三十五話 謝罪
自分の意思ではなく、身体が上下に揺さぶられる。
意識がある状態で輸送されるのって結構、不快かも知れない。
ボーグの死体は見つけられなかった、と。
ネーボの肩に担がれている俺に、ベラが教えてくれた。
傷は治してもらえたのだが惨状を目の当たりにしたアーツに、念のためと後ろ手に縛り上げられ、こうなった。
ベラは止めてくれたが、俺自身が許可を出した。
そうしないと人格の説明をしなければいけないから。
アーツの生真面目には困ったものだ。
前を歩くクレイズは終始感動したとかうるさいし、ネーボはずっと黙りだ。
ベラは久々に可愛くなり、隣で歩きながら俺に話かけてくれる。
アーツは浄化をするために、凄惨なあの現場に残っている。
浄化? と思ったが、ベラが気を利かせ教えてくれた。
魔法で死体を埋葬し大地への還元を早め、土地も亡くなった人々の魂も癒す、ということらしい。
ベラは村の現状も語ってくれた。
村の様子は慌ただしく戦争の準備も終わっていない。だから四人で行動したそうだ。
村人たちとは違いルナとフィオは立派だったと、嬉しそうにベラは語る。俺は必ず帰ってくると言い、普段通りに努めようとしていたそうだ。
帰ったら二人の望むままに甘えさせてあげよう。
報告を聞きしばらくすると、浄化を終えたアーツが合流し、クレイズに伝令を命じた。命じられたクレイズは嬉々(きき)として村へ駆けていった。
アーツが合流したことで、俺の拘束も解除された。
どうでもいいが、クレイズとネーボは俺の仕打ちに対して疑問を持たないのだろうか?
クレイズは特に。
縄の跡がくっきり残った手首を擦り、心の中で突っ込んでいると。
「シュウ族長。満足してくれましたか?」
ネーボの低い声で不可思議な質問をされた。
下手に否定も出来ないので、話を合わせておいた。
村に戻ると歓声が巻き起こった。
クレイズのせいだ。
村の通路は人で埋め尽くされ、通るだけでも一苦労だった。
早く帰りたいのに。
アルテへの報告やら村人への演説やら、色々やらされてしまい、
家に帰るのは夜になった。
玄関の戸板を開けると、そこにはフィオがいた。
言葉を発する閑さえも無く、胸に飛び込まれた。
抱き止め、思った。一日会わなかっただけなのに、大きくなったな、と。
戸板の音を聞きつけ、とたとたと足音が続く。
走ってきたルナが裸足のまま抱きついてきた。そのまま脇腹に顔を埋め、何も喋らなかった。
フィオを片手で支え、二人の翼の生え際辺りをポンポンとたたき。
「ただいま」
と言ったのだが。
泣きじゃくる二人に返事は、難しいようだった。
翌朝。
起きたいのだが、愛娘たちはまだ寝ていた。
隣で。左にルナ、右にフィオ。
昨晩はかなり怒られた。二百人と戦ったよ、とか言うものじゃない。
しかし、サンドイッチ状態では起きるのも難しい。二人とも俺の着物を掴んで寝ているから、なお難しい。
……、二度寝していた。
外出してみると、村は騒々(そうぞう)しいままだった。
それもそのはず。彼らを縛る境界が消え、本国に帰れるようになったのだから。住人の半分が帰ろうとしていて、戻ってくるかも分からない。
「あれ?」
すぐさま家に戻り、怒られるのを覚悟で本国に帰るのか訊いてみた。
長寿である森の民なら、祖父母くらい生きていると思ったから。
そうでも無かった。
「いません」
即、話を切り上げたが。
「シュウさん? ここが私たちの家、ですよね?」
笑顔で怒られた。
二日目。
村に行けば視線を感じ、人に会えば口々に感謝の言葉を浴びせられる。
嬉しい限りだ。
中には小さい子どもたちも居て、怖がりながらも必死になってあるものを差し出した。
五歳くらいの長耳のお姉ちゃんと、その弟君。
二人が差し出したのは、花。
花なんて似合わないのだが、幼い子どもに差し出され断れるはずもない。
受け取るとそれだけで、笑っていた。
幸せだった。
幸せだったのに、彼と出くわした。
