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いい加減な奴等

 打撃と破砕音。

 両者が交差した瞬間発生したのはそれだけだった。

「……獣人種だったねえ」

 イイが詰まらなそうに軽く握っていた右手を開いてまた握った。

 握られていた黒い破片が地面へと落ちる。

 殴りながら毟り取られたヌヘの外骨格は、ぐずぐずに崩れた。

 例外も存在するが、通常獣人種の肉体は死後或いは本体から切除された後その形を保てない。

 イイはすれ違ったヌヘの様子に違和感を覚えたが、その様な些細な事は好戦的な感情に上塗りされて隠れて消えた。

「あっちから逃げて来たねえ。クハ」

 イイは身を削られる闘争と戦闘を求めていた。

 その為に、契約をしたのだ。

「……そこまで生き急いでいるのによくこれまで生きていたもんだね」

 ダラダラが二対の肩を竦めて、四つの瞳が呆れを含んだ眼差しでイイを見ていた。

 一つの瞳は小さくなったヌヘの姿を追っていた。

「もう一度説明するけど、残った領主の私兵と戦闘をする事は厳禁だ。戦闘対象として許可するのは連領外から侵入したモノに限られる」

 ダラダラの言葉を補足する為に、イイの網膜にはフロウの姿が表示された。

 領主の私兵達によって、引き裂かれ、切り裂かれ、穿たれ、貫かれ、潰され、捩じられ、千切られ、次の瞬間には何事も無かったかの様に元の姿で領主の私兵を破壊する。

「クハ」

「楽しそうだね」

 皺くちゃの顔が歪む。

 それはどこか可憐な少女のハニカミにも似ていて、それを見るダラダラはただ呆れている。

「クハクハクハ」

 大笑いである。

 そんなイイを見ながらダラダラは連領連合が保護する人族と呼ばれる生き物について思いを馳せる。

 魔王の手先が暴走し、闇が遍く存在を呑み込んだ世界の落日。

 連領連合が幾ばくかの生きるモノ達を保護した際の人族はどんな風であっただろうかと。

 創設の神ミサキと、要の女神シシル――当時はジルと名乗っていた他称の女神。

 酷く大らかで、即ち信じ難い程いい加減であった彼女等の記憶は今や大分曖昧になってしまった。

 ダラダラはそのいい加減な神々によって生き続ける事を運命づけられた、ただ一人の存在。

 ……そんな大役をたった一人にしか与えなかった辺りが、神々のいい加減さを物語っている。

「君がいかに愚かな乱暴者で、一方でそれに見合った実力を保有している事は十分にしっているが――否、言い換えよう。君が楽しく戦闘を行うには少々相手が常識外れだから、これを貸し出そう」

