三十話 村人
夏が終わろうとしている。
秋になり収穫が終われば、決闘が待っている。
俺の役目である決闘が。
「シュウさん? フィオを知りませんか?」
「……庭にいるよ」
筋トレ前に、気合いを入れようとしていたのだが。
いつだって二人を見ると気が緩んでしまう。
あっという間の月日だった。
アーツとの戦いを終え屋敷に戻り、屋敷の住人たちと最後の食卓迎えよう、そう思っていた。
だから夕食を済ませたあと、アルテから順番に感謝を伝えるために、一人ずつ挨拶していった。
「お世話になりましたアルテ様、ご恩は一生忘れません」
と、気持ちを込めて丁寧に言っていたのに。
「何だか気持ち悪い。これからは、ルナとフィオレを宜しく頼むぞ」
聞き間違いかと思う返答が返ってきた。
俺にとっては形式上でも、ルナとフィオにしてみれば俺こそが家族なんだと、改めて教えられた。
二人の意思を確かめるために、最後の日にして初めて、二人の部屋を訪ずれた。
屋根裏部屋、と言えばいいのだろうか。梯子で登る様といい、部屋といいどちらかと言えばロフト、と言ったほうが良さそうだ。
大きさは子ども部屋それだ。真っ直ぐに立つと頭をぶつけ、手を伸ばして寝転がると壁に触れそうな、小さな部屋。
二人は布団の上に、俺は床に座り話し合った。
「俺と一緒で本当にいいのか?」
俺の第一声に対し、威嚇するかのようにルナは翼を広げ怒っていた。
ルナを見て、フィオも翼を広げていた。タイガがじゃれついたので、フィオはすぐに翼を折りたたんだ。
「……シュウさん。お風呂での言葉は嘘だったんですか」
一発で仕留められた。
涙目でそんなことを言われ、反論出来るはずがない。
あとの時間はルナの機嫌を取り戻すために、弁解をしただけだった。
翌朝には、三人と一匹で屋敷をあとにした。
屋敷を出ると、フィオが少し挙動不審になった。どうしたのか尋ね。思い出した。
「いやな色は、見たくないなぁって」
フィオの能力。フィオは人の心を色として観てしまうのだった。
不安になっていたところを、珍しく村人がすれ違った。
エルフという人種は、性別を問わず美形が多い。髪も男女ともに長く、顔だけみると一目で判別できない程だ。
ネーボという例外はいるが。
ちなみにすれ違った人は男性だった。
彼は、俺をじろじろと見ながら話し掛けてきた。
「あんた、人族だよな?」
「そうだけど、何か?」
答えた途端に、態度が豹変した。
「あっ! 勘違いしないくださいよ。噂とだいぶ違かったんで、つい」
噂?
「敬語はいい。それより噂って? どんな?」
彼は若干躊躇いながら、教えてくれた。
「ネーボを上回る強さと、ベラを骨抜きにした人族。と噂されてましたよ。ですからもっと大きくて乱暴そうな印象でしたが、我々とそう変わらなくて安心しました」
噂というものの怖さを思い知った。
俺がベラを骨抜きに? 別れの時だって俺よりも、ルナとフィオとの別れを惜しむだけだった、あのベラを?
事実無根だ。
念のため他にもあるか聞いてみたが、似たようなものばかりだった。
クレイズを懲らしめたとか、アルテに一目おかれる存在だとか、子どもために生きてる奴などと。合ってるような合っていないような、そんなものばかりだった。
訂正しようか迷ったが。
「ま、噂は噂だ。あんたはいい奴だ。二人の様子を見てれば分かるよ。今後ともよろしくな」
その一言と、彼の態度で噂などどうでもよくなった。
こうもあっさり受け入れられるとは。
彼は仕事の途中だったので、早々と行ってしまった。
いなくなったあと、フィオに確認してみた。
「フィオ、さっきの人はどうだ? 変な色に見えたか?」
「ううん、ふつうだったよ。だいじょうぶみたい」
エルフは元々ルナとフィオの味方に近い、フィオの能力の克服には丁度良い形だった。
問題は翼人族だ。彼らの中には、ルナとフィオを恨んでいる人たちさえいる。
自分たちが誓約で縛られた理由を、エルバさんのせいにしてルナとフィオを恨んでいる。
戦争を回避するために戦った英雄を貶め、その遺族に恨みをぶつけるなど、気に食わない。
恨むくらいなら、戦争に応じていればよかっただろうに。
ルナはそんな翼人族に対しても、彼らの元へ帰りたがっていたそうだが、今はどうなのだろう?
「ルナ。一緒に住んでくれるのはありがたいんだけど、ルナはまだ翼人族の元へ戻りたいのか?」
「あれ? おじい様から何も聞いてないんですか?」
このパターンにも慣れてきた。
「私もフィオも、シュウさんの家族です。とっくに人族として扱われてます。だからそんなのはもう、気にしてないです」
満面の笑みで言われ、アルテに言いたい小言も吹き飛んでいった。
エルフ地区を抜け南のホビット地区に入ると、一軒だけ違う建物があった。
俺がロッサに訊かれ言った通りの、和風式の家が。
一日で建てた?
