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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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二十一話 森獣


「フィオ!」

 脳に文字を浮かばせる。そんな芸当はフィオにしか出来ない。

 間違いなくフィオは()る。

「どこだフィオ!」

 返事がない。何故(なぜ)返事をしない。

「フィオ! 無事なのか!」

「どうした? フィオレ様が近くにいらっしゃるのか?」

「ああ。頭ん中に文字が出た」

「本当か!? それで、無事なのか!?」

 ベラは本当にフィオを大切に思っているようだ。

 フィオの存在を教えた瞬間。我を忘れ、俺にぐいぐい迫り身体を密着させてきた。

 三日前まで俺を殺す気でいた女性とは到底思えない。

「分からない。返事がないんだ」

「返事? 私は何も聞いていないぞ。頭に文字と言うが、それは無条件でフィオ様なら出来るのか?」

「……それだ!」

 忘れていた。フィオは頭の中を自由に読み取れるが、俺に文字を送るには眼を見ないと出来ないんだった。

 ベラに離れてもらい、フィオのメッセージを受け取った辺りでゆっくりと顔を動かし、フィオを捜す。

『おにいちゃん』

 来た。

 文字が送られた地点で顔を止め、視線だけでフィオを捜してみる。ここから見える位置にフィオはいる。そう信じ、視線を動かし始めた時だった。

『にげて』

 頭に流れたメッセージは、単純でとても分かりやすかった。

 けど、遅い。こいつの下で身動きをしていいわけがない。

 フィオが教えてくれなければ、気配すら感じなかった。

 教えてもらい神経を研ぎ澄ませ、ようやく把握(はあく)出来た存在。

 生きてきた中で一番慎重に首を酷使(こくし)して上を向き、相手の全容を視界に収めた。

 森獣。

 特徴は聞いていたが、あいつだとは思わなかった。

 教えられた特徴は獣として当たり前過ぎた。

 樹上で(おも)に生活し、動きは俊敏でとにかく速く。身体は大きいのに見つけづらく見つけてもすぐに見失う。人など噛んだだけで致命傷になるような牙と、長く伸縮可能な鋭利な爪。反応は早すぎてよく分からない。矢が当たったと思わせてから、身を(かわ)す。

