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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
40/71

 四十話 フィオレ


 赤飛(せきと)は走り続けてくれた。

 そのお(かげ)で、夜になる前にシャイタンが見えた。

 余裕は無かった。太陽は水平線に差し掛かっていた。

 シャイタンは籠城(ろうじょう)視野(しや)()れ造られた(まち)だ。城門のような門が有り、容易(たやす)くは入れない。無論門番もいる。

 作戦もクソも無い。

「ルナ、赤飛(せきと)を頼む」

「え?」

 しがみ付いていたルナの手を掴み、馬上の上を後ろから前へと移動させた。大剣を振り回すように半円を(えが)いて。

 軽いルナだからこそ出来ることだ。危なくないように細心の注意をはらっていたが、ルナの翼は小さく折り畳まれていた。

「ごめんな、赤飛は任せた」

 ルナに手綱(たづな)を託し俺は赤飛から飛び降りた。

 真っ直ぐ門へと駆け出し、門番へと詰め寄る。

 門を開けさせる。従わなければ――殺すまでだ。

「何者だ! ()さ、ま……」

 威勢(いせい)がよかったのは最初だけだ。

 俺が何者か分かった途端(とたん)、二人の門番は悲鳴を上げた。

「丘の怪物だー!!」

 一人は逃げ出し、一人は腰を抜かしていた。

 動けなくなった門番の胸ぐらを掴み、詰問(きつもん)した。

「おい! 俺が来る前に女を通しただろう!? そいつはどこに向かった!」

 助けてとしか言わないので、笑ってやった。

 泣きながら、門番は居場所を告げ門を開けた。 

 街の中の通路は石畳(いしだたみ)になっている。馬の(ひづめ)ではキツく、何より目立つ。兵士が来ては面倒になると思い。

 門番に赤飛(せきと)を預け、ルナを抱き抱え走りだした。

 門番は言っていた。

 女は港に向かった。女が乗っていた馬の背には荷物があり、白い翼が見えた、と。

 前に潜入(せんにゅう)していて良かった。迷わず街を走り抜け、最短で目的地に到着した。

 煉瓦(れんが)と石を精妙(せいみょう)に組み合わせ、人力(じんりき)のみで造り上げたような港だ。

 魔法の力は使っているのだろうけれど。 

 漁業用の港なのだろう。小舟(こぶね)が多く、大きい船などはない。多くの船には布がかけられ、隠れるのに最適(さいてき)だった。

 あの女はどこかに潜んでいる。

 しらみ潰しに見ていく覚悟はあるが時間が無い。太陽が沈めば逃げられる可能性が飛躍(ひやく)する。

「シュウさん、あれ!」

 ルナを連れて来たのは正解だった。

 抱き抱えられたルナは俺とは反対側に気を配り、ズレを指さしていた。

 魔法に不慣れな俺では見抜けなかっただろう。

 (わず)かに空間が歪み、ズレていた。

 歪んだ空間は移動していき、波止場(はとば)の先にある、煉瓦造りの建物に消えていった。

 建物のドアは風に(あお)られたように開き、閉じられていない。

 急ぎ建物に向かった。

 可怪(おか)しな建物だとは思っていた。

 波止場の先に、一件だけ建てられているのだから。

 それだけじゃない。近寄ると、最悪の臭いが鼻を刺激(しげき)した。

 腐臭(ふしゅう)

 嫌な予感しかしない。

 建物の手前でルナを降ろし、強い口調で命令した。

「ルナはここで待ってろ」

「嫌です!」

「ルナ! この先は不味(まず)い! この臭いで分かるだろ!」

「臭いがなんだって言うんですか!」

 俺の手を振り払い、ルナは建物に入ってしまった。

「馬鹿!」

 追いかけ、ルナの視界を(おお)った。

 ルナは悲鳴すら上げず、口を開いたまま立ち尽くしていた。

 ルナの眼を覆うまで、たった数秒のはずだ。

 たった数秒で、ルナは心を見失った。

 (おり)に閉じ込められたまま、衰弱死(すいじゃくし)した亡骸(なきがら)

