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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
10/71

十話 意地

 

 

 取り残されてから三十分は経過していた。

 手首の脈を数え、雑把(ざっぱ)ではあるが時間は分かる。

 三十分前。

 怯えるベラに、アルテはなんらかの魔法をかけ眠らせた。

 眠らせたベラを俺が抱き(かか)え武家屋敷に運ぶ。アルテから謝罪をされながら。

 六畳の(たたみ)の部屋にアルテとベラを残して縁側に戻った。 縁側には俺と同じく取り残されてしまっていた、ルナとフィオとが居た。 

 三人で縁側に並んで座り、話をした。

 先程の戦いは何が起きていたかとか、他愛もない話から自然とベラの話題になった。

 俺はルナからベラの事情を教えてもらった。

「ベラさんは長い間奴隷だったんです。なんでも、女性特有の奴隷とか」

「……なるほどね」

 憎むわけだ。

 俺自身は直接関係ない。関係ないが、それは俺だけの話だ。

 ベラはそう思わない。

 彼女が無人と呼ぶ、人族と同じ外見の男だ。

 憎むべき敵なんだ。異世界から来たとか、ベラには関係ない。

 暗い顔になっていた。

「おにいちゃん。いたくない?」

 戦いの話を楽しそうに聞いていたフィオが、心配そうに()いてきた。

「ん? ああ、平気だぞ」

「あたしのせい?」

「なにがだ?」

「あたしがけがさせないでっていったから、こうなったの?」

「違うよ。フィオがお願いしなくても俺は同じことをしてたよ」

 優しく、フィオの頭を撫でる。

「ベラさん大丈夫でしょうか。やっぱりまだ戦うんでしょうか?」

 二人ともベラを心配していた。

 二人には俺がどう映っていたのか少しだけ気になるぐらいに。

「たぶん。続けるんじゃないか。そのための話し合いでもしてるんだろ」

 俺の一言をルナは継続(けいぞく)したいと受け取ったのだろう。

「……今度は殴るんですか?」

 子どもとは思えない、真剣な面持(おもも)ちで訊いてくる。

 なのに俺は、質問に対して笑ってしまった。

 やっぱり俺は敵役(かたきやく)で、ベラの無事を願っているとそう感じたから。

 けれどなんとなく、ルナという子が知れた気がして嬉しかった。

 だから、フィオとの(くせ)で頭を撫でてしまっていた。

「なにするんですか!」

「ごめん。つい」

 顔を真っ赤にして立ち上がり、こちらを向きつつ離れていった。

 そんな行動を見せられ、言葉を漏らしてしまった。

「……俺のこと、嫌いか?」

 訊くつもりはなかった。

 憎まれているのは俺ではない。頭では分かっていても、次々と態度に出されては自信も揺らぎ、声に出してしまった。

 答えはすぐには返ってこなかった。

 赤い顔色が落ち着いたころ、彼女は答えてくれた。

「人族は嫌いです。でも、シュウさんは違います」

 その返答に、俺は固まってしまった。

「今日の戦い方を見てそう思いました。シュウさんはベラさんを傷つけないようにしてました。だから」

 離れた距離より少し近寄りまた(ほほ)(あか)く染め、続きを喋ってくれた。

「シュウさんだけは、信じてみようと思います」

 言い終えると、顔を隠して隣に座り込んでしまった。

 俺はどうしていいか分からず、お礼だけ言って脈を数え続けた。

 フィオもそんな俺を見てニコニコしているだけだった。


 二人との会話は楽しく、あっという間に三十分が経過した。

 後ろから障子の開く音が聞こえ。

「待たせてすまんな」

 と、二人が姿を見せた。

 アルテと、目を閉じたまま立ち尽くすベラ。

 ベラはアルテの後ろにいた。

 口を(つむ)眉間(みけん)(しわ)を寄せ、納得いかないような表情を浮かべて。

 これから言われるであろう結末を予感させるように。

「じっちゃん。まだたたかうの?」

 そんなこととは(つゆ)知らず、幼いフィオは単刀直入に聞いてしまう。

 フィオの問いに対してアルテは申し訳なさそうに、ベラへと視線を移した。

 それだけで十分だった。

 アルテは何を言おうとしてるのか、そんなものはベラの表情を見た時から分かっていた。

 ベラの不戦敗。そんなものは認めない。

 ルナとの会話が俺を決断させた。

「さ、続きだ」

 立ち上がり、ベラを誘う。

「ほら、早くしろよ。今度は本気だすから」

 フィオ以外、全員目を丸くしていた。

「良いのか?」

 アルテが戸惑いながら確認してきた。

「中途半端は嫌いでね。その女から私の負けです、って聞きたいんだよ」

 自分でも安い挑発(ちょうはつ)だと思う。安い挑発だが、ベラには丁度よかったようだ。

 裸足のままベラは庭に降り、歩きながら。

「……礼は言わない」

 と、素通りしていった。

 ベラを追い、縁側から十メートルの位置へ移動する。縁側にいる観客(ギャラリー)に見えるよう、横に対峙しあった。

 辺りは暗く、屋敷からの薄明かりだけが照らしていた。

 すぐさまベラは拳を握り構えた。素人丸出しの構えを。

 ボクシングのようであるが、ボクサーなら決してしないような構え。隙だらけで防御はまるで考えない構えだ。

 対して俺は構えず、質問を口にした。

「そんなに人間が憎いか?」

 本人からも直接聞きたかった。

 ベラの表情から感情が失われていく。

「憎い」

 返事に迷いはなかった。

