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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
17/71

十七話 弓矢

 矢が心臓に突き刺さる。

 そう理解(わか)った瞬間から、世界の全てが遅くなっていた。

 久々の感覚。この感覚はたしか、ゾーンという名だ。

 極限の集中状態が引き起こす現象。

 死の危険が迫った時、脳が情報処理能力を十倍以上高め起こるらしい。

 目的以外の余分な情報は次々とカットされる。今だって俺の眼は、色を認識しちゃいない。白黒の世界でゆっくりと矢が迫っている。

 分かったところで手も脚もでない。ならばと結論を出した途端、世界はもとのスピードを取り戻した。

 身体はすでに、実行に移していた。

 振り向いてる最中に、心臓を目掛けて飛来している矢。

 振り向いた反動で使えない手。足場の悪さを理由に回避出来ない脚。

 だから、このまま振り向き続けた。

 飛来した矢は、左肩へと深く突き刺さった。

 ……危なかった。この深さ、間に合わなければ心臓まで到達していた。

「いってぇな、さすがに……」

 ようやく痛みが伝わった。

 安心した途端これだ。

「シュウ! っクレイズ! 何をしている! 武器を使用した時点で貴様の敗北だ! すぐに姿を現せ!」

 肩に刺さった矢を見た瞬間、俺のすぐ後ろにいたアーツは激怒(げきど)していた。

 激怒したまま矢が飛んできた方角を見つめ、睨み続けていた。

「負けじゃないっしょ? アーツ長」

 言って、二十メートルほど離れた木の上からクレイズが降ってきた。

 クレイズは肘から指までの長さ程の、小さな弓を持っていた。

「誓約はないですし、武器を使ったら負けなんてアーツ長は一言もいってないっすよねぇ?」

「守れっと言った!」

 怒るアーツに対して、クレイズはニヤニヤしながら会話を続ける。

「いやー。守ろうとはしてんですよぉ。でもそこの人族が、ネーボをあんなにあっさり倒すなんて思ってもみなかったんで。オレこわくて、つい」

巫山戯(ふざけ)るな!」

 俺を通り越し、クレイズへ向かうアーツの肩を掴み、止めた。

「いい。止めなくていい」

「シュウ!」

 この時俺は間違いなく。

「止められたら、クレイズを殴れねぇだろ?」

 イライラしていた。

 ルールは破る、ネーボと共闘しておきながら助けようともしない。こいつに。

 何より最初から、ルナがこいつを嫌がったのを見た時から。

「いいな。止めるなよアーツ」

 アーツは固まったまま何も言わなかったが、俺を初めて見たような顔をして、見送った。

 クレイズへ向かい歩きながら、右手で肩の矢を引き抜く。

 抜いた矢を見ると返しがない、というより金属がない。木だけで作られた矢、だからあっさりと抜けた。

 笑い声がした。

「ありがとよ無人! こうも予想通りいくとは思わなかったぜ。それどころか予想以上だ。あんたのばかっぷりはすげぇよ!」

 笑いながらも、駆け出した俺を見てクレイズは樹上へと()んだ。

 翼人族の特徴、跳躍力と滑空(かっくう)能力。どちらも樹上でこそ本領が発揮される。 

 木の葉が邪魔でクレイズの姿は見えない。見えないが木の葉の揺れでどこにいるかは分かる。

 どんどん遠くへ行くクレイズを確認していると、揺れる葉っぱから、矢が飛来(ひらい)してきた。

 狙いは眉間。

「うぉ!」

 前回とは違い、自由に動ける体勢なら(かわ)せる。

 とはいってもギリギリだ。 

 矢についている羽根が、頬骨(ほおぼね)の皮膚を切っていった。

「あの野郎……」

 矢に意識を奪われている間に、クレイズは姿を消していた。

 枝が三ヵ所揺れている。分かるのはそれだけだ。

 三ヵ所とも眼を凝らしても、クレイズを見つけられない。

 木の葉と影が(さえぎ)り見づらく、クレイズの翼も茶色く、木の皮と似ていて目立たないのが原因だ。

 揺れる枝だけが頼りだ。 

 揺れる枝同士の間隔は三、四メートル。

 右から順に。

 大きく縦に揺れる枝と小さく揺れる枝、最後に横に揺れる枝だ。

 二本なら分かる。跳び跳ねているのだから、跳んだ時と着地した時の揺れ。

 もう一本はなんだ?

