれない」
「分かるよ……」
青葉の言う通りなんだ。
マリアさんには不思議な魅力がある。
本人がいつも微笑んでいるせいなのか、マリアさんがいるとそれだけで、気分が落ち着くんだ。
「マリアさんが日本人を知っている理由は分かりました。それでマリアさん? どうして俺たちに接触して来たんですか?」
マスケラが死に、理由は永遠に訊けないと思っていたが、その意志は子どもたちに受け継がれていた。
だからこそ知りたい。
マスケラは何故、日本人を助けたがっているのかを。
「お父様からの伝言なのよ。地球にいる東洋人、特に日本人がいたら保護するように。って。彼らは人としての精神を極めた、と言ってもいいくらい、素晴らしい人間だからって」
…………冗談だろ?
「えっと……、マリアさん? マスケラさんは何か、勘違いしているのでは?」
俺の質問に対し、マリアさんは嬉しそうに手を叩いた。
「わぉっ! お父様の言う通りだわ! 本当に謙遜するのね!? ということは、貴方カラテカね!? モノノフなのね!? ああ、この場にお父様が居なくて、残念だわ!」
「えっ?」
居なくて残念?
生きていれば。ではなく?
「マリアさん、今のは……」
どういうことですか? と訊くより早く、控え室のドアが開かれた。
「マリア様!! 何をしてらっしゃるのですか!!」
「あら、ナスターシャ。見つかってしまったわね」
マリアさんがナスターシャと呼ぶこの人は、とても大きい女性である。俺と身長が近く、百八十一センチは有ると見た。
しかも高身長なだけでは無く。筋肉質で強そうなのだ。
でも格好は完璧に、メイド。
赤い髪と褐色の肌をした。筋肉メイドさん。
「失礼致します!」
ナスターシャはズンズンこちらへと向かってきて、マリアさんを荷物のように肩へ担ぐと。
「マリア様が失礼致しました。保護して頂き感謝します」
そう言って、マリアさんを連れて出ていった。
別れ際マリアさんは。
「シュウニイちゃーん! まったねー!」
担がれたまま、妙なテンショウで手を振りながら出ていった。
「おばあちゃん……。マスク外してから変だったね……」
「スイッチなんだろうな……。あのマスク」
俺と青葉は閉じられたドアを見つめ、しばらく動けなかった。
数分後。兵士が呼びに来たので試合場へと赴いた。
門は開け放たれていて、そのまま試合場へ出ると、大歓声と四つのリングが待っていた。
ここはコロッセウムの再現。
屋根など無い。暗くなったらどうするのか? と、思っていたが……。
一気に試合を行うとは、思ってもみなかった。
一回戦を二回。二回戦を一回。そして準決勝、決勝と。
スピーディーにやるわけだ。
ここに来る時、兵士からルールは聞いていた。
武器以外はなんでもあり。
法術師はスタンバっているので、全力で戦うように。と。
アナウンサーは選手たちの名前を呼び、アナウンサーの手前から、リングインの指示をした。
一番最後に俺の名前が呼ばれ、出てきた入り口からは遠くにある、四番リングに上がった。
待っていたのは、顔に傷のある男。呼ばれた名前はイーライ。
見た目は怖いが、何か可怪しい。
アナウンサーの掛け声とともに、三つのリングに火花が散る。
俺以外のところで……。
「……お前さ。やる気ある?」
イーライの膝は、震えている。
俺は予選の勝利者たちを思い出し、当時のイーライの様子を振り返った。
イーライが立っていた場所は、俺のスタート地点だった。
あの辺は俺が考え事をしているうちに、皆勝手に倒れていき、残った奴らの大半を俺が倒した場所だ。
つまりイーライは、残ってただけ?
まさかね。
そう思い、歩いて近づき手探りに放った左ジャブは、イーライの顎にクリーンヒットした。
イーライは、見かけ倒しだった。




