工房長
「ちょっとは自分の顔を労わりなよ、女の子なんだからさ」
メイド娘キヒは現在全裸であった。
その表情は外部から読み取れない。何故なら顔面が凍傷でぐずぐずに崩れているからだ。
キヒの崩れた顔を十七の指が撫でる。
シシル重繊維工房の工房長にして唯一の職人であるダラダラは、少しばかり人の形から逸脱している。
五つの瞳と、十七指の腕が二対。
その様な異形は極端な金属種には極稀に見られるのだが、それらの付属物はどれも無基系ではなく有基系なのだ。
だぶだぶの布で覆われた身体のラインが見えない事もあり、ダラダラの印象は不気味の一言である。
「――――」
鼻と唇が欠落している為に上手く喋れないキヒの発言を聞き流しながら、ダラダラは二本の腕を使って肉塊を手繰り寄せた。
肉塊。それはそう呼ぶしかない代物である。
高さ一メートル程のぶよぶよとしたピンク色のそれは、ダラダラが触れるとびくりと震えた。
ダラダラは肉塊の上部に開いている穴に指を十本突っ込む。
震える事よりも力強い運動が出来ない肉塊はされるがままである。
人の口程度だった穴が倍以上の大きさに無理矢理広げられ、肉塊はびくびくと悶えた。
十本の指が肉塊の内部をまさぐり、目当ての物を絡め取ると引き抜かれた。
指が肉塊から引き摺りだしたのは絡まり合う極細の繊維だった。
「さて、今回も可愛く作り直そうか」
ダラダラは楽しそうにそう言うと、繊維を抓むのとは別の腕で四本の針を構えた。
ダラダラが施そうとしているのは顔面を再構築する手術である。
肉塊から引き出した繊維を器用に糸へと紡ぎならが、針を用いてキヒの顔面に植え付け、十センチ程の長さで千切る。
数分その工程を繰り返す事によって、キヒの顔は毛むくじゃらな様相を呈していた。
そこからダラダラは針を置いて、先端に繊維を引っ掻ける切れ込みを入れた木の棒を構える。
ダラダラが鼻歌交じりに指を動かすと、徐々にキヒの顔が編み上がって行く。
そうやって顔を編み続ける事十数分。
「完成だ」
キヒの顔が編み上がった。
それは前と全く変わらない顔。
そもそも前の顔だってダラダラが編み上げた顔なので至極当たり前の事ではある。
「いやあ、いつ見ても可愛いなあ。僕が編み上げたキヒの顔は」
何を褒めているのかよく分からないダラダラに、キヒは顔を顰めた。
「脱ぐ必要あったの?」
今更裸を晒す事に羞恥心の無いキヒであったが、取り敢えず文句を言っておいた。
「一応補修の必要があるからね」
そう嘯くダラダラの表情は読めない。
キヒはこの色欲魔めと悪態を吐いてから立ち上がると仁王立ちでダラダラを見下ろした。全裸で。
ダラダラがキヒに羞恥心の乏しさを是正する様に提言したが、キヒはそれを無視した。
とは言え裸は不味い。防御力が格段に下がるからだ。
だがここは繊維工房である。
それも他に類を見ない重繊維工房である。
工房長の適当な性格と相まって、商品なのか試作品なのかも良く分からない反物がそこいらに転がっている。
キヒは空色の反物を拾い上げるとそれを身体に巻き付けた。
布を右肩に掛けてから股間まで垂らし、反対側を腰、背中、左肩、胸と巻き付けから、残った部分を腰にぐるぐると巻き付けて端は適当に捻じ込んだ。
折角久しぶりのメイド服以外の服装なのだからちょっと外を歩いてこようと思い立って、工房の隅に置かれた物に目が行った。
「持って帰って来た皮、何に使うの?」
報酬として持ち帰った銀灰色の皮は、その一部が濃紺色に着色されて工房の隅に置かれていた。
「別の戦闘服を作ろうと思っていてね」
ダラダラが嬉しそうな声で一冊の本を掲げた。
それを見たキヒは顔の七割を醜く歪めた。
古代の技師が書き記したその本は、地中で長い年月を経て石化してしまっていた物を、線維化させる事によって復元した物である。
つまり布の本である。
そこには独創的な設計の服がいくつも記されており、キヒが着せられているメイド服もその本の記述を元に作成された物である。
嬉々として服の作成予定図を見せて来るダラダラにそんな恥ずかしい服着ないからねと冷たい言葉を浴びせて、キヒは工房から出て行った。
心なしかしょんぼりしたダラダラは本を仕舞うと、はてと首を傾げる。
キヒはメイド服を恥ずかしいと言うのだが、布を固く巻き付けただけの装いは恥ずかしくないのだろうかと。
ダラダラがその事を深く考える前に、工房の表から喧噪が聞こえて来た。
ダラダラはキヒの羞恥心に関する思考を凍結させて、ゆったりと立ち上がった。