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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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 三十七話 人質


「お兄ちゃん。おそいね」 

「うん。……遅いね」

 最近のフィオは偉い。

 シュウさんが帰ってくるまで、ご飯を我慢するようになった。

 だけど、今日はご飯も冷めてしまった。どうしたのだろう? 暗くなる前には帰る、と言っていたのに……。

「まだかなー、おなかすいたなー」

 翼を下にして寝転がり、じたばたしている。たぶん、お腹が空いたのを誤魔化(ごまか)している。

「フィオ。……食べちゃおっか?」

「いいの! あー、でもどうしよっかな」

 腕組をして悩みだしてしまった。

美味(おい)しくなくなるよ?」 

「それなら食べる! お兄ちゃん、食べてていのにっていつも言うしね」

 食べ始めてしまえばあっという間だった。

 ……シュウさんは、米があればそれでいいと言っていた。でも本当にそうなると、何だか謝りたくなる。

「フィオ……。なんでシュウさんのおかずまで食べたの」

「お肉おいしかったから。それにお兄ちゃんならおこんないし」

「フィオ。そうじゃないでしょ」

 頭を叩こうとしてもあっさり止められてしまう。そして逃げらてしう。

 シュウさんとの生活が始まってから、フィオの成長は目覚ましい。

 私が言ってはいけないことだけど、シュウさんはよく甘やかす。……私にもだけど。

 なのに、フィオは嫌いな勉強をやるようになっている。

 外で遊んでいると思ったら、庭の地面に計算式を書いたりもしていた。

 私が教えた時は寝てばかりだったのに。

 全部あの人のお(かげ)。最初は私たちだけの存在だったのに、今では村の皆にも支持されている。

 特に、女の人たちに。

 シュウさんは族長になってからもてもてだ。私と一緒に散歩してたって、男の人より女の人がよく話し掛けてくる。

 ラウラさんなんかお見合い話をしに、わざわざ(うち)に来たくらいだ。

 もうっ。皆なにも分かっていない。

 ……私もだけど。

 不思議だった。全員すぐに断っていた。

 俺はルナと婚約してるので、と丁重(ていちょう)に断る。

 ベラさんに教わったから分かるようにはなった。その、男女の営みというものはどういういことかを教えてもらった。

 だからこそよく分かる。

 シュウさんが、女性を寄せ付けないようにしている、と。

 私は喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか分からない。

 私は大人にさえなれば、シュウさんを振り向かせられる。そう、期待していたのに。今のままのほうがいいような、そんな気持ちにさえなっていた。

 分からない。シュウさんの気持ちも、私の気持ちも。

 そうやって、最近よく考え込んでしまう。

 考え事を始めると、時間はあっという間に過ぎていた。

 食器洗いも終わり、フィオが寝ても、まだシュウさんは帰ってこない。

 本当に遅い。外はもう真っ暗なのに。シュウさんの身に何か起きたのだろうか?

