警察官
首無し死体を前に、カーキ色の制服に身を包んだ警察官達は悔しさを滲ませた。
その死体は数日前から行方不明になっていたクフラ商会長の息子であった。
通達されていた身体的特徴とその死体の特徴が合致したのだ。
「ちょいと失礼しますよ」
気の抜けた断り文句と共に、両目が無基系の男が封鎖内へと踏み込んで来た。
「組合の方でも正式な依頼があったんでね、確認させてもらいますよっと」
金属種の男、ミドンは死体に掛けられた布を除けて観察する。
「あー、こりゃ間違いないね。やっぱり死んでたか」
その飄々とした態度に、周囲の警察官が殺気立つ。
「おお怖い怖い、用事が済んだんでね、後はお好きにどうぞ?」
わざとらしく身震いしたミドンがそそくさとその場から立ち去るのを何人かの警察官が舌打ちで見送った。
「室長、周辺住民からの聴取が終わりましたが有益な情報はありませんでした」
ミドンと入れ違いで戻って来た警察官の報告は最早聞き飽きた物であった。
公衆警察、領主の私兵軍、広域傭兵組合。
ナナタ領内で人海戦術を取り得る組織が連携して調査しているのにもかかわらず、人攫い事件は収束の兆しすら見せない。
過去に何人かの実行犯は捕縛した。
しかしそれらの実行犯は末端でしか無く、ろくに情報を聞き出さぬ前に処分されてしまう。
実行犯は頭部に何らかの仕掛けが施されているのだ。
遠隔操作なのか、自動的なのか。捕縛した実行犯は例外無く頭部が爆散した。
置き土産とばかりに金属片を撒き散らしながら。
最初の捕縛は公衆警察の手によって行われ、実行犯と共に警察官二名が死亡した。
故に公衆警察が人攫い事件の解決に掛ける情熱は他の組織の比にならない。
室長の怒鳴る様な指示が周囲に響き渡った。
「……厄介だ」
殺気立つ公衆警察の群れから離れながら、ミドンは空を仰いだ。
何が厄介なのかと聞かれればそれはクフラ商会の存在だ。
大陸最大級規模の商会であるクフラ商会の跡継ぎが殺されたのだ。
当然クフラ商会は動くだろう。
組織規模で言えば公衆警察もナナタ領も広域傭兵組合には及ばない。
しかしクフラ商会はそうではない。
大陸全土に跨る規模の組織相手に主導権を握るのは楽ではないだろう。
「イイ」
「御用でしょうか」
ミドンの呟きに呼応する形で一人の女が現れた。
特徴に乏しい、どこにでも居そうな標準種の女である。
「聞き込みの成果はどうだった?」
ミドンの問い掛けに、イイと呼ばれた標準種の女は溜息と共に頭を振った。
「申し訳ありません。公衆警察の聴取に先んじて話を聞けた住民は僅かでしたので」
頭を垂れるイイの回答にミドンは呆れるばかりである。
聴取と言えば聞こえが良いが、公衆警察のそれは拷問紛いの粗暴な物だからだ。
僅かとは言え話を聞けた住民がいたのであれば、それはイイの迅速な行動を褒めるべきだろう。
「しかし、規則性が読めないな」
ミドンは顎鬚を撫でながらそう呟いた。
それは人攫いが標的を選ぶ基準に対しての疑問である。
性別や年齢はもちろんの事、有力者から孤児まで幅広い者が攫われている。
「一つの傾向として、最近増長している節はあります。当初は身寄りの無い者が中心であったと推測されますので」
イイの言葉にミドンは渋面を作る。
「増長と言うならば、孤児院の一件が起きた時点で十分に増長していた」
人攫い事件は当初貧民街の住民を中心に発生していたとされる。
曖昧な言い回しになるのは、初期の被害状況が確認されたのが人攫いが活動を始めてから随分後の事だからだ。
広域傭兵組合にとって事の始まりは、ナナタ領西部の孤児院に居た者が丸ごと消えた事件だった。
消えた者達は後日、南部の海岸沿いで頭部が無い状態で発見された。
海岸沿いに散らばる様に無造作に、五十を超える死体が捨てられていたのだ。
消えた者が離れた場所で発見されるのもこの事件の特徴である。
広域傭兵組合が調査を進めると、身元不明の頭部が無い死体が発見される事案は、孤児院の事件から遡る事三年程前から散発していた。
事後に判明した十件八十三人の内、身元を特定出来たのは僅か十名程だった。
「一つ、確証の無い推測が御座いますが聞かれますか?」
イイの言葉を聞いたミドンが、渋面のままで続きを促した。
「あくまで私見ですが、孤児院の一件以前は選別をしていない様に感じます」
選別と言う単語をミドンが復唱すると、イイも同じ様に繰り返す。
「選別、です。それ以前は貧困街でまとまった人数が消えていましたが、現在は個人を狙っている節が御座います」
そう言われてミドンは、報告書で読んだクフラ商会長の息子が消えた時の状況を思い起こす。
「確かに、今回の件にしても我々が斡旋した従者はその場で殺されていたな。誰でも構わないと言う考え方ならば多少不自然ではあるか」
「付け加えるのであれば、登録傭兵の死体から頭部が持ち去られていない事も極めて不自然です」
殺されていた従者は戦闘能力の無い第一種傭兵であるものの、それでも登録傭兵であった。
その点がミドンの悩みを増やしていたのだが、よく考えれば妙ではある。
殺された登録傭兵は戦闘能力の無い若い女性だったのだ。
今回の実行犯が少数であったと言う可能性もあるが、そうだったとしても女一人追加で攫うのに大した手間は掛からないだろうし、頭部だけ持ち去る方法もあった筈だ。
それ以外にも疑問はあった。
クフラ商会長の息子が攫われた当初、これが人攫い事件の一つだったとしても死体は発見されないのではないかと危惧する声もあった。
貧困街の住民と違い、クフラ商会長の息子を攫う理由は多数存在する。
ミドンが人攫いであれば、死体は発見されない様に捨てるだろう。
そうすればクフラ商会を敵に回すリスクを回避出来るからだ。
しかし、現実はクフラ商会長の息子は中央区の外れで発見された。
クフラ商会長の息子が姿を消したのは北部の街である。
中央区で攫った者を別の場所に遺棄するのなら理解出来るが、逆は挑発行為以外に合理的な理由付けが出来ない。
公衆警察やナナタ領主はこの一件を挑発行為と認識するだろう。
「頭部を持ち去る理由も良く分からないし、頭部が必要であれば身体ごと持ち去る理由も良く分からない」
無理矢理理由付けをするのであれば、人の頭部を何かに使用するのだろうか。
生きた頭部が必要なのだとすれば、身体ごと持ち去ると言う理由にもなる。
「考える程気分が悪くなる」
ミドンは苛立ちを隠す事無くそう吐き捨てた。