十二話 異文化
「決闘?」
俺の問いに対し、アルテ親子が同時に頷いていた。
地球との違いを改めて認識させられる。
「シュウの世界では、国家同士の問題を決闘で決めないのかい?」
アーツが当然のように訊いてくる。
「基本は話し合いだな。話し合いで折り合いがつかない場合は戦争が起こることもある。決闘で決めるなんてのは俺の知ってる限りはないな」
違いというものは、本当におもしろい。おもしろいし、決闘が戦争の代わりになるなら大賛成だ。無用な血は流れないほうがいい。
食事を終えたことで、こうして今後の方針を決めるための作戦会議が開かれた。決闘の説明も含めた、重要な会議。
会議のためにアルテは、息子であり村のエルフ族の長でもある、アーツを呼んでいたのだ。
場所は居間の隣、六畳の畳部屋だ。ちゃぶ台のようなテーブルを部屋の真ん中に置き、三人で囲んで会議をしている。
エルバ村は一人の村長と、三人の族長との代表で村の方針を決めている。言うなれば議会制だ。
村として成立しだしたのは十年前。村を起こす計画事態はもっと前からあったらしいが。村の設立はアルテと、ルナとフィオのご両親が発起人となり始まる。
彼らの故郷は王が統べる君主制なのに、村は議会制を導入した。
影響を与えたのは地球人、マスケラだ。
年齢的に死んでるだろうと思い、どうでもいいと頭の中から切り捨てていたけれど、こうも影響力の強い人物だと考え直さないといけない。
ヨボヨボであろうと、生きている可能性があるならば会っておくべきなのだろうか。
俺が今回の議題以外を考えていたことを見透かしたかのように、アルテが話を振ってくる。
「ではシュウ。お主には正式にワシが選んだ代表闘技者になってもらうが、よいか?」
異論など元から無い。
戦うことだけの人生がこうして誰かの役に立つのなら、俺としても嬉しく思う。しかも世話してくれた恩人たちに恩返しも出来る。
さらにルナとフィオまでも守れる。
一石三鳥とは、幸運すぎて少し不安になる。
「良いです。でも他に二人、もとからの闘技者がいるんだろ? そいつらはどうするんだ?」
村長のアルテが俺を選んだように、三人の族長が選んだ闘技者が俺以外に二人いる。三人ではない。
ホビット族は決闘にとことん向いていない種族なので、翼人族とエルフ族に闘技者を委ねていた。
エルフの闘技者はアーツが説得してくれると思うので、問題は翼人族だろう。
話で聞いた限り、翼人族は人間嫌いが強そうだ。
嫌われるのはいい。ルナとフィオを除け者にしている時点で、俺も嫌いだから。だからといって村の代表闘技者になる以上は、翼人族とも仲良くやっていきたいとも考えている。
などと思っていたのに。
「どうするもこうするもないじゃろ。お主の立場上、村人にも納得してもらわんといかん。だからこそ二人とは戦って闘技者の座を勝ち取ってもらわねばならん」
ならば何故アーツは呼ばれたのだろうか。
「あっ! 相手は男だよな?」
昨日のことを思い出し確認する。俺の質問にアーツが笑いながら答えてくれた。
「安心していい。二人とも若いが確かに男だよ。それにしても、父上が聞かされた通りの御仁で嬉しいよ。父上の仰ることでも、人族と聞いたときはさすがに迷ったものだ。こうして交流してみれば自信をもって、君をエルフ族に紹介できるよ」
スッと、アーツは立ち上がりアルテに一礼をした。
「では父上。決闘の橋渡し役、確かに承りました」
アーツは屋敷の住人一人一人に挨拶をして、出ていった。
会議が終われば、俺にやることはなかった。
戦うこと以外にやることがない。これでは動物みたいなので、手伝うことはないか住人の観察をしてみることにした。
アルテはやはりじいさんなので、頭を使うようなこととフィオのお守りをしているようだ。
アルテは広い庭で元気に遊ぶフィオを、縁側から見守っていた。
観察していることはアルテにすぐバレた。そういうことならと、力仕事を用意してくれるそうだ。今日はフィオの相手をしろということで、疲れて眠くなるまで遊んであげた。
肩車したり、真上に放り投げキャッチしたりすると喜んだ。とにかく高いところが好きなようだ。
翼人族は翼があっても、滑空するための翼なので飛べない。
魔法を併用すれば飛べるそうだが、よほど魔法に長けた人物でなければ無理らしい。
裏を返せば、魔法の腕前が高い人物ならば誰でも飛べるのだろうか?
