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模倣街

 保護区の外縁にはいくつかの模倣街が存在している。

 それらは保護区を抜け出す獣人種に仮初の解放感を与える場所であり、領外へと出される獣人種に知識を与える練習所でもある。

 模倣街の住人はその大半が第一種特級傭兵だが、僅かながら公衆警察の人員も駐留している。

 現在、それらの模倣街で出歩く者は皆無である。

 遠くで間延びした音が聞こえるからだ。

 それは剛性弾体が飛翔する音だ。

 領主が保持する武力の中でも最大級の威力を誇る剛性弾体が、次から次へと射出されている。

 着弾地点は全て保護区内。

 領主が剛性弾体を使用する事自体が非常に稀であり、保護区に干渉する事も異例だ。

 ヒルガ領上空は編隊飛行する領主の私兵と、巡航形態でそれに追随するナースが高速で飛び回っていた。

 これらの活動に関して領民への事前通達は無く、ヒルガ領は騒然とした空気に包まれていた。

 幸いにも領主とその私兵が活動している中外出しようとする領民は非常に稀であり、暴動や混乱の類は見られなかった。

 屋外で活動しているのは広域傭兵組合と獣人保護機構、そして公衆警察であった。

「ナース共が比較的静かな事を鑑みると、保護機構には事前通達があったと言う事か?」

 空を飛ぶ手段を持たない公衆警察は地上にその構成員を多数配置して事態の推移を見守っていた。

 公衆警察ヒルガ領支署内部で偽署長の地位を持つダタフは酷く不機嫌な声でそうごちる。

 右半分がぐちゃぐちゃに潰れた顔は不快感を隠そうともしない。

 場所は署長室でも取調室でも無く応接室。

 室内にはダタフの他に二人の軽武装警官が控えている。

 公衆警察は階級を制服等で誇示する事を嫌う為、ダタフ達三人の服装はカーキ色の制服で統一されている。

 この制服を着用していない者は取調室と死体安置所以外に立ち入る事は許されていない。

「クハ、あたしは保護機構が領主に要請したんじゃあないかと思っとるがね?」

 本来本庁からの来賓を迎える為の応接室に、カーキ色でない老婆が居た。

 革張りの椅子に深々と身体を預けて踏ん反り返るダタフの向かいで、同じように踏ん反り返るイイは楽しそうに笑う。

「領主が自発的に武力介入する事が無い事は無いけどねえ、これまでの経験から誰かが領主に直訴したと考える方が自然さね?」

 クハクハクハ。

 イイのしゃがれた笑い声にダタフは嫌悪感を隠そうともせずに舌打ちした。

「クハ。しかし楽しいねえ? 領主が剛性弾体を大盤振る舞いするなんて、一体ナニが保護区に入り込んだんだろうねえ? クハクハ。楽しいねえ?」

 全く楽しくないと吐き捨てるダタフは、脳内でヒルガ領内に駐留している戦力を勘定しつつ窓の外へと視線を向ける。

 既に数名の斥候が模倣街へと向かっているとダタフは予測していた。

 ダタフの指示による行動ではなく自発的な行動だ。

 それはダタフならば必ずそう指示する事で、ダタフがそう指示出来ないのであれば誰かが同じ指示をするか指示されなくとも行動するだろう。

 それが公衆警察と呼ばれる存在だ。

 クハクハクハ。

 不愉快な笑い声は止まらない。

「この音が聞こえるかえ? 私兵団だけじゃなくてナースも飛んどるさね?」

 言われて、ダタフは音が複数種類存在する事に気が付いた。

 気が付いた所で聞き分け等出来やしないのだが。

「分からんかえ? クハ。クハクハ。まあ無理もなかろうが、しかし楽しいねえ。こんな所で油を売っとる場合じゃないさね?」

 だったらそもそもここに来るな。

 ダタフは心の内を顔に張り付けて押し黙る。

 迷惑極まりない老婆が自ら去って行くのなら何も言う事は無いのだ。

 第二種特級傭兵相手に武力行使等、第一種特級傭兵相手に聴取を行う事と同じくらい無意味なのだから。

 ぎらぎらと目に戦意を湛えて立ち上がるイイに、軽武装警官達が身動ぎする。

 情けなさを感じる反面、それだけで耐えられたのは僥倖だとダタフは思う。

 唐突に押しかけて来て唐突に去って行く。

 笑いながら部屋を出て行ったイイを忌々しく思ったが、付随した行動は安堵の溜息だった。

「あの化け物は結局何をしに来たのでありましょうか?」

 軽武装警官の一人が若干震えの残る声でそう尋ねた。

「暇つぶしと情報収集だろう。こっちが碌に情報を掴んでいないのを承知で遊びに来る」

 イイは保護区内で起きている事を知りたい様子だったが、ダタフは領主が動いた事によって初めて何かが起きている事を確信したのだ。

「情報収集に来てナースが死んだと言う爆弾情報を落として行く。こっちの出方を見て遊んでいるのだ」

 忌々しいと舌打ちして、ダタフは悩ましげに崩れた顔を歪ませる。

 ダタフの中でイイの目的は明白なのだ。

 盤上に乗る駒を増やして混沌を呼び込みたい。

 あの狂人が考える事は理解出来ないが分かり易い。

 イイの事をよく知らない軽武装警官達は、ダタフの感想に対して疑問符を表情で表現した。

「しかし、実際どうするべきかと言うのが悩ましい事だ」

 外では間延びした音が途絶えていない。

 何もしなければ安全だろう。

 しかし何もしなければ何等利益も情報も得られず事が終わる。

 終わってから情報が得られればまだいい方で、場合によっては何があったかも分からないまま状況だけが収束する。

 そしてその際に現状が維持される保証を、領主はしてくれないだろう。

「行動可能な人員を全て模倣街とその周辺へ動かす」

 そしてダタフは消極的な指示を下す事を選択した。

「模倣街の中において外出している者がいた場合全て確保しろ。こちらに敵意を向けた者は殺害し、それ以外は四肢を切断した上で勾留する。周辺では不審者に対して聴取を行え。」

 模倣街に存在する者の殆どは第一種特級傭兵である。

 剛性弾体が飛翔する音を聞いて外出する様な判断をする者は居ない筈であり、もし外出している者がいれば何らかの依頼に基づいて行動している筈だ。

 仕事中の第一種特級傭兵例えは顔を削いでも口を割らない。

 ならば確実な拘留を行う程度で十全であった。

 問題は、領主が剛性弾体を打ち込む程の相手と遭遇した場合だ。

 そんな存在をただ通しましたとあっては公衆警察の名折れである。

 領主が剛性弾体を打ち込み第二種特級傭兵が嬉々として会いに行く相手である。

 もしそんな存在に遭遇した警察官は間違いなく全滅するだろうが、全滅してでも相対しなければならないのだ。

 それが公衆警察と言う組織だ。

 指示を復唱した軽武装警官が部屋を出て行った後、ダタフはゆっくりと立ち上がった。

 右側がぐちゃぐちゃに潰れたその顔には隠す事もしない不快感が張り付けられていて、口をついて出るのは舌打ちである。

 足掻く様に抵抗して、精々無様に全滅してやろう。

 正体を知らず遭遇するかも知れない不明な脅威に対して、ダタフは公衆警察の存在意義に則りいつもと変わらない温度の使命感を秘めて立ち向かう。

 願いは一つ。

 その脅威が領主や保護機構や傭兵組合に殺されませんように、と。

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