四十三話 赤大陸
白隠と出会い三日目。俺たちは港を目指し移動を開始した。
俺は歩きながら、アルテから教わったことを思い出していた。
赤の大陸。
通称赤大陸と呼ばれるこの大陸は、住まう人種のほとんどが人族なのだ。最も大きな大陸であり、それに相応しいように人口も最多。国の首都に行けば、買い物一つするだけでアルテは嫌になったと語っていた。
赤大陸に首都は三つあり、三大国家と呼ばれている。
三大国家一の大国、アーキ王国。古い国で自国の伝統と文化を重んじる。そのためなのか他人種差別が酷い国のようで、アルテもアーキ王国だけは行かなかった。
次がシアット王国。マスケラが関わる国にして、ボーグを野放しにするよく分からない国だ。だが、アルテが言うには人族の中で最も素晴らしい王国だそうだ。
最後にロンス王国。貿易で国益を賄う商業が盛んな国。ただ、貿易の中には人身売買も含まれる。
言葉一つ思い出すだけで少し、腹が立った。
「……シュウ。おいシュウ!」
「どうした白隠?」
「どうしたはこっちの台詞だ。何を怒っとる?」
「ああ、大丈夫。ちょっと思い出しただけさ」
白隠。
彼も俺と同じく、地球からこの世界へとやってきた。
諸国行脚で日本全国を巡り、富士の樹海だろうと構わず行脚を続けた結果。気がつくとこの世界に居たらしい。
白隠はこの世界に来てからもずっと、諸国行脚を続けている。
いつ頃から居るんだと訊いてみたが、正確な年数は覚えていなかった。
「わしは雲水。諸国行脚こそわしの使命。国々を周り人々を救う。その前では年月などつまらぬこと」
と気にもしていなかった。
話を聞いてると十年以上は経っていると思う。
この世界に来た途端病気になり死にかけたそうで、俺と一致する点が多い。
偶然通りかかった法術師のお蔭で、一命をとりとめたらしい。
突然の転移も死にかけたことも、白隠の生き方を変える理由にならなかった。
寧ろ助かったと、白隠は言い切る。
日本での白隠に居場所は無く、この世界に来れた僥幸に運命を感じた。そう、白隠は言い切った。
「導け」
と言う声まで聞こえたとのことだ。
そんな白隠と向かう港は、小さな漁村だ。
白隠は一度立ち寄っているが、俺のために来た道を戻ってくれている。
白隠はここ、赤大陸で行脚を続けていたらしいが。どうやら、俺よりも世間知らずのようだ。
「なぁ白隠。なんで漁村なんだ?」
「漁村なら舟が有るだろ?」
間違ってはいない。
「待て白隠。漁村の船は小舟だ。俺が帰る場所、緑大陸へは小舟じゃ渡れない」
「そうなのか? 歩いておったら大陸とて渡りきったものでな。舟とて同じだと思ってっおったが。そうか、駄目なのか……」
急に怖くなってきた。
「アルテっていう物知りじいさんが言うには、赤大陸と緑大陸は、船で七日かけて行き来するもんなんだ。しかも海には海人族っていう人種がいて、入っちゃいけない海域が山ほどあるんだ。単独渡航は無理だ」
「ほー。海人族」
「……ちなみになんだけどさ。目的地の漁村にはどのくらいで着くんだ?」
白隠は、太陽の位置をちらりと確認してから答えた。
「この時間なら、明日の朝には着くだろう」
「……あんたすげぇわ」
鍛えていた自分に感謝した。
夕方になり俺たちは野営の準備を始めた。といってもテントなどは無い。燃えそうな枯れ木を集め、火を起こすだけ。
俺と白隠は対面に座り、準備していた干物を焼きながら、何気無い会話を楽しんだ。
「一つ、頼みごとをしても良いか」
「どうした? 急に改まって」
焚き火に照らされた白隠は、疲れているように映った。
「なに。この世界に来てから頼みごとなどしたことが無くてな。少し、照れくさい」
「……恩人のあんたの頼みだ。聞かせてくれ」
「ぬしに余裕が出来たらでいい。わしの真似事をしてはくれんか?」
「俺に人助けをしろと?」
「わしも近頃は歳を感じてな。いつまで人助けを続けられるか不安に思っておった。そんな折りにぬしと出会えた。わしはこれも運命だと感じる。人の出会いは摩訶不思議なものだ。会えん者には絶対会えん。会うべき者とは、必ず巡り会う。そういう風にできておる。だからどうだろう、真似事をしてはもらえぬだろうか?」
「柄じゃない。それに……俺は人殺しだから」
白隠は黙って火を見つめていた。
「……人殺し、か。ならなおさらだ。やはりぬしはわしの運命。間違いなく、出会うべくして出会ったのだ。殺したなら救え。それ以上に救え。ぬしに待ち人がいる以上無理にとは言わん。余暇でいい。時間が出来たらでいい。隣人でいいし家族でもいい。一人でも多くを救ってくれ」
安請け合いは出来ない。出来ないが。俺は。
