二十五話 風呂
四歳に退行したルナ。
あれから二日経過し、三日目を迎えていた。
ルナは俺を父親と信じて疑わない。
疑わないだけならいい。そればかりか決して離れようとしない。
そのせいで、初日にフィオと喧嘩をしてしまった。
「とうさま、このおねーちゃんがいじめる」
ルナがおねえちゃんと言うその子こそ、妹のフィオである。
「ちがうよ! おねえちゃんがおねえちゃんなんだよ!?」
「とうさまー、このおねーちゃんこわいー」
人を間に挟んで発展していく姉妹喧嘩。勘弁してほしい。
どちらかが間違ったことを主張しているのなら分かるが、どちらも悪くないから余計に困る。
ルナがこうなった原因はやはり、魔法の使い過ぎが原因だ。
四歳に戻った理由は別だろうけれど。
ベラは魔法の使い過ぎに関して自分を責めていたが、悪いのは俺だろう。俺を助けるために、こうなってしまったのだから。
四歳とはいえ。肉体はそのままで精神だけ若返っている。そりゃあフィオでは納得しづらい。
俺自身は知識上、ルナならあり得ると思っていたし危惧もしていた。だからここまではすんなり、己を落ち着かせられた。
ここまでは、だ。
何故俺を父親と勘違いしているのだろうか?
翼もないし、見た目だって似てないとアルテに言われたのに、ルナは俺を父親だと言い張る。
おにいちゃんにとうさま、か。
今更だが俺はおにいちゃんという年齢ではない。現状ではルナをどうにかしようと、ルナを優先した結果。俺とフィオも喧嘩した。いや、喧嘩などとも呼べやしない。
我慢させただけ。
ルナの現状を可能な限り説明し、怒るフィオに頼み込んで無理強いしたにすぎない。
不満だらけなのに頷いてくれたフィオの、涙を堪えていた顔は忘れられない。
世の中の兄弟姉妹を、どちらも満足に育てた人は偉いと心からそう思う。
少しばかりだが、マーレさんの気持ちも理解出来てしまった。
「ルナをこんな風にした張本人だけど、……恨んだりはできないよなぁ」
独り言も増えるというものだ。が、この三日間は独り言にならなかった。
「とうさまよんだー?」
俺の目の届く範囲には必ず、ルナがいるから。
「うん、呼んだぞ。そろそろ終わるから、一緒に運ぼうな」
「はーい」
ちなみに、今俺は薪割りの真っ最中だ。
いつだったかアルテが言っていた俺向きの仕事とは、薪割りのことだったのだ。
蔵の近くに薪割り用の切り株が二つあり、一つに座ってもう一つの切り株の上に薪を置き、銅製の鉈で薪を二つに割る。
想像通りの単純作業だが、やってみるとなかなかに面白い。考えごとをするにも最適だ。
今もこうして、ルナが見守るなか薪を割りながら考える。ルナの父、エルバさんのことを。
エルバさんの遺言はあった。
俺が死闘を繰り広げていたあの日、アルテはアルテで翼人族の長、バリエノと舌戦を繰り広げていたそうだ。
俺のことやルナとフィオの処遇、そしてエルバの遺言と、全てを勝ち取って来てくれた。
エルバの遺言については教えてくれたが、他のことは教えてくれなかった。
アルテ曰く、そっちは楽しみにしとれ。と言われそれっきりだ。
確かに現状では、俺の肉体的理由とルナの精神的理由で、手伝いなど出来ないけれど。
ぶっちゃけ何を勝ち取ったのかは教えてほしい。
「とうさま、なにしてるの?」
「え?」
薪は、既に空っぽだった。空っぽのままパントマイムをしていたようだ。
「ふふっ。なにもないのに、へんなの」
ルナが喜んでくれたので良しとしよう。
二日間でかなりの量を割ったが、魔法が存在するこの世界、この屋敷のどこで薪を使うのだろうか?
「おーい。シュウー」
「おお。ベラ」
薪を運んでいる最中に、ベラがやってきた。
「ベラさんだ!」
四歳に戻ったのだから、当時のルナと接している二人は、なんら問題なく受け入れられている。
「ルナ様お疲れ様です。いつもお父様のお手伝いをして、ご立派ですね」
ベラはルナの頭を撫でながら、ルナの設定通り、俺を父親扱いする。
ベラとアルテは、ルナの全権を俺に委ねてきた。
幼児退行の説明をした結果、精神事情に関しては俺が一番詳しいからと、委ねられた。
おれ自身納得もした。
魔法の使い過ぎで起きる症状を、彼らは一括りにしかしていなかった。
廃人、と。
治らないものと決めつけていたのだ。
今回の幼児退行を含め、治せるものはたくさんあるのにだ。
ルナには俺がいて、本当に良かった。心からそう思う。
「とうさまー?」
薪を持ったまま立ち止まっていた。
「ごめんごめん」
薪を運び終え、手伝ってくれたベラに質問する。
「薪って何に使うんだ?」
「竈と風呂に決まってるだろ」
「風呂って、有ったのか?」
ベラは一歩、後ろに退がった。
「待て。布で毎日ちゃんと拭いてるから不潔ではじゃない。それに、風呂の説明をしないアルテも悪い」
また一歩退がる。
「アルテ様にも何か事情があったのだろう。それより、その布はいつから使っていたやつだ?」
「……檻の時から」
ベラはすぐに風呂場へと案内してくれた。
「布だって洗ってるし、不潔じゃないのにな」
ぶつくさ言いながら服を脱ぐ。
ベラには湯船に入る前によく洗え、と繰り返し言われている。
水分を吸っているせいなのか、戸板の立て付けが悪い。
ガタガタ音を鳴らしながら戸板を開けると、檜の香りとともに五右衛門風呂が待っていた。
水回りは石で造られ、風呂釜は土鍋。水回り以外は木製で、檜の香りが漂っている。
どうやって加工したのか悩みかけたが、魔法を思い出し悩むのをやめた。
風呂釜の向こうには小窓、火をくべる人と会話をするためであり、決して覗きに使ってはいけない。
「シュウ。湯加減はどうだ? 問題なければ、他の用事を済ませたい。確認してみてくれ」
返事をし、風呂の温度を確かめた。
「パーフェクト」
「真面目にやれ!」
風呂でテンションが上がってしまい、英語を使っていた。
ベラは短気なところがいけない。
最高だと伝えると、ベラは居なくなったようだ。言われた通り桶を使い、念入りに身体を擦っていた時だ。
戸板が、音を鳴らし出した。
「入ってまーす」
返事としては間違いかも知れないが、相手はもっと可怪しい。
「しってまーす」
間違いなく、ルナの声だった。




