五十三話 空白期間
この世界に来る前。最後に鏡を見て思ったことは、白髪が増えたなと、皺が目立つようになったな。の、この二つだ。
それが、どっちも無い。
白髪は探せば見つかるが数本しかない、皺にいったては表情を変えない限り出ない。
少なくとも、エルバ村にいた時は有ったんだ。
桶に水を張って、髭を剃ったりした時に見ていたから、間違いない。
今思えば、赤大陸に来てから俺を呼ぶ人は皆、青年扱いをしていた。お兄さんとか、あんちゃんとか、兄ちゃんとか。エルバ村だとおじさん扱いが多かったのに……。
何が原因なんだ? 赤大陸の風土? いやいや高熱を出したわけじゃないし……。
……もし、可能性が有るとすれば……海だ。
七日掛かる航海なんだ。
あの海賊どもが魔術で速度を上げたところで、三日、四日では着かないはずだ。
しかも俺が気を失ったのは、港から離れて二日目のはず。
白隠が俺を助けたのは浜辺、……三日くらいか? 空でも飛ばない限りは、三日の空白期間が生じているはずだ。
……誰かが俺を助けて、運んだ?
だとしても、俺を若返らせる理由ってなんだ? 何をされた?
悩んだところで答えは出なかった。
青葉も待ってるし、遠くのエルバ村では、ルナも待っている。俺は一人で悩むのをやめ。別れ際にローレンに訊いてみた。
若返る法術が有るかどうかを。
人族には、無い。それが答えだった。
可能性があるのは、森の民の秘術くらいだそうだ。
……となると、俺を助けた人物はエルフか翼人族、ということになる。
仮定の話ではあったが、さらにローレンに訊いてみた。
もしもその秘術があるとして、使える人物に心当たりがあるかどうかを。
ローレンが上げた人物の名に、俺は凍りついた。
ルナと同じ姓を持ち、名前まで、ルナにそっくりだったから。
レナ・シエッロ。
偶然、ではなさそうだ。
シエッロの姓は、王族特有の姓名らしい。
つまりルナとフィオは、王族ということになる。
俺としてこの話題こそ重要だったが、切り捨てた。
ルナは知らない可能性が高いし、ここで訊いても不利益しかないから。
リアクションを極力を封じながら、レナの話題に戻った。
レナはかなりの有名人だった。
黒い翼をした翼人族。もとい、天人族という呼称に変わる。
天人族というのは、一定の強さや賢さ、そういったものを越した者のことだ。
人なら超人、エルフだとハイエルフになる。
翼人族の超人。それが天人族だ。
天人族のレナは、この世界で魔法使いの頂点、とまで言われる存在らしい。
行動は全く読めず、まさに神出鬼没。
そのうえ姿を現せば、国難ともいえる騒ぎを起こし、去っていく。
レナは国を相手に、戦争をする。
翼と風魔法で空を舞い、一方的に攻撃を仕掛け、迎かえ撃つ攻撃は全て躱される。
小国程度では、造作もなくやられてしまう。
彼女に葬られた国は……、一桁ではきかない。
その様子からいつしか、一人で軍を相手取る女王として、黒妃とレナは呼ばれている。
話を聞きながら想像してみたが。戦車と戦闘機が戦うようなものだった。かなりの人数で迎撃するか、幸運でもない限り当てられそうもない。
黒妃レナ・シエッロ。そんな彼女が、俺を助けるだろうか?
情報は得たが、答えは出ぬまま午後になり、俺と青葉はクラップを旅立った。
青葉はゆっくりと、これまでのことを話してくれた。
二人旅というのは心が安らぐ。
この世界の謎。俺たちに起きている不可解な現象。これはいったいなんなんだ?
と。一人だったらもんもんと、悩みながら移動していた。
青葉の生い立ちは決して気分がいいものではない。寧ろ悪い。
けれど青葉がいることで、それだけでも俺は、十分助けられている。ポジティブになれる。
年齢や若返りの件なんて、悪いことは一つもない。良いことなんだと、そう思えるくらいに。
歳の取り方なんて、青葉を基準に考えればいい。三年に一歳。それが分かればいい。
若返りは、レナの魔法。
これでいい。悩んだって良いことは無い。
第一、今はそれどころではない。
クラップを出て三日目。青葉が過去を話し終わってから、俺は大変なんだ。
青葉にルナのことを喋ってからは、馬上でもベッドでも、話題はルナのことばかり。青葉はルナを、敵のように思っている。
「シュウ兄はルナちゃんのどこが好きなの?」
安宿の部屋に入った途端、青葉の質問タイムが始まった。
「青葉……。それ昨日も言った」
「シュウ兄がちゃんと答えないから悪いんだよ! なんだよ! 全部って……。ルナちゃんは十二歳なんでしょ! ぼぅより全然子どもなのに、それは変だよ!」
青葉はどうしてこうなったのだろうか?
