四十八話 仮面の人
私はフィオに街に行くことを許可する代わりに、いくつか約束を交わした。
その中には、暗くなる前には帰ってくること。という約束もあった。なのに。
約束の時間は間もなく終わろうとしていた。
空のほとんどが闇に染まっている。
何かあったのだろうか? やっぱり、フィオを一人で行かせるべきではなかったんだ。
後悔しながら私は、ベラさんと村外れで、フィオの帰りを待っていた。
「……フィオ。どうしようベラさん! フィオに何かあったら、私シュウさんに合わせる顔がありません!」
「落ち着いて下さいまし。フィオレ様ならきっと、ご無事でおられますよ」
「でも!」
「何度かフィオレ様の後を追って、ホーディと名乗る輩を観察て参りましたが、フィオレ様をよく守っておいででした。何か有ったとは考えづらいです」
ベラさんは私の肩を擦りながら、不安がる私を安心させてくれた。
シュウさんが居なくなってからも、ベラさんには助けられてばかりだ。
「お姉ちゃーーん!」
タイガに乗ったフィオは、心配する私たちのことも知らないで、笑顔で遠くから手を振っていた。
「……あれは?」
冷静なベラさんと違い、私にはフィオしか見えていなかった。
「フィオの……、バカーー!!」
フィオの後ろに人がいたことを、私は知らなかった。
私の怒鳴り声に怯えたフィオが、タイガごとその馬上の人物の後ろに、隠れるまでは。
真っ白な姿の、仮面の人だった。
異彩を放っていた。
白は好きな色だけど、身に付ける全てが白いというのは、なぜか警戒してしまう。
仮面の人を警戒してみたけど、すぐにやめた。
フィオが楽しそうに、仮面の人と会話していたから。
あと、ホーディさんもいたから。
警戒を解いた私と違い、ベラさんは仮面の人を睨んで、険しい表情をしていた。
「……生きていたのか」
「ベラさん?」
「ルナ様、申し訳ございません。私は急ぎアルテ様の元へ向かいます。この場を離れる無礼、お許しください」
ベラさんは風のように、駆けていった。
「おーい! フィオレ君のお姉ちゃーん!」
ベラさんが居なくなった途端、仮面の人は手を振りながら私に近寄ってきた。
そばにくると馬から降り、変なお辞儀をしてから自己紹介を始めた。
「僕の名前はマスケラ・マスケラ、……ジュニア。素敵なお嬢さん、お名前は?」
「……ルナです」
「ルナ? ……見た目通り素敵なお名前だねー。僕の故郷だと、あの輝きを意味している」
そう言ってマスケラさんは、月を仰ぎ見た。
……変な人だ。
変なのに変じゃないから、余計に変だと思ってしまう。
細くて弱そうなのに、なぜか強そうな印象を抱くのは、この人の瞳のせいだ。
仮面の下から見える唯一の顔、その眼には、強い意思が宿っている。
私に誓約を告げた、――シュウさんのように。
「それでルナ君。アルテは要るかい?」
おじい様を知ってる?
「フィオ。こっちに」
「もう、怒ってない?」
「怒ってないよ。だからこっちに来て」
「うん! タイガ、行って」
マスケラさんは何も言わないで、フィオが私の後ろに来るのを見ていた。
「おやおや。警戒させてしまったかい? 安心したまえルナ君、僕とアルテは古い友人でね、昔の約束を果たしに来ただけだよ」
マスケラさんは喋りながら手をすごく動かす。その動きは見ようによって、すごく胡散臭い。
「おじい様の人族の友人は、シュウさんしか居ません。他にいたとしても、貴方ような年齢はありえません」
私はタイガに命令する準備をしながら、マスケラさんに言った。
「……ルナ君、君。いくつ?」
「……十二歳になりました」
マスケラさんは仮面越しに、目元を覆った。
「すごいねー! ルナ君はお利口さんだ。よく分かってる! 普通の人間が六十年前の友人を訪ねてくるなんて、この世界じゃあ有りえないもんねー。しかも僕の年齢まで想定するなんて。君、十二歳でそこまで考えれるなんて、僕と同じ天才なんじゃないかな?」
この人、やっぱり変だ。
「……私は天才じゃないです。ただおじい様の話を覚えていただけです」
「むふ。でもお姉ちゃんのことみんなよくほめてるよ。お兄ちゃんだっていっつも、ルナはあたまがいいって言ってたもん」
シュウさんったら。フィオになんてことを言ってるんだろう。
私は我慢して、マスケラさんを睨んでいるつもりだった。だったけど、たぶん、にやけていたと思う。
「ところで。フィオレ君もホーディ君も、そしてルナ君からも。さっきからちょくちょく出てくる、シュウって何者なんだい?」
私が説明しようと口を開くより先に、ベラさんがおじい様を背負い現れた。マスケラさんの視線は、おじい様にくぎ付けだった。
「……アルテ」
マスケラさんの雰囲気が変わっていた。
ベラさんはおじい様を降ろすと、跪き動かなくなかった。
そんなベラさんを気にもせず、おじい様は杖をつきながら、マスケラさんに近寄って行く。
マスケラさんだけを見つめていた。その手前にいた私とフィオをには目もくれず、驚いた顔でマスケラさんを目指していた。
「マスケラ……。お主生きておったのか?」
「……やれやれ、アルテには仮面なんて無意味か……」
そう言うとマスケラさんは、ベラさんのように跪いた。
「マスケラ様!!」
「……黙るんだホーディ君」
マスケラさんは一言いっただけなのに、ホーディさんは汗だくになって謝っていた。
マスケラさんはおじい様に向き直ると、 栗色の髪に隠れた紐を解き、その仮面を外した。
青い瞳と白い肌の人族だった。
その顔は確かに老けてはいた。いたけれど、人族でいうところの、――六十歳くらいにしか見えなかった。
「アルテ。僕は六十年前の約束を果たしに参上した。どうかボーグという人族が行ってきた、数々の非礼を許して欲しい。そしてどうか、改めて我がシアット王国との国交を開き、同盟を結んで欲しい」
マスケラさんは何を言っているのだろう?