 心配していた矢先に、玄関から音がした。がたがたと鳴らし、鳴らすだけで音は止んだ。

「シュウさん?」

 もしシュウさんなら、必ず返事をするし入らないわけがない。

 可怪(おか)しいなと思い、居間の(ふすま)を開け玄関を見てみた。

 やっぱり誰も居なかった。

 襖を閉めると、何となく寒気がした。

 外のひんやりとした空気が入ってきたような寒さ。家の中がどんどん冷えていく。

 戸締まりはしたのに。フィオが廊下の戸板でも開けたのだろうか? そう思い、廊下を確認してみる。

 やはり開けられていた。

 廊下の一番奥に月明かりが差し込んでいる。

 戸板を閉め居間に戻ると、蝋燭(ろうそく)の灯りは一つも無く、真っ暗になっていた。

「えっ!?」

 暗闇の中で何かが動いて、私を襲ってきた。



 手に残る感触と彼女の悲鳴。

 忘れられないし、忘れたくない。

 俺が甘いばかりに彼女は無闇に傷つけられた。

 俺自身が彼女を取り押さえれば、あんなことにはならなかった。

 走りながら、後悔していた。

 ルナを巻き込んだことだって、気をつけていれば防げたことだ。視線を感じていたなら原因を突き止めるまで帰るべきでは無かった。

 後悔ばかりだ。

 今はやめよう。今は目の前のことに集中しよう。そう思ったところで、集中することは出来なかった。

 身体は優秀だった。

 ちゃんと(おれ)を家に運んでくれていた。習慣の賜物(たまもの)だろう。

 家に到着したことで、頭はようやく後悔を切り離し集中を始めた。明らかに可怪(おか)しいから。

 玄関は半開きで、半開きなのに灯りが見えない。

 戸締まりを忘れた? それこそあり得ない。

 心は焦り慌てだしたが。

 心とは裏腹に、施設で生き残ってきた勝負の感が、俺に告げる。

 あれは、誘いだと。

 感と心。両方を選んだ俺は、一番近い廊下の戸板を蹴破(けやぶ)った。

 入ってすぐ玄関を見る。

 案の定、見知らぬ男が立っていた。

 男は玄関脇の廊下に潜み待っていた。素直に玄関から入っていたら負傷は(まぬが)れない。  

 だが、それだけのことだった。

 本来なら喜ぶべきだ。正解を選んだことで男の裏をかいたのだから。

 現状は違う。喜べたりしない。

 ルナが――捕まっていたから。

 男は見逃さなかった。俺がルナを見た瞬間の動きを。

 男の腕の中ぐったりしているルナ。そんなものを見せられ、身体が硬直しないわけがない。

 人質になると分かり、男は口元を歪ませ笑っていた。

 ルナの喉元で光る白刃(はくじん)は、ナイフというより脇差しに近い。

 刃は皮膚を(あっ)し、男に仕掛けることも出来ない。

「……ルナを離せ」

 男は笑ったまま楽しそうに首を振った。 

「狙いは俺だろ!」

 男は首の反動でフードを脱ぐ。

 痩せこけた、不気味な男だった。

「うん、そうだよ。君の命が依頼なのは変わらない。でもさ……」

 男は器用に首を下げ、ルナの頬を()めた。

「こんな羽付きなら、犯したくもなるだろ?」 

 込み上げる怒りは、抑えるのが容易(ようい)ではない。

 歯を鳴らせばあいつになる。あいつになればルナも死ぬ。

 怒りを抑え交渉するも無駄だった。

「俺の命ならくれてやる。だからその娘を離せ!」

 不気味な男は笑うのをやめ。

「君に従う必要なんてないだろ? 君は死ぬ以外無いんだ。……何を材料に命令してんだ!」

「そう、だな……。例えば、俺の顔面を潰そうか? 誰だか分からなくなるくらいぐちゃぐちゃにしようか? その上でボーグに渡せばいい」

 舌打ちが聞こえた。

「分かった。君の命で勘弁してやるよ」

 男はフード中から何かを取りだし、俺に向かい放り投げた。

 投げられ、足下に落ちたのは銅剣(どうけん)だった。

「君すごいからさ。自分で喉を切ってよ」

 用心深い男だと思った。最後の機会(チャンス)さえ奪われたのだから。

「急いでね。誰か来たらこの娘は死ぬし、犯すよ?」

 下卑(げび)た笑顔で男は言う。

 頭は回転し続けている。ルナを見た瞬間から、ずっと。

 自分の命より最優先で、救うことだけに考えを費やしている。

 なのに。

 男は全てを封じてしまう。

 近寄ることもせず、時間稼ぎも封じられ、誰かを呼ぶことも出来ない。

 ……誰かを、呼ぶ?

