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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
25/71

二十五話 風呂

 

 四歳に退行したルナ。

 あれから二日経過し、三日目を迎えていた。 

 ルナは俺を父親と信じて疑わない。

 疑わないだけならいい。そればかりか決して離れようとしない。

 そのせいで、初日にフィオと喧嘩をしてしまった。


「とうさま、このおねーちゃんがいじめる」

 ルナがおねえちゃんと言うその子こそ、妹のフィオである。

「ちがうよ! おねえちゃんがおねえちゃんなんだよ!?」

「とうさまー、このおねーちゃんこわいー」

 人を間に挟んで発展していく姉妹(きょうだい)喧嘩。勘弁してほしい。

 どちらかが間違ったことを主張しているのなら分かるが、どちらも悪くないから余計に困る。

 ルナがこうなった原因はやはり、魔法の使い過ぎが原因だ。

 四歳に戻った理由は別だろうけれど。

 ベラは魔法の使い過ぎに関して自分を責めていたが、悪いのは俺だろう。俺を助けるために、こうなってしまったのだから。

 四歳とはいえ。肉体はそのままで精神(なかみ)だけ若返っている。そりゃあフィオでは納得しづらい。

 俺自身は知識上、ルナならあり得ると思っていたし危惧もしていた。だからここまではすんなり、(おのれ)を落ち着かせられた。

 ここまでは、だ。

 何故(なにゆえ)俺を父親と勘違いしているのだろうか?

 翼もないし、見た目だって似てないとアルテに言われたのに、ルナは俺を父親だと言い張る。

 おにいちゃんにとうさま、か。

 今更(いまさら)だが俺はおにいちゃんという年齢ではない。現状ではルナをどうにかしようと、ルナを優先した結果。俺とフィオも喧嘩した。いや、喧嘩などとも呼べやしない。

 我慢させただけ。

 ルナの現状を可能な限り説明し、怒るフィオに頼み込んで無理強(むりじ)いしたにすぎない。

 不満だらけなのに頷いてくれたフィオの、涙を(こら)えていた顔は忘れられない。

 世の中の兄弟姉妹を、どちらも満足に育てた人は偉いと心からそう思う。

 少しばかりだが、マーレさんの気持ちも理解出来てしまった。

「ルナをこんな風にした張本人だけど、……恨んだりはできないよなぁ」

 独り言も増えるというものだ。が、この三日間は独り言にならなかった。

「とうさまよんだー?」

 俺の目の届く範囲には必ず、ルナがいるから。

「うん、呼んだぞ。そろそろ終わるから、一緒に運ぼうな」

「はーい」

 ちなみに、今俺は(まき)割りの真っ最中だ。

 いつだったかアルテが言っていた俺向きの仕事とは、薪割りのことだったのだ。

 蔵の近くに薪割り用の切り株が二つあり、一つに座ってもう一つの切り株の上に薪を置き、銅製の(なた)で薪を二つに割る。

 想像通りの単純作業だが、やってみるとなかなかに面白い。考えごとをするにも最適だ。

 今もこうして、ルナが見守るなか薪を割りながら考える。ルナの父、エルバさんのことを。


 エルバさんの遺言はあった。

 俺が死闘を繰り広げていたあの日、アルテはアルテで翼人族の長、バリエノと舌戦(ぜっせん)を繰り広げていたそうだ。

 俺のことやルナとフィオの処遇、そしてエルバの遺言と、全てを勝ち取って来てくれた。

 エルバの遺言については教えてくれたが、他のことは教えてくれなかった。

 アルテ曰く、そっちは楽しみにしとれ。と言われそれっきりだ。

 確かに現状では、俺の肉体的理由とルナの精神的理由で、手伝いなど出来ないけれど。

 ぶっちゃけ何を勝ち取ったのかは教えてほしい。 

「とうさま、なにしてるの?」

「え?」

 薪は、既に空っぽだった。空っぽのままパントマイムをしていたようだ。

「ふふっ。なにもないのに、へんなの」

 ルナが喜んでくれたので良しとしよう。

 二日間でかなりの量を割ったが、魔法が存在するこの世界、この屋敷のどこで薪を使うのだろうか? 

 

「おーい。シュウー」

「おお。ベラ」

 薪を運んでいる最中に、ベラがやってきた。

「ベラさんだ!」

 四歳に戻ったのだから、当時のルナと接している二人は、なんら問題なく受け入れられている。 

「ルナ様お疲れ様です。いつもお父様のお手伝いをして、ご立派ですね」

 ベラはルナの頭を撫でながら、ルナの設定通り、俺を父親扱いする。


 ベラとアルテは、ルナの全権を俺に委ねてきた。

 幼児退行の説明をした結果、精神事情に関しては俺が一番詳しいからと、委ねられた。

 おれ自身納得もした。

 魔法の使い過ぎで起きる症状を、彼らは一括(ひとくく)りにしかしていなかった。

 廃人、と。

 治らないものと決めつけていたのだ。

 今回の幼児退行を含め、治せるものはたくさんあるのにだ。

 ルナには俺がいて、本当に良かった。心からそう思う。

「とうさまー?」

 薪を持ったまま立ち止まっていた。

「ごめんごめん」


 薪を運び終え、手伝ってくれたベラに質問する。

「薪って何に使うんだ?」

(かまど)と風呂に決まってるだろ」 

「風呂って、有ったのか?」

 ベラは一歩、後ろに退がった。

「待て。布で毎日ちゃんと拭いてるから不潔ではじゃない。それに、風呂の説明をしないアルテも悪い」

 また一歩退がる。

「アルテ様にも何か事情があったのだろう。それより、その布はいつから使っていたやつだ?」

「……(おり)の時から」 

 ベラはすぐに風呂場へと案内してくれた。


「布だって洗ってるし、不潔じゃないのにな」

 ぶつくさ言いながら服を脱ぐ。

 ベラには湯船に入る前によく洗え、と繰り返し言われている。

 水分を吸っているせいなのか、戸板の立て付けが悪い。

 ガタガタ音を鳴らしながら戸板を開けると、(ひのき)の香りとともに五右衛門(ごえもん)風呂が待っていた。

 水回りは石で造られ、風呂釜は土鍋。水回り以外は木製で、檜の香りが漂っている。

 どうやって加工したのか悩みかけたが、魔法を思い出し悩むのをやめた。

 風呂釜の向こうには小窓、火をくべる人と会話をするためであり、決して覗きに使ってはいけない。

「シュウ。湯加減はどうだ? 問題なければ、他の用事を済ませたい。確認してみてくれ」

 返事をし、風呂の温度を確かめた。

「パーフェクト」

「真面目にやれ!」

 風呂でテンションが上がってしまい、英語を使っていた。

 ベラは短気なところがいけない。

 最高だと伝えると、ベラは居なくなったようだ。言われた通り桶を使い、念入りに身体を(こす)っていた時だ。

 戸板が、音を鳴らし出した。

「入ってまーす」

 返事としては間違いかも知れないが、相手はもっと可怪(おか)しい。

「しってまーす」

 間違いなく、ルナの声だった。

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