聞こえないわけじゃない。マスケラさんの言葉は、ここにいる全員に向かって話しているように、とても聞き取りやすかった。
だからこそ、何を言っているのか分からない。
六十歳の人族が、六十年前の話をしているのだから。
「……全く、お主はそういう奴じゃったな。何故生きとるのか? そういったことは、あとで教えてもらうとするわい。して、マスケラよ。ボーグはどうした? 謝るだけで済むことでは有るまい?」
「勿論。ボーグのしたことは反逆だ。君たち村の住人は当然ながら、僕としても許容範囲を越えていたからね。弁明も何も、即刻処刑してきたよ」
処刑?
「相変わらず、じゃな」
おじい様は私たちを指さし、マスケラさんに告げた。
「ボーグの横暴がその子らの両親を殺しおった。お主はその子らの痛みに、どう応える?」
「まさか、ね。彼女たちだったとは思わなかったよ」
呟きながらマスケラさんは、私たちに近寄り跪いた。
「君たちがボーグ最大の被害者だったんだね。すまなかった。僕がもっと早くボーグという逆臣に気づいていたら、君たちの両親は死ななかったかも知れない。本当にすまない。……僕に出来ることがあれば何でも言って欲しい。その上で出来たらでいい、僕以外の人族は許して欲しい」
マスケラさんの顔は、とても哀しみに満ちていた。
「あの……」
「お姉ちゃん……、ゆるしてあげよ?」
フィオが私の服を引っ張り、訴えてきた。
「マスケラの色、青いの。すごくかなしんでる」
フィオも、私と同じだった。
父様と母様を失い、シュウさんに出会わなかった私なら、マスケラさんを許さなかったと思う。
ここにいるのがボーグなら、私は死を望んだだろう。
でも。ここにいるのはボーグじゃないし、マスケラさんが悪いなんて思えない。
だから、利用にすることにした。
「私とフィオはもう、人族を許してます。先程お話に出ていた、シュウさんが私たちを救ってくれたからです。だから代わりに、お願いがあります。そのシュウさんが行方不明なんです。ですからそのシュウさんを探すのを、手伝って下さい」
マスケラさんはゆっくり立ち上がり、頷いてくれた。
頷くマスケラさんの後ろで、おじい様はにやりと笑っていた。
「ではマスケラ殿。続きは明日ということでよろしいですかな?」
辺りはすっかり暗くなっていた。ホーディさんとベラさんが、明かりを灯していなければ見えないほどに。
「ありがとうアルテ。……じゃあ今日は、アルテの家に一泊させてもらうよー。二人も来てくれないかなー?」
マスケラさんは仮面を着け直すと、変な人に戻ってしまった。
私たちはマスケラさんの提案に応じ、おじい様のお屋敷でそのまま一泊することになった。
マスケラさんが語ってくれた、科学という学問のお話が面白かったり、シュウさんのことを話しているうちに夜も遅くなってしまったから。
マスケラさんは変な人だけど、すごい人だった。物知りでおじい様より上の人を始めて見た。
けれどその知識は、私たちに辛い事実も教えてしまった。
私とフィオは眠れなくて、深夜だというのになんとなく、
シュウさんと出会った座敷牢に来ていた。
私たちは敷かれていた藁の上に寝転び、寝るまで喋りあった。
「マスケラの言ってたことって、ほんとなのかな?」
「うん……。本当だと思う。マスケラさんは大公っていう、すごく偉い人だから……」
「そうなんだ。……五年かかるって言われても、あたしよくわかんない」
「五年は、長いよ……。フィオが今の私よりおっきくなっちゃうんだもん」
「……お兄ちゃんなら、もっと早くかえってこれないのかな?」
「分かんない……。でも、お姉ちゃんはずっと待つよ。五年でも十年でも、ずっと……」
マスケラさんは言った。
魔物が出た以上、シアット王国は出港を禁止すると。
マスケラさんの予想では、今回の魔物たちの出現は長引き、五年では済まないだろう。と。
それから私はシュウさんに会うまで、――七年待った。




