表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
24/71

二十四話 精神

 

 シュウさんに抱きつかれた時、びちゃり、と濡れた感触がした。

 私はてっきり、ベラさんを助けている間に着いてしまった血だと思っていた。

 そうじゃなかった。

 私がフィオの居場所を尋ねると、シュウさんは肯定し、案内するため立ち上がったように思えた。けど。

 立てなかった。

 立ち上がる途中でふらふらと、後ろに向かって倒れていった。

 シュウさんでも転ぶんだ、なんて軽く思った。けど起き上がってこない。

 名前を呼びながら、急いでシュウさんの元へ向かった。

 近づくと私を見つめる瞳は震え、定まっていなかった。

「シュウさん、どうしたんですか!?」

 もっと近くで確認しようと膝を突き、知ってしまった。

 女袴(スカート)の膝が、赤く染まった。

 血だ。シュウさんからも血が流れている。

「シュウ、さん?」

 返事がない、それどころか反応もなくなっていた。

 流れ出る血のもとを突き止め、おそるおそる上着をめくってみた。

 お腹に四つ、切り裂かれた跡があった。

「嘘……」

 シュウさんは普段から黒い服着ている。だから……。ううん、それは言い訳だ。確かに分かりづらいけど、もっとよく見ていれば気づけたはず。

 心のどこかで、シュウさんは死なないような気がして見逃したんだ。

 狼狽(うろた)えている間も、血は流れ続ける。

 どうすればいいのか分からない。頭が混乱していく、さっきはシュウさんがいて指示をしてくれたから、冷静でいられた。だけど今は誰もいない。

「シュウさん、どうすればいいですか?」

 もちろん返事は返ってこない。どうすればいいのか分からない。

 だって私は、魔法を一回しか使えないから。

 使ってはいけないと、おじい様に厳命されている。仮に使っても回復力は落ちる。

 迷っている私の元に、フィオがやって来た。

「……おねえちゃん」

 女袴(スカート)(すそ)をぎゅっと掴み、両目には涙をこらえて。

「おにいちゃんがきえちゃったの」

 伝えた途端に、我慢していた涙をぽろぽろとこぼしてしまった。

「消えたって何? フィオ、どういうことなの?」

 涙を拭きながら答えてくれた。

「おにいちゃんのもじがきえたの。なにもあたまにでてこないの」

「そう。でもお姉ちゃんもう魔法使えないの」

「そう、なの?」

 笑顔の似合うフィオの顔が、凍りついていた。

「……ごめん。ごめんね」

 胸がぎゅっとした。

「いいもん! ベラにおねがいする」

「だめ!」

 急ぎ、フィオの腕を掴んだ。

「そんなことしたらベラさんが死んぢゃうでしょ!」

 びくりと肩を震わせフィオは大声で泣き出した。

 フィオがお願いすれば、ベラさんは無理をする。無理をして魔法を使ってしまう。

 今のベラさんでは危ない。

 血と骨は回復に時間が掛かると、おじい様は言っていた。

 術者の腕前が高ければ関係ないとも。私の腕前は低い、ベラさんに無理はさせられない。 

 フィオは泣きながらシュウさんに駆け寄り、傷口を寄せて必死に閉じようとしていた。

 フィオはすぐに行動している。諦める様子がまるでない。私は迷い混乱して何もしていない。

 私はやっぱり、だめなお姉ちゃんだ。

 言いつけがなんだというのか、精神が壊れたっていい。フィオがあんなに想っている人を、失えない。

 ベラさんなら死ぬ、私なら死ぬことはない。答えは決まっていたんだ。

「フィオそのまま押さえてて!」

「おねえちゃん? ……いいの? いちにちいっかいなんでしょ?」

「いいの。もういいの。シュウさん、大切でしょ?」

 涙を流しながらも、フィオは笑って頷いた。

 私はいい。心が壊れたって、死ぬわけじゃない。

(たましい)よ、言霊に導かれ、彼の者を癒し給え。迅速回復(ヒーリング)

 私から出た魔法光(まほうこう)が、シュウさんへと入っていった。

 傷口がゆっくり(ふさ)がれていく。四つある傷の、一つだけ。

「そんな!」

 真ん中の一番大きな傷は塞がった。傷口はあと三つ。

 ベラさんの時とは全然違う。ベラさんは一回で素早く治った。

 シュウさんが治った傷は一つ、治りも遅い。

 なのに、私を襲う反動は大きい。

 精神の何かが消えていく。やる気というか、何というか。それさえもどうでもいい。

 おじい様が止める理由。これが魔法の反動。

 あと三回。私は、魔法を使おうと思えるのだろうか? 

