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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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一話 悪魔

 

 初めまして無名凡才(むめいのぼんさい)と申します。

 初めてではない方々には、お詫びと感謝を。

 思いきってやり直しました。面白くなったと信じております。一話ずつ直していきますのでやはり時間はかかるかと思います。

 本当にありがとうございました。また歩き続けます。

 感想お待ちしてます。


 

 ――生きる理由はなく、死を決意した。


 (さかのぼ)ること五日前、最後の仕合(しあい)

 この仕合に勝てば、自由になれる。

「……嘘かもしれないけどな」

 堅牢(けんろう)な両開きの扉の前で、一人呟いた。余計な思考を切り捨てるため、呼吸を一度肺の空気を出しきるまで行い、吸いこんだ。

 両手で扉を開け放った。

 地下とは思えないほどの光源(こうげん)に照らされ、顔をしかめてしまう。同時に流暢(りゅうちょう)なアナウンスが流れる。

「白虎の方角。シュウ選手の入場です」

 アナウンス上、拍手や喝采(かっさい)が聞こえてきそうなものだが、場は静まり返っている。

 当然だ。ここには誰も居ないのだから。

 代わりに――無機質な視線が俺を捉えている。

 カメラ。いくつものカメラが床や天井に設置されている。

 天井に設置されたカメラは操縦され、(こま)めに動いている。床に設置された、大きくスーパースローすら撮れそうなカメラは、いくらするのか検討(けんとう)もつかない。

 カメラで覗き見る人物たちのことは知らない。だが推察(すいさつ)はできる。

 国に関われる人物たち。

 ここは賭け仕合を行う場だ。施設の規模や自分が置かれている状況と、非合法性の二つから判断した。

 ……確証はなにもない。

 アナウンスは続く。アナウンサーもカメラ越しの実況で、音声だけの存在だ。  

「誠に残念ながら、シュウ選手は引退となります。彼は既に二十九歳。彼の体力の限界を(かんが)み、本日を最終仕合とさせて頂きます」

 意外なことに、最後というのは嘘ではなかった。

 ここから離れられるのはありがたく反対する気はない。ただ、自分の意思で決まったことではない。だからか納得できないところもある。

 三十歳からは体力が落ちる一方で、発展が難しいとは確かに思う。スポーツ選手も三十代で引退する人は多い。

 だがここの場合は、堂々と金にならないと言えばいいものを。

「ならばこそ! 最終仕合に相応(ふさわ)しい仕合をご用意いたしました」

 俺を照らしていた光は向きを変え、部屋全体を照らしだす。

 部屋は四角く奥行きは十メートル有る。  

 コンクリートが剥き出しの殺風景な部屋だ。中央にはポツンとリングが置かれ、そのリングへと光は集まっていた。

 リングは一部を除けば、プロレスやボクシングで使いそうな代物と変わらない。その一部のせいで何もかもが違っているけれど。

 鉄柵。

 ロープは消え、代わりに鉄柵が四方と天井をも囲む。一辺は七メートル半。高さは四メートルはあった。

 誰と戦わせるつもりなのか。鉄柵程の頑丈さは初めてだった。

 考えても始まらない、と一歩を踏み出し足早にリングへ向かう。後方では金属音が鳴り、入ってきた両開きの扉に鍵が掛かった。

 誰も出さないために。

 聞きなれてしまい、今では施錠音一つで精神が研ぎ澄まされていた。

 振り返ることもなくリングに着き、鉄柵内に入るための三段の階段を上がる。

