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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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 四十一話 復讐

 

 波の音は森のざわめきに似ていた。 

 俺は目を閉じ、音を聞きながら彼女のことだけを考えていた。


「おい、シュウ! どうだ調子は?」

 後ろから声を掛けられ。声の主へと向き直り返答した。

「だいぶ()い」

 急勾配(きゅうこうばい)な坂を下り、彼は近づいてくる。

 彼は俺の横に並び、海を見つめた。

 彼と俺の身長は近く、体格も近い。大柄な男が二人で海を見つめる。それがなんとなく可笑(おか)しかった。

 曇天(どんてん)の空。海は少し荒れていた。

「……白隠(はくいん)、言い忘れてた。その、ありがとう」

 白隠は豪快(ごうかい)に笑うだけ。

 彼は俺を救った。

 命より、もっと大切なものを思い出させ俺を救った。

 白隠が居なければ俺は、全てを失うところだった。

 

 昨日のことだ。

「フィオ!」

 俺は目を覚ますと同時に飛び起きた。

 そこは今にも崩れそうな、ボロ小屋だった。

 天井は崩れ、ベッドの枕を目掛け日差しが差し込むという、とんでもない廃屋(はいおく)だ。

 俺には関係無い。

 ここはどこだとか、今置かれている状況だとか、そんなものはどうでもいい。

 腹も減っていた。減っていたがそれだってどうでもいい。

 頭の中は――フィオでいっぱいだった。

 状況など簡単に分かる。

 船底を殴った拳は治癒(ちゆ)していたし。ボロ小屋とはいえ、一つだけのベッドで俺は寝ていた。

 (おり)に入れられるでもなく、捕らえられてもいない。

 助けられたのだ。

 海を漂流し、偶然(ぐうぜん)たどり着いた浜辺かどこかで、見知らぬ誰かが俺を助けたのだ。 

 それだけのことだ。

 助けられ生きている。それは百も承知だが。

 嬉しいとは、思えなかった。 

 部屋には誰も居ない。

 ベッドの隣には椅子のように小さいテーブルが有り、食いかけのパンが置いてあった。

 手を伸ばし腐ってないかだけを確認し、口に入れた。

「ほー。善哉(ぜんざい)、善哉」

 声は横の壁からだった。壁といっても、穴だらけで壁と呼べるかどうかは疑問だが。

 穴のうちで最も大きな穴から、男が覗いていた。

 五十代くらいだと思う。数ミリ程度長さの坊主頭に、黒い着物。どこからどう見ても坊さんだった。何より。

「日本語?」

 俺の返事を聞き、坊さんも固まっていた。

「……そうかそうか! ぬしはやはり日本人だったか!」

 豪快に笑いながら坊さんは、律儀(りちぎ)に壊れた玄関から入ってきた。

「これも御仏(みほとけ)の導きだな」

 そう言うと、パンが有った椅子に腰を下ろした。

 坊さんは(みょう)に嬉しそうだった。

「いやー日本語が通じるのはいい! わしは白隠(はくいん)と名乗っておる。ぬしの名は?」

 白隠は笑顔で話し掛けてきたが。

 俺はその笑顔に、イラついていた。

「……シュウ」

「シュウか。どんな字だ?」

 白隠は口こそ笑っていたが、その眼は鋭く、俺を観察しているようだった。

「……んなことはどうでもいい。あんたが俺を助けたのか?」

 演技のように肩をすくめ、笑顔をやめて白隠は語り出した。

「そうさなぁ。わしはぬしをここまでは運んだ。そこに寝かせたのもわしだし。それが助けたことになるなら、わしはぬしを助けたことになるな」

 無駄に長い口上は、俺はさらにイラつかせた。

「俺を助けた時、近くに船は無かったか?」

「無いな。ぬし以外、浜辺には何も無かったぞ」

「……そうか」

 白隠の返答を聞き、俺は全身に力を込めていった。

 やり場の無い怒りを発散するために。

 (てのひら)に爪が食い込み、血が流れる。

 そんな俺の行為を、白隠は見逃さなかった。

「何を思っている?」

「あ?」

 白隠の様子が変わっていた。

 真顔で俺を指差し、詰問(きつもん)してきた。

「それは怒りだろう。怒りは誰も救えやしない。ぬしがうわ(ごと)(つぶや)いていた、フィオとやらもな」

 ! 無言のまま、白隠の胸ぐらを掴み拳を大きく振り上げた。

「どうした? 殴ればよかろう。それでぬしから怒りが去るなら存分に殴れ」

 白隠は真顔のまま怯えもせず、たんたんと話し続けた。

