三十九話 誘拐
春。
といっても、まだ気温は低く。日差しがなければ寒くてかなわない。
そんな寒さの中、アルテとベラ、バリエノとロッサは帰ってきた。
村長と族長。全員が揃ったということで、すぐに会議が開かれた。会議といっても内容のほとんどは報告しあうだけで、すぐに終わった。
本国に帰った村人の大半は戻ってくるとか、王国は変わりないとか、俺には余り関係なかった。
話自体は面白く、記憶にしっかり残っている。
エルバ村は王国より南に位置し赤道に近い、なのに王国のほうが暖かいようだ。それも一年中。気温が変わらない、みたいに言っていた。
確認したかったが俺以外は誰も疑問を持たず、話が次々と進んでしまい、帰ってからルナに確認した。
「私も王国には行ったことは無いんです。生まれも育ちもここですから、でも森の中は奥に行けばいくほど、温度も気候も一定になっていくんですよ」
「一定?」
「はい。気温とか天気とかです、あと人口も変わらないなんて聞いたこともあります。人口はさすがに冗談だと思いますけどね。何でも、世界の始まりの地、だからだそうですよ」
こうしたルナ先生の補習授業はちょくちょく開催される。
最近ではフィオも話に参加しだし、フィオも分かることだと自慢気に説明したりもする。
檻から出て始まったエルバ村での生活も、春を迎え一年経ったことになる。ルナとフィオも着実に成長している。
不安は何も無い。エルバ村の脅威は消えたのだ。
アーツがボーグに面会し、手土産披露したところボーグは壊れてしまったらしい。
それこそ、俺がいる限りは二度と攻め入らないだろう、とアーツが言い切るくらいに。
試しに出向いてやろうかと思っていた矢先に、街から使者が訪れた。
食事を終えた昼下がりのことだ。俺はフィオと目的も無く散歩をしていた。
突然、筋肉達磨ことホーディが、アーツに案内され俺の前に現れた。
貴族が着ていそう立派で動きづらそうな格好をして、隣には秘書のような見たこともない美人も連れていた。
「シュウ先生! こちらに居られましたか」
奴は警戒する俺に対して、深々と頭を下げ握手を求めながら可笑しなことを口にしていた。
ホーディの後ろでアーツは苦笑いをするばかり。
「何をしに来たんだ」
握手もせず目的を問いただした。
「これは失礼致しました。我輩は和平の使者として、ボーグ殿から正式に依頼され参上致した次第です」
再度握手を求められたので、応じながら続けた。
「それは分かった。で、何で俺を捜して先生なんて言ってるんだよ?」
眼を輝かせて熱く語りだした。
曰く、一撃で自分の意識を奪う技術。迷いのない判断力。けれど、命までは奪わない慈愛の精神。と褒め殺しにやってきたようだ。
最終的には弟子にしてくれとまで言ってきたので、全力で拒否した。
なのに、フィオが話をややこしくしてしまった。
「お兄ちゃんのでしは、あたしがさいしょって決まってるの! あんたなんかじゃないの!」
「なんと! それは失礼致しました」
ホーディはフィオの言うことを真剣に受け止めてしまい、疑いもなく確認してきた。
「……そうだな。だから娘が大人になるまで弟子はとらない。分かったら帰ってくれ」
適当に誤魔化し、事なきを得た。
「……了解致しました。今回は引き下がります。明日、またお願いに参上します。我輩は明日までこの村に居りますので、気が変わったらいつでも村の入り口へお越し下さい」
アーツに連れられ村の中へと消えてくれた。
「お兄ちゃん! さっきの本当!」
終わってはいなかった。瞳を輝かせ、フィオは期待の眼差しを向けてくる。
「ごめんなフィオ。さっきのはホーディを追っ払うための嘘だ。俺は弟子なんてとらない、フィオは武術を習う必要無いよ」
俺は、フィオの気持ちを踏みにじってしまった。
「……お兄ちゃん、ひどいよ」
「へ?」
「あたしの気持ち、ぜんぜん分かってない」
肩を震わせながらフィオは睨む。
「フィオ?」
「お兄ちゃんのバカ!」
フィオは全力で走り出した。
「待ってくれフィオ!」
俺の制止も聞かず、どんどん速度を上げていく。
「くそっ!」
人目も気にせず全力疾走で追いかけ、あと少しでフィオに追い付いたのに、森に入ってしまった。
「フィオ! 俺が悪かった!」
俺の言葉は届いたのか、届かなかったのか。
フィオは樹上へと飛び上がり、姿を消してしまった。
「ああもうっ!」
一時間は捜し続けたが、フィオは見つからなかった。
最悪の事態を考え、行動を変えた。
まず、ルナに事情を説明するため、家に戻った。
途中、森の中は俺より村の住人のほうが頼りになると思い、森の捜索をベラに依頼した。
「馬鹿者!」
怒りながらもベラは、すぐに森へと向かってくれた。
家に帰り、ルナに事情を説明すると一緒に付いてきてしまった。
「すれ違いになったらどうするんだ? ルナは家で待っててくれ」
「大丈夫です。タイガ!」
今回は草原の方から現れた。
「フィオが来たら捕まえてね」
タイガは小さく吠え、庭でお座りをした。
タイガに捜させたほうが良いと思い、ルナに聞いてみたが、タイガはフィオとのかくれんぼに勝てないらしい。
二人で森へと向かう途中、ホーディとすれ違った。
「おや? シュウ先生いかが致しました?」
「取り込み中だ」
素っ気ない態度で、ホーディを通り越したからだろう。心配そうにアーツが聞いてきた。
「何か有ったのかい?」
「まぁ、ね。人手は足りてるから、アーツはそいつらの接待を頑張って……」
秘書が居なかった。
「おいホーディ。一緒にいた美人は何処に行った?」
ホーディだけではなくアーツまで、可怪しなことを言い出した。
「誰のことですかな?」
嫌な予感がした。
「お前の隣にいただろ! とぼけるのもいい加減しろ!」
「我輩は一人で来ました。他に仲間は居りません」
ホーディの胸ぐらを掴む俺を、アーツが止めた。
「どうしたんだシュウ! ホーディ殿は間違ったことは言ってない!」
全身から汗が吹き出した。
直感は告げる。説明より、行動をしろと。
口笛を吹き、走り出した。
「シュウさん!」
走り出した俺に、ルナがしがみついてきた。
俺が叱るより早く、ルナが喋りだした。
「シュウさんを信じます! 絶対に着いていきます!」
俺の思考も行動も、ルナは分かってやっていた。
迷ってる閑はなかった。
冬の間に特訓し、乗れるようになった愛馬が草原で待っていた。
赤い毛並みの一角馬だ。
愛馬に跨がり、ルナを引き上げる。
「しっかり掴まってろよ!」
下手に置いていったら無茶をする。ルナはそういう娘だ。
腰にしがみつくルナの感触に、離す気配は微塵もない。
愛馬赤飛の腹を蹴り、勢いよく走り出した。
予想通りだった。走っている最中、同じように馬を走らせた痕跡を見つけた。
港街シャイタンへ、迷わず馬を走らせた。




