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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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五十二話 年齢

 ベッドに腰掛けながら、左手を何度も操作してみる。

 ……動かせる以上、問題無い。

 出血は脇を全力で締め付け止めた。後背筋が発達していれば、それだけで十分止められる。

 肩はそれほど大したことはない。

 この程度で済んで、本当に良かった。

「……心配するな青葉。こんな傷、俺にしてみればかすり傷と変わらない」

 青葉が、優しい青葉に戻った。

 その嬉しさに比べたら、俺の傷などどうでもいい。

 青葉は背中に抱きついたまま、離れようとしない。

 今でこそ謝るのをやめてくれたが、抱きついてきた時は終始(しゅうし)謝ってばかりだった。


 青葉はもう大丈夫だ。

 俺がいる限り、他人に被害は出ない。

 人食いの衝動に襲われたら、俺を食うように何度も言い聞かせ約束した。

 ……さて。

 

「問題は、ここからどうするか? でございますかな? (わたくし)と致しましては、そちらのものを引き渡して頂けると助かります」 

 俺の心を正確に読んだ、じいさんの声が背後から聞こえてきた。

「あぅ!」

 俺は青葉を操り、位置を交換した。

 声は入り口から最も遠い、部屋の(すみ)から聞こえている。 


「支配人、……あんた何者なんだ?」

 日中に聞いたばかりの声を、忘れるわけが無い。

「何者。と(おっしゃ)られましても、少々困ってしまいますな」

 部屋の奥には誰も居ない。居ないが凝視(ぎょうし)すれば分かる。空間が(ゆが)んでいることに。

「……シュウ(にい)、何が起きてるの?」

 俺にすがりつく青葉の手は、震えていた。

「お連れ様は気づいてないようですが、貴方様には無駄なようですな」 

 そう言って支配人は姿を現した。優雅(ゆうが)に、一礼した状態で。

「改めて自己紹介をさせて頂きます。ローレン・カバニと申します。ご存知の通り、当ホテルの支配人を勤めております」

 丁寧な自己紹介をされたところで、信じることなど出来るわけが無い。

 そもそも青葉を引き渡せという時点で、ローレンは敵だ。

 例え、俺が間違っていようとも。


「支配人様は客を覗くのが趣味なのか?」

「これは心外で御座いますな。真夜中にあれほど騒がれ、様子(ようす)(うかが)いに来ない支配人がいるのでしたら、そちらのほうが失格で御座いましょう?」

「支配人の素質なんて()いちゃいない。覗いたことを訊いてんだよ。そんなこと支配人ならしねぇだろ?」

 この(じじい)は読めない。

 読めない以上、仕掛けられない。

「……ふむ。冷静で御座いますな。受け付けの時のようにお怒りになると思い、備えておりましたが必要なさそうですな」

 ローレンは手袋を外す。

 外す動作で初めて分かった。手袋の間にある、繊維(せんい)の存在に。

「では、交渉と参りましょう。(わたくし)の目的は先程も申し上げました通り、そちらのご遺体です。もちろん無料(ただ)で受け取ろうなどとは、思っておりません。そのための交渉で御座いますので」

「……え?」

「シュウ兄。ぼぅには難しすぎてよく分かんないよ。このおじいさんは何て言ってるの?」

「えーっと……。あのじいさん、助けてくれるみたい」

 


 ローレンは元騎士団で、あのマスケラの側近だった。

 マスケラが亡くなり、騎士団を引退したローレン。それでも彼は個人的に依頼が入るほど、優秀だった。

 依頼が入る度に、彼は騎士に戻る。

 今回の依頼は偶然にも、青葉が殺したあの男だ。

 男は町を移動しながら人を(ひとさら)い、拐った人を奴隷として売る奴隷商だった。   

 ローレンは依頼を受け、訪れたあの男をホテルに導き、現行犯逮捕のために監視していた。

 カモフラージュに魔術まで使って。

 深夜に男が部屋から出ると、同じタイミングで青葉が出てきたそうだ。

 男からすれば、弱った青葉は最高のカモに見えたのだろう。

 食われるのが、自分であるとも知らずに。

 ローレンは青葉とその男の後を追い、部屋に侵入した。


 ローレンは一部始終を見て、思ったことを口にした。

「彼女の行動を見たときは、貴方がたを蛮族(バーバリアン)だと思いました。貴方様と彼女の会話も私には理解出来ず、そう思うしか無かったのです。しかし、貴方様の戦うお姿は、蛮族とは思えませんでした。(わたくし)は己の認識が間違いなのではと改め、こうして対話へと及んだのです。最後に試すような真似をして、申し訳ございません」