「ぬしの心を理解はしてやれん。ぬしが話さぬ限りはな。どうだろう。その苦しみをわしに話してみんか?」

「うるさい!」

 俺は白隠を突き飛ばし、壁を蹴破り外へ出た。

 外は何もない海岸だった。

 急勾配な坂を下ると海があり、少しの砂浜と岩場しかなかった。

 海以外はただの荒野で、枯れ枝のような植物が自生(じせい)しているだけだった。

 こんな場所でよく家を建てたものだ。

 坂を下り海へ向かった。追ってくるかと思った白隠は来なかった。

 (ひと)り、波打ち際で海を眺めていた。無駄だと分かっていても、あの船を探すために。

 探し続けた、暗闇に包まれ、海が見えなくなるまで。

 海が見えなくなると、波の音が俺を苦しめる。

 音を聞く度、心に穴が開いていく。大きく果てしない穴が。

 だって似ているんだ。フィオが居た森のざわめきに!

「ガアアァァァァッ!!」

 獣のような咆哮(ほうこう)を叫び、俺は岩を殴っていた。

 大きな岩だった。無論割れるはずはない。

 割れるとすれば俺のほうだ。

 拳は簡単に血を流す。

「……弱い」

 岩一つ砕けもしない。

「弱い弱い弱い!」

 だからだ。

「俺は弱い!!」

 フィオ一人すら、守れなかった。   

 岩を殴る俺を、白隠は止めた。

「もうやめろ」

 白隠が俺を羽交い締めにし、岩場から遠ざける。

「離せ!」

「断る」

 白隠の力は強く、弱った俺では振りほどけなかった。

 砂浜に連行(れんこう)され、俺は解放された。

「おい」

 振り向いた瞬間、顔面を殴られる。

「命を粗末(そまつ)にするな!」

 白隠の言うことは正しい。けど、それが何だというのか。

「俺の命だ。どう使おうとあんたには関係ない」

「わしが救った命だ。勝手に死ぬな」

 殴り返そうと思った。

「ならどうしろと?」

「話せ」

「あ?」

「ぬしの心を話せ。岩に話すより、わしのほうがいいぞ」

「……下らねぇ」

 力を抜いた俺に、白隠は迫ってきた。 

「逃がさんぞ」

 何をするでもなく、間近で俺の眼を見つめるだけだった。

「わしはこれでも何人かは救っている。言葉が通じんから苦労もしたがな。異邦の世界でも人間は変わらん。皆が迷い苦しんでおった」

「だからなんだ」

「だからだ。わしはぬしを救う。わしにもぬしの苦しみは理解出来ん。だが(わか)ることもある。家族を殺されたんだな?」

 両手で白隠の胸ぐらを掴んだ。

 だが、白隠は気にもせず喋り続ける。

「ぬしの心はまだ健在だ。何がぬしを支えている?」

「黙れ。殴られたいのか?」

「それだよシュウ」

「あ?」

「わしはこれまでに多くの者たちを見てきた。ぬしのように自分と向き合えず、誰かを憎み続ける者たちもな」

 拳を振り上げ、()いてやった。

「何が言いたい?」

 白隠はさらに近づき、額をぶつけてきた。

「ぬしは違う! ぬしは違うんだ! ぬしはわしを殴らなかった、そればかりかこうして話しも聞いている! それこそがぬしに残っている、光の証拠だ!」

「……もういい」

 振り上げた拳を白隠へ向かわせる。光など無い。そのことを思い知らせるために。

 だけど、拳は白隠の前で止まった。止めてしまった。

『…………ん』

 声が聞こえたから。

『…………さん』 

 心に開いた穴の向こう、その遠くにある暗闇から、透き通るような声がした。

「それでいい。怒りを手放せ、心の声を、光を見ろ」  

『…………ウさん』

 俺は大馬鹿野郎だ。

『シュウさん』

 白隠の言う通り、俺の中で彼女は、光輝いていた。

「ルナっ……」

 泣き崩れる俺を、白隠は抱き止めた。

「それだシュウ。もっと思い出せ。ルナはどうした? ルナは今、どこで何をしてると思う?」

 情けない声で、白隠の質問に答えた。

「きっと、泣いてる。フィオを亡くして、俺まで消えて。俺は馬鹿だ、自分のことしか、考えてない」

 白隠は俺の眼を見つめた。真っ赤になっているであろう俺の眼を。

「ならどうする!」

「……帰る」

「なんのために!」

「ルナに会うために」

 背中を全力で叩かれた。

「それでいい。死人は何も望まん。今のぬしなら分かるはずだ。フィオという者が、ぬしになんと言うかを。その者はぬしに復讐しろと望むのか?」

 俺は首を振った。

 首を振った俺を見て、白隠は小屋へと戻っていった。


 復讐を望んだのは俺であり、フィオではない。

 フィオならきっとこう言うと思う。

 許してあげる、と。

 

 俺は復讐を捨てた。 


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