まぁ、魔法を使えない俺には関係のない話だ。
翌日。
朝はいつも通り筋トレをこなし、朝食にありついた。
昨日は会議をするとかで落ち着いて食べられなかったが、こうしてみると、農家の一般家庭のようだ。
ベラはお母さんでアルテは祖父。そして二人の娘。
……やめよう。俺には不釣り合いだ。
それにしても、食事もここまで日本に近いと偶然では済まないような気がする。
白米に味噌汁に漬け物と、リーチがかかっておかずは肉。そこは魚であって欲しかった。
肉料理は丸焼きに近いことが多く、なんの肉か分かってしまう。
今日は兎だ。
朝食のお蔭で、村の生活が狩猟と農耕で成り立っていることがよく分かった。
朝食を美味しく頂き、今日はベラとルナの観察をすることにした。
炊事から始まり洗い物をする、予想通りの主婦の行動だった。
このあとは洗濯をして掃除をするのだろう。
想像よりは遥かに大変そうだ。なにせ電気も水道もないのだから。なので、今日は指令を出される前に率先して動いた。
食器洗いは、外の日当たりがいい場所で行う。でかい桶を二つと柄杓を用意して。でかい桶の片方に井戸から汲んだ水をいれ、柄杓で水をかけて洗う。洗い終わった食器を、もう片方の桶に入れて乾かせば完了だ。
ベラが食器洗う役で、ルナが乾燥しやすいように間隔を空けて桶に並べる役だ。
途中。桶の水が足りなくなり、ベラの手が止まった。
「手伝うよ。水を汲んでくればいいのか?」
ベラもルナも、口を半開きにして俺を見ていた。
「あの、シュウさん。男のかたはこんなことをするものじゃないですよ」
「は?」
今度は俺が口を半開きにしてしまった。
「先程から何をしているのかと思えば……。シュウ、貴様も男ならアルテ様のように構えていればいいだろう」
プライドが高そうなベラまでも、俺に手伝うなと言う。
なんとなく嫌だった。
二人の言動を無視して、桶を担いだ。
「何を!」
二人に止められてしまい、むしろ作業の邪魔になりそうなので仕方なく理由を口にした。
「俺が手伝いたいから手伝うんだ。俺はこの世界の人間じゃない。男だからどうとか、知ったことかよ」
「なっ!?」
ルナはともかく、ベラにはいけない発言だったようだ。
「貴様は私を殴れないと言ったのに、貴様は女の役目を奪うのか!?」
「それとこれとは話が違うだろ。俺のほうが力仕事は向いてるし、大変そうだから放っておけないんだよ」
眉を寄せ唇を固く結び、ベラは小声で言い返してきた。
「シュウの言ってることは可怪しい。可怪しいが、助かる……」
どうも調子が狂う。初めて会った頃のベラは、どこに消えたのだろうか。今は今で嫌いではない。寧ろ良い。
そんなベラを見習って、俺も正直に感想を口にした。走り出す準備を終えてから。
「ベラ。最近可愛いな」
即座に走り出すと、後ろでベラが喚いていたのが聞こえた。
逃げたところで、どうせ戻るんだけど。
桶に水を足して戻ると案外ベラは大人しかった。大人しかったが、仕事を押し付けてきた。
「私を茶化し罰だ。洗濯をルナ様と一緒にやってもらう」
「ベラは?」
「私は掃除に向かう」
茶化したことを洗濯一つで許してもらえるならありがたいことだ。
けれど普段の時間配分は大丈夫なのか、と少しだけ不安に思う。なんだったら、毎日手伝ったっていいんだ。どうせ閑人なのだから。
食器洗いは終わり。ベラは言った通り屋敷に入っていった。服を作るときに余ったような、布の切れ端をたくさん持って。
俺とルナは食器洗いで使っていた桶の両方に水を張り、蔵からギザギザした板を取って戻ってきた。
「シュウさん。洗濯をした経験はありますか?」
「ないな」
「じゃあ、私がお手本を見せますね」
教えることが嬉しいのか、普段よりルナのテンションが高い気がした。
「この板で、こうやって汚れた部分をこすって落としてくださいね。力はそんなにいらないので、シュウさんは気をつけてください」
少女におっさんが教わる図というのは、傍目から見てどうなのだろうか。さすがに少し恥ずかしい。
作業中もちょくちょく、ルナの指摘が入る。
「あ、そのくらいの汚れなら板は使わなくても落ちますよ」
