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斂都と憂世

 十五人の外縁調査隊が、誰一人として欠ける事無く防壁の内側へと帰還した。

 これは四年振りの快挙である。

「けてけみもみしき」

 十五人を出迎えた暴力装置が意味不明な音声を発した。

 付属器官を所有せず金属相も見受けられないその外見は劣形人のそれである。

 色褪せた鎧と肌はがさがさに荒れていて、頭が小刻みに動いている。

 斂都をぐるりと囲む防壁に存在する五ヶ所の門。

 そこに一体ずつ配備される暴力装置は斂都が成立した当初から変わらぬ存在である。

 当初から支離滅裂な言動で知られていた暴力装置だが、ここ数百年は意味の無い音の羅列を発する事が殆どである。

 要するに、唯一斂都成立当初からあまり変わらない存在である。

 暴力装置は十五人の外縁調査隊の帰還を認識しているのかどうかも分からない所作でふらふらと揺れ動いていた。

「りようてにぼうりよくを」

 十五人とすれ違う瞬間、暴力装置はそんな音声を吐き出しながら、駆け出した。

 矢の様に走る暴力装置の進路には形のある闇が実体化しつつあったが、それは確かな形を確立する前に暴力装置が振り回す朽ちた剣の残骸によって霧散させられた。

「ゆてみやゆゆや」

 雄叫びの様にも聞こえる音を締め出すかの様に、十五人が通過した門が閉じられた。

 その十五人の先頭を率いる者は劣形人であった。

 率いられる十四人は全員が兎耳を有し、その内の三人は鈎爪を、他の十一人は腕を一対余分に生やしていた。

 複数の形質を備える優形人は五人に一人程度しか存在せず、稀少であり優秀であるとされる。

 そんな優形人十四人を率いるのが劣形人であるのには特殊な理由があった。

 ぐしゃり。

 肉がひしゃげる音がして、劣形人が宙を舞う。

 索敵に優れた兎耳持ちの誰にも気取られずに接近し、劣形人を殴り飛ばしたのは一人の劣形人。

「おいこら貴様今どこから帰って来やがった?」

 怒気を纏った劣形人、斂都の人口統治者にして中央構造物群の管理者でもあるギギが、無表情で疑問を言葉に変換した。

 べしゃりと地面に落ちた劣形人、公衆警察の署長にして傭兵管理組合の統治室室長であるダタフは潰れた顔と折れた首を修正しながら起き上がった。

「外縁からだけど?」

 ギギは悪びれもしないダタフの顔面を十九回殴って沈黙させ、動かなくなったその身体を引き摺って歩き去る。

 一部始終を見ていた十四人の優形人達は見慣れた光景に対して特に反応も示さずに去って行った。

 血の跡を残しながら引き摺られるダタフはやがて意識を取戻し、それから程無くして顔面を修正し終えた。

 ギギは人気の無い武器庫にダタフを放り込むと、自身もその中へと入り入口を施錠する。

「で、何かあったのか?」

 ダタフは少しだけ真面目な表情を作ってギギに問い掛ける。

「ナースが連続して三つ崩壊した」

 ギギは端的に状況を説明した。

 ダタフは顔を顰めて、しかし直ぐに弛緩させる。

「まだ五十以上あるじゃないか」

 斂都の動力源は人柱であり、それはナースが素材だ。

 ナースを人柱へと変換する技術はダタフの中に残っているが、肝心のナースそのものを製造する技術は無い。

「それでどのくらい斂都を維持出来る? 五百年か? 三百年か?」

 ギギの問い掛けにダタフは答えない。

 五十年持つかどうか、何て本音を言えば目の前の生真面目の塊が発狂しかねないからだ。

「人はいずれ朽ちる。あの破落戸崩れとかも――今は暴力装置とか呼ばれてるんだったか? もそろそろ危ないし、偽聖女様に至っては早々に跡形も無く崩壊した訳だしな」

 そろそろ俺達だって怪しいさと、ダタフは楽観的な雰囲気で肩を竦めた。

「そんな事より気になる事があるんだけどね」

 ダタフがほんの少しだけ真面目な声でそう言うと、ギギは即座に未帰還者かと続きを代弁する。

「外縁調査は毎回毎回誰かが消える程危険じゃない。少なくとも今回はそうだった」

 外縁調査隊。

 それは通貨――まだ連領連合と呼ばれる仕組みが機能していた時代の、最も稀少な貨幣――を探し、使う為だ。

 通貨を使えば当時の領主に嘆願を行える。

 現にその手段を行使する事によって、連領連合が機能していた頃にヒルガ領と呼ばれた場所に副都市が成立したのは二百年前と記憶に新しい。

 他の領主は残り幾つ稼働しているのか、稼働していたとしていつまでその状態を維持出来るのか。そう言った事を調査するのもまた外縁調査隊の任務だ。

「闇の顕現率は外縁だってこの辺りと大した差は無いんだ。外側に比べれば旧領内はまだまだ安全なんだ。なのに何故未帰還者が続出する? 何かが旧領内に潜んでいる可能性が排除出来ない」

 全部憶測だけどねと付け加えて、ダタフは真面目な仮面を剥がして捨てた。

「……荒神様はどうでもいいとして、せめて御老体だけでも残ってくれれば良かったのに」

 ギギは視線を遠くに飛ばしてぼやく。

「どっちも今頃外側で闇蹴散らして遊んでるんじゃないかな?」

 ダタフの予想は正しい。

 ついでに言うとその両名が外側で大いに暴れているお蔭で斂都と副都市の周辺が比較的安全なのである。

「取り敢えず沢山生きているんだ。それでいいじゃないか?」

 おどけた様な手振りでそう言ったダタフの声は割と真剣だった。

 比較的楽観的なダタフとは違い、ギギは不安を拭い去れない。

 それは過去にアケヤ領の復興に関わり、成功を確信したにも拘らず崩壊を目の当たりにしたギギだからこその不安である。

「最善や正解を選んだとして、それが――」

 不安を言葉に変換しようとして失敗し、会話が途切れた。

 アケヤ領の復興はこれ以上無いと確信出来る程上手く行ったのだ。

 それは当時領主も認めた程で、再会した領主は結果的にアケヤ領が消滅したと言う事実を踏まえた上で尚当時の判断は変わらないと明言した。

 それは確かな賞賛と敬意の現れであるとギギは理解している。

 一方で、それでも足りないとも理解させられた。

 悪も正義も、善も不義も、人道も野蛮も、外道も倫理も、全て綯い交ぜにした世界。

 それを端的に表現し得る言葉をギギは知らない。

「不安なんだ。とても」

 辛うじて言葉に出来たのはそんな弱々しい呟きだけで、ダタフはそれに対する答えも言葉も持ち合わせていなかった。

 再び沈黙が二人の間を遮り、ただ時間だけが流れて行く。

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