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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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五話 誤解

 

 毎日見ている村の風景のはずなのに、すべての色が混ざりあい、ぐにゃぐにゃしていて何も見えない。

 緑や茶色といった色の(すみ)があったとして、それをかき混ぜたような景色だった。

 術者であるベラさんにだけは、いつもの景色が見えている。

 生まれ育った村だというのに、見えないだけで簡単に迷子になってしまいそうだ。

 ベラさんから離れないよう、しっかりベラさんの服をつかむ。

 しばらく歩くと、ベラさんが立ち止まった。すると色が混ざりあう世界は元の姿へと戻っていった。

 元通りになった世界で見えたのは、私が生まれ育った家だった。

 生まれ育った家だけど、今は私の家ではない。

 ここは村長の家だから。

 原木を耳長(エルフ)の皆さんが丁寧(ていねい)に加工してできた家。土壁や(かわら)小人(ホビット)の皆さんが上手に作りできた家。私と同種である、翼人(よくじん)族が設計し三種族が住みやすいように出来た家。

 村の種族が力を合わせ作った、エルバ村の村長の家だ。

 村長以外は住むべきではない。なのに私はここで暮らしている。そして今日も、帰ってきた。

 人族(ひとぞく)までも連れて。

 彼を引っ張るベラさんも、少し緊張しているように見える。

 人族を連れて帰っているのだから、当然だろう。

「あれ?」

 家の近くにまでたどりつくと、入り口の大きな門が開いているのが分かった。遠くの室内からろうそくの灯りが漏れ、近くには人影が見えていた。

 私たちに気づくと人影は身体から力が抜けていき、胸を撫で下ろしていたようだった。

 人影は村長であり。私たちの育ての親でもある。  

 エルフのアルテ様だ。

 村で一番の長寿で四百八十歳。エルフとはいえかなりの長生きだ。私たち三種族は特に長命で、人族の五倍は生きる。

 子どもの時の成長は早く、人族と変わらない。けれど大人になると、人族との差は開き大きく(こと)なっていく。

 そんな私たちでも、五百歳に近い年齢の人はそうそういるものではない。しかもアルテ様はまだまだ元気だ。

 腰だけは曲がってしまい。杖をついているけれど、体力以外でアルテ様を越える人は村にはいない。

 そのアルテ様こと、おじい様は私たちのほうへと歩いてきている。

 私たちは自然と早く歩き、おじい様のもとへと急いだ。

 おじい様の表情がはっきりと見てとれる位置で、ベラさんは彼の手を放し片膝をついた。

 手を放された彼は、顔を地面へとぶつけていた。

 フィオはベラさんから飛び降り、おじい様の目の前に不安そうに立っている。私もフィオの隣に立ち、怒られるのを待った。

 おじい様は杖を地面に置いて、私たちを出迎えてくれた。

「おかえり。二人とも帰ってきてくれて良かったわい」

 そう言うと、私の(ほほ)へ手を伸ばした。人族に叩かれ、腫れている頬へと。

「無事に。とは言えんがのう」

 やれやれと小さく首を振り、呪文を唱えだした。

 私と同じ呪文のはずなのに、詠唱(えいしょう)が早くて聞きとれない。魔法光(まほうこう)の動きも大違いだ。

「ありがとうございます。おじい様」

 口元をゆるませ私たちの頭を撫でる。撫で終わった手で、治したばかりの頬をつねられた。

「心配をかけた罰じゃ。ベラよ。ご苦労じゃったな」

 頬をつねりながら、ベラさんを(ねぎら)う。痛いけれど、我慢しないといけない。

 フィオは痛いと叫びながら、おじい様の手を引き離そうとしていた。そんな私たちを見てベラさんは謝るように話だした。

「いいえアルテ様。すべては(わたくし)が至らないばかりに起きたこと。お二人は悪くございません」

 ベラさんに落ち度はない。なのにベラさんは、いつも私たちを助けてくれる。おじい様にはお見通しだけれど。

「ところで、後ろのものはなんじゃ?」

 ベラさんの後ろ、地面に顔を(うず)めている人物へと視線を移していた。あまりにも動かないせいで、人とは思わなかったようだ。

 倒れているのが生きた人だと分かると、大きく目を見開き驚いていた。

 つねられていた頬は解放され、離れた手は長く生きた証のような立派な顎髭(あごひげ)を触っている。おじい様が考えごとをしているときのくせだ。

