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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
13/71

十三話 条件

 眠れない。

 頭の中は、ルナのことでいっぱいだ。

「くそっ」

 起き上がり、眠る努力をやめた。

 エルバ村は寝るのが早い。きっと娯楽が無いせいだ。

 喉が渇いたので、極力物音を立てず玄関へと向かう。

 向かいながらも、ルナとの会話を思い出していた。

「放っておけるかっつーの」

 独り言のせいで、居間にいたアルテに声を掛けられた。

「シュウ、お主か?」

 返事だけ返せば良かったのだろう、けれど気分を紛らわせたくて襖を開け居間にお邪魔した。

「眠れんのか?」

「まぁ、ね。日中いろいろあって、アルテが寝るまでここにいてもいいかい?」

「構わんし、悩み事なら話してみたらどうじゃ?」

 許可をもらい。壁に寄りかかって座るアルテの正面に、あぐらをかいて座った。

「相談してもなぁ」

「なんじゃ。言ってみなければわからんじゃろ?」

 大概(たいがい)のことはアルテに相談すれば解決するとは思う。だが、ルナのことはどうだろう。一緒に暮らしていてあの()の異常さに気づいていないようだし、無駄なのではと疑ってしまう。

 思案(しあん)しながら後頭部を掻くと、アルテは先手を打ってきた。

「ルナのことじゃな?」

「! どうして分かったんだ」

 フィオの能力が頭をよぎる。

「なに簡単なことじゃよ。ベラには一日の出来事を報告するよう命じておってな、お主と別れた後ルナの様子が違った、と報告は聞いておった。そして眠れぬお主が現れれば、誰だって推察(すいさつ)くらい出来るじゃろ」

 至極(しごく)当然のことだった。観念(かんねん)して今日の出来事を詳しく話してみた。

 俺の、過去も含めて。

「お主の世界では心の分析までしておるとはのぅ。ふむ、お主の言う通りじゃな。ルナのことはワシも心配しておったが、いかんせんルナは利口でな。上手く話を逸らすわ変えるわしおって、ワシも深くは入り込めておらんかった」

 髭をさすりながら、アルテは続けた。

 ルナの異常さにはアルテも気づいていて、助けようともしてくれていた。そんな人を疑うとは、俺もまだまだ情けない。

「それにしても、お主のほうが簡単にルナの心を引き出すとはのぅ。ここまで面倒を見てくれるとは思っとらんかったわ」

「冗談だろ? 俺は放っておけって言われたんだ。それはつまり拒否されたってことだろ?」

 アルテは静かに首を振った。

「生まれた時からルナのことは知っておるが、あの子が人を拒絶するなど初めてじゃ。もちろん、親の(かたき)となる人族ならば分からんがな」

「なら、俺が人族だからだろ?」

「それはない。ルナがフィオを預けるということは、何よりの信頼の(あかし)じゃ。お主はもう人族ではなく、別の枠組みなんじゃろう」

「ならなんで?」

「ふむ。ここからはワシの憶測(おくそく)じゃが。おそらくルナの核心(かくしん)に迫っとったんじゃろう」

「核心って?」

「そこまでは分からんよ」

 それもそうだ。分かってるなら解決するだろう。アルテだって万能ではないのだから。

「生まれた時から知ってるなら、何が原因なのか分からないのか?」

「確かなのは、両親を亡くしたことじゃろうな」

 普通にトラウマになりうる理由だ。

「詳しく教えてくれないか?」


 アルテのお蔭で、原因は分かった。

 けれど問題はより難しくなった。

 ルナを曲がった考えから解き放つには、材料がいる。

「なぁアルテ。エルバさん、ルナの父親は何か残していたりしないのか?」

 もしルナを救う手掛かりがあるのなら、エルバだけが頼りだ。

 アルテは当時のことを語ってくれた。

 エルバ。

 ルナの父親は、この村の初代村長だった。見た目の年齢は、俺とそう変わらなかったそうだ。賢く真面目で心優しい、そんな理想的な人柄だったらしい。

 エルバがいなければ、村が成立したかどうか危ぶまれるほどに。

 そんなエルバが率いていた村は、村の目的である人族との関係も良好に進んでいった。

 この大陸に人族が住むのにはいろいろとルールがあるらしい。

 そのルールをクリアした(まち)がシャイタンという街で、領主が治めている。領主というからには背後に王国が控えている。王国の名はシアット王国。地球人のマスケラがいた国だ。マスケラはアルテに約束をしていた。不仲になっている人族とエルフたち、森の民との間に再び友好を(きず)くと。