 階段を上がると、鉄柵は自動で横へスライドし中へと導く。

 リングに入ると、やはり自動で閉まり小さく施錠音(せじょうおん)を鳴らした。

 覚悟は決まっていた。しかしリングを見回しても、対戦相手はどこにもいない。その上、相手側の扉は閉ざされたままだ。


 可怪(おか)しい。


 入場が手間取ることはある。けれどカメラの視線が俺を向き続けているのは何故(なぜ)なのか。何故今から入場する者を見ないのだろうと。

 そう思っていると、アナウンスは流れた。

「それでは最後に相応(ふさわ)しい。最高の相手をご覧ください」

 喋り終わると同時に、対角線にあるコーナーの床が左右に開いていく。

 開き終わるとリフトで上げられでもしているのか、毛むくじゃらの相手がゆっくりと姿を現していく。


 ああ。やっぱり殺す気なんだと苦笑した。


 対戦相手は鼻の周りだけ白く、全身を黒い体毛に(おお)われていた。

 頻繁(ひんぱん)に鼻をひくつかせ、臭いを嗅ぐ。よく動く鼻と違い、半開きの口からは(よだれ)()れている。 

 目と耳はそこだけ見れば丸みがあり可愛らしいといえる。人を襲わないならと条件付きだけれど。

 無理な話だと思う。ぬいぐるみじゃないのだから。

 攻撃するために発達した爪と、補食するための牙がそれはないと物語る。襲わない理由(わけ)がない。(おり)の中ならなおさらだ。

 肉厚の毛皮と皮下脂肪に身を固めた猛獣。――アメリカクロクマだった。 

 

 戦うこと、それだけの人生だった。

 テレビで流せるような戦いではなく。噛みつき、金的、目潰し、正真正銘の何でもあり。条件によっては刃物すらある。そんな仕合ばかりここでは繰り広げられていた。

 十歳でここの施設に連れてこられ、五年の育成期間の(のち)。十五年間戦い続けた。全ては生きるために。

 生きるためなら何でもやった。相手がどうなろうと関係なく。


 それこそ――命を奪ってでも。


 そうまでして生きてきたのに、最後がコレか……。

 猛獣と人。常識的に考えて勝てるはずがない。

 ゴリラの握力は、計測できて五百キロ。人間は努力したところで二百キロに届かない。全力を出さないゴリラの半分以下だ。

 学者たちは言う。素手の人間は猛獣に敵わない、と。

 素手どころではない。パンツ一枚、裸同然なのだから。

 自然と口元が歪む。……死んだな。

「仕合開始の合図は必要ないと思っていたのですが……」

 残念そうなアナウンスのとおり。

 不思議とクマは動かなかった。出てきた時と同じく、尻もちをついたままだ。

 警戒しているのかなんなのか、鼻を動かし状況を確認するだけに(とど)まっている。チラチラと俺を見ながら。

 対してこちらはクマの観察に必死だ。ひくつかせる度に聞こえる鼻息。動くだけで沈むリング。差は歴然だった。

 主催陣の(いや)しい考えが手に取るように分かる。ここで(ヒグマ)を連れてこないあたりがここの連中だ。

 このクマは体長二メートル。体重は二百キロぐらい、とほどほどの大きさのクマだ。

 対して俺は、日本人ながら百八十三センチ。体重は八十キロ。

 もしかしたら勝つんじゃないか。そうカメラで見ている連中に思わせるため、人に近いサイズを連れてきたに決まっている。

「致し方ありません。ゴングを鳴らしましょう。ご観覧(かんらん)の皆様。少々音量をお下げください」

 ゴング? 嫌な予感しかしない。

「では。撃ちます」 

 強烈な破裂音が鳴り響いた。

 予想通り、銃声だった。

 音に反応しクマの瞳孔が開く。開いた瞳はしっかりと俺を見据えてくる。

 クマは牙を剥き出しにし威嚇(いかく)しながら腰を上げ、四足歩行で突進してきた。対角線上の最も離れた位置に立っていたのだが、クマの突進には些細(ささい)な距離だった。 

