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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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 四十二話 暗い海

 

 太陽が沈み、世界は私の心を写し出したように、真っ暗だ。

 海は嫌い。私の全てを奪ったから。


「……嘘」

 火柱が上がっていた。

 シュウさんが追いかけ、見えなくなったその方向から。

 魔法で隠れていた大きな船が姿を見せてから、状況は一変(いっぺん)した。

 フィオを呼ぶ、叫び声が木霊(こだま)する。

「……シュウ、さん?」

 悲痛(ひつう)な叫びを聞き、私の声も震えてしまう。

 大きな船からの魔法光(まほうこう)は続く。

 上空に土の(かたまり)が現れる。またシュウさんの叫び声が聞こえ、土は海へと落下した。

「……フィオ? シュウさん?」

 魔法を使い、大きな船はあっという間に遠ざかっていった。

 大きな船が見えなくなると、海は静寂(せいじゃく)に包まれ、先程までの出来事が嘘のようだ。

 炎が上がり叫び声が響いていた海は、とても静かで、穏やかだった。

 ――イヤ。

「シュウさん!! フィオ!!」

 暗闇と静寂が支配する海へ向かい、何度も叫んだ。

 何度叫んでも、返事は帰ってこなかった。

「フィオ。隠れてるんだよね? お姉ちゃん怒らないよ? だから出てきて……」

 海の(にお)いは嫌。鼻の奥が痛くなる。

「シュウさん? どこですか?」

 海の音も嫌。森の音に似ているけど、木々のざわめきは、こんな不快(ふかい)な音じゃない。

 耳を(ふさ)いで走り出した。

 前が見えなくなっていた私は転んでしまい、立とうとしても立てなかった。

「シュウさん、もう無理です。私、一人なんてイヤ、抱き締めてください。いつもみたいに、私を……」

 二人が居ない。

 シュウさんが、フィオが、消えてしまった。

 あの真っ黒な水が、二人を飲み込んだせいだ。どこまでも続く、暗闇のような水が。

 水面を覗いても何も見えはしない。しないけど。

「そこに、居るんですよね?」

 一人はイヤ。一緒がいい。

 だってもう、私には、なにも無い。

 立ち上がり、暗闇へと身体を投げ出した。

 なのに。

 私の身体は逆らい続けた。

 意思に逆らうように、脚は反対に歩き出す。 

「……どうして?」

 自分の問いに答えるように、あの日の記憶が(よみがえ)る。

「俺に何があっても、ルナは死ぬなよ」

 誓約(せいやく)

 シュウさんと交わした誓約が、私を生かしていた。

 ……ずるい。

 自分は簡単に死のうとするのに。

「ずるいです。シュウさん……」

 こんなに孤独なのに、あの人は私を救う。

 記憶が、思い出が、私を踏み止める。辛いのに、同じ場所に行きたいのに。

 あの人は居なくなっても、私を助けてしまう。

「シュウさんの、バカ」

 誓約に縛られ死ねない私は、海を覗き込み泣いていた。だからだろう。 

「お()め下さーい!!」

 私を見つけた人族(ひとぞく)が、ものすごい勢いで走ってきた。

 持っていた明かりを投げ捨て走ってくる。その人物には見覚えがあった。 

 あったけど、大きな身体と必死な顔が怖くて、私は彼を()けた。

「むおっ!」

 飛び込んできた彼は私を通り越し、転がっていった。   

 しばらくすると彼は立ち上がり、何事も無かったかのように私の元へ歩いてきた。

「ご無事で何よりです。シュウ先生のご息女(そくじょ)で間違いありませんな?」

貴方(あなた)は?」

「これは失礼を、自己紹介がまだでしたな。我輩はホーディ・マッソウ。エルバ村にて、貴女様とはお会いしておりましたが、お忘れですかな?」

 記憶を振り返ってみるとあっさり思い出した。アーツさんの隣にいた人だと。 

「どうして貴方(あなた)がここに?」

我輩(わがはい)が師と決めた先生が慌てて動き出したのです。弟子となる身としては当然追いかけますとも」

「そう、ですか」

 彼は急に私の前で片膝を立てて(ひざまづ)き、謝り出した。

「事の次第は衛兵(えいへい)より(うかが)っております。この様な事態を(まね)き、申し訳有りません」 

 この人のせい?

「……貴方のせいなの?」

「責任は私にも有ります」

 なら。

「……私たちが」

 許さない。 

「私たちが、何をしたって言うのよ!!」

 跪くこの人を、私は叩き続けた。

「……申し訳御座いません」

「謝るぐらいなら返してよ! 返しなさいよ!! フィオを! シュウさんを返して! 返しなさいよ、……お願いだから。……返してよォ」

(まこと)に、申し訳有りません」

 これ以上は怒れなかった。

 怒ることより、悲しみのほうが強いから。

 泣き崩れた私に向かい、ホーディさんは告げる。

「シュウ先生は、お返しすることが出来ません」

「…………え」

 私は耳を疑った。

貴女(あなた)様が探しておられる、妹君は御無事です」

 