「変じゃない。青葉もルナに会えば分かる。それよりも青葉、ご飯はどうする?」
「ぼぅが作る」
「あ?」
「ルナちゃんは料理上手なんだよね? だったらぼぅも作る」
「でもお前……」
「作るよ!」
……参った。ここの宿は自炊が出来るなんて、言わなきゃ良かった。
「分かった。じゃあ買い出し行こう」
ここの町並みは、かなり近代染みている。ヨーロッパの産業革命以前は、こんな感じだったのではなかろうか。
首都シエッロに近いからだろう。建物は大きく、三階立ては普通になってきた。
一般の煉瓦造りの家にも、窓ガラスが増えたし、立派な家にはステンドグラスだってある。
町の中心にある城だってそうだ。今までは城なのか地方のテーマパークなのか分からない大きさだったが、ここの城は百人単位で暮らしていそうなくらい大きい。
これぞ城だと、ようやく実感出来た。
町並みを見つめ青葉待っていると、世界は夕日の赤が支配していた。
「シュウ兄ー! 終わったよー」
紙袋いっぱいに食材を入れ、青葉は走ってきた。
青葉は勉強熱心で、法術も一日で使えるようにした。
初期の一つだけではあるが……。
そのあとも言葉と文字を覚えようと、積極的に買い物をしたがる。料理を作ろうというのは、今日が初めてだけど……。
青葉が最初に挑戦したのは、服の買い物だ。
青葉自身の服と、ジーパン。
高級服扱いではあったが、ジーパンがあったんだ。
俺は正直一張羅と言えるほど、ジーパン以外のズボンをはかなかった。
さすがにエルバの村の和風服の時は、似合わないからはかなかったけど、アンナたちからもらったズボンは好きじゃなかった。
だから迷わず買った。
青葉のワンセットと同額だった、けど買った。
金貨も十枚切ったが後悔は無い。青葉の服も、とても似合っていたから良い。
革製の黒い……ホットパンツ? とにかく水着みたいな短パンだ。
上着はやっぱり長いほうが好きみたいで、長めの白シャツだ。七分袖? とかと、書いてたと思う。
ファッションは苦手だ。
食材を買った帰り道。
今日も道行く人に噂された。
あの二人、親子かな。と。
青葉と二人で道を歩いていると、よく親子と間違われる。
原因は二つ。
一つは、俺と青葉の髪と眼だ。
黒黒は珍しいんだ。髪と眼は、色違いのほうが圧倒的に多い。
二つ目は無論、年齢だ。
青葉の実年齢は二十五歳だけど、見た目は十四、五にしか見えない。精神年齢もそれくらいである。
対して俺は。
若返ったさ。若返ったけど二十八くらいだろうさ。
ぎりぎりのお兄さんラインでしかない。
昨日、青葉に親子と勘違いされた事を伝えたら、怒ったので今回は黙っておく。
青葉が言葉をマスターしたら、どうなるんだろう。
宿に着き女将さんに断りを入れ、キッチンを借りて。衝撃が走った。
ガスコンロだ。ガスコンロが有る。
見える配管を追ってみると、途中で地中へと入っていたので断念した。
文明が急速に現れやがった。
そのせいで俺は、青葉の料理をサポート出来なかった。
「シュウ兄! どこ行ってたの! もう出来上がってるよ!」
青葉の視線の先にあるのは、ただの消し炭しかない。
真っ黒く、焦げた何かの塊だ。
「……青葉。焼きすぎ」
その夜は床で寝ることになった。普段は一緒のベッドじゃないと怒るのに。……思春期は難しい。
俺としては助かる。青葉の隣は危ないんだ。
青葉の匂いには媚薬効果があるから、意識を保つか寝てしまわないと、大切な青葉に欲情してしまう。
……困った体質だ。
今日はその心配も無いから、ゆっくりルナのことを考えた。
ルナは王族のようだが……。
本人は知らないんだと思う。
知っていたら、ルナは俺に言う。間違いなく、言っていた。
でなければ可怪しい。
自らシエッロを名乗り、両親以外の親戚を知らないって、悲しそうな顔で言ってたんだ。
ルナは王族であることを、知らされていないんだ。
……早く帰りたい。ルナに会いたい。
そしてアルテに問いただしたい。
ルナの出生についての、全てを。
……アルテが知らないわけが無い。レナとルナ、そして王族について、アルテなら知っている。知っていなければ可怪しい。
ルナ。待ってろよ、もうすぐだから……。
最後に大きくため息をついて、目を閉じた。
ルナと青葉、二人の初めての対面を、想像したから。