「…………わかった」
「……良いのか?」
要求してきた本人が驚きやがった。
「諸国行脚はしない。人を助けるために出向いたりもしない。でも、俺の眼が届くところで誰かが困っていたら、必ず努力する。救えるかどうかは、分からないけど」
白隠は満面の笑みを浮かべていた。
坊さんと筋トレ魔の朝は早い。
朝日が見えると俺たちは起き上がり、行動を開始する。
読経と筋トレ。そのまんまだ。
筋トレの一環として走っていたら、変な岩を見つけた。
太陽を浴び、黒光りする岩が一つだけ有る。ごつごつしてるくせに、左右が対称的に整っている。
周りの岩と違い目立つのに、昨日見た覚えがない。
「……よし」
思いっきり蹴った。
高い音が鳴り。金属だと分かった。
「鉄、なのか?」
色といい音といい、そうとしか思えない。
「今のはなんの音だ」
「白隠。この世界の鉄について何か知ってるか?」
「鉄? 鉄がどうかしたのか?」
諸国行脚も大概にしてほしい。
「俺が居た緑大陸には鉄が無かったんだ。なのに赤大陸にはこんな状態で鉄があるんだ」
白隠は鉄塊をまじまじと見つめ、急に押し倒した。
倒れたところから砂ぼこりが舞い上がり、白隠は叫んだ。
「シュウ! 走れ!」
「は?」
訳も分からず立ち尽くす俺に、白隠は再度叫んだ。
「いいから急げ!!」
急ぎ野営地に戻った俺たちは岩かげに隠れた。そこでようやく、白隠は何が起きたかを話してくれた。
「……動きおった」
「何が?」
「あの岩だ。動いただけではない。動いた瞬間、わしは寒気がした。……あれは、魔物だ」
「魔物?」
これは白隠が目的地である漁村に立ち寄った際に、聞いた話だ。あのボロ小屋が出来た因縁の話。
二十年ほど前、漁村を魔物が襲った。魔物はこれまでも十年単位で現れ、人々を殺していたそうだが。目的は分からず生態も分かっていない。分かっていることは。
金属の身体だったということ。
家族を襲われた村人の一人が、復讐のためにあの小屋を作り、生涯を終えた。これがあの小屋が出来た由来だった。
そんな場所で、俺は助けられていた。
「あの鉄塊が魔物なのか?」
「おそらくな」
俺は岩かげから顔を出し、周囲を観察した。
「何もないぞ」
問題ないと判断し岩かげから出る。無論、油断はしない。
「む、確かに」
白隠も出てきて周囲を見回していた。
「先入観で早とちりしたんじゃないのか?」
白隠は腕組をしながら唸っていた。
後ろを警戒しながら移動し、目的地である漁村が見えた。
「結局、なんともなかったな」
白隠は恥ずかしかったのか、ぴしゃりと自分の頭を叩いていた。
漁村は随分とアンバランスだった。
素人が建てたとしか思えないあばら屋と、領主の家だろうか? 二軒の立派な洋風建築が有った。
洋風建築はまるで、異国の地に設置された教会のようだ。
片側は海で反対は赤土の荒野。いくらかは畑になっているが、開墾中であることは否めない。
などと、思っていると。
海から奇妙な音が聞こえだした。
重装備の兵士が迫ってくるような、ガシャガシャという音が鳴り響く。
「……シュウ。聞こえているか?」
「ああ。聞こえてる」
俺と白隠が見つめる海岸から、奴は登ってきた。
重そうな身体をした怪物が、海岸から姿を現した。
怪物。一応は人型をしているが、全身を鉄のような金属で覆っている。だからだろう、金属の外骨格に見え、昆虫や甲殻類と思ったほうがしっくりくる。
俺が率直に思ったイメージだと、黒い人型のような蟹だ。
身長は二メートル十数センチ。下半身は細いが上半身はデカイ、特に腕が。だから蟹だ。
顔がよく分からない。口元はマスクみたいなもので隠れているが、マスクが口なのかも知れない。鼻は無く、目は黒い真珠のようだ。
その黒い真珠は別々に動き、片目ずつ、俺と白隠を捉えている。
本能が逃げろと、強く訴えていた。
「逃げるぞ白隠!」
俺の提案に白隠も頷いた。
なのに。
「わしの頼みごと、忘れるなよ」
白隠は奴に向かって走りだした。
「わしが引き付ける! ぬしは村へ行け!」
白隠は俺に指示を出すために、奴から眼を逸らした。
「馬鹿野郎! 敵から眼を逸らすな!!」
奴の口から小刻みに空気が漏れだし、音を鳴らしていた。その音が俺には、笑い声に聞こえた。
奴のデカイ手が、白隠の手を掴んだ。
「ぬかった!」
奴は軽々と片手で白隠を持ち上げ、もう一方の手で、白隠の両脚を掴んだ。
奴は頭上に持ち上げた白隠を。
布のように引きちぎった。
胴体を真っ二つにされる寸前、白隠は俺を見ながら、満足そうに笑っていた。
俺は彼の名を叫びながら、見ていることしか出来なかった。