 そんなマスケラの話をアルテから聞き、ルナの両親は立ち上がったのだ。

 六十年前の約束が世代を越えて実を結びかけていた、けれど約束は一人の男の独裁によって終わりを告げた。

 三年前、良好であった村と街の間に亀裂が走った。領主が病で亡くなり、領主の息子のボーグ・ヴィランが(あと)を継いだ。

 エルバ村の、悪夢の始まりだった。

 領主となったボーグは友好を()て、占領することを選んだ。

 背後に王国が控えているシャイタンに対して、エルバ村は孤立していた。

 エルバ村は、国の反対を押し切り造った村なのだ。

 国からの庇護(ひご)は何もない。それを知ってか知らずかボーグは強硬策に打って出た。

 決闘だ。

 七年間上手くいっていたエルバ村には、闘技者は存在しなかった。

 責任を取るためもあったのだろう、村長であるエルバ自らが戦いに(おもむ)いた。

 結果は引き分け。

 対戦した両者はともに死亡。

 戦うために用意された街の闘技者に対し、戦いに不慣れなエルバ。奮闘したものだと思う。

 家族に見守られるなか、エルバは自らをも巻き込み相手を魔法で焼き殺した。

 肉体で劣るエルバには他に手段はなかった。

 エルバが必死に守った村は、窮地に立たされた。

 引き分けに納得がいかないボーグは、戦争を始めると言い出した。

 エルバは確かに責任を取るために闘技者になった。だがそれよりも。村人に血を流してほしくなかった。

 エルバの死を無駄にしないためにも、三人の族長は必死に交渉をした。

 交渉の結果。エルバ村には年貢を納めることを命じ、逃げ出さないよう誓約をかけた。

 誓約の影響で住人は定められた地域から、一切出られなくなった。

 影響は住人だけではない。村がどこかに助けを求められないように、人を招くことも禁止させられた。

 ん?

「アルテ、ちょっと待ってくれ」

「なんじゃ話の途中に?」

「今の話が本当ならなんで俺は村に居られるんだ?」

 記憶は無いが、村へは連れてこられたはずなのだ。

 アルテは黙って(ひげ)を触り、口を開いた。

「分からん。分からんから試してみてもよいか?」

「試す? ああ。そうだな。こんなものやってみたほうが早い」

 誓約という強制力を見せてはもらったが、俺自身に力が働いたわけではない。

 ベラとの試合も、俺には最初(はな)から殺す気なんてなかったから、誓約というものを実感できていない。

「何を試す? 俺がやらなそうなことじゃないとダメだよな」

「ふむ。ならば、ワシを殺してみるというのはどうじゃ」

「……アルテは馬鹿なのか? 誓約が効かないと決まってるわけじゃないだろ。なんでそこまでやらないといけないんだよ」

 俺の返答に、アルテは少しだけ微笑んだ気がした。 

「ふむ。ふむ。じゃったらワシの腕を折る。これでよかろう? 折れたところで魔法で治せる。要らぬ心配はせんでよいぞ」

 アルテが傷を負う必要はどこにもない。ないのだが、俺が他に強制力を働かせないとやらなさそうなことも思い付かなかった。仕方なく、アルテの提案に従うことに決めた。

「折ったとしても恨むなよ」

「四の五の言わずやらんか」

「はいはい。俺はアルテの腕を折ることを誓約する」 

「許可する」

 …………何も起きそうにない。時間差でもあるのだろうか?

