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砂塵

 その日、アケヤ領の市街地は崩壊した。

 崩壊の中心となったのは総務局が使用していた構造物であったが、崩壊が広がる速度が速いためにその事を認識出来た者は存在しなかった。

 始まりは構造物の砂状崩壊。

 地上十メートル程の高さがあった構造物が上から溶ける様に崩れ落ち、滝の様に地上へと降り注ぐ。

 地上へ到達した砂は付近にいた者を圧し潰すにだけ止まらず、渦の様に流動し人も建造物も分け隔てなく磨り潰し始めた。

 総務局に詰めていた人員と周辺の歩行者十数名は砂に削られその形を喪失した。

 その間僅か数分。

 砂の渦に巻き込まれなかった者達の中で逃げる事を判断出来た者は半数にも満たない。

 出来事が余りに唐突で、一瞬であったからだ。

 そして逃げ出せなかった者達を、当然の如く襲う砂流。

 砂流は総務局跡から浸食して来るだけに止まらない。

 周囲一キロの構造物が一斉に崩壊したのだ。

 総務局の周辺にいた者は、結局個々の判断に関わらず死ぬ定めにあったのだ。

 周囲と表現するのには一キロ四方の範囲は若干広かったが、そんな事は些事である。

 砂状崩壊した構造物は濁流となって拡がったからだ。

 砂流は構造物も建築物も分け隔てなく、ついでとばかりに人を巻き込んで、轟音と共に蹂躙を続けた。

 横長に領地を持つアケヤ領の中心を横長に貫く市街地の端から端までを、砂流が駆け抜けるのに要した時間は僅か一時間。

 怒号と悲鳴が砂に埋もれ、それでも逃げ延びた数百人が中枢地区と海岸線に点在していた。

 逃げ延びた者達は皆砂の海に聳え立つ肉色の山を目撃した。

 ある者は呆然とし、ある者は更に逃げ、ある者は怒り狂った。

 肉山が何であるにしろ、この事態を生み出したモノである事は間違い無いからだ。

 逃げ延びた者達の感情をその視線から感じながら、コトヤだったモノは首を傾げた。

 それは肉山の頂上に生えた上半身。

 元となったコトヤの姿とは似ても似つかぬ、ぶよぶよと太った人の上半身。

 傾げた首は首の肉を押し潰し、圧力で破れた皮膚から肉がぶじゅると絞り出された。

 傾げた首は元に戻され、醜い上半身は肉に埋もれた口から疑問を言葉にした。

「思ったより絶望が足りない?」

 醜い上半身は知っていた。

 連領連合内に満ちる不可思議な力場と、その原動力を。

 その力場は精霊魔法と呼ばれる古の魔術。

 その力を使えば仮初の不死身を得る事すら容易く、しかし不用意に触れればその身を石に変える危険な力。

 その力は人間の強い感情を元に別の世界から引き出される。

 感情といえども、何でもいい訳では無い。

 喜びより悲しみ、快楽より苦痛、希望より絶望。

 負の感情が力を呼び込むのに最適なのだ。

 かつてキタマと呼ばれた者が調査船団や偽装技師を使い絶望を収集した様に、醜い上半身は市街地を潰して絶望を集めようとしたのだ。

 確かに負の感情はいくばくか収集出来た。

 しかし、足りない。

 万を超える人を磨り潰して殺したと言うのに、集まった負の感情は本当に微々たる物でしかなかった。

 醜い上半身は暫くその事について思考を巡らせて、考える事を諦めた。

「全く集まらなかった訳では無いし、まあいいか」

 まあいいか、もっと磨り潰せば。

 もっと人が居る場所はどこだろうか?

 アケヤ領の外に出ればいるだろうか?

