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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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十八話 怪物

 

 あれはまだ、俺が(おり)の中にいた頃だ。

 フィオ。()ってなんて言うんだ? 

『ヨンだよ』

 フィオの能力で、頭の中に言葉を浮かべてもらいながら教わり。

「アルテ。ヨン、ョン?」

「ヨン」 

 と、正しい発音をアルテに教えてもらっていた日々の頃だ。

『おにーちゃん。これなに?』

 訳せないものはちょくちょくあったが、この世界に存在しない概念(がいねん)と知って少し嬉しかった言葉があった。

 フィオその言葉はな。人を騙す嘘を平気でついたり、喜んで生命(いのち)を奪う邪悪な存在のことだよ。

『そうなんだ。――あくまってこわいね』

 

 人格を切り替えるには条件がいる。

 一つ。歯を打ち鳴らすこと。

 二つ。感情が高まっていること。

 三つ。死ぬ可能性があること。

 一つ目は必須条件で、残る二つのうちどちらかがあればいい。

 今回は三つとも揃ってしまった。

 変化は脳から始まる。

 脳の最奥から何かが流れ出す。

 それは心臓に影響を与える。

 心臓の鼓動は早く、力強くなる。

 血液が循環し身体中を巡り。循環する血液に合わせ、筋肉が肥大していく。 

 筋肉が肥大するのと同時に、身体中から苦痛が消える。

「なんなんだてめぇ!?」

 立ち上がり、最初に聞こえた声は不快極まる声だった。

 声以外は全てが心地よいというのに。

 森に漂う樹木と土の香り。木々の間から差し込む光も。肌に感じるそよ風と流れる血液も。血液が流れる傷口の感覚すら。

 ――全て心地よい。

 なのに。眼前の男、こいつだけは気に食わない。

 汚い色の翼をした、鳥か人間かも定かではない男。

 ……決まりだ。

 殺す。

 太股から血液が飛び出る。

 今の俺には関係ない。痛みは誤魔化(ごまか)され、感じない。

「なんで!?」

 決闘中のクレイズが、最後に残した言葉だった。

 人格が切り替わった俺は、肉体能力も向上している。

 クレイズとの距離であった五メートルなど、何の意味もない。

 跳躍した勢いをそのままに、プロレスのケンカキックと呼ばれる蹴りかたで、クレイズを蹴り飛ばした。

 クレイズが飛んでいく。

 クレイズは軽かった。一番近い木まで一直線に飛び、衝突した。

 駆け出し、跳び上がる。

 クレイズに動く気配はない。この時点で、彼の意識はどこか遠くに行っていたのだろう。

 跳んだ俺の着地点は、クレイズの両脚(りょうあし)、もちろん太股だ。

 (かかと)から全力で踏みつける。

 木の枝が折れたような、そんな音がクレイズの両脚から響いていた。

 何の歌かは知らない。楽しげに鼻歌を歌い、次の作業に移る。

 太股を踏んだまま、クレイズの左腕を調整する。

「やられたら、やり返すっと」

 物騒な言葉を平然と呟き、腕を破壊した。

 クレイズの左肘に右手を添え力が逸れないようにし、左手でクレイズの(てのひら)に力を入れ、肩を限界以上に押し込んだ。

 クレイズの肩が鳴らしたげっぷのような音を聞き、腕から手を放した。

「次は、穴か。……めんどい」

 掴んだ矢は捨てていた。

 クレイズの四肢のうち、唯一無事だった右腕は呆気(あっけ)なく踏み潰され、骨が砕かれた。

「もう、()めろ。クレイズが死んでしまう」

「助けるのが遅ぇぜ、アーツ」

 遅くもなるだろう。

 こんなものを見るのは初めてのはずだ。動揺し、遅れもする。

「……本当に、シュウなのか?」

 人格が切り替わった俺を見て思う、当然の質問だ。

 アーツの瞳に映る俺の姿。

 身体は筋肉の肥大で大きくなり。体格が変わって見える。

 何より、表情。

 歪んだように、目尻は下がり。

 裂けたかのように、口角は上がる。

 アーツの眼に映った俺は、残酷なまでに笑っている。

 人を壊しておきながら、嬉しそうに、愉快そうに。笑みを浮かべている。 

 この世界には人格が切り替わった俺を形容する、あの言葉がない。

「うるせぇな。俺様が誰かなんて解りきった質問すんなよ」

 クレイズの身体からは降りないまま、アーツへと向き直る。

 その光景を見た瞬間、アーツの視線は冷たいものへと変わった。

 あの言葉がない。この世界で今の俺を見て思うのは。

「……化物め」

 そう呟き、アーツは身体を低くしていく。

「お? やる気かアーツ。いいぜ、物足りなかったん、だ!」