 間合いを潰され。体格とは不釣り合いの早い動きと、野生独特の気迫や臭いに一瞬とはいえ凍りついてしまった。


 戦いにおいては、一瞬のミスが即座に敗北へとつながる。


 凍りついている間に、クマを俺を(ちゅう)へと吹き飛ばしていた。

 突進から振るわれた右の前肢(まえあし)。人間でいえばただの平手打ちが、まるで交通事故だった。

 ギリギリできた回避行動は少しだけの前進。前進していなければ、爪の餌食(えじき)になり血しぶきを降らせていた。

 飛ばされ鉄柵に背中を強く打ちつけ、そのまま床へとうつ伏せに倒れ、動けなくなった。払いのけるような動作一つで致命傷とは、嫌になる。

 角から右側の鉄柵中央へと三メートルは飛ばされていた。

 一歩ずつ死が(せま)る。一歩ごとに、リングが沈むせいで分かってしまう。

 ――すぐ(そば)まで来ていることに。

 うつ伏せのまま首だけを動かし、左を向いた。

 既に前肢は目の前にあった。

 補食動物は殺して食らう。けれどクマだけは、生きたままでも食らう。

 生きたまま。

 その恐怖が躊躇(ためら)いなく、スイッチを押させた。

 ガチッと音が出るように、全力で歯を噛み合わせた。

 習慣という、人の能力。

 朝の五時に起床し続ければそれは癖になり、体は勝手に五時で目を覚ますようになる。

 動物には真似できない。人だけに許された、意志(いし)の力。

 歯を打ち鳴らす。結果、俺の身体に変化が起きる。

 痛みが(やわ)らぎ、思考が切り替わっていく。心臓の鼓動が強くなり、全体の筋肉が膨張していく。

 エンドルフィンやドーパミンの効果だろう。脳内麻薬が、普段以上の行動を可能にさせる。


 牙は、うつ伏せの首を目掛け迫っている。


 捕食という隙だらけの行為をとっている熊の顔が、手の届く距離にあった。

 うつ伏せの態勢から回転し、回転した勢いを乗せた右の二指(にし)は楽々と目的を果たした。

 野太い鳴き声は、悲鳴にしか聞こえない。

 鮮血がリングに落ちる。

 床には、鮮血以外の何かが転がっている。

 (えぐ)り出した何かを起き上がるついでに拾い、一台のカメラにむかい投げつけ、クマと対峙(たいじ)する。

 クマは悶絶(もんぜつ)していた。情けないとも思うが、左目がなくなってしまっては仕方ない。

「悪魔の降臨だー!!」

 アナウンスはうるさく、嬉しそうに実況していた。

 スイッチの代償。痛みを抑えるためのホルモンは同時に、快楽を与える。


 快楽は顔に浮き出る。とても、(いびつ)に。


 歪な顔に合わせるように、思考も合理的になっていく。生き残るための選択は、相手のことなど考えない。

 そこにどんな苦痛があろうと、相手の一生がどうなろうと、残酷極まる行為も躊躇(ためら)わず選択していく。

 熊は後退(あとずさ)り、間合いが出来ていた。

 (かかと)で飛び、間合いを一気に殺す。

 うるさい咆哮(ほうこう)を無視し、振るわれる右前肢を退きながら左に(かわ)す。無理をしてでも左に躱せば、無傷の右顔が手の届く位置にやってくる。

 熊の右前肢(みぎまえあし)は、いまだ振るわれたままお留守だ。


「あはっ」


 望んだ通りの展開に声を()らす。

 深く、右目へと左の二指が突き刺さる。

 激しい咆哮を響かせ、熊は両手を無闇に振っている。

 光を奪い、間合いからは即座に逃れた。熊の大切なそれを、左指にぶら下げたまま。

 両手の人指し指と中指は、真紅(しんく)に染まっていた。

 カメラに映る姿はアナウンス通り、悪魔そのものなのだろう。

 快楽に歪んだ表情は、口角を尋常ではないほど吊り上げている。


 まるで、笑っているかのように。


 ――笑う悪魔。それが施設での俺の呼び名だった。

 左手にぶらつくそれを握り潰し、熊を(にら)む。

 両目を奪い絶体優位の立場でも油断はできない。

 熊は俺のほうへと顔を向けているからだ。

「音か……」

 次の行動は決まった。

 無闇に振り回す腕を躱すのは容易(たやす)い。

 血に濡れた両方の二指は、するりと耳へと浸入していく。

 不思議なもので、あれだけ振り回されていた腕が、内部へ異物が侵入すると動かなくなる。こればかりは人も動物も大差ない。

 薄い膜を突き抜け、可能な限り掻き乱す。

 すると。

 腹部を衝撃が走った。

 熊の裏拳。

 動けないと思った熊の抵抗を食らい、再度鉄柵へと飛ばされる。けれど鉄柵の距離は遠く、ぶつかる前に着地する。 

「さすがッ!」

 嬉しくて叫んでしまう。あの状況下で動くなんて、称賛(しょうさん)に値する。

 腹部にくっきりと(あざ)が刻まれていた。

 相手が人なら決着だった。目をくりぬかれ、鼓膜を破られて戦う人などいない。

 野生の凄さ、楽しくて仕方ない。

 興奮していた、はずだった。目の前の光景を理解するまでは。

 熊はあらぬ方向を向いていた。

 何度も悲しい鳴き声をあげ、俺から遠ざかろうとしていた。間違いようがない、逃走だった。

 熊の行動がスイッチを切らせた。

 スイッチの反動で唇が痙攣(けいれん)し、背中と腹部が痛みを訴える。

 強烈な痛みではあるが、それよりも耳の方が痛い。

 部屋中に響く悲痛な鳴き声は、子犬のようだった。

 目の前には鉄柵を登ろうとしている、か弱い動物が残されていた。

「勝負ありだろ!」 

 どこかで実況しているアナウンサーにむかい、()える。

「認めません。出たければ、殺してください」

 ……分かっていた。ここはそういう場所なのだから。

 やりきれない思いを、全力で鉄柵へと発散させた。

「……虐待の何処がおもしろんだよ」

 呟きは聞かれている。けれど返事はなにもない。 

 感情を殺し、淡々と作業に(てっ)する。

 避け、傷ついた弱点を攻める。これだけを繰り返す。考えることは一切せずに。

 仕留めるのに、何度打撃を放っただろう。百ではきかないのは確かだった。

 熊は顔にある穴という穴から出血し、息絶えた。

 ここで戦った誰よりも、後味の悪い仕合(しあい)だった。

 