 枯れ枝のように()せ細った四肢(しし)なのに、お腹だけが異様(いよう)(ふく)らみ死にかけている子ども。

 隣の檻から、息絶えた亡骸を狙う獣。

 誘拐、人身売買、密輸、奴隷。

 頭に浮かぶ単語はどれも、存在不要(いらない)ものばかり。

 ルナは利口(りこう)だ。大人よりも頭がいい。けれどこの現実は、子どもには耐えられない。

 俺だって、ルナがいなければここまで正気ではいられなかった。ルナがいるから正気を(たも)ち、ルナを外に追いやれた。

 開け放たれていたドアを閉め、向かい側にある出口へと走った。

 ……被害者(ひがいしゃ)たちを見ないように、全力で。

 出口の先には何も無かった。

 積み荷を運搬(うんぱん)するようなスペースがあるだけだ。

「シュウさん! 海です! (ゆが)んでます!」

 ルナが大声で、建物の向こうから教えてくれた。

 眼を()らせば分かる。光を屈折(くっせつ)させ、隠れている何かが。

「見つけた!」 

 辺りに有るのは小舟ばかり、見えづらかろうと関係ない。

 追い付いてみせる。

 上着を引きちぎり、海へと飛び込んだ。

 一瞬、心臓が凍りついた。

 寒さにやられそうになりながらも、それでも泳ぎ身体を暖めた。

 息継ぎの瞬間にルナが見える。何かを訴え、俺の正面を指さしていた。

 指し示された正面を見ると、隠すのを止めた小舟が姿を現していた。

 小舟からは、俺を見つめる人物がいた。

 見覚えのあるその人物には、歯が無かった。

 俺を見つめる表情は殺意に満ち、今にも飛び掛かってきそうだ。

 実際そうしたかったのだろう。けれど、彼女は小舟の船頭(せんどう)と揉めていた。

 彼女だと分かり泳ぐ動作が止まっていた。

「シュウさーん!」

 遠くからの叫び声で我に帰る。

 またもルナは俺に何かを教えていた。

 指し示すその方向からは、突如(とつじょ)としてタンカーのような、木造の大型船が出現していた。

「……そんなのありかよ」

 金属製ではないというだけで、大きさも迫力もタンカーと変わらないだろう。

 大型船が出現した途端。小舟から青白い光が、魔法光(まほうこう)(とも)った。光は小舟周りの海へと消え、速度を上げた。

「くそっ!」

 距離が開いたことで、小舟の積み荷が見えた。

 積み荷の脇から出ていたんだ。

 横たわる――白い翼が。

「フィオ!!」

 大声を出しても返事は無く、(あば)れる様子もない。

 俺は都合良く考える。誘拐なんだから殺されてなどいないと。

 速度を上げた小舟には届きそうもない。

 距離は離されていき、小舟はタンカーの元へ辿り着いた。

 それでも俺は泳ぎ続けた。

 港から離れ、ルナが港に居るかどうかも分からなかったが、ルナならきっと大丈夫だ。そう思い。覚悟を決めた。

 フィオを助けるまでは泳ぎ続けると。

 泳ぎ近づいていくと、タンカーからスピーカーを使ったような声が響いた。

 声は野太く荒々しかった。

「おいおい、()けらてるじゃねえか」

 小舟とタンカーが揉めていた。

 小舟の声は聞こえもしないが、タンカーの声は一方的に聞こえてくる。

「小遣い稼ぎで身を滅ぼすなんざアホがやることだ」

 可怪(おか)しなことになっていた。

「死んで詫びろ!」

 泳ぐのを止め、凝視(ぎょうし)した。

 タンカーの甲板(かんぱん)から、魔法光が(とも)っていたから。

 魔法光は空中で炎に変わっていき、小舟に向かい、放たれた。

 呆気(あっけ)にとられていた。

 海の上で、小舟から火柱が上がっていたから。

「フィオーーーーー!!」

 頭より先に身体が動いていた。泳法(えいほう)もクソもない。ただ泳ぎ続けた。頭の中はフィオでいっぱいだった。

 何の罪も無い、ただの少女であるフィオが燃やされた? 間違いだ。絶対に間違いだ。フィオが燃やされる理由は無い。

 燃やされていいのは俺だけだ。

 視界に再び、魔法光が映った。

 光は空中で土に変わっていく。土の(かたまり)が形成され、小舟へと向かい。

「やめろーーーーーーー!!」

 落下した。

 海に潜り、淡い希望を(いだ)いた。生きていればなんとかなる。港にはルナがいる。生きてさえいれば。と。

 俺の視界に、焼き焦げた細い腕が見えた。

 ――終わった。


 泳ぎを止めれば、身体は勝手に浮かんでしまう。

 水面に出ると、野太い笑い声が響いていた。

「…………てやる」

 絶望は消えた。代わりに俺の中は全て、ドス(ぐろ)いものが支配していた。

 俺はあいつの気持ちを理解する。

「……殺してやる」

 憎しみ。

「ぶち殺してやる!!」

 それだけが、俺を生かす全てだった。

 タンカーに向かい泳ぎだし、襲撃(しゅうげき)した。

 (わめ)いて叫びながら船の底を殴りまくった。

 笑い声が響く。

「おい、兄ちゃん。壊せそうか?」

 びくともしなかった。

 それでも俺は船底を殴り続けた。ふやけた拳から血が出ようとも殴り続けた。

 あいつとは交代せずに。

 これは俺の憎しみだ。歯を鳴らしたりはしない。あいつでは意味がない。俺は俺のままで、奴を殺す!

 ……でなければ、フィオに顔向け出来ないから。

「おら! 野郎共出航だ! あの客も丁重(ていちょう)に運べよ」

 奴が命令すると、波が動き出した。

 船底に居る俺を荒波が襲う。

 船は波を動かし進んでいた。魔法の力なのだろう。俺ごと辺りの水流を操作し、沖合いに出てしまった。

 陸はどこにもない。

 それでも俺は力の限り殴り続けた。


 二日間殴り続けた俺は力を使い果たし、止まってしまった。

 俺はフィオの幻覚を見ながら、タンカーのそばで海を漂い続けた。  


 薄れていく意識のなか、青空は残酷なまでに綺麗だった。

 


 一章 了

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