「その者は?」

 私とベラさんの目は泳ぎ、見つめ合ってしまっていた。

「たすけてくれたの」

 私たちが戸惑う間にフィオが答えていた。

(まこと)か?」

「うん。おねえちゃんをおそったわるいひとをやっつけたんだよ。おにいちゃんも、すっごくたいへんだったのに」

 懸命に身振り手振りを交え話すフィオ。おじい様はその頭をくしゃくしゃと撫でるとベラさんへと向き直った。

「ベラよ。その者をどうやって運んで来た?」

「……私が向かった時点で、境界線は越えていたと思います」

 視線が私へと移される。

「ベラさんの言う通りです。私が運んでいる間に、気づいた時には境界線を越してました」

 答えると、おじい様はまた髭を触りだした。

 二回髭を撫で、おじい様の動きは止まった。何か思い当たる節でもあるように。

 そんなおじい様の横で、フィオが大きな欠伸(あくび)をしてしまった。

「ふむ。フィオレはもう寝なさい。ルナよ。続きは中で聞かせておくれ」

 言われて、私とフィオは家の中に入った。ベラさんとおじい様と人族を残して。


 お風呂に入り、フィオを寝かしつけて居間へと向かう。

 今から起きることを想像してしまい、家に入ってからしたことはあまり覚えていない。

 それ以前に。今日の出来事は思い出しても可怪(おか)しなことばかりだ。

 悪いのは私だけれど。

 どう説明しようか考えながら廊下を進むも、すぐに居間の(ふすま)の前に着いてしまった。

 考えてもしょうがない。嘘はつかないようにしよう。

 襖に手を掛け開けようとして、後ろから話しかけられた。

「待たせてしまったかのぅ」

「おじい様?」

 振り向くと、うっすらと汗ばんだおじい様がいた。

「あの御仁(ごじん)を運ぶのに手間どってな」

「あの人は、どちらへ?」

「地下牢に入ってもらった」

 納得だった。あの人は私を助けてくれたと思う。けれど、危険であることに変わりはない。

 なにせ、人を噛み殺したのだ。あんなこと人のやることじゃない。

「あの御仁(ごじん)を守るためにもな。村人に見つかっては危ないからのぅ。あの御仁には悪いかも知れんが、話せば分かるじゃろうて」

 うっかりしていた。

「そのことですが。あの人、共通言語を喋ってませんでした」

 おじい様の瞳が斜め上を向き、こくこくと頷いていた。

「廊下ではなく、居間で話したらよろしいのではないでしょうか」

 私が開けようとした襖の中から現れたベラさんの問いかけだった。

「んむ。そうしようか」

 居間に入り、畳に置かれている座布団(ざぶとん)の上に座った。

「正座はよい。長くなるから崩して座りなさい」

 そう言うおじい様は正座して、私の正面へと座った。

 おじい様の斜め後ろに、ベラさんは立ったまま控えている。

「フィオレは寝てくれたかのぅ?」

「はい。お風呂からあがってすぐに」

 そうかそうかとおじい様は(うなず)く。

「先ほどフィオレ様とすれ違いましたが、大丈夫でしょうか」

「きっと(かわや)だと思います。最近は一人で行くようにもなりましたから」

 眉をあげ、少し驚きながらもベラさんは喜んでいた。

「さて。何から訊こうか」

「順番にお話します」

 私に気を(つか)わせて、二人の時間を奪ってはいけない。ただでさえ二人には迷惑を掛けているのだから。

「そうか。では何故(なぜ)街に行った。しかもフィオレまで連れて」

「……今回は翼人(よくじん)族から街へ使いを出す手筈(てはず)でしたよね。そのことでラウラさんのご両親が悲しんでました。だから私が代わりに行ったんです」

「誰かに言われたのか」

 おじい様の目が鋭くなっていた。

「その、バリエノ様が教えてくれました」

「やはりか」

 小さな溜め息をついて、おじい様は目を閉じた。

「どういうことか、承知の上で代わったのか?」

「分からないですけど。ラウラさんが行くと傷物にさせられる。けれど私なら領主といえど手は出さないだろうから、行ってくれないかと言われました」

 二人は黙ったまま話を聞いてくれた。

「そうすればバリエノ様は私たち姉妹のために、族長として翼人族を説得してみると言ってくれました。だから私、おじい様に黙ってこんなことを」

 謝ろうと畳に手をつくと、止められてしまった。

「頭を下げるのはよしなさい。ルナがどんな気持ちでいるのかは知っておるつもりじゃから、もっとワシらを頼っておくれ。そして二度と、危ない真似(まね)はしないでおくれ」