 言い終わると同時に、クレイズを踏みつけ、駆け出す。

 アーツとの距離は十五メートルくらいだった。

 距離は、すでに到達したから正確ではない。

「なにっ!」

 余裕を残した三歩で、目前に立つ。

 俺は立っただけ。アーツに恨みなどは、先程まで無かったから。

「俺様の番な」

 アーツはすれ違いざま、拳を放ってしまった。

 決定的な敵対行動。

 今だにアーツの右拳は、俺の顔のすぐ左にある。首を曲げてその手首を挟み、ロックする。後はそのまま、左拳でアーツの右肘を、右拳でアーツの胸を同時に攻略する。

 音楽だ。

 骨が砕ける瞬間の音は。まさに音楽だと、今の俺は信じている。

 好きなのだ。

 何度も何度も人を壊し(かな)でていくうちに、どこをどう鳴らすと聴きたい音が鳴るのかを熟知してしまうくらい、骨を折るのが大好きなのだ。

 強く()き込みながら、アーツは地面に手を着いていた。

 胸の一撃が効いたようだ

「早く立ってくれアーツ。これじゃ全然楽しめない」

 見下し言い放つ。

 アーツは掠れた声で言う。 

「……シュウ。ボクを騙してたのか?」

「安心しろ。騙しちゃいない。言っても信じないだろうがな」

 返事はなかった。立ち上がる気配も。

「つまらん」

 興味をなくし、振り向いた。

 ふり、だ。

 背を向け、右足を一歩だけ踏み出したような構えなのだ。

 殴るため思いっきり振りかぶっただけ。

 アーツは善き人だ。せめて一撃で仕留めるための構え。

 アーツを殺してしまう。そう思っても、俺は止められなかった。

 でもアーツは死ななかった。

 忘れていた。重要な人物を忘れていた。

 右拳と一緒に全力で振り向いた視界に。

 ルナがいた。

 両手を広げアーツ守るため、立ちはだかった。

 ルナを殴ってしまう。殴る? その程度で済むわけがない。

 ルナを殺してしまう!

 許さない。それだけは――許されない。

 けれど拳は止められない。今の俺に、行動権はない。

 だが誓った。俺は子どもを守ると決めていた! 

 両目を閉じながらもアーツを守るルナを見て。以外にもすんなり、意識は変わった。

 行動権が戻っていた。

 けれど拳は止められない。

 勢いを殺せない。一秒にも満たない時間。その(かん)、頭をよぎる最悪の展開。

 砕けていった。小さく、可愛らしいルナの顔が。

 そんなのはごめんだ。

 勢いがのった拳を、すぐ横にある。自らの顔に逸らす。

 逸らす意思を最後に、世界は白一色に染まった。



 シュウさんから話を聞いていなければ、私だって信じられなかった。

 クレイズが三本の矢をつがえた時、私の中に可笑(おか)しな感情があった。

 捨てたはずなのに。

 シュウさんは殺される。そう思い、私は怖くて目を閉じた。

 少しして、おそるおそる目を開けると、シュウさんは立ち上がっていた。

 嬉しかった。本当にすごいと思った。

 なのに。

 シュウさんは、シュウさんではなかった。

 見間違いかと思った。

 大きくなってるし、顔が別人よう。

 何より、不気味な笑顔を浮かべながら、クレイズを傷つける。

 もっともシュウさんでは考えられない行動。

 シュウさんではない。ベラさんを守り戦ったシュウさんは、あんなことをしない。

 私は両手で顔を隠した。

 見たくなかった。信じたくなかった。

 だから顔を隠して、記憶の中の優しいシュウさんを思い出していた。

 それで分かった。

 別人格。

 シュウさんは教えてくれていた。

 自分を否定するような悲しい顔をして、私に話してくれた。

 あれがそうなんだ。

 気づいた時には、シュウさんの魔の手がアーツ長を襲っていた。

 違う。あれはシュウさんじゃない。

 シュウさんは、あんなことをしない。

 私の身体は勝手に走っていた。

 止められる自信はなかったのに。だから、見たくなかったからだと思う。

 シュウさんがアーツ長を殺す。そんなところは見たくない。

 だから私は、アーツ長の前に立った。目は閉じたまま必死で。

 怖かった。死んだと思った。

 丸太と丸太がぶつかるような音がするんだもの。

 けれど何もなかった。私は無事だった。

 ゆっくり目を開けると。

 いつものシュウさんが、頬をぱんぱんに腫らし倒れていた。

 安心した。けれど。

 私以外、全員倒れている。

 頭が混乱してきた。どうすればいいのか分からない。

 慌てる私のもとへ、息を切らしながら走ってベラさんが来てくれた。

 助かったと思ったけど、そうではなかった。

 

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