 と、話していた。


 ローレンの話を聞き、俺は彼を信頼し治療を依頼した。

 幸いにもローレンは、法術を使える騎士だった。

 ローレンは俺の治療を終え、遺体を回収して出ていった。

 問題は解決した。解決したが、どっと疲れてしまった。

 

「シュウ兄! さっきおじいさんがやってたのって何!?」

 ローレンが居なくなった途端、青葉ははしゃぎだした。

「何って……。回復魔法だろう?」

 青葉は魔法について、何も知らなかった。

「どうやるの!? シュウ兄は出来るの!?」

「俺は使えないけど。やり方は知ってる、呪文を唱えればいいだけだよ」

「呪文? なんて言えばいいの!?」

 俺たちは使えないというのに、青葉は試したくて仕方がないようだ。

 俺たちは使えない。

 では無い。俺が、使えないのだ。 

 呪文を唱えた青葉の口元に、青白い光が(つど)い消えた。

 あきらかに魔法光が反応を示した。

 教えた呪文は回復呪文。つまり青葉は、法術を使える。

 アンナの言葉が身に()みて分かった俺には、もったいないくらい嬉しいことだった。

 

 青葉が呪文を使えると分かり、細かな説明を始めた。反動で心がすり減ることや、言語が重要であることを。

 青葉の魔法光はどう考えても、途中で消失していた。原因は文字を知らないからだと思う。夜が明けたら書店へ行き、法術書が有るか聞いてみよう。青葉が法術を使えるようになれば、俺は間違いなく闘技大会で優勝出来る。

 そんなことを考えながら、青葉に魔法のことを話していたからだろう。青葉とは何事もなかったかのように、スムーズに会話をしていた。

「シュウ兄はやっぱりスゴイや……。ぼぅはこの世界に飛ばされてから、何も出来てないのに。シュウ兄は二年もしない間に、こんなにいっぱい学んでる。なのにぼぅは、自分が情けない……。生きるために、悪いことしか……」

「止めろ青葉」

「……だって」

「許すって言っただろ? 過去のことはもういい。自分を責めるな。これからは俺がいる。俺がお前を支えてみせる。だから安心しろ。俺は青葉が嫌がったって見放さない。お前が心から大丈夫って思えるまで、離してやらないから」

「……シュウ兄……ダメだよ。……そんなこと言われたら……ぼぅは……我慢できないよ」

 青葉が俺の手を握り、見つめてきた。

 とろんとした眼になり、顔を真っ赤にして、もじもじしだした。

 不味い。

「……シュウ兄。その……ふつつかものですが。……よろしくお願いします」

 服を脱ごうとする青葉を、全力で阻止した。

「待て青葉。お前の気持ちは嬉しいけど、俺は三十を過ぎたおじさんで、お前は未成年だ。この世界の法律は知らないが、日本の法律に照らし合わせて考えてみろ? ほら、立派な犯罪だろ? 青葉は俺を犯罪者になんてしないよな?」

 苦しい言い訳だった。

「何言ってるのシュウ兄? 何年立ったか分からなかったけど、シュウ兄が言った通りなら、ぼぅは二十歳は越してるんだよ?」

「……嘘、だよな?」 

「嘘じゃないよ! ぼぅは十歳でこの世界に来たんだよ!? シュウ兄が三十歳なら、ぼぅは二十五歳だもん! それくらいはこの世界にいると思うもん!」

 青葉が伝えた真実は、俺の想像とは大きく異なっていた。

 青葉が若い理由は、転移が時空にも影響を及ぼし年代がずれたのだと思っていた。

 そうでは無かった。

 青葉は十歳でここに来たと言った。そうなると計算上、三年に一歳しか歳を取っていないことになる。

「青葉。ちょっと待ってろ」

「えっ。う、うん」

 思考の(うず)に没頭しかけていたからだろう、青葉はすんなり頷いていた。

 青葉が見守るなか、俺は鏡を見ていた。

 この世界で初めて見た、鏡を。

 ――あり得なかった。 

 老けていないどころではない。


 俺は、若返っていた。

   

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