二十三話 退行
ここは? ……俺の部屋だ。
私物も何もない六畳の畳部屋。
陽光が差し込んでいた。部屋の奥にも届くということは、昼時は過ぎたと思う。
なんだか頭が回らないような気がした。そもそも、どうやって帰ってきたんだ?
脚は布団に入れたまま、あぐらをかいて考えてみた。
…………ベラ!
勢いよく立ち上がった反動で、掛け布団を飛ばすわ立ち上がったところで踏んばれず倒れるわと、身体が可怪しかった。
尻からの落下したため物音もでかい。
昼時なら寝ている住人もいないだろうと思ったが、あまい考えだったようだ。
襖、足音、襖、足音の順番で音をたて、誰かが近づいてくる。音から体重を鑑みると、彼女だと分かり嬉しくて笑ってしまった。
「あっ」
しまった。今俺は真っ裸だ。
着る服はもちろんない。部屋にあるのは敷き布団と枕と、飛ばした掛け布団だけ。
残る襖の障壁は一枚。
急ぎ掛け布団に手を伸ばすも、絶妙のタイミングで襖を開けられてしまった。
横たわる大仏様のような姿勢のまま、真っ裸でお出迎えと相成った。
「シュっ!」
襖を開けた瞬間は笑顔だった。笑みを怒りに変換し悲鳴を上げるベラは、上から降り下ろされように全力で殴ってきた。
まぁ、当たってから逸らしたから何ともないわけだが。
「たわけ! せめて下は履いてろ!!」
襖を閉めてくれたのはいいがベラは残っている。後ろを向き顔を手で隠して喋り続けていた。
本人がいいならいいか。
「服がないんだから無理言うなよ。俺の服はあれしか無いんだぞ」
「いいから隠せ! フィオレ様も来るんだぞ!」
それは不味い。
「情操教育上よくないな、取り合えず布団で隠すよ」
飛ばした布団を回収し、腰に巻くような感じで体に掛け座った。
「私ならいいと思ったのか……」
暴力はさておき、ベラが無事で本当に良かった。
もちろんベラだけではない。今からやってくる騒動の主もだ。
「おにーちゃん! おきたの!?」
勢いよく襖を開け、満面の笑みでフィオがやってきた。
「フィオ! 無事だったか!」
フィオは身体を縮め、翼人族のバネを生かし飛び込んできた。
身体は若干動きが悪いが、フィオを受け止める程度なら問題ない。
「こらフィオ! 危ないって言ってるだろ!」
今日だけは別の意味でも危ない。
怒ったところで説得力はなかった。なにせフィオの無事も分かり嬉しかったから。
受け止めた姿勢のまま質問した。
「ところでフィオ、こいつは何だ?」
フィオの周りをチョロチョロと、見覚えのある獣が走り回っていた。
「ん? しんじゅうの赤ちゃんだよ?」
数秒間、全身が硬直したと思う。
虎と戦う少し前、樹上で見つけたフィオは何かを抱いていた。あれは確かに迷彩柄だった。サイズといい柄といい、間違いなく俺が見たものと一致している。
「この仔虎はどうした?」
笑顔を絶やさぬよう心掛け訊いた。
「むふー。たすけたの」
幸せそうな顔だ。
「訊きたいのはそういうことじゃないんだよなあ」
フィオは眉を寄せ、首を斜めに傾げていた。
仔虎を見たことによりまた色々と訊きたいことを思い出した。もっと訊かなければいけない大事なことがある。
「フィオ。ベラに訊いてもいいか?」
「えー。きいてきたのおにいちゃんなのに?」
「ごめんな、大事なことなんだ。フィオはまたあとでお願いするから」
「……いいよ。でもあたしもきいてる」
フィオは俺の上に座り込んだ。布団越しとはいえ、あぐらの上に。
気を取り直し、ベラに視線を移すと、冷たい眼をしていた。
俺は悪くないのに。
「大丈夫だから。問題ないから」
「……まぁいい。シュウの訊きたいことは承知している。順を追って話そう」
「お願いします」
俺は意識を失い、一日寝込んでいたそうだ。
原因は出血多量。特に腹がやばかったとのこと。
血と骨の治癒には魔法でも時間が掛かる。術者がアルテのように熟練なら話は別だ、と教えられた。
なら一日寝かせないでアルテが魔法を使えば済むだろ? と訊いてみたが、昨日は起きていられても邪魔だったから寝かせておけ、とアルテが指示したそうだ。
戦い以外役に立たないのは承知しているが、少し悲しかった。
ちなみに気を失った俺たちを運んだのは、アーツとネーボだ。
「ベラは? お前も出血危なかっただろ?」
「私か? 私は朝起きた時点で何ともなかった。シュウの判断とルナ様のお蔭だな」
言いながら一瞬、ベラは暗い表情になった。
「そういえばルナは? それとアルテも」
「アルテ様なら居間にいる」
「ルナは?」
質問を重ねる度に、ベラの表情は曇っていく。
「何かあったんだな?」
「……命に別状はない。少し、魔法を使いすぎただけだ」
「ベラ。俺が知らないと思っているのか? 魔法は使えないが知ってるぞ? アルテが檻の中で教えてくれたからな」
ベラは俯き、やがて苦しそうに喋り出した。
「私が悪いんだ。私が余計なことをしたから、森獣にやられ迷惑をかけた。そうだろシュウ?」
俺の質問などお構い無しにベラは質問を重ねてきた。けれど、苦悶の表情を浮かべ訊いてくるベラを、無視は出来なかった。
「余計ってことはない。ベラが助けてくれなかったら、俺は死んでいた」