 ダラダラは十七指の腕を衣服の襞に突っ込み、一枚の布切れを引っ張り出した。

「武器にしてもいいのだが、こっちの方が性に合っているだろう?」

 布切れを六十八指がぐわぐわと捏ね繰り回すと、そこには一双の手袋が出来上がっていた。

「クハ。相変わらず意味不明な技さね」

「君の意味不明さ度合よりはマシだと思うのだがね?」

 イイは何の疑いも無く手袋をその手に装備した。

 手袋がイイの体熱に反応して皮膚組織と融合を始めたが、イイはその事を気にもしない。

 ダラダラは神々とイイはどちらがいい加減だろうかと一瞬疑問を持ち、即座に神々の方が遥かにいい加減だったと消えかかった記憶から判断した。

「一応、シシルと黒いナースも敵対する事を禁止するからね」

 イイの網膜に見慣れた全身タイツさんと見慣れない黒いぺらぺらが表示された。

 イイは頭の片隅にそれらの留意点を留め置いて、笑いながら踏み出した。

「クハクハクハクハ」

 イイは笑いながら激闘に向かって走り出す。

 ダラダラはそれらの後ろ姿をじっと見ていた。

 五つの瞳の内一つはイイを、一つはヌヘを見ていた。

 それ以外の三つの瞳が周囲の空間を見ている。

 全身タイツさんからの救援要請を受けたダラダラは、領主に剛性弾体をしこたま打ち込ませた。

 その甲斐あって時空間の異常は破綻した。

 着弾点には現在も異質なモノが存在している。

 だが、ダラダラは然程慌ててはいない。

 アレは連合連領内であれば撃退不可能な存在ではないのだ。

 連領連合と外を隔絶する時空間の断絶を乗り越える術が、魔王には無い。

 魔王が弄る事が出来る空間と、ダラダラが弄る事が出来る空間が別種の空間だからだ。

 女神と魔王の差異はそこにあった。

 両者の間に優劣は存在しない。

 ただその特質が相容れないだけである。

 もっとも、精神構造は割と近い。途轍もなくいい加減と言う意味でとても近い。

「嫌な類似点だ」

 ダラダラは思わず思いを口に出して頭を振った。

 そのいい加減さ度合の皺寄せが自身に押し寄せるのは幸か不幸か――ダラダラ個人にとっては紛れも無い不幸だろうけれども。

 ざわりと、ダラダラの脳内で喧噪が沸き起こる。

 ナース情報網を介して押し寄せるナース達の動揺だ。

 女神関連の記憶を掘り起こしたダラダラは色々な事が面倒になって、ナース情報網からの情報を制限する。

 ナース服。

 特異な衣服は当然シシル重繊維工房の商品である。

 ナース服の根幹たるナース帽は全て糸状の空間で接続されている。

 その糸の中に棲息するのがナースの一から五であり、それらの糸は全てダラダラに接続されている。

 ダラダラがその気になれば全てのナースはダラダラの付属器官と化す。

 ダラダラの瞳がヌヘを見ていた。

 模倣街の一つに到達したヌヘは、立ち塞がる公衆警察を必要最低限殺害して走り抜けた。

 ダラダラはヌヘが保護区外に到達する事を阻止出来るが、今はそれどころでは無い。

 模倣街を抜けた獣人種の存在を感知したナース達に関わっている暇も無い。

 放っておこう。

 重要な事は、魔王の端末を連領連合から排除する事と、これから先の事だ。

 模倣種と人種の無計画な交雑は避けたかったが、最終的に確保しておきたい手段の一つでもあった。

 今の人族が連領連合外での棲息に適応不可能であると判断した場合に行使する手段の一つとして、確保していた手段だったのだ。

 魔王が連領連合と言う生簀から人族と言う魚を取り出したと言う事は、外の環境が少しはマシになったと言う事だろう。

 ダラダラはそう判断するからこそ、模倣種程度の些事には構う気が無い。そんな事に関心は無くなった。

「契約の回収を進めなくては」

 ダラダラは声に出して決意する。

 ダラダラの役目は、連領連合の役目は、終わりつつあるかもしれないのだ。

 その日が来た時、待ち侘びたその日が来た時、ダラダラは計画を実行しなくてはならない。

 連領連合を安全に終了させ、自身を解放する計画を実行しなくてはならない。

 残念な事に。或いは、当然の帰結として。

 魔王も女神もその辺りの綿密な計画を持ち得ない。

 魔王なら或いは即興で作り上げるかも知れないが、少なくとも女神には逆立ちしても無理だ。不可能だ。その手の役割に対して女神はどこまでも無能だ。

「契約は当工房の都合により破棄されます」

 その声は、ララララを除く全てのナースを更なる混迷に陥れた。

 ダラダラは混乱するナース達に何かをする事は無く、笑うイイにはただただ視線だけを注ぎ、全身タイツさんの元へと移動した。

 編み込まれた空間が穴を形成し、その先へと降り立つ。

 その先で白い人型が文字を表示していた。

『それ、ありなの?』

 ダラダラは全身タイツさんの疑問を無視して黒いぺらぺらに身体を向ける。

 ララララの平面的な体がぺらぺらと揺れていた。

「再契約をしようか」

 全身タイツさんはダラダラのいい加減で自分勝手な発言に対して、白い眼――は無いがそんな感じをなんとなく身体で表現した。

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