ルナが楽しそうなので良しとした。
何気ない会話が続いていたのだけれど、少し違和感を覚えた。
「シュウさんが来てからフィオは毎日が楽しそうなので、私、すっごく感謝してるんですよ」
まただ。
「フィオってば、昨日もシュウさんと一緒に寝たじゃないですか。フィオがいないなら、上の部屋なんて必要ないですよね?」
違和感、では済まなかった。
洗濯をする俺の手は、とっくに止まっていた。
「……ルナ。さっきから可怪しなところがあるんだけど」
「? どこですか」
洗濯物から顔を上げた、ルナの顔を覗く。
楽しそうに口角を上げ、目尻は下がり、微笑むルナ。なのに、楽しそうな表情の中で唯一、瞳だけは虚ろだった。
「ルナ。フィオが嬉しいとか楽しいとかは分かったよ。じゃあさ、ルナは何が楽しいんだ」
狼狽えてくれるなら、まだ救いはあった。
「何を言ってるんですか? フィオが楽しいなら、私はなんだって楽しいですよ」
ルナがまるで人形のように見えたから。俺は黙り込んでしまった。
あんな発想は人形だ。ルナにはフィオに勝るものが無い。つまりそれは、フィオを生かすための人形なのだ。
経験上よく分かる。嫌なことから逃げるために、自分を無くした俺と同じだから。
だがルナには希望がある。あの頃の俺と似てはいるが、そこまで深刻ではないはずだ。
原因を見つけ解決すれば、俺のようになったりはしない。
いや。そんなことには俺がさせない。
「シュウさん、さっきからどうしたんです? 具合でも悪くなりましたか」
意気込んだところで今は何もできない。情報がないまま、下手に突っ込めば失敗する。心を閉ざされては終わりだから、今はその時じゃない。
「いや、なんでもないよ。ちょっと考えごと。ほら、決闘の件ってあれから連絡ないけど、どうしたんだろうなぁって」
俺の発言に、今度はルナが固まっていた。
「あの、シュウさん。私ずっと確認したいことがあったんですけど、聞いてもいいですか?」
「ん? 聞いてダメなことなんて俺にはないよ。言ってごらん」
ルナのことに気をとられ、口調もガードも甘くなっていたようだ。今もあの時も、自分の甘さが嫌になる。ルナが訊きたいことは、俺がルナたちと出会ったあの日のことだった。
「私、そんなはずないと何度思ってもダメなんです。シュウさん私の前に立った時、笑ってませんでしたか?」
心臓を鷲掴みにされたような気がした。違う、と言いたかったが言いはしない。
嘘をつくのは簡単で、嘘をつきたい衝動にも駆られていた。だが嘘はつけない。
嫌われたくないと確かに思っている。だがそんなものより、エルバ村で得た信頼を裏切るほうが、辛い。
わざわざ人に話すことではないが、聞かれた以上は例え嫌われようと俺は正直に伝える。
「笑ってたよ」
「……冗談、ですよね?」
声は出さず、首を振った。
「どうして、笑っていたんですか」
答えないわけにもいかず、自身の異常性を語りだした。
「説明が難しいんだけど、なんていうか、俺はもう一人いるんだ」
「? 双子なんですか」
当然の返答だと思う。
「んー。なんて言えばいいだろう。そうだな、ルナは嘘の自分を演じる時はないか」
言って、自分のことがルナにも通じるのでは、と気づいた。
「えっ、と。よく分からないです」
俺から見て、ルナの目が左上を向いた。嘘を作り出した目の動きだ。
「誰にでもあると思ったんだけどなぁ」
嘘を責める必要はない。嘘をついたということは、守りたい心がそこにあるはずだ。演じたり、嘘をつくことに。となるとルナはやはり……。
「じゃあ。分かりやすくするために、フィオとルナとで説明するよ」
「私たち、ですか?」
「うん。ダメならやめとくよ」
「……駄目じゃないです」
ダメかと思っていた。かなり無理はあるがルナの心を探るため、ルナとフィオを自身の話に捩じ込むことにした。
「ありがとう。その前に喜怒哀楽ってわかるか?」
「はい。怒ったり泣いたり笑ったりですよね?」
「そうそう。で、だ。俺の心の代わりに、フィオが喜と楽、ルナが怒と哀だとする。本来は、フィオかルナが全部を受け止めるのが理想なんだ。けれど俺の心は、それが上手く出来なくてフィオとルナ、心を二つに分けてしまった。」
