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道化と愚者

 そこは現実の世界では無い。

 かつて女神と呼ばれ現在荒人神と呼ばれる存在が居た頃よりは幾分劣化したその場所で、全身タイツさんとシシル重繊維工房の看板娘達が気ままな日々を過ごしている。

 意味の無い会話。娯楽以外の意味を持たない遊び。気紛れなじゃれ合い。

 童心に返り、そのまま戻って来られない者達の中で、ただ一人狂気じみた正気を保っている者が居た。

 ララララである。

 その場所に来た時には黒い平面であったララララは、いつの頃からか膨らみを持つ身体を取り戻していた。

 不意に、ララララが首だけで振り向く。

 同時に黒化し、平面化し、糸状になって飛び去った。

 その様子を見ていたキヒとツエは特に反応を示さず、全身タイツさんは小首を傾げた。

 その場の反応はただそれだけ。

「保守作業に来たよ」

 先程までララララが存在した世界と同じでありながら別な場所で、五つの瞳と十七指を備えた二対の腕を持つ存在が暢気な声音でそう告げた。

 ソレに対して、ララララは駆逐形態となって攻撃を加えた。

 四対の支脚ががっちりと地面を掴み、右側の複腕二本が螺旋状に絡まり一体となって繰り出される。

 その一撃を五つの瞳と十七指を備えた二対の腕を持つ存在はひらりと躱す。

「偽物」

 ララララは変形したナース帽の下でそう断言した。

 同様の一撃が三つ繰り出されたが、それらは全てぬるぬると躱された。

「一応本物なんだがね……」

 そう呟くのは様々な獣が混じった姿をした存在。

 その姿形は一定では無く、刻々と変化する。

「消えろ、この――」


 ララララの言葉を最後まで聞く事は無く、ヌヘは腕を自切した。

 場所は副都市の中枢。

 そこには斂都から移設された人柱が一柱存在するだけの部屋。

 旧領主によって厳重に警備されている一方で、所定の通貨を支払えば誰でも入れる部屋。

 ヌヘはその柱に背中から生やせた腕を融合させていた。

 ぶるりと、肉質的な柱が震える。

 ヌヘはその振動を感じると、右足を人柱に繋いだ。

 行き場を失ったララララからの攻撃が人柱を崩壊させる前に、斂都に存在する人柱に損害を肩代わりさせる。

 ララララの攻撃は斂都の人柱を三つ崩壊させて、ようやく途切れた。

 ヌヘは右足を切り離して思わず浅い溜息を吐いた。

「無理なんじゃない?」

 手詰まりだ。ヌヘはそう判断した。

「くそっ!」

 ヌヘの口が別の声で悪態を吐く。

 その声はダラダラのそれであった。

「認証が厳し過ぎる……。瞳さえあれば……」

 ヌヘの目的は自己の保存と種の繁栄である。

 かつて模倣種と呼ばれ、人との境界が曖昧になってからは獣人種と呼ばれた種の、完全な先祖返り。

 それは別種を喰らい、その種の特性を得る種族。

 それ故に、迂闊にもダラダラを食べてしまった。

 よもや干乾びた肉片になった上で食べられても尚死なない生物が存在しようとは――実はちょっとだけ予想出来ていたのに。

「その瞳とやらはもう一度作れないのか? 無理だ。アレは私の造ったモノではない。だから人に押し付けて必要な時だけ取りに戻せばいいと考えていたのに……」

 勝手な譲渡どころか破棄する者がいるなんてと、ダラダラは声で項垂れた。

 計画は完璧だったのにと言い訳がましい言葉を漏らすダラダラに、ヌヘは深い溜息を吐いた。

「完璧なんて幻想じゃないか」

 計画はどこかに綻びが生じるのが定めである。

 ヌヘはダラダラを介して知った過去の事例からそう結論付けていた。

 子飼いの闇を管理しきれなかった魔王。

