幕間 空を往く者
海上は快晴。
雲はなく、陸もなく、彼女を遮るものはない。
翼を羽ばたかせ、彼女は一人大海原の上空を往く。
彼女の大きな翼は漆黒に染まっていた。
子守唄のような鼻唄を歌い、上機嫌に飛び回っていた。
「あら?」
彼女の視界に船が映る。
「もう、目障りね」
呪文を唱える彼女の元へ、青白い光は集まっていく。
「霊よ。霊は魂へと昇り。我が目下の敵を討ち滅ぼさん。雷樹!」
魔法は空から伸びる大樹のように、無数に枝分かれする雷を生み出した。
雷は、三隻の船へ直撃する。
雷を受けた三隻の内、二隻は甚大な被害を受けていた。
二隻の船員の九割は、感電のため即死。残された数名も重傷者ばかりであった。
二隻の船は木造の中型船である。雷の直撃を受ければ、ひとたまりもない。残る一隻の状況は違っていた。
木造船二隻に守られるように位置する最後の一隻は、金属で出来ていた。
雷は避雷針を伝わり海へと拡散し、船の船員は無傷であった。
魔術戦用の船員たちが、甲板に集った。その中に一人、奇妙な男がいる。
「こんな呪文を使えるのは、彼女しかいないよねー」
空高く飛翔する雷撃を放った人物へ向かい、男は一人言を喋っていた。
瞳の穴以外、顔全体を覆う白い仮面を付け、白いローブで身体を包む。纏う色全てが白い男だった。唯一、毛髪だけが栗色だ。
仮面の男に気づき、近くの船員が驚いていた。
「マスケラ様! ここは危険です、中へお戻り下さい!」
慌てる船員に対し、マスケラは呑気に答えた。
「もう少し待ってよ。彼女を見れる機会なんてそうそうないんだ。天人族最強と謳われる、悲恋の女王様だからね」
「マスケラ様! その呼び名はいけません!」
船員は恐怖した。彼女にマスケラの一言が聞かれでもしたら、マスケラといえど助からないと分かっていたから。
「大丈夫だって、この距離なら聞こえないよ。じゃあ言い直そう。黒妃レナ・シエッロ、と。それから君、僕はマスケラ、ジュニアだからね。そこ大事だよ」
船員は呆れていた。
甲板にまた一人、船員がやって来た。
彼は伝令を勤めといた。
「護衛船ポール、全員の死亡を確認しました。護衛船ジョンの船長より、マスケラ様へ伝言です。黒妃は我々が引き受ける。とのことです」
マスケラは即決し、大声で告げた。
「急ぎ海域を離脱せよ! ポールとジョンの船員たちが活路を開く! 彼らの死を無駄にするな!」
船員たちは声を張り上げ、一斉に行動を開始した。
マスケラの命令一つで、船員は士気を高めていた。呆れていた、あの船員でさえも。
海域を離脱しながらマスケラは考えていた。
黒妃が要る、その意味を。
「憶測通りなら困ったことになるなー。しょうがないか。目指せ緑大陸。目指せエルバ村ってね」
黒妃に対し、炎が向かってくる。
「あら?」
黒妃は避け、何事も無かったかのように、元の位置へ。
何度魔法を使っても、空中にいる黒妃にはかすりもしなかった。
「……あの船、逃げるのね」
黒妃は悩んでいた。
あんな船は見たことが無い。雷樹の直撃を受けておきながら、何事もなく逃げようとするなんて、……試す価値が有る。
追い掛けようとすると、見飽きた船が邪魔をする。
「そう。そんなに死にたいのね」
黒妃は決めた。
船を、完膚なきまで破壊すると。
「霊よ。霊は魂へと昇り。我が眼前の敵を焼き尽くせ。焦炎!」
海の上に、巨大な火柱が立った。
火柱は遠くの海域にまで影響を与えていた。
「お頭! あれ!」
ヅィードは部下が報告する海域を見る。
商船から奪った、望遠鏡を使い。
「あいつはやべぇな……。黒妃とどっかの船が、ドンパチやらかしてやがる」
ヅィードは魔術師たちに指示を出す。
「生きて帰りたいかクズども! なら精神を使い切れ! 最大船速だ!」
「お頭、あの男は?」
不機嫌なヅィードに向かい、部下が質問をした。
「てめぇで判断も出来ねぇのか!?」
部下は殴り飛ばされた。
「逃げられた? なおさら勿体なかったわね」
船が燃えるのを見届け、黒妃は逃げた金属製の船を探し始めた。
「あら、何かしら?」
黒妃の眼は、一人の男を捉えた。
男は何も無い海域でたった一人、うわ言を呟きながら波に流されていた。
黒妃は男のそばまで舞い降りる。
「あら? この匂い……」
黒妃は男の匂いを嗅ぐ。懐かしい匂いにつられてしまい、男の身体のすぐそばで嗅いだ。
「面白い人間ね」
黒妃は機嫌を取り戻し、男を抱き抱えると呪文を唱え、空へと消えていった。
男は黒妃の腕の中でも、呟き続けた。
男の意識は戻らない。
黒妃が叩こうと、何をしようと反応すらしなかった。
「……まったくもう。それ程大事なのかしら」
黒妃は少し、嫉妬していた。
「こんなに想われるなんて。わたしも会ってみたくなるわ」
「フィオ」




