世代交代
姿形は一応人のソレではある。
すらりとした美脚、薄く引き締まった腰、控えめながらも優雅な曲線を持つ胸、小振りな顔。
立ち姿はソレを美術品だと思わせる程すらりと美しく、気品すら漂う。
それらの立ち姿はそう設計されているが故である。
全身タイツさんの顔に丸っこい可愛らしいフォントの文字が浮かんだ。
『ここは何処だろう?』
白い世界で、全身タイツさんが表示する文字に返答する存在は無い。
全身タイツさんの足元ではいびきをかいて眠る女が一人。
なんとも自由な寝相で夢の中を泳いでいる。
ソレは一応女神、と呼ばれた存在だ。
全身タイツさんは小首を傾げた。
その胸の中にはぽっかりと穴が開いてしまった様な違和感が居座っていた。
違和感の正体を探ろうと、二房の膨らみの谷間に両手の指を挿しこみ引き裂く様に中を確認したが、そこにはぎっしりと白い繊維が詰まっていた。
頭を、腹を、腕を、足を、手当たり次第に裂き開いてみるが洞は見付からなかった。
実際の所その洞は物理的には存在していない。
全身タイツさんが保有していた、偏った自我を構成していた要素を引き抜かれた痕跡。
それが全身タイツさんの探す喪失感の正体である。
様々な自我を取り込んで発達しつつあった全身タイツさんの自我は大きく後退していた。
その余波として文字のフォントも初期の子供っぽいソレへと戻っていた。
同時に若干の記憶障害。
それは重大な契約違反を目撃した事に起因するのだが、最早全身タイツさんの中からその記憶は消去されてしまっている。
全身タイツさんは眠る女神を観察する。
成すべき事は、漠然とだが分かっている。
眠る女と交代しなければならないのだ。
眠る女を外へと追い出さなければならないのだ。
さもなくばこのものぐさ女神は世界が終わっても眠り続けるのであろうから。
全身タイツさんは女神を起こそうとする。
傍らに屈み込んで、肩に手を掛けた。
その瞬間――
『ここは何処だろう?』
全身タイツさんが表示する文字に、メイド服に身を包んだキヒが素っ気無い生返事を返した。
「そんな事より私死んだんじゃなかったっけ?」
訝しげなメイド娘に、スク水を来た娘が並び立つ。
「私も死んだ……様な気がするけど?」
良く覚えてないなあと暢気な声のツエの後ろに、黒い平面が降り立った。
黒い平面は中央から膨らみ始め、変色し、ナース服に身を包んだララララになった。
ララララは何も語らない。
ララララだけが知っている。
全身タイツさんが不完全であると言う事を。
ダラダラの計画も、神々の計画も、魔王の計画も、それら全てが不完全かつ前倒しとなって混沌としている事を。
だがしかし、ララララはナースである。
ナースは慈悲深く、自己犠牲を厭わない。
哀れな人柱達に優しく語り掛けようとして、ララララは自身が声を発する事が出来ない事に思い至った。
「ふが」
間抜けな息が漏れる。
その昔女神と呼ばれた存在が、目覚めた。
「あー? あ、頭が……」
ソレは寝ぼけた顔で頭を抱えて暫し震える。
「頭が、良くなった」
完全な気のせいである。
「今誰かに罵られた気がする」
罵ってはいない。小馬鹿にしただけである。
さて置き、ソレは節々からバキバキと音を響かせながら立ち上がると、おもむろに虚空を掴んだ。
その手の中には球体に二対の翅が生えた存在が顕現している。
「んー? 何か減った?」
小首を傾げながら丸い翅付きを握り潰すと、それは遠くを見詰めて気持ち悪いと呟いた。
呟くと同時に踏み込む。
空間と時間の断絶を力任せに突破し、その身体はぐちゃぐちゃに砕ける。
砕けた端から修復され、ソレは外に出た。
外の様子はソレが眠りに着く前とは大きく様変わりしていた。
柱の様な構造物が乱立し、生命の気配は無い。
そこが中央領と呼ばれ始めてから幾星霜。
既に人の気配は無く、ただ物資を生む仕組みがごうごうと音を起てて稼働するばかり。
先程までその動力源であったソレは、数秒程呆けた顔で見知らぬ世界を見回して、慣れた。
まあこんな物かと呟いて再び遠くを見る。
「んー?」
断絶を突破する前に遠方に見えた薄青色の存在、かつて魔王とも呼ばれた大質量が消えているのを確認して疑問符を声で表現してみるものの、やはり思考は有意義な実を結ばない。
長く生き過ぎたソレにとって重要なのは今の刹那だけである。
だから、自身が暴走して肥大した形のある闇から人族を保護する方舟――連領連合の要石として眠りに着いた事も、既に記憶の彼方である。
だが、直感的に理解した事は意識の表層に辛うじてこびり付き、刹那の言葉として辛うじて出力された。
曰く――失敗しやがった――と。
その呟きはソレ自身にも認識されず、幾星霜を経て再会した相棒の一人もまた聞き逃した。
「あ? お前まだ生きてたのか?」
ソレにしか聞こえない声に悪態を吐きながら、ソレは外へと踏み出した。
かつて女神と言われたソレが荒神等と呼ばれる様になるのは、割と近い未来の話である。