 だからこそ俺も迷わない。

 ベラに手を(かざ)し、宣誓(せんせい)した。

(なんじ)の誓約を解除する」

 俺の宣誓にベラは困惑し、観客は騒いでいた。

「誓約を解くなどと。貴様正気か? 私が貴様を殺さないとでも思うのか」

 ベラならあるいは、俺を殺すかも知れない。

 それこそ凶器一つで簡単に。

 魔法ならもっと簡単かも知れない。

 だからといって、意思は曲げられない。

 ベラを(にら)み、言い放つ。

「お前を救ってやる。殺す気で来い」

「……救うだと?」

 しばしの沈黙の後、弾けるような音を立てて拳が鼻を潰した。

 潰れた鼻から鼻血が(したた)り、呼吸がしにくい。

「寝ぼけたことを!」

 頬骨(ほおぼね)に衝撃が走る。

「人族が何をほざく!」

 (あばら)へ強烈な一撃。

「貴様に分かるものか!」

 文句とともに、次々と繰り出される拳。

 全身にダメージが蓄積(ちくせき)されていく。

 細く小さい拳は面積が狭く威力が一点に集中され、当たりどころが悪いと骨を折られた。

「だから、なんだ」

 自分を叱咤(しった)するための言葉。誰にも、俺を殴るベラにも聞こえないであろう独り言。

 連打(ラッシュ)の一つ一つは鋭く。負傷(ふしょう)した身体へ、さらなる負傷を与えていく。

 素人の喧嘩術とたかをくくった攻撃は、感情という名のエネルギーが上乗せされ、かくも強力に()けていた。

 皮膚を打つ音と、ベラの乱れた呼吸と、観客の言葉。こんな状況でもはっきり聞こえるものだった。

「おじい様あのままじゃ死んじゃいます。止めてください!」

「ならん」

「そんな」

「ルナよ。あれは意地(いじ)のぶつかり合いなんじゃ。止める理由(わけ)にはいかん」

 アルテはよく分かっていた。

 止められては困るのだ。だからルナたちに向かって拳を構えた。

 通じるのか疑問だったが、その拳の親指を真上に立てて意思を示した。

 続ける意思を示したのに、攻撃は止まってしまった。

何故防(ふせ)がない!」

 ()けることも防ぐことも一切しない俺に、ベラが怒ってのことだ。

 返答のため指で片方の鼻穴を塞ぎ、鼻血を吹き出す。

 地面へと、粘りけのある血が噴出する。

 反対も吹き出してから、ベラに視線を合わせた。

「さっき言っただろうに……」

 こういうことは言葉にすべきではない。ないのだが、このまま立ち尽くされても困る。

「怨みも憎しみも俺にぶつけていい。ぶつけて気が済んだら認めて欲しい。こんな人間もいるんだってな」

「貴様に何が分かる」

「さっきも言ってたな。それで思い出したんだけど、俺も奴隷みたいなもんだったんだよ。だから救ってみせる」

 ベラの表情は(くも)っていた。

「貴様は何がしたいんだ。私を救う? 人族が私に何をしたか知っているのか?」

「教えてもらったよ」

「なら分かるだろう。貴様と私は違う。男に、私の気持ちを知ることは出来ない!」

「そうかもな。だから好きにしろ。殺されたっていい。お前の気が済むまで殴り続けろ」

「私を、馬鹿にするなぁぁ!」


 全身痣(あざ)だらけにされていた。

 呼吸するだけでも痛い。肋骨(ろっこつ)が折れている証拠だ。

 折れた箇所を殴られ激痛が襲う。

 折れた箇所も切れた傷口も、ベラには関係ない。

 手当たり次第殴り続けている。

 鬼の形相(ぎょうそう)とはこのことだろう。歯を食い縛り、肩で息をしながらも殴る手を止めない。

 俺も馬鹿だが、ベラも馬鹿だった。

 なにせ魔法を使わないのだ。疲れを癒すこともせず、懸命に殴り続ける。

 どんなに弱々しくとも。彼女は殴り続けた。

 何分経過したのだろう。

 意地のぶつかり合いと、アルテは言った。

 甘かった。ベラの闇は深く、意思は強い。

 目の前の女性は折れそうもない。弱り果てても、俺への攻撃を止めない。

 終着点が見えない俺は、折れそうだった。

 疲れからベラは弱っていく。

 女性という、守るべき対象が弱っていく。

 痛みなら耐えられるのに、耐えられなかった。 

 負けてしまえばいい。そう思いもした。

 わざと負けるなど出来はしない。プライドの高いベラのことだ。人間嫌いを悪化させてしまうだろう。

 ならば一撃だけ、ベラを止めるため暴力を振るおうと決心した時だった。

 ベラが振りかぶると俺達の間に、小さい何かが怒りながら割って入って来た。 

「おしまい!」

 俺に翼を向けて、小さい天使が仁王立ちしていた。

 咄嗟(とっさ)の出来事に、ベラの手元が狂う。

 やって来た天使へと向かう拳。

 ベラの頬を叩くため準備していた平手を変え、向かってきた拳を掴んだ。

「フィオ! 危ないだろ!」

 怒る俺を無視して、フィオは言葉を続けた。

「ベラのまけ! ベラはいろがなくなってるもん」

 いろ? 俺には伝わらなかったが、ベラは違ったようだ。

 俺に拳を掴まれたまま、その場にへたりこんだ。

 そのままフィオを見つめ、フィオに対して語りだした。

(おっしゃ)る通りです。私の負けです」

 フィオに語りかけるベラの表情は穏やかだった。

 少しだけ俺を見て、口元を(ゆる)めたように思えた。

 掴んでいた拳から、力が抜け離れていった。

「じゃあ、おしまいね!」

「はい。おしまいです」

 フィオは振り向き。

「やったね。おにーちゃん」

 満面の笑みをくれた。

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