「……バリエノ」
彼は人目も憚らず、頭を下げてきた。
「ワタシが間違いだったと認めよう。勝つな、と言ったことはワタシの誤りだった」
拳を握り締めバリエノに歩みより、周りには聞かれないように囁いた。
子どもたちが居なければ大声で怒鳴りたかった。
「俺に頭を下げるな」
怪訝な顔で俺を見つめる。
「俺に? なら誰に?」
「決まってるだろ? ルナとフィオにだ」
無表情な顔つきは変わらないが、ため息をついていた。
「……承知した」
バリエノを帰宅させ、俺は二人を連れに戻った。
帰るとルナはすぐに出迎えてくれたが。
「ただいま。あれ? フィオは?」
「遊びに行っちゃいました」
「……そうか、ならしばらくは帰らないな」
どうしたものか。
重要なのはルナとはいえ、フィオも居てくれた方が嬉しい。
バリエノが謝罪する。こんな機会は二度と無いかも知れない。
……仕方ない。
「ルナ、よく聞いてくれ」
そう言い、エルバが死んだ理由とバリエノの関係を説明し。
真相を知ったルナとともにバリエノの元へ向かった。
族長でありながらバリエノの家は、一族より少し大きい程度だった。
ドアの玄関、その扉の前で彼は待っていた。
「フィオレはどうした? ルナだけでいいのか?」
家の敷地に入るなりこれだ。
「出掛けてる。ルナだけで構わない」
「……あとで文句は言ってくれるなよ?」
「言わないから安心しろ」
俺とバリエノの口喧嘩に、ルナがおそるおそる割って入ってきた。
「あの、バリエノ様。シュウさんが言っていたことは、本当なんですか?」
ルナが動き出した以上、俺は見守ることに徹した。
「事実だ。ワタシはあの日、エルバに勝つなと進言したよ」
後退りしていくルナの背中をそっと支えた。
萎縮した心を表すように、翼も小さく折り畳まれていく。
「勘違いしてくれるなよ? 進言はしたが選択したのは他でもないエルバ自身だ。とはいえワタシにも責任があることは認める。だからこうしてエルバの意思を継いでいるのだ」
「父様の、意思?」
「……村のために被害を最小限に抑えることだ。でなければ、エルバが死んだ意味が無くなる。村を守る。そのためなら例え本人の娘だろうと利用した。なにせエルバが願ったのは、一人も死なせないことだったからな」
無表情だったバリエノの顔に少しずつだが、熱が籠っていく。
「ワタシだって、エルバには生きていて欲しかった。エルバならやれる。そう信じたからこそ、勝つなと進言したのだ」
ルナを支えている手から、感触が消えた。
「……それが本当なら、私、許します」
許す?
「恨んでるかどうかは訊かないで下さい。でも許します」
肩を震わせ、拳を強く握りしめながら、懸命にルナは喋っていた。
俺はそんなルナに、眼を奪われてしまった。
萎縮していた翼が、今では白く輝いて見える程に。
「世の中に無駄はないんです」
「……エルバの口癖か」
ぼそりと、バリエノが呟いていた。
「はい。昔の私には、理解出来ませんでした」
くるりと、ルナは俺に向き直り手を握ってきた。
「今ならシュウさんに出会った今なら、分かるんです。父様も母様も喪って本当に辛かった。でもそうじゃなかったら、そうならなかったら……。シュウさんには出逢えなかった」
それは俺にとって、反則といっていい程に強く、頭の中で響き続けた。
……無駄はない、か。ルナはやはり、凄い子だ。
「そうか。そう、思えるか」
バリエノは眠るように眼を閉じ、ゆっくりと開いた。
「……今まで村のためとはいえ苦労をかけた。すまなかったな」
謝罪の言葉を受け取り、俺は満足していた。
そのあともしばらく、バリエノとルナは話し合っていた。
話し合いを終え、俺とルナは手を繋ぎ帰路についた。
それが災厄を招くとも知らずに。
「シュウさん?」
何度も振り返る俺に、ルナが声を掛けてきた。
「何でもない」
昨日からだった。外出中は必ず、視線がつきまとうのだ。




