二十九話 火炎
会議場にあるのは円卓と椅子だけ。話し合いの場、なのだからこんなものなのだろう。集い会い、物事を議決するのが会議なのだから。
会議は俺の自己紹介から始まり、問題なく進行していった。
翼人族族長のバリエノは俺を敵視しているが、特に問題はない。
敵視したところでアルテとアーツ、さらにホビット族族長のロッサと、三人が俺を守るために弁護してくれていたから。
三人が俺を弁護し、不当な扱いになるような採択は選ばれなかった。
五人だけとはいえ、やっていることは政治そのものだ。断じて軽く連れ出されていいものではない。
アルテは味方だが気を抜いてはいけない。あのじっ様は面白がって、意図的に教えないことがある。意図的なのはおそらく、試しているのだと思う。
今回の会議で正式に、俺の処遇は決定された。
エルバ村唯一の人族にして、族長。つまりは村人として認定されたわけだ。
良いことだが、残念でもある。
処遇が決まった以上、アルテの屋敷からは出ていかなければならない。
屋敷生活が一週間とはいえ、濃厚な一週間だった。
そんな一週間を共に過ごした住人達と、離ればなれになるのは寂しく思う。
明日からは一人暮らしが始まる。場所は南地区、ホビット族と同じだ。
俺の体格で、あの小さな土の家、か。
どうなるか少し不安だが、住めば都とも言うし前向きにいこう。
会議も終わり、帰ろうとした矢先にアーツが小声で話かけてきた。
「外で待ってる。決闘での出来事を確かめたい」
言い残し、足早に会議場から出て行ってしまった。
すぐ追いたかったがロッサも俺に用があり、そうはいかなかった。
ロッサは小人と呼ばれるように小さく、子どもと間違いそうになる外見だが、顔を見れば一発で大人だと判明する。
立派な口髭を蓄え、額には三本の皺もはっきり刻まれている。ホビットは全体的に、老け顔が多いらしい。
初めて出会ったホビットに、違和感は拭えていない。なのにロッサは次々と話を進めている。
「やぁ、シュウ殿。同じ南地区の住人として、これからはよろしくお願い致す。時にシュウ殿、貴殿はどんな家をご所望かな?」
俺は変な表情をしていないか、不安を感じつつも返答した。
「家、ですか? どんなって言われても、出来ればエルフような和風がいいんですけどね。ホビットの土の家は土の家で面白そうなんで、気にしないでくれ……、ください」
「そう畏まらずともよい、同じ族長であろうに。それはそれとして。ふむエルフか……あいわかった。明日を楽しみにしていただきたい」
俺の言葉使いを笑って許し、何か考え事をしながらロッサも会議場をあとにした。
バリエノは既に、俺を睨み一番最初に出ていっている。
アルテはというと視線が合った途端に頷き、顎を使って、行けというような動作をしていた。アーツところへ行け、ということだろう。もちろん行くに決まっている。
決闘での出来事ならなおさらだ。
間違いなく、人格のことだろうから。
アルテの息子である以上、俺の話は聞かされているだろう。だが、聞くと見るとでは全く違う。
アーツはその眼で、悪魔としての俺を直に見た。見たどころか、被害まで受けたのに。
それでもなお、アーツは味方だった。そんな彼の誘いは断れない。何が待っていようとも、行かないわけにいかない。
会議場を出ると、すぐ近くでアーツは待っていた。
地区を繋ぐための、なんでもないただの通路の上に。眼を閉じ耳を澄ませ、精神統一でもしているかのようだった。
「誰もいない……。では始めようか」
何を、と訊く前にアーツは上着を脱ぎだした。
上着を脱ぎ、構えた。
半身になり右側を奥に隠すようにして、俺に対し構えていた。
「やっぱり、か」
上着を脱ぎ、堂々と立ち向かう。
「ベラの話は聞いている。これはボクなりのけじめだ。受け続けるなんてことはしなくていい。そのうえで、ボクは君を確かめたい。君が何者で、ボクらにとって敵となるのかを!」
口上が終わると、アーツは構えた姿勢でじりじりと間合いを詰めだした。
いい男だ。俺が悪魔にならないか、身をもって確認してくれている。
俺を疑いながらも信じ、奇策や卑怯な真似はせず、正々堂々と戦うことを選んでくれた。
全力で応えよう。傷つけぬように、全力で。
身長は似ている。だが射程は違う、アーツの方が長い。
上着を脱いでくれたから、アーツの肉体がよく分かる。
狩人はなかなかに無駄がない。
獲物を獲るために、獲った獲物を運ぶために、鍛えられている。
詰め寄り方も正しい。
摺り足で、少しずつ確実に近寄っている。
相手の動きに即座に対応する、ベストな動きだ。
距離に余裕は少なくすぐに俺の顔面は、アーツの間合いに捉えられた。
アーツの腰が捻られ、隠れていた右拳が風を切りながら、高速で俺を襲う。
「なるほど、ね」
アーツは目の前にある右拳に呟き、俺の頬を切り裂いた拳を収めてくれた。
「やはり闘技では及ばないな」
アーツはよほど緊張していたのか、胸を押さえ深呼吸をしだした。
「寸前で止められたか」
呟きに、悔しさを感じさせる。
アーツはクレイズとネーボより、強い。けれどそれだけなんだ。地球の技術には、及ばない。
だから傷つけぬよう、空手でいうところの寸止めをしたんだ。
「続けるのか?」
俺の問いに、アーツは無言で頷いた。距離を空けながら。
どこまで行くのか? 十五メートルは離れたと思う。
十分に距離を空け、アーツは振り返った。
「シュウ、安心してくれ。殺しはしない」
不穏な言葉を吐き終えた口元に、青白い光が集う。
「霊よ。言霊に導かれ。我が敵を焼け。火炎」
口元の光は腕へと伝い、炎へと姿を変え、手の平の上で燃え盛っている。
燃え盛る炎を、まるで野球ボールでも投げるように、アーツは俺に向かい投げつけた。
観察に集中しすぎ、出遅れた。転がるように身を躱し、一球目は難を逃れた。
一球目は。
アーツは連続で言霊を紡いでいた。二球目が、姿勢を崩した俺を目掛け放たれる。
二球目は躱せなかった。
両腕で顔を防ぎ、防いだ両腕が燃えた。
久々に大声で悲鳴をあげた。
両腕の炎を消すために地面を転げまわり、ようやく炎は消えた。
行動の一部始終を、アーツ黙って見ているだけ。
気がつけば俺は、両腕を突きだし土下座のような姿勢で止まっていた。
燃やされる。この痛みは未経験だった。裂傷や刺傷など比較しようがない。強烈な痛み。
炎は消え、痛みは幾らか落ち着いていた。歯を食い縛りながら立ち上がり、アーツを睨んだ。
「どうだアーツ? 合格か?」
燃やされた前腕から先は焼け爛れ、感覚が鈍く、痙攣している。
アーツはそんな俺を見つめ、深く頷き駆け出した。
俺の腕を治すために、駆け出し何度も謝罪した。
治療といっても、魔法一発で完治する。
治ってしまえば何でもない。寧ろ良い経験をさせてもらった、とアーツには言っておいた。
アーツに対して怒りはしたが、治療に懸命なアーツを眺めているうちに、どうでもよくなった。
アーツは何度も謝ったことだし、行動自体に間違いはない。
平気で人を壊す化物を、村に迎え入れるのだ。燃やし、化物に変貌するかどうかを確かめて、ようやく安心したのだろう。
別れ際のアーツの顔は、出会った頃より爽やかに思えた。