 などとベラは教えてくれたが、見た目は先程の毛以外の情報がないのだから。地球のあいつと一緒とは思いもしなかった。

 地球のあいつは黄色と黒の縞模様(しまもよう)だ。こいつは迷彩柄という、異色なだけ。

 地球でのこいつの名は、虎。俺の真上には迷彩柄の虎がいる。

 虎に向けた視線は交わい。俺と虎の睨み合いになっていた。

 猛獣と遭遇した場合、目線を合わせるだの合わせてはいけないだのと、定まっていない。

 知識ごときでは分からない。

 出会い遭遇し直感的に感じたことは、()らしたら終わる、だ。時間にして僅か数秒しか経ってないのだろうが、とても長く感じる。   

 何を思ったか、虎は悠然と向きを変え静止した。

 何事かと思い虎の向いた方角を覗いてみる。不思議なものだ。俺が虎に見られていた時よりも、汗が一斉に吹き出した。

 虎の視線の先に、フィオがいた。

 フィオは何かを抱き抱え樹上にいる。こいつは縄張り意識が強く。その縄張りは、樹上。

 迷いなど微塵(みじん)もなかった。

 有らん限りの力を込めて、手と手を勢いよく合わせた。

 破裂音。というには少し小さい、けれどよく響いてくれた。急に拍手(かしわで)をした俺に、話し掛けようとしたベラを(さえぎ)る。

「ベラ動くな!」

 言った瞬間に背を向け走り出し、続きを口にする。

「上にフィオがいる!」

 喋っている途中、ベラは小さく悲鳴を上げ俺の名を呼んだ。

 何が起きているのかは想像がつく。

 野性動物の習性は決まっている。

 弱肉強食。

 単純にして明快、弱い者は食われる。弱い者とは――逃げる者。

「シュウ()けてー!」

 ベラの叫びを聞き、走った状態からヘッドスライディングを決めるかのように真横に跳んだ。 

 落ち葉や草が顔に付いたが、気にしている(ひま)はない。

 即座に立ち上がり、脇を締め頭部を守れるように構えながら振り向いた。

 地表に降り立った森獣。もとい、虎。

 下からでは分からなかったが、でかい。

 体長は二メートルを越している。虎なら体重は二百キロを越す。でもこいつはそれよりは軽そうだ。

 樹上で生活を営むためなのだろう、幾分(いくぶん)かは虎よりスマートだ。

 俺の観察中にも迷彩虎は、牙を剥き出し(うな)り俺を凝視していた。

 生きた心地がしない。野性動物とは二戦目。なのに恐怖は一度目の比ではない。虎とライオンと熊、どれが最強か。などという記事を目にして笑いそうになったことがある。

 くだらないから笑ったのではない。競い方に笑いかけたのだ。動物同士を競わせてどうするのか。競わせるなら、俺たち人間にとって重要な競わせ方があるだろうと思ったのだ。

 人間を最も狩れるのはどいつなんだ、と。

 実感する。間違いなく虎だ。

 熊など比ではない。虎と人では相性が悪すぎる。

 膝を少し震わせる俺に対して、相手は牙を出し尻尾をゆったり動かし睨んでくる。

 逃げたい衝動に駆られるも、フィオとベラの顔が浮かぶ。

 逃げるなど、出来るわけがない。

 俺の心を見抜いたのか、迷いが生じた僅かな隙に虎は動く。

 両爪(りょうそう)と牙の、三点同時攻撃。

 殺される。そう信じた途端、色が失われ時間が遅くなっていく。

 ゾーンが発動し遅くはなった。なのに、虎の意識は俺を追う。

 両爪で俺を捕まえ、喉に噛みつく算段の虎の動き。虎の動きに対しゾーンで遅くなった世界の中、(ふところ)に飛び込み三点同時攻撃を(かわ)した。

 はずだった。

 懐に入った俺の背を、虎は後ろ足で切り裂いた。

 悲鳴を上げながら虎へと向き直る。背中を犠牲に得た報酬は、立ち位置が入れ替わっただけだった。

 背中で、重い液体が流れているのが分かる。

 後ろ足の爪は、それほど長くなく鋭利でもない。背中で傷は確認出来ないが、深手ではなさそうだ。

 この傷は授業料、そう捉えよう。

 虎が相手では一瞬の気の緩みが死と直結する。虎から直接教われるなら、安いものだ。

 再び睨み合い思う、観察されている気がする、と。

 敵と見なしてくれるのだろうか? だとしたら嬉しくてたまらない。虎に認めてもらえるなら本望だ。

 人格を変えたわけではないが、笑みがこぼれた。

 俺を敵と思ってくれるのなら仕掛けてやる。そう思い、右足の親指を中心に全力で踏み込む。

 虎の大きな鼻を目掛け、左のジャブ。

 ジャブなど効かない。分かっている。

 これは人間にしか出来ないであろう、フェイントだ。

 拳は鼻先で止め本命の目潰しを狙う、熊を抉ったあの形。二指を重ね尖らせた右手で。

 バカだった。

 フェイントなど無意味。

 騙されもせず、あっさりと(かわ)された。

 躱すだけでは終わらない。がら空きになった腹を、虎の爪が襲った。右爪が俺の胴体を下から斜め上へと切り裂いた。

 シャツなどなんの障害にもならず、皮膚を切り肉を裂かれる。

 切り裂かれながらも身体を(ひね)り、何とか内臓は守れた。それでも傷は深く、血がだらだらと流れていた。

 確認している場合ではなかった。

 虎は飛び掛かってくる寸前で、三点同時攻撃を狙っていた。

 ゾーンは発動したが、遅い。

 間に合わないんだ。虎の速さは俺が動くより断然早く、どう足掻いても両爪は刺さる。

 世界はゆっくり流れるだけで、行動は間に合わない。

 それでも諦めはせず虎を見つめていた。だからこそ気づけた。虎よりも早く、虎の頭上に何かが迫る。細くしなった動きをする何かだ。

 ゾーンでも捉えきれない高速の何かは、虎の頭を叩いた。

 衝撃と驚きで、虎は後方へと(ひるがえ)退()いた。

 助かった、と知れた途端にゾーンは解除され、強めの破裂音が耳を刺激した。

 強烈な音と高速な動き。これは(むち)だ。

 虎を叩き、反動で鞭は木に絡まる。絡まった鞭に使い手は舌打ちをしていた。俺は助かったことで気が緩んでしまっていた。

 ここからが、悲劇の始まりとも知らずに。

 虎から視線を鞭の使い手に移す。舌打ちをしていた使い手は、俺の無事を確認すると嬉しそうに笑った。

 普段から笑えばいいのに。

 もとが美人な分もったいない。

 素直に、綺麗(きれい)だと思った。そんな綺麗な笑顔が、血飛沫(ちしぶき)に染まる。

 ベラを、虎が襲った。


 虎は標的をベラに変えていた。

 頭に鞭を食らい、傷つき飛び退いた虎は休む間もなくベラに向かっていた。

 ベラに気づく(ひま)はなく、虎は一番近くの樹上からベラの喉元へと喰らいついていた。

 瞬く間の出来事に、ベラは笑顔のまま押し倒されていく。

「ベラアアア!!」

 叫び、噛み締めるように口を閉じた。 

 かつて無いほどの、音を鳴らして。

 

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