「間違いないようじゃな。お(ぬし)に誓約は無効のようじゃ」

「こんなんで分かるもんなのか?」

「もし有効じゃったら、今頃お主の腕がワシの腕に掴みかかってきとるわい。本人の意思がどうあれ、な」

「そういうもんなのか……。しかし、なんでなんだ? 魔法が使えないことでも関係してるのか?」

「いや。人族には魔法が使えん者もおるが、誓約は有効じゃった。憶測でしかないが、やはり別世界の人間じゃからじゃろう」

 なるほど。しかしこれでは他の闘技者からすれば、俺はずいぶん不公平(アンフェア)になるというわけだ。

 気をつけよう。

「話の腰を折ってすまなかった。で、どこまで話してたっけ?」

「村に誓約をかけられた。というところじゃが、それでもう話は終りのようなもんじゃ」

「む。なんか、ごめん」

 エルバさんは戦って死んだ。なら希望はある。エルバさんが話通り有能な人なら、万が一を考えて行動するはずだ。

「なぁアルテ。エルバさんくらいの人物なら、死ぬ可能性がある、と思ったら遺書くらい書いているんじゃないか?」

 遺書というキーワードを聞いてから、アルテはしばらく黙りこんで髭をいじり続けた。

「可能性はある。ワシに渡さんものじゃから失念しておったが、バリエノに渡しておるかも知れん」

「バリエノってたしか、翼人族の族長だよな? なんで族長が、遺書を娘に渡してやらないんだ!?」

 アルテはまた髭を触って考え込み、答えてくれた。

「ルナに関しては色々と事情があるんじゃよ。遺書の件はワシに任せよ、必ず持ってくる。じゃからお主は動くな。お主が動くと騒ぎが大きくなるだけじゃ」 

 反論したいがその通りなので何も言えやしない。

 遺書の件はアルテに任せるのが最適だろう。

「さてさて、夜もだいぶ更けたの。どうじゃ寝れそうか?」

「ああ。アルテのお(かげ)で悩まずに寝れそうだよ。ありがとう」

 立ち上がり、自室に戻ろうとした時だ。

 玄関の戸板だろうか、重い板を動かす音が響いた。

「夜分に申し訳ありません」

 裏を感じさせない素直な声には聞き覚えがあり、誰なのかすぐ分かった。

 丁度立っていた俺が、出迎えるため玄関へ向かった。

「どうしたんだアーツ、何かあったのか?」

「すまない。こんな夜更けに。父上は起きているだろうか?」

「ああ。居間で起きてる」

 親指で後ろを示しながら教えた。

「良かった。いや良くないか……。シュウもいてくれたのは丁度いい。すまないが付き合ってもらってもいいかい?」

 断る理由もないので、アーツに上がってもらい居間に戻った。

 居間に行き、アルテを見るなりアーツは土下座をした。

「申し訳ありません父上。交渉は失敗したも同然です」

 言い終えてもアーツは頭を上げなかった。

「何があったアーツよ。何を失敗したのじゃ」

 アーツの態度を見て、アルテも居住(いず)まいを正し返事をしていた。

「はい。ネーボは問題なく交渉を終えたのですが、クレイズが、というよりもバリエノ殿が条件を提示してきました」

「条件とな?」

「はい……。村長とはいえ人族を(かくま)い、あまつさえ重用(ちょうよう)するなどと独断に過ぎる。そのうえ、その人族と決闘をせよと(おっしゃ)るのなら、こちらも条件を出すのは当たり前のことかと存じ上げます。と」

 俺が聞いても納得する内容だった。

 こちらは戦ってくれとお願いをしているのだから、当然といえば当然だろう。

「して、条件とは?」

 アーツは気まずそうに喋りだした。

「提示された条件は二つ。一つは戦う場所の指定」

「場所? そんなんでいいのか?」

 俺の発言に対してアルテは、黙っていろと(てのひら)を向けてきた。

「二つ目は、ルナちゃんとの婚約です」

「………………あぁん?」

 理解するのに数秒掛かった。

「ちょっと待て! ルナは十歳だぞ! 婚約だの何を言ってやがる!」

 興奮して立ち上がるも、動揺しているのは俺だけだった。

「落ち着け(おろ)か者、ワシらにとってはよくあることじゃ。ルナはさすがに少しばかり早いがの。ワシらは子どもが生まれづらい。早くから相手を決めておくのは普通のことなんじゃよ。あと、ルナはもう十一になっとる」

 納得はいかない。いかないけれど騒いでも意味がなさそうだ。

 舌打ちをして太股(ふともも)を強めに叩き、座り込んだ。

「父上、ここまで言ってくるということは、バリエノ殿には勝算があるのだと思います。ここはルナちゃんのためにも、退(しりぞ)いたほうがよろしいのでは?」

 アーツの不安げな問いにアルテは速答した。

「本人たちの意思次第じゃろう。のうシュウ。のうルナ!」

 天井を見ながらアルテは、ルナの名前を強めに呼んだ。

 すぐに天井から音がしだして、家の北側から歩く音が聞こえてきた。

 足音が消えて、居間の(ふすま)が開いた。

 やってきたのはもちろんルナだ。

 昼間はよその国の民族衣装みたいだったのに、寝間着は浴衣のようでいつもより可愛く見えた。 

 説明を求めアルテを見つめた。視線を感じ理解してくれたようで、語りだしてくれた。

「玄関の開く音は屋敷中に響くようになっておる。アーツが来た時に、フィオレ以外は聞き耳を立てて聞いておると分かっとったんじゃ」

 そんな仕掛けがあったとは。と俺が余計なことを心配しているうちに、ルナは予想通りのことを言いだした。

「おじい様。シュウさんが良いと言うなら私は構いません」

 予想はしていたのに、俺はかなりイライラしていた。なのに。

「シュウさんは負けませんから」

 その一言ですっかり毒気を抜かれ、怒りは消えてしまった。

「それにシュウさんが勝って私と婚約してくれれば、フィオも喜びます。フィオがシュウさんの妹になれますから、そうなれたら私、とっても嬉しいんです」

 絶句した。

 認めよう。俺はルナを甘くみていたと。

 この時俺は頭が真っ白になってしまい、何も言い返せなかった。

 

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