「心を二つに?」
「そうだ。もう一人を心の中に創ったんだ。当時の俺を苦しめていた。嫌なことから逃げるために」
ルナは黙って俺を見つめて話を聞いていた。
「俺は怒りと哀しみを、全部ルナに追いやった。嫌なことは全部ルナのせいにした。そう思い込むと、とっても楽になったんだ」
頭のいいルナのことだ。無理矢理フィオとルナを使った意味を勘づいているはずだ。
「そうやって俺は表に出ている心。フィオを守ったんだ。ルナという、心を犠牲にして」
「でも一つの心を犠牲にして、シュウさんは守られていたんですよね? ならいらない心なんてどうでもいいじゃないですか」
「……そう簡単じゃないんだ。本来ならどっちも大切な俺の心だろ。それを無理矢理分けていただけなんだ。だからある日、がたがきたんだ」
「がた?」
伝えられる単語がなくて、そのまま日本語を使った。
「壊れたってことに近い。表の心であるフィオを守り続けていたルナという裏の心が、急に表に出てきた。裏の心は、今まで溜まりにたまった怒りを発散させるように、暴れに暴れ、平気で人を殺した」
「えっ?」
例えることに気をとられ、ありのまま言ってしまった。隠すつもりは無かったがルナの正直な反応に心が傷む。
「感情を無理に押し込んでいたせいで、俺のもう一つの心は凶暴になっていた。当時は制御するのも一苦労だったけど、今はだいぶ楽になったよ。自分の意思で表に出せるくらいまでにはなった」
「……あの、何か可怪しくないですか? それじゃ、まるで」
可怪しいことはなにもない。
「最初に言った通りだ。元々俺の中にあった感情が二つに別れただけだ。ルナが見た、笑っていた俺も俺なんだよ」
ルナの身体は強張っていた。強張りながら両手で頭を支えていた。
無理もない、人殺しが目の前にいるのだから。怯えて当然だ。
「……すみません。途中で私とかフィオが出てきたので、よく分からないんですけど、あの怖いシュウさんもシュウさんなのは分かりました。シュウさんが同族殺しをしたことも分かりました。だから確認したいです。シュウさんは、殺したくて殺してるんですか?」
「は?」
予想すらしていなった。
走って逃げ出すとか「人殺し」と叫ばれたりするとか、そんな展開を想像していた。
なのにルナは、殺した理由を尋ねてきた。
「そうだな……。もう一人の俺は現れてしまえばきっかけでもない限り、目的を果すまで止まらない。だから殺した。でもできれば、俺は殺したくはなかったよ」
「そうですか。……なら、大丈夫です」
ルナはあっさりと言った。あっさり過ぎて、俺が不安になるくらいに。
「人殺しだぞ? 俺の世界じゃどんな理由があったって許されるものじゃない。何を根拠に大丈夫なんて言うんだ?」
ルナは少し微笑んで、言い返してきた。
「シュウさんの世界のことなんて、関係ありません」
それは先程、俺がベラに対して言ったセリフだった。
「第一、私たちの世界では闘技者がいるんです。大半の闘技者は人殺しなんですよ? たしかにベラさんを守って戦ってくれた、シュウさんが人殺しなのは衝撃でしたけど。少なくとも私は逃げたりしませんよ。それに」
そう言ってルナは、洗濯で濡れた手を伸ばして、俺の顔に触れた。
「話しているあいだずっと、シュウさんは苦しそうでした。それだけでも、根拠としては十分です」
感情が溢れてしまいそうだった。
「ところでシュウさん。私たちを例えに使ったのは、私に何かを伝えたかったからですよね? 私はシュウさんとは違いますから大丈夫です。だから私のことは、放っておいてください」
溢れてしまいそうだった感情は、一瞬で凍りついてしまった。
「洗濯も終わりましたし、そろそろ次の仕事をやらないといけないので、お話はここまでにしましょう」
「そう、だな」
心が定まらない。今の状態では話し合ったところで何もできやしない。
十歳の少女と見くびっていた。俺より遥かに頭がよく、純粋な分かなりの難敵になるだろう。
難敵だとしても俺は、ルナを助けると決めた。