家の前ではニヤニヤしながらロッサたち、ホビット族が待っていた。
「どうかなシュウ殿。立派なものでしょう?」
ねじり鉢巻をして胴着を着たロッサ。ホビット族もそうだ、彼らの格好は大工だ。
「ありがとうございます棟梁」
「とうりょう? 何かはわかりませんが、褒め言葉として受けっとっておきましょう。さあ、どうぞ中へ」
ルナとフィオにもお礼を言われ、ロッサたちは上機嫌になっていた。
家は中も広く立派だった。アルテの屋敷は木材が主流だったが、この家は土が主流だ。
瓦屋根に始まり、土壁が多く見られる。さすがに柱と床は木材だったが、随所に土が使われている。
八畳の居間、庭、台所、風呂場、厠、六畳の二部屋と。
アルテの屋敷に比べれば小さいが、三人で暮らすには十分だった。
「シュウ殿には決闘が待ってますからな、せめてもの贈り物です」
それだけ言い残し、ロッサたちは帰ってしまった。
ホビット族も問題なく、俺達を受け入れてくれた。
ロッサたちが帰り、アルテの屋敷から持ってきた荷物を降ろす。
荷物に俺の物は何もない。ルナとフィオの私物と、食糧だけだ。
フィオは早速、庭でタイガとはしゃいでいた。
俺とルナとで荷物を片付けていると、ルナ用の風呂敷から俺のシャツが出てきた。
てっきり無くなったと思い、諦めていたのに。
見つけたところでどうしようもないくらい、ボロボロだったが。
前も後ろも爪で引き裂かれ、直しようがない。ジーパンも見つけ、こちらは大丈夫そうだった。
というよりも、ジーパンは直されていた。
森の中を疾走しいくらか破けたりした箇所が、縫われ直されている。
一つ疑問が浮かぶ、なんで返してくれなかったか。
シャツは分かる。これは捨てるしかない。ジーパンは返してくれてもいいのに、そうしている間にルナが戻ってきた。
俺が質問するより早く、ルナは慌てて説明しだした。
俺の推理と同じく、ジーパンは返すつもりでしたと、タイミングがなかっただけでしたと。
説明を聞き、シャツを捨てるため破こうとすると怒りだした。
「シュウさん! だめ! だめですってば!」
腕にしがみつき、破る邪魔をしてきた。
「駄目って、なんで? 直せないってルナが言ったんだぞ?」
「……私が、欲しいんです」
「欲しいのか。これが?」
頬を赤く染めながら、ルナは頷いた。
ナイロン製だからだろうか、研究でもするのかも知れない。
「生地のせいか? 確かにこっちにはなさそうだもんな」
「……そうです! こんな生地滅多にないから私、調べてみたくなったんです!」
「お、おう。調べるのはいいけど、食べたりするなよ」
「食べたりなんてしないです! 臭いを嗅ぐだけです!」
ルナが臭いフェチだと知った。
極限まで頬を染め、泣きそうになりながら出ていったので、詳しいことは未だに聞けていない。
家に居れなくなったので、一人で東へ向かった。
翼人族の住む地区に。
時刻は昼時、翼人族の何人かと出会ったが、何もなかった。
出会った人たちも普通だ。俺を見て喧嘩にでもなるかとも思ったが、そんなことは起きもしない。
お蔭で彼らのことも分かった。
彼らの特徴である翼は、大きさも色も一人一人違い様々だ。
クレイズとバリエノは同じ茶色をしていたことから、家族同士だと似るのかも知れない。
彼らは髪が短い、翼に当たらない長さにしか伸ばさないようだ。
そうなると、現時点のルナの髪は長すぎるわけだが。俺のせいだろうか?
翼人族の反応を見て帰るつもりだったがクレイズに出会い、そうもいかなくなった。
「クレイズ」
呼んだはみたが、続きの言葉は出てこない。
互いに殺そうとしたとはいえ、謝るべきだと思い近寄ると。
「あんときはすいやせんした!」
と、謝られた。
文化の違いとは不思議なものだ。
クレイズはこてんぱんにやられたことで、俺に対して憧れを抱いたらしい。
「オレと親父がねった策が、全部ねじ伏せられられこの人すげえと思ったんです。しかも、助けてまでもらいましたし。それでオレ、分かったんす。シュウさんみたいなのが、男なんだなって」
眼を輝かせ、クレイズは可笑しなことを口走っていた。
ただ、そのクレイズが起点となり翼人族の中に、人族交流派が増えたのも事実だった。
世の中なにが起こるか分からない。
そんなこんなで波乱もなく、村人たちとも打ち解け平穏な時を過ごしていた。
ルナとフィオの成長を見届けるだけの、充実した幸福な日々を。