 嗚咽(おえつ)が収まった私を、ホーディさんは門へと案内してくれた。

 門へと向かいながら私とホーディさんは、互いに事情を説明し合った。

 事態を飲み込んだホーディさんは、通り掛かった(まち)の兵士たちに命令をくだし、シュウさんの捜索にあたらせた。

 ホーディさんは冷静で、簡単に私を落ち着かせた。

 私はホーディさんに謝った。取り乱したとはいえ、私はホーディさんを叩いてしまったから。

「我輩の肉体ならば、ルナ様の打撃はマッサージのようなものです。お気になさらず」

 ほんの少し、シュウさんみたいだと思った。

「こちらです」

 案内されたのは、門を入ってすぐ脇にある建物だった。

「ボーグ殿が正気を失ってから、我輩が責任者として街は動いています。ですので門には関所(せきしょ)(もう)けまして、怪しいものはここで預かるようにさせたのです」

 ホーディさんは説明しながら、私を二階へと導いた。

 二階に上がった私はすぐに分かった。

 居間のように(ひら)けた空間、そこにある柔らかそうな寝台(ベッド)に、フィオは眠っていた。

「フィオ!」

 私は抱きつき、これでもかというほど頬をすり寄せた。

「お姉、ちゃん?」

 フィオは長い眠りから目覚めたように、ゆっくりと身体を動かし始めた。

「ここどこ? お兄ちゃんは?」

 目覚めたフィオに状況を説明したのが、間違いだった。

「あたしもお兄ちゃんを探してくる!」

 説明の途中で、フィオは行動に出てしまった。

「待ちなさいフィオ!」

 捕まえようとした私の手を(かわ)し、ホーディさんの元へ。

「ぬぅ、我輩としたことが」

 ホーディさんが涙を拭いてるその(すき)に、フィオは通り抜けていった。

 門番の人たちは気づく様子もなく、フィオは見事に外へと脱出した。

「もう!」

「急ぎ追いかけましょう」

 ホーディさんは慌てていたが、私は落ち着いていた。

 私はフィオがどこに行くか分かっていたし、私とフィオの思いが同じなのも知っていた。

 私はまた、港に足を踏み入れた。


 港に着きしばらくすると、雨が降ってきた。

 ホーディさんは命じた兵士たちとともに、近くの海へと出ている。

 どれくらいこうしているのか、私も分からなかった。

「フィオ、濡れちゃうよ?」

 何度説得しても、フィオは港から離れようとしなかった。

「お姉ちゃんだって、うごこうとしないくせに」

「私はいいの。シュウさんが戻ってくるまでずっと待ってる。何年かかっても」

 私の言葉に、とうとうフィオは怒ってしまった。

「あたしだってそうなの! お兄ちゃんのためなら雨なんてどうでもいいの! お姉ちゃんばっかりずるい!」

 フィオが私に詰め寄る。叩かれるのかと思ったけど、そうじゃなかった。

「……あたしのせいなんだよ。……やさしくなんてしないでよ」 

 私もフィオも泣いてることすら分からないくらい、ずぶ濡れになっていた。

 シュウさんは何をしているのだろう。私たちがこんなになっているのを、放っておくなんて。

 いつかは分からないけど、帰ってきたらたくさん文句を言おう。そのあとはいっぱい甘えよう。

 そうしたあとで私の気持ちを伝えよう。シュウさんが居なくなったことで、私はようやく本当の気持ちが分かった。  

「お二人とも! まだここに居たのですか!」

 船での探索を終えたホーディさんが戻り、私たちは彼の家へと、(なか)ば強制的に連れていかれた。

 エルバ村とは、なにもかもが違う家だった。

 ホーディさんは何度も鍵の説明と、シャワーというものの説明をしてくれた。

 不思議(ふしぎ)だった。扉の取っ手のようなものを(ひね)ると、暖かいお湯が出る。

 シャワーのお(かげ)で、フィオの機嫌も少し良くなった。

 シャワーを終え、ホーディさんが用意してくれた衣服に(そで)を通した。給仕係(きゅうしがかり)の服で申し訳有りません、とホーディさんは言っていたけど、可愛い服だと思う。

 私たちは着替え、ホーディさんにお礼を言いに居間へと向かった。

 途中で、フィオが怒ってきた。

「なんでお姉ちゃんは平気でいられるの!? お兄ちゃんがしんぱいじゃないの!? もしかしたらお兄ちゃんは、死んでるかもしれないんだよ!」

 興奮するフィオを、私は抱き締めた。

「大丈夫だよ。シュウさんは生きてる。だから絶対、帰ってくるよ」

「お姉ちゃん?」

 私も最初は気づけなかった。ホーディさんが教えてくれるまでは。

 死のうとする私を、誓約が止める。

 それはつまり、シュウさんが生きているということだ。

 事実を知ったフィオはものすごく怒っていた。

 私とフィオはその日、ホーディさんの家に一泊して村に帰った。


 それからもフィオは何度も街に出掛けて行った。

 月日が経過し、私もフィオもどんどん成長していく。

 それでも私の気持ちは変わらない。

 私はシュウさんが帰ってきたら伝えたい。

 もう二度と、後悔しないために。

 貴方を愛しています。と。 

 

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