「嘘を言うな! ……シュウは一人で森獣を仕留めたじゃない。嘘を言わないでよ」
普段のベラでは想像できない言葉使いに俺は戸惑しまった。
「嘘じゃねーよ。その、なんだ。悪いのは俺なんだ。最初から全力を出さなかったからやられかけたんだ。ほらな。悪いのは俺だろ?」
戸惑い、言葉だけでなくジェスチャーも変だった。そんな俺をベラは不思議そうに見ていた。
「やっぱり、嘘が下手だな」
「嘘じゃない! だいたいベラだけが悪いなんてあり得ないだろ? ベラが助けてくれなかったら俺が死んでいた、なら俺だって悪いんだよ。自分を責めるのはやめろよ」
俺の説明に納得したのか、ようやくベラはもとの表情に戻ってくれた。
「有り難うシュウ。少し楽になった」
「それは良かった。それで、ルナはどうなったんだ?」
「説明するより見てもらったほうが早い、付いてきてくれ」
ベラは立ち上がり、襖を開けた。
「どうしたんだシュウ? 何故付いてこない?」
「忘れたのか?」
ベラは顔を赤くしながら待ってろと言い残し出ていった。
「なんのこと?」
「なんだろうな」
あぐらの上で、ずっと仔虎と戯れていたフィオ。それを眺め、疑念が生じた。
「その子の親を俺は殺したのか?」
俺が殺したのは、子どもを取り返そうとしただけの親だとしたら。
想像しただけで吐き気がした。
「ううん。ちがうよ」
安心して吐き出した息と一緒に後悔は消えていった。
「この子のお母さんはつれていかれたんだって」
連れて? 破壊の跡が頭を過る。虎と何者かが争い生まれた、あの破壊の現場を。
「フィオはあそこに居たのか!?」
首を横に振って否定した。
「あたしがいったときにはこの子だけだったよ。だからたすけてってよばれたんだよ?」
「フィオを呼んだのはこいつなのか?」
「うん、そうだよ」
「動物の考えも読めるのか?」
「おにいちゃんといっしょだよ?」
心を開いたものだけ、か。
「そうか。偉いなフィオ」
そう言って、顎の下にあったフィオの頭を撫でた。
「なんで? あたしじっちゃんにはおこられたよ。なのにえらいの?」
「フィオは悪いこともしたからな。アルテが怒るのも正しい。でもその子を助けるためにフィオがしたことは偉いんだ。だから悪いことは反省して、善いことは誇れ」
不思議そうに俺の顔を見つめてきた。
「わかんないけどわかった。ありがと、おにいちゃん」
フィオは嬉しそうに、あぐらの上で足をブラブラさせた。
丁度よく襖が開く。
「待たせた」
やってきたのはもちろん、服を持ってきたベラだ。
「じゃあフィオを頼む」
「承知した」
有無を言わさぬ連携でフィオを退出させた。
「いいな、これ」
女性陣が着ていた民族衣装とは違い、余計な色や模様もなく見た目も胴着に近い。下はまるっきり袴だし、明治時代って感じがする。または合気道の人かな。
「黒いのがそれしかなかった。着てみてどうだ、違和感はないか?」
襖越しからの質問。
答えず、襖を開け感想を訊いてみることにした。
「どうだ二人とも、可笑しいか?」
何を思ったのかフィオとベラは驚き、固まっている。
「森の民以外は似合わんと思っていたが、不思議なものだ……。似合ってる」
ベラの驚きは理解できる。フィオはどうしたのだろう。
「そのふくお父さんのだ。いいね。にあうよおにいちゃん」
お父さんの?
「そうなのか?」
「ああ、そうだが。嫌だったか?」
「俺の好き嫌いじゃなく、ルナとフィオがどう思うかだろ?」
「なら大丈夫だ。では行こうか」
フィオの反応は許可したと受け取れるが、ルナは駄目だろう。
ルナの両親への思いは強い。
それをベラは大丈夫だと言いきった。
ルナの身に何が起きた?
ベラを先頭に案内されたのは、居間だった。
アルテが居るとベラは言っていたが、ルナも居るのだろうか?
心を壊すというくらいなのだから、檻にでも入れられていると思っていた。
可怪しなことに、居間からは走り回る足音が聞こえている。
「アルテ様シュウをお連れしました。開けてもよろしいですか?」
「構わんよ、気をつけてな」
会話の内容に疑問を持ったが、居間を覗いて疑問は消えた。
走り回っていたのはルナだった。
「あー。ベラさんとおねえちゃんだー。おかえりなさい。あれ? おくのひとはだぁれ?」
ルナの変貌を見て立ち止まる俺に、ベラが小声で指示を出す。
「分かっただろシュウ。ほら、ルナ様にご挨拶しろ」
ベラの声は届いている。けれどすぐには動けなかった
何が起きたかは分かった。
ルナの口調や行動は、幼い。フィオよりもさらに。
決め手になったのはフィオの呼び方だ。ルナはフィオをおねえちゃんと呼んだんだ。
「シュウ早く」
言っても動こうとしない俺を、ベラは軽く押した。
回復しきっていない身体は小突かれた程度で前へ。
何を言えばいいのか定まってすらいないまま、ルナの視界にはっきりと捕捉された。
居間へよろけるように入った俺を、ルナは驚いて見上げていた。
俺の何に対して驚いているのか考えたくもなかった。出会った頃のように嫌われていると思ったから。
なのにルナは飛び上がり、首に両手を回し抱きついてきた。
「とうさま!」
と、喜びながら。