 三本を見比べ考えている間にも、矢は放たれた。

 一番右端の、大きく揺れていた枝から。 

 狙いはまたも顔。右目だ。

 前へ跳び、転がりながら回避する。

 即座に構え、体勢を整えるも状況は同じ。

 場所は変わったが、また三本が揺れている。

 今度は真ん中が大きく縦に、右は小さく縦に、左は横に揺れていた。

 同じ手は通用しない。

 真ん中の大きな揺れへと走る。木を()けながらも最短距離で近寄る。

 最後の難関。クレイズは木の上だということ。

 捕まえるには、跳ぶしかない。

 クレイズがいるであろう枝へと跳び、失敗した。

 誰もいない?

 しくじった……。

 着地と同時に太股(ふともも)が、激痛を訴えた。

 かはっ、と声と息が漏れ出す。

 右足の太股には、深々と矢が刺さっている。

 (かが)み、引き抜こうと矢を掴み、はっとした。

 俺だったら、このタイミングでこそ仕掛けるから。

 太股に刺さった矢を離し、右腕を顔の横に構え盾にした。

「がぁっ!」

 直後、前腕を矢が射抜(いぬ)いた。

 筋肉を締めていなかったら、貫通した矢は頭に届いていた。

 歯を食い縛り向き直ると、またしても同じ状況だった。

 揺れる三本の枝。

 立ち向かうことはせず、一番近くにある木陰(こかげ)へと隠れた。

 木の幹を盾代わりにし、(かが)んで身体に刺さった矢を引き抜く。

 右の前腕に刺さった矢から順番に。

 覚悟を決め、一気に抜く。

 太股も同じように。

 痛みはもちろんだが、抜く時のぬるりとした不快感が気持ち悪い。出血も増え、いいことが無いように思えるが。抜かないと行動に支障が出てしまうのだ、抜かないわけにはいかない。

 前腕と肩はまだいいが、太股は出血が多い。

 シャツを脱ぎ、太股に巻き付け縛る。これで出血はしばらく持つ。

 問題は動作だ。

 前腕と肩は痛むものの、支障は少ない。

 太股は難しい。動かせるが、痛みから行動が(にぶ)りそうだ。

 思わず舌打ちをしていた。弓矢に対してこの脚は不味(まず)い。深く、ため息もついていた。

 立ちあがり、盾にしている木にもたれかかり、上を見上げる。

 何気ない行為だったが。 

 木の枝に矢が刺さっているのが見えた。

「これは」

 偶然の発見ではあったが、枝が三本揺れる謎は解けた。

 横に揺れる枝は、矢を当て揺らしているのだ。

 なら二択だ。大きい縦揺れと小さい縦揺れ、どちらかに奴はいる。

 活路を見いだし、早速行動に移す。

 木から飛び出し前へ。

 そう上手くはいかない。

「なんだと」

 揺れ方が変わっていた。

 右が小さく縦に、左は小さく横に揺れ、真ん中は大きく横に揺れていた。

 これでは発見した矢の意味がない。

 迷い。すぐに(かわ)せる準備はしつつも、脚は止まっていた。

 横揺れが二つ。小さい揺れなら分かるけれど大きくなんて、矢で揺らせるものだろうか?

 違う。逆に考えるんだ。

 縦には矢で揺らせない。同じような高さから射るのだから、必ず横方向に動く。なら右は確実に跳んだか着地をした場所だ。

 二択に変わりはなかった。

 対象を右と正面に絞り、向かってくる矢は最小限の動きで(かわ)し、そしてクレイズを補足する。

 この右脚では何度も跳ぶことは出来ない。確実に跳べるのは一回だ。

 こちらからは攻めず、クレイズが動くのを待った。

 躱し、走れるように姿勢を低くしていく。

 その時だ。

 左から弦を弾く、(かす)かな音。

 低い位置から、左脚を矢が襲った。

「なっ!? くそっ! なんでっ!」

 またもや太股に矢が刺さった。

 最悪だ。両脚(りょうきゃく)を封じられてしまった。

 刺さった痛みで、左脚は膝を着いていた。

 左で横に揺れる木と、正面で大きく横に揺れる木の間。その木陰から、クレイズは歩いて現れた。

 俺が動けないと分かり、嬉しそうにほくそ笑み悠然(ゆうぜん)と立っている。

「ごくろうさん。まんまと罠にはまったなぁ」

 罠。確かにクレイズの言うとおりだ。俺はまんまと()まってしまった。

「さすがにあんたでも、両足をやられちゃあ動けねぇだろ? ああ、黙ったままでいいぜ。その姿勢が何よりの証拠だもんなぁ。ところで、なんであんたがそうなったか知りたいよなぁ、知りたいだろぉ?」

