三十四話 有象無象
見る。ではなく、見せられる。
今の俺には、眼を閉ざすことすら出来ない。身体の権利をあいつに譲ったからだ。
兵どもはざわめき俺を注視する。
丘の上から目立つようボーグの名を叫び、見せつけながら変貌を遂げる。
全ては演出。
兵どもに見上げさせるという行為も、丘の上から雄叫びを響かせ強襲することも、全ては恐怖を彩るための、演出だ。
魔法と矢に注意を向けながら。落下するかのように、丘を降る。
飛び道具への注意は無駄だった。
血気盛んな連中が、俺を仕留めようと出迎えてくれたから。
剣と槍を携え、何人もの兵士が走り出す。
俺は雄叫びを止め、彼らを歓迎した。
「来やがれ雑魚どもがー!!」
喜び、俺はさらに加速する。
俺を殺せば、褒美でも出るのだろうか?
向かってくる兵どもの眼は、狂気に満ちていた。
こちらとしては助かる。
速い者から順番に来てくれるのだから。一斉に来られるより、遥かにましだ。
一人目は剣士。
走りながら剣を振りかぶり、顔面に掌底をぶち込まれ、後頭部から地面に激突していた。
二人目は槍兵。
勢いを利用した突きを繰り出すも躱され、回転で威力を増した踵に、顎を破壊された。
着地したところを三人目が狙う。
またも剣士。剣は降り下ろされていたが、立ち上がる動作からの頭突きで、相手を吹き飛ばす。
反動で飛ばされた剣に、俺の肩は切り裂かれた。
はっきりと認識できたのはここまでだ。
乱戦の始まり。
一斉に押し寄せる兵士ども。
俺は、歓喜していた。
「上等だー!!」
囲まれていた、逃げ場もない程に。
刺され、切り刻まれる五体。
だが傷は浅く。その代償は重い。
こいつは全てを把握している。
致命傷はもちろん。深手の傷だけを避け、平気なものは食らう。
食らい傷ついた分は、反撃に費やす。
反撃に無駄は無い。
的確に急所だけを狙い、一撃で屠る。
拳で、肘で、足で、膝で。
叩き、折り、砕き、潰し。
頭も爪も、歯も使い。
掴み折り、捻り廻す。
噛み砕き、踏み潰す。
己が肉体だけを頼りきる。そんな危険な真似はしない。
相手の武器も使用する。
相手自身も利用する。
青白い光りが視界に飛び込めば、最優先で落ちている武器を拾い、投擲する。
放たれた剣が、兵の隙間を縫うように移動し、光りを放つ人物を射止める。
襲い来る槍に対し、頭を掴み手繰り寄せ、敵に敵を突き刺させる。
仲間を殺し、罪悪感に苛まれている敵の首を、片手で捻り尽くす。
恐怖で腰を抜かす兵士。泣きながら両手を組んで、命乞いをしていた。
蹴られ、涙を流していた頭は、後ろに行ったきり戻らなかった。
背を向け逃げ出す敵には、落ちていた剣を投げつけ、串刺しにし。
腰を抜かしてもなお逃げようと、這いつくばる者は、丁寧に踏み殺した。
――地獄絵図。
開幕直前まで、辺りは朝露に満ちた草原だった。
現在はどうだ。
骸と銅製の凶器が散らばり、悪魔が笑い、立ち尽くしている。
地獄絵図ではない――地獄だ。
「足りねぇぞ有象無象どもがー!!」
逃げ惑う兵を目指し、襲い掛かる。
身を限りなく低くし、草原で獲物を求めひた走る。獣の如く。敵の視界から隠れ、次々と獲物を仕留めていく。
仲間の悲鳴を頼りにしたのだろう。矢を警戒し隠れて疾走していたが、その時は来た。
弓兵が十人、俺を狙っていた。
上からなら、死体を持ち上げれば済んだ。
この状況で逃げていない弓兵なんだ、そんなに甘くはなかった。
水平に飛来してくる矢。
ゾーンを発動させ危険なものだけを絞り、掴んでいく。
こいつでも、全ては捌ききれない。
何本かは腕や脚、そして胴体へと刺さっていく。
それが止めだった。
逃げ惑う兵士の中、正気を保ち反抗してきた兵士。彼らもとうとう逃げていった。
十本も矢を放ち当てているにも関わらず、悪魔は倒れず笑い続ける。
彼らの眼にはどう映ったのだろう?
おそらく、不死の怪物に映ったに違いない。
兵は全員が悲鳴を上げ、逃げ出して行く。
こいつでも追う力は残っていなかった。
だからだろう、最後に近場の槍を拾い、弓兵の一人を串刺しにした。
血塗られた丘の麓、わざわざそのような凄惨な殺戮現場に戻り、死体に腰掛け笑っていた。
くすくすと堪えるような笑いから、次第に天を仰ぎ大声で笑っていた。
「あーあ。……最高だった」
感想を口にして、権利は俺に戻された。
疲れきっていた。
疲れに加え、全身傷だらけで痛い。特に背中が痛む。
やはりあいつでも、視界の外までは防ぐことが出来なかったようだ。背中はそこそこ傷が深い。
生きてるだけでもありがたいが、この惨状には吐き気がする。
何十と転がる死体から遠ざかりたい一心で、身体を動かした。
地獄から離れた途端、草原にへたり込んでしまった。
矢を引き抜くか迷う。
出血は増えるが、矢が刺さりっぱなしでは行動がしづらいから。
……後回しにした。手に食い込む、歯の除去から始めた。
そんな現実逃避に近い作業に没頭しているうちに、声がした。
「シュウー!」
女性の声。
そればかりではない。他にも数人いる。
ベラを筆頭に、クレイズとネーボ、そしてアーツ。
彼らなら何も心配ない。
ようやく、肩の荷が下りた。