 シュウさんを助けたい。だからやるしかない。

 再度魔法を唱える。

 塞がる傷口は一つ。

 あと二つ、だけど唱えたくない。私はどうして人族を助けるのか分からない。

「おねえちゃん。おねがい」

「うん……頑張る」

 フィオのためなら仕方ない。

 もう一度、同じ。

 傷口は一つ。

 分からない。なんで助けるのか分からない。

 私は最初、この人を見捨てたのに。

 死んでもいいって思ってたのに。今度は助けたいなんて、自分のことながら笑いたくなる。

「おねえちゃん、もういっかいだよ。おねがい」

 フィオのお願いだ。

 ……だから何なんだろう。そもそもなんで私は頑張るんだろう?

 お母様はフィオが大切で、私はいらないみたいだった。

 でもお母様はもういない。どんなに頑張っても、お母様は私を抱き締めてはくれない。

 お父様ならどうだろう?

 お父様ならきっと、褒めてくれる。

 よくやった、と褒めてくれる。頑張れば、彼方(かなた)の国でお父様が褒めてくれる。

 なら死んだっていい。

 最後の傷に、魔法を掛けた。

 傷口は塞がらなかった。

 半分くらいだけ、塞がった

 もう何もしたくない。

 なのに、フィオが私の手を握り懇願(こんがん)してくる。

 妹、可愛い妹。シュウさんを大好きな可愛い妹。

 あれ? そういえばシュウさんって、私に何か言ってたような気がした。私をどうするって言っていた。たしか、助ける?  

 私は妹のためなら何だって出来るのに、可笑しな話。今だって私はフィオを。

 重く感じている。

 だめ、もうだめこれ以上はだめ、私が壊れる。壊れてしまう。

 考えるのは止めよう。心を空っぽに。

 魔法光がシュウさんの身体へ入り、お腹の傷は四つとも治った。

 なんとか間に合った。思い出したくないこともいっぱいあった。認めたくない想いもたくさん……。私、何をしてるんだろ?

 全部、忘れたい。

 そんな私を、フィオが抱き締める。

 ありがとうと何度も言って。

 嬉しいけど、今はやめて欲しい。

 私はだらしなく座った。正座の姿勢から、脚をずらしてお尻を地面につけた。

 お尻が濡れる感触に、疑問が浮かんだ。

 血が止まっていない? 

「フィオ、どう? シュウさん戻った?」

 首は横に振られた。

「ねぇフィオ? シュウさん転がせる?」

「わかんない。けどやる」

 そう、と返事をし見守った。

 フィオが懸命にシュウさんを転がし、うつ伏せにした。

「やっぱり……」

 背中にも四つ、切り裂かれた傷があった。

 もうどうでもいい。

 ただ魔法を唱えてしまおう。どうせ、死んだほうがいいんだから。

 だらりと手を伸ばし傷口に触れる。

 触れた手を、誰かが掴んだ。

「よくやったねルナちゃん。あとは任せてくれ」

 アーツ長だった。

「アーツ長、遅いです」

 何も考えていない私の発言で、アーツ長の口元が引き()ったような気がした。

「……ごめんなさい」

「いいんだ。この惨状を見ればだいたいの察しはつくよ」

 アーツ長の言葉は聞こえている、けどよく分からない。

「アーツおじちゃん早く、おにいちゃんを治して」

 呆然(ぼうぜん)としながらも、フィオの言う通りだと思う。

 魔法光が一度光り、シュウさんの傷は消えた。

 見ていたはずなのに、ここから先はよく覚えていない。

 シュウさんは間に合ったのだろうか? どうでもいいと思いながらも、ほんの少し気になった。

「アーツ長。どうですか?」

 シュウさんを触っていたアーツ長に()いた。

 シュウさんの様子を訊いたのに、アーツ長は私を心配そうに見つめていた。

「寝むるんだルナちゃん。シュウなら、たぶん大丈夫だから」

「たぶん。ですか。それと、寝るんですか?」

 アーツ長は困った顔で私を見て、呪文を唱えた。

 魔法光が私に入ってくる。

「眠るだけだよ。安心して」

 不安そうに私を見つめていた。

 私は、不安に思われるような子どもじゃないのに。 

 私は妹に劣る、要らない子なのに。

 辛い。

 どうせ要らないなら、ずっと眠っていたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