 クレイズが現れてから、俺は一言も喋ってはいない。なのにクレイズは話をどんどん進めていった。

「あの三つの枝の揺れはよぉ。オレ自身と、この矢を使って起こしたわけよぉ。ここまではあんたも分かってただろぉ? でもよ、あんたは勘違いしてる。横揺れは矢だけで作ったんじゃねぇんだ、オレ自身でも出来るんだ。オレら翼人族はなぁ、もともと樹上で生活してたんだ。木の揺らしかたなんざ、自由に操れるに決まってるだろ? 分かるか? これが無人と翼人の差なんだ」

 ……なるほどな。三択に思考を(とら)われた時点で俺は失敗していた訳か。

「最後のは?」

 俺の問いに、嬉しそうにクレイズは微笑む。

「ああ、あれな。左から正面に跳んで、正面から地面に跳んだ。後は地面から上に向けて矢を放って、右の枝に上手く当てりゃいいだけだ。簡単だろ?」

 簡単、ではない。放物線を描いて矢を当てるとは。俺はクレイズの腕前を()めていた。それだけではない。俺は最初(はな)から油断していたんだ。二対一を許可し、武器を許可し。結果はこの様だ。

 まったく、情けない。

 だが、諦めはしない。このまま今度は、クレイズを油断させればいい。

 俺とクレイズの距離は五メートル。三メートルなら届く。 

「お前の言う通りだよクレイズ。俺は(だま)され、身動きすらままならない。けどな、負けは認めねぇぞ? ほら、男らしく堂々と掛かってこいよ」

 俺の挑発にクレイズは、顔を歪ませ怒りを見せるも、乗ってはこなかった。

「オヤジからさんざん言われててよぉ。獲物は殺すまで油断するなってな」

 クレイズは背中に手をまわし、矢を取り出した。

 そうだ。これも油断の一つだ。ここはクレイズの親、バリエノが指定した場所だ。

 可怪(おか)しいとは思っていた。

 矢と弓をどこから調達していたのか疑問だった。

 簡単だ。最初から用意していたんだ。この森のこの場所で、俺を――殺すために。

 クレイズが矢をつがえ、引き絞る。

「そこまでだ!」

 遠くからアーツの声がした。

 アーツめ、止めるなと言ったのに。

「イヤだね」

 クレイズは無視し、俺の眉間を目掛け、矢を放った。 

 飛来する矢。けれど怖くない。

 放つタイミングも狙いも、全てはクレイズの手が教えてくれる。

 なら出来る。

「てめえ!」

 クレイズが吠えた。

 彼の自慢の矢が、掴み取られたのだ。機嫌も悪くなるだろう。

 まぁでも。それだけのことだ。勝ちに(つな)がるわけじゃない。

「むかつく野郎だ。じゃあ、これならどうだ?」

 やばい。

 クレイズは、矢を三本まとめて弓につがえた。

 人差し指と中指。中指と薬指。薬指と小指の間に。器用に(はさ)んだまま弓につがえ、引き絞っている。

 遠くで、ルナとアーツの叫ぶような声がした。

 音は(さえぎ)られ、視界から色が失せていく。

 ゾーン。

 矢は、放たれた。

 眉間と喉と胸を狙った三本が、ゆっくりと近づいてくる。

 同じように、俺の腕も動きが(にぶ)い。

 迫りくる矢のうち二本は掴んだ。眉間と胸の矢を、左右の片手ずつで。

 残るは一本。

 喉を目指す矢は口で止めた。

 大きく開き、全力で噛み締め。しくじった。

 今日一番の油断。

 俺は歯を、打ち鳴らしてしまった。

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