「ごめんなさい」

 こうなると思っていた。だから二人に話さなかったのだ。エルフの二人が動いてしまえば、翼人族とエルフ族が揉めるかも知れないのだ。

 一族同士でいがみ合う。それなら、私一人が犠牲(ぎせい)になればいい。そう思ったのだ、父様がそうしたように。

「フィオレ様はどうやって知ったのでしょうか? ルナ様がここを出た早朝には、まだお眠りになっていたはずですが」

「フィオには私の行動は読まれていたようです。バリエノ様のところに行ってから村を()とうとしたら。その間に先回りされていました」

 フィオが言うには。起きたら私がいなかったから追いかけてきたらしい。

「フィオには何度も帰るように言ったんです。でも言うことを聞いてくれなくて、仕方なく連れていきました。私が街に行ってる間は、街から見えない原っぱで待つように言い聞かせて」

 ベラさんは何かを思い出したかのように、唐突(とうとつ)に喋りだした。

「何かいたずらされたのですか!」

 いたずら? 

 私がきょとんとしていると、ベラさんの感情は元に戻っていった。

「その、ルナ様の着衣に乱れた形跡(けいせき)がありましたので。何かされたのかと勘違いしてしまいました」

「使いとしての役割は無事に果たせましたよ。領主の機嫌は悪いように見えましたけど、何かされたりはしてません。着衣が乱れたのはきっと街を出てからです」

 急いでフィオのところに戻ったら、いままで見たことのないくらい嬉しそうだった。 

「フィオがあの人族を見つけてたんです」

「フィオレは草原で待たせていたんじゃな? その時にあの御仁はおらんかったのか?」

「あ! はい……誰もいなかったと思います」

 あの人はどこから現れたのか分からないことに気づいた。くまなく探したわけではないけれど、フィオの安全のため人族がいないことは確認していた。

「ふむ。それであの御仁、体調不良ではなかったか?」

「はい。何かの病気だと一目で分かりました」

 私の魔法で良くなったのなら、風邪がなにかだと思う。

「間違いない、か」

 ぼそりとおじい様は(つぶや)いていた。

「ルナ。続きを」

「あ、はい。フィオはあの人を助けてとお願いしてきました。でも私は断りました。私にはあの人族が恐ろしい人に見えたので……」

「ルナ様は間違っておりません。助けてくれたのも何か理由があってのことでしょう。目覚めたのなら、(わたくし)が吐かせてみせます」

(いさ)ましいものよの。じゃが、あの御仁の尋問はワシが行う。ベラは一切の手出しを禁ずる」

 ベラさんは深くうなだれてしまった。親に(しか)られた子どもみたいに。

「彼を残して帰ろうとしたのですが、フィオがなかなか帰ろうとしなかったんです。そうやってるうちに、街の人間が私たちを襲ってきました」

 思い出すだけで寒気がする。あの人間の息づかいが今でも耳に残っている。

「ルナ様」

 知らないうちに自分の腕を抱いていた。ベラさんは心配そうに私のそばへと来てくれた。

「大丈夫です。ちょっとだけ気持ち悪くなっただけです」

「辛いのなら詳しく話さんでよい。確認だけさせておくれ。街の住人から、あの御仁が助けてくれたのじゃな?」

 おじい様の質問に私は頷いて答えた。

「住人はどうなった?」

「……殺されました」

 二人の表情が一瞬で変わった。二人とも一言も発っしないまま行動に移っていた。

「ルナ様。私は少し席を外します。ご無理をなさらないように」

 無作法(ぶさほう)にベラさんは、障子(しょうじ)から庭に出てどこかへ消え去ってしまった。

「あの。ベラさんはどこへ?」

「少し後片づけをの。さて、どういうことか分かったところで。今日はもう終わりにしようかの。眠くて敵わんわい」

「あの。私はおとがめなしですか?」

 伸びをしながら立ち上がったおじい様の動きが止まり、私の頭を叩きに来た。

「ルナ。お前は頭が良すぎる。もっと歳相応(そうおう)におなり」

 叩かれた頭を撫でながら、私は居間をあとにした。


 部屋に戻ると、一番大切なフィオが居なかった。

 フィオは寝相が悪い。部屋中をくまなく探した。寝台はもちろん敷き布団の下や箪笥(たんす)の中までも探した。どんなに探しても、部屋にフィオは居なかった。

 急ぎおじい様の元へ走った。おじい様は慌てることもなく地下へと向かった。

 地下にある牢屋は、反省させるために作られたものだった。大人が入ったことはなく、子どもを叱るための場所になっていた。

 それが牢屋として使用されている。しかも、可怪しなことになっていた。

 どういうことなのかまったく分からない。牢の中にフィオはいた。

 あの人の人質として。

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