 四日前。

「勝つとは思っていなかったよ」

 (しわ)一つないスーツに身を包んだ男は言う。

「では。いつもの通り要求を」

「は?」

 (きょ)をつかれてしまった。今回は要求など発生しないと思っていた。

「それなら。約束通りここから出してくれ」

「それは要求にならないな。ボスは約束を守ると言っているんだから」

 よく言えたものだ。勝たせる気などなかったくせに。

「いつものように本にでもするかい」

 普段なら要求を決めている。今回は無いものと思っていたから、何も思いつかない。

「今日ここから出してくれるんだろ。いまさら本は要らない」

「……それもそうか」

 交渉人(スーツのおとこ)が黙ってしまった。

 ここに有るものは一切持ち出すことは出来ない。

 いまさら要求するものもなく、決められなかった。

 今日で最後。今までを振り返り、思い当たる節があった。

「子どもたちは、どうしてる?」

 作り笑いを常に浮かべている男の、笑顔が止まった。

「君が要求した子どもたちのことかい?」

「ああ。俺と一緒にここにいた子どもたちだ。最初の要求から続けて三回、あの子たちを解放しろと言っただろ」

 作り笑いが戻っていた。

「あの子らの現状を知る。それが要求でいいのかな」

「それでいい」

 いまさらものは要らない。情報なら、自由に持ち運べる。

「わかった。必ず教えてあげるよ。ボスもその程度なら許してくれる。でも確認はとらないといけないから今すぐは無理だ」

「教えてくれるならいつでもいい」

 伸びを大きく一度して、交渉人は席を立つ。 

「じゃ。これから頑張って」

 手を振り部屋から出ていった。

 最後まで食えない男だ。

 与えられた自室、最初は寝るだけの部屋だった。今では衣食住の最低限は揃っている。

 勝ち続け、無闇に増えていった本だらけの部屋。勝つために必要な本は当然ながら、他にも新聞や哲学書まで網羅(もうら)されている。

 インターネットは要求が通らなかったから、自動的に本を頼った。

 外はどうなっているのだろうか。

 新聞で何が起きているかは知っている。だが知ってることと経験することでは、違いが大きすぎる。

 二十年ぶりの外へと思いは膨らむ。

 もしかしたらあの子たちとも会えるかも知れない。俺と一緒にここにいた、三人の子どもたちと。


 希望、だったと思う。


 自分が行った残虐な行為も、彼らを救ったと思えばこそ、俺は俺でいられた。

 三人の子どもを救った。それだけが自分を見失わない、最後の道しるべだった。

 茫然と、出たあとのことを考えていると。

 ドアノブが回され、勢いよくドアが開かれた。

 全身を特殊部隊並みに武装した、二人組みが押し入ってきた。

 咄嗟のことに反応できたのは、立ち上がるまでだった。

 銃口を二つ向けられ、瞬時に撃たれていた。

 針のような何かが刺さったのを確認し、それっきり意識は途絶えてしまった。


 何かの音楽が鳴っていた。波の音を掻き消す、不快な音だ。

 波の音もうるさいけれど、嫌いではない。

 うるささに耐えかね目を開けると、コンクリートだらけの人工物とは真逆の景色が待っていた。

 周りは全て、水平線だった。

「……ここは、どこだ」

 返事がくることはない、誰も居ないのだから。けれどすぐそばで音楽が響いていた。