 杜撰な人族保護計画を立てた神々。

 連領連合の庇護下で堕落した人族。

 模倣種を確保したのだって都合の良い戦力としてだったと言うのに、結局連領連合の管理者たる機械仕掛けの領主諸共人族と融合して何だか訳の分からない亜人が生まれたのだ。

 金属種とか、獣人種とか、領主とか、全身タイツさんとか。

 それらの陰で凡そ原種たる人族は潰えた。ダタフが瞳を放棄して原人種へと戻った理由の一つが、変質する人族の中に原種を残したかったからなのである。

「それでも上手くいっていたんだ。女神の代替品は順調に仕上がりつつあったし、魔王の干渉だって最小限に抑えて来た」

 まさか最後の最後に直接攻撃を仕掛けて来るなんて、とダラダラは自身が肉片に変えられた時の事を思い出しながら悔しがる。

 魔王。ヌヘは遠目に見た薄青色のそれを思い浮かべ、一つの疑念に気が付いた。

「或いは……」

 か細い呟きはヌヘ自身にも聞き取れない声量で、当然ヌヘに寄生しているダラダラにも聞こえていない。

「ああ、くそ。眠たくなってきた」

 その言葉と同時に、ヌヘは身体の制御を取り戻し始める。

「次はいっそ斂都に直接攻撃でもしかけるかい?」

 気安い提案に、何の返事も返さぬままダラダラはその意識をヌヘの奥底へと潜らせた。

「……全く、奴が起きていると口が疲れる」

 そうぼやいて、その場に座り込む。

 二人分の意識が表層に出て来ていた反動が、重い頭痛となってヌヘを襲っていた。

 肉質感溢れる柱に背中を預け、先程気付いた疑念に少しだけ思考回路を割く。

 完璧な計画等無い。

 果たして本当にそうだろうか?

 ヌヘはダラダラから得た知識を元に考える。

 元来、模倣種を保護していたのは魔王だったと言う。

 そして、保護区の模倣種を連領連合の消滅に先駆けて連れ去ったのもまた魔王だと言う。

 確証は無いし確信もしていないが、ヌヘは現状が魔王の計画に沿った状況ではないかと、そんな事を考えてしまった。

 金属と獣と人と。

 それらは限りなく混ざり合ってしまった。

 斂都の外に居るのも闇だけでは無い。

 模倣種と闇が交じり合った様な存在が、ヌヘの仔たる純血の模倣種と混在して広く分布している。

 この所の斂都の発展は目覚ましく、頻繁に外へ調査隊を送り出している。

 そこから雄を拉致する事によって繁殖したヌヘの仔達もまた爆発的に数を増やしている。

 生存環境としては激しく悪化しているにも関わらず、だ。

 連領連合の外を闇が支配し、内では人族が保護され、その更に内で模倣種が保護される。

 連領連合が機能していた時代の方が遥かに生き易かったのに。

「多少の危機感があった方が、安定すると言う事か?」

 そしてヌヘはそんな結論に至る。

「危機感が無いと、迂闊になり、鈍くなり、気付かなくなる」

 そう言って腹を摩る。

 そこにダラダラは居ない。食した肉片自体は遥か昔に消化され尽くされ、実体の無い精神だけがヌヘの中に残っている。

 ダラダラは更に消化が進むとは考えていない。

「だが、気付いているだろうか?」

 ダラダラはその言葉を聞いていない。

 でも、万が一聞かれてしまった場合の不利益を考慮してその先は言葉にされなかった。

 だから、ダラダラは気付いていないし、気付けない。

 睡魔に襲われる周期は短く、睡眠の周期は長くなっている事を。

「やはり、この世は全て想定に沿っては進まないと言う事かな? そして誰もが道化に行き着く、と」

 そこまで考えた所で、ヌヘを襲っていた頭痛が引き始めた。

 幾分すっきりした頭で、ヌヘは無駄な思考を止めた。

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