 きっといるだろう。

 外へ。

 肉山がぞろりと動き出す。

 もうソレを止められる者はどこにもいない――かに思われた。

 突如として、砂の海に幾つもの砂柱が発生した。

 示し合わせた様に同時に発生した砂柱は、三千を越える。

 砂柱は広大な砂の海のあちこちで発生していた。

 その頒布に規則性は無い。

 密集している場所もあれば全く存在しない場所もある。

 一番近い場所では正に山の麓から、遠い場所では市街地の端から。

 三千を越える砂柱にソレの興味が向き、動きが止まる。

 ソレが眺める中砂柱は砂の海に落ち、中から人型が飛び出した。

 人型は紺色の衣服に身を包んでいた。

 袖も裾も襟もない衣服の名称はスクール水着。

 シシル重繊維工房が販売する水中専用服だと、ソレは知識で知っていた。

 スクール水着を着る人型はソレに向かって最短距離を走る。

 近くに出現した者は砂柱から飛び出すと即座に肉山の麓に辿り着き、巨大な肉山を千切り取り始めた。

 一回に千切り取れる肉の量は拳大程度だが、その速度は異様な程速い。

 一人当たり一秒間に五つ程の肉団子が宙を舞う。

 宙を舞った肉団子は砂の海に落下するとぶじゅりと形を変え、うねうねずるずると肉山に戻ろうと蠢き始めた。

 人型は這いずる肉団子には興味を示さず、ひたすら肉山を千切り取り続ける。

 次々と肉山に到達する人型もまた同様の行為に従事した。

 とは言え高々拳大、精々が三千人を越える程度である。

 肉山を削り尽くす事は不可能な規模の攻撃でしか無く、そもそも肉団子が肉山に戻り続ける限り終わりは無い。

 肉山の山頂で、醜い上半身は不思議そうに首を傾げた。

 首の肉が圧迫され、ぶじゅると肉が漏れた。

 醜い上半身は三千以上の人型がこの無益な作業を続ける理由を考えた。

 これに何の意味があるのだろうか?

 試しに肉山を動かしてみた。

 ぞろりと動く肉山に幾ばくかの人型が呑み込まれる。

 醜い上半身は呑み込まれた人型が内部から肉山を千切り取っている事を感知していた。

 人型は肉山の中へ中へと突き進んでいる。

 不思議な事に、人形はいくら圧力を加えても潰れる事は無く、磨り潰す事も出来なかった。

 人型の行為が不可思議で、醜い上半身は考える事を保留した。

「んん? 足無が戦っている?」

 その理由はもっと不可思議な事が起きていたからだ。

 コトヤの肉体を元とした醜い上半身の下には下半身が存在し、肉山の中に埋もれていた。

 その肉山はキタマと呼ばれていた者の下半身が元になっている。

 キタマが人でなくなった当初、真実を知る僅かな者は下半身の事を足と呼んだ。

 その時点の下半身は今の様に膨大な質量を保持しておらず、足と呼ぶのに相応しい見た目だったのだ。

 その足を基底に培養された肉が後にお館様と呼ばれた存在である。

 では、腰から上はどこに行ったのだろうか?

 腰から上は領主を封印する為に海に沈んだのだ。

 自己修復する疑似金属種となった腰から上の事を、真実を知る僅かな者は足無と呼んだ。

 そして現在、真実を知る者は誰も居なくなり、その名付けの由来はどうでもいい情報だったためソレに引き継がれる事は無かった。

 それでも、コトヤの記憶が足無と呼ばれる存在を覚えていて、その記憶に由来する忌避感から足無と呼ばれる存在を維持する事を止めたのだ。

 足無は数百年の時をかけて海底でその機能を停止する筈だったのだが、それに要らぬちょっかいを掛けている者がいる。

「迷惑だな」

 万が一にも上陸したらどうしてくれると、醜い上半身は海の方を睨んだ。

 その内部で、三千を超えるスクール水着に制御された人型が、肉を千切り進んでいた。

「スク水って、あんなに売れてたんだな」

 その光景を遠方から見ている逃げ延びた住人の一人が、混乱しているのか冷静なのかよく分からない感想をぽつりと呟いた。

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