「一つだけ、お願いしてもいいか?」

 男はふざけた顔をしながら答えた。

「何でしょう? 命乞いですか? 命が惜しくなりましたか?」

 心底嬉しそうだった。

「そうじゃない。最後にその娘、ルナに名前を呼んで欲しいんだ」

 (ひざまず)いて、男を刺激しないように続けた。

「頼む、この通りだ。一回だけでいい。ルナの声を聞かせてくれ」

 両手を見せながら、土下座の形にしていく。

「……いいでしょう。ただし、少しでも可怪(おか)しなことをしたら、死んだ君の目の前でこの娘を犯しますからね?」

 怒りのあまり、廊下に爪痕を残してしまった。

「いいですねその表情。では、姫に起きてもらいましょう」

 男は小声で何かを唱え、青白く光らせた。

 すぐにルナは目を覚ました。

 ルナが現状を認識し、悲鳴を上げそうになる。けれど男は即座に口を塞ぎ、声すら出させなかった。

「お嬢さん。騒げば君の大事な人が死ぬ。落ち着いて、冷静に」

 目を見開き慌て出したルナを、言葉一つで冷静にさせた。

 あの男が放つ狂気は尋常ではない。別系統とはいえ、あいつ並み

だ。

「手を離すけど騒いだら君も殺す。彼の名前だけを呼ぶんだ、いいね?」 

 男は俺へと向き直った。

「……そういえば君、名前は?」

 用心深いこの男は確認した。おそらく、他には何も言わせないために。

 男は、俺の期待に応えてくれた。

「……タイガだ。タイガ・シュウ。俺の名前だ」

「タイガ・シュウ、ね。変わった名だ」

 そう言い、男はルナの口から手を離した。

 ルナなら分かってくれる。誰にだって自慢出来る、最愛の娘なのだから。

「タイガ! 死なないでタイガ!」

「少し、うるさいかな」

 強引にルナの口は塞がれた。

 大声、とまではいかなかった。

 俺の声量と大差無かった。

 猫科は人の十倍耳がいい。とはいえ俺では、絶対届かない。

「そろそろ、死んでもらっていいかな?」 

 男の発言にルナは驚いていた。続けて、俺の発言にも。

「ああ。願いも叶ったしな」

 銅剣を拾い、喉元に突き立てた。

 ルナは泣き、男は笑っていた。

 それが、最後の光景だった。

 断末魔が響き渡る。

「なんだ! こいつはーー!!」

 男の後ろから、虎が現れたから。

 気配を察した男は振り向き。相手が獣と分かり、躊躇(ためら)いなくルナを突き飛ばした。

 自らを守るためだろうけれど、守れてはいなかった。


 タイガはいつも、森の入り口付近に居る。

 低い、男の声なら。あそこまで届かない。

 猫科は高音に敏感なんだ。ルナの高音なら、タイガに届く。

 だからルナに呼ばせたんだ。


 突き飛ばされたルナに向かって、俺は飛び出し、急いで抱き締めた。

 男の最後の光景を見せないために。

 男は振り向き構えたところで。顔面を一撃で切り裂かれていた。

 身体はタイガを向いていたが、切り裂かれた顔だけは俺を見ていた。

 一撃で、男は絶命(ぜつめい)したと分かった。

 タイガはさらに攻撃を加えていく。

 屈んでルナを抱き締め、タイガを見つめる俺の胸で、ルナは抵抗していた。

「シュウ、さん。苦しい」

 強く締め過ぎていた。

「ごめん」

 呼吸できるよう、少しだけ(ゆる)める。

 ルナはもちろん心配だが、今はそれ以上にタイガが心配なんだ。

 男を口にくわえ振り回し遊ぶ。

 タイガがもし、俺たちに牙を向いたら。そう思い、警戒してしまう。

「シュウさん。どうしたんですか? 何が起きてるんですか? タイガがどうかしたんですか? 私にも教えてください」

「今は駄目だ!」

 俺の声が、タイガを刺激したようだ。

 無惨に変わり果てた男の亡骸(なきがら)を捨て、こちらに向かい歩み寄ってきた。

「シュウさん! もうっ! タイガお座り!」

 ルナが怒鳴った途端、タイガは座り込んでいた。

「は?」

 そんなタイガを見た俺は、一気に力が抜けてしまった。


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