 小さく長方形をした何かから音楽は流れていた。小刻みに震え音を発している。それだけではなく、小さいテレビのような液晶画面が着いていた。

 それを無視して自分の置かれた状況を確認しようとすると、声が聞こえてきた。

「そろそろ起きたかい」

 聞き覚えがある声だった。間違いなく、先ほど話していた交渉人だ。

「聞こえているなら通話の文字を触ってくれ」

 よく分からないが指示に従った。

「気持ち良く寝ていたようだね」

「……電話。なのか」

「スマホというものだよ」

 納得した。いつも新聞の広告に載っていたものだ。

「電波がいつまで届くか分からない。本題に入るよ」

「……ああ」

「そこは無人島だ。約束通り施設からは出れただろ? 良かったなシュウ」

 全身が震える。怒りそのものをはっきりと自覚し、スマホを握る手に力を込める。

「子どもの件だけど」

 その言葉に握る力を(ゆる)め、スマホを耳に当てた。

「君と同じだ」

 疑問の前に、怒りは霧散(むさん)した。

「……どういう意味だよ」

「馬鹿だなお前は。十五年前、今お前がいるそこに。同じことをしたんだよ。三人ともな」

 ――何を言ってるのか分からなかった。

「お前の顔を見れないのが残念だよ。探せば骨くらいすぐ見付かるだろうぜ。そこは本当に何もないからな。数日間、精々生き延びてくれ」

 奇妙な音をたてて会話は途切れたが、何も考えられず、ただ周囲を見渡していた。

 自分が立っているここは、苔といくらかの木が生えているだけの、何もない島だった。

 生きる(すべ)はなさそうだ。けれど、そんなことはどうでもよかった。

 憎しみが身体を侵食していく。

 あの施設の連中が。何よりも、自分が憎かった。

 助けたつもりだった。あの子どもたちを自分のようにしたくないと。助けただけなのに。


 そのせいで、殺してしまった。


 言葉にならない声のまま、叫んでいた。

 

 三日前。

 叫んだ時、スマホは握り潰していた。

 島の周囲は水平線以外何もない。日本近海かどうかも怪しい。

 一時間も掛からず一周する島を歩き回って、見つけてしまった。島の中央にあった水溜まりのすぐそばで。

 十歳くらいの子どもの、骨と思わしきものを見つけてしまった。

 

 二日前。

 骨をただじっと見つめ、一日をすごした。俺が殺した、と思いながら。


 一日前。

 夢を見た。

 見覚えのある三人の子どもが俺を責める夢。

「どうして僕らを殺したの」

 飛び起き、そうすると決めた。

 

 当日。

 島はどこも崖に囲まれていた。その中でも一番高い、北の崖を目指し歩いた。

 体力はなくなっていたが、そうしなければいけなかった。

 曇り空では今が何時かも分からない。強い波が侵食し作った崖は高く、岩も切り立ち、落ちれば助からないことは間違いなかった。

 希望はなにもない。

 唯一の希望は、とっくの昔に消えていた。


 ――生きる理由がなかった。


 俺は、人殺しの悪魔だ。

 生きていてはいけない悪魔だった。

 何の未練もなく、跳んだ。

 僅か数秒の出来事だ。突如(とつじょ)として、空間に(あな)()いた。獲物が来た瞬間、口を開けた魚のようだ。

「サダメ」

 幻聴でなければ、その空間が発した言葉だった。

        


 拝見して頂き、有り難うございます。


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