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先の話

 アケヤ領についてどんな印象を持っているのかと尋ねられた助手は、軽蔑する様な冷たい目で全身の体毛をぞわりと逆立たせた。

「公衆警察だけでは無いのだな……」

 常識とはそれを定義する者が知る範囲にしか存在しない。

 助手にとってはアケヤ領で行われている行為の大半が常識外であった。

 これ程までに人命の扱いが雑だったとは思わなかった――公衆警察か或いはその敵では無いと言うのに。

 その回答に対してダラダラは何を今更と言わんばかりに頭を振った。

「少なくとも、シノナ領ではあんな事は無かった」

 助手はアケヤ領に派遣される前の日々を思い返す。

 公衆警察は大義の為なら人命を重んじない。

 最小限の犠牲で大勢を生かすのが公衆警察の考え方だ。

 外からはどう見えようとも、公衆警察は無駄に人命を刈り取る事を良しとしないのだ。

 それが、公衆警察の中に居る者が定義する公衆警察。

 助手が公衆警察の理念を熱く語るのを聞き流しながら、ダラダラは大昔にとある人物から聞いた言葉を思い出した。

 曰く、ある集団に属する者がその集団を定義する事は不可能である、とか何とか。

 思い出しただけで、それを持ちだす事はしないが。

「なら、クフラ商会はどうなんだい?」

 その問い掛けに対しても、助手は常識の中から答えを出す事が出来た。

「商人は、時として利益の為に道を誤る」

 ダラダラを真っ直ぐ見据えて述べられた見解に、ダラダラはああそうかいと適当な相槌を返した。

「だが、だが! アケヤ領は上から下まで異常だ!」

 偽装技師の扱われ方を思い起こして、助手は激怒した。

 逆立ったもふもふがざわざわと震え、声には明らかな怒気が含まれていた。

 助手はその怒気をそのままダラダラにも向ける。

 訳の分からない生体改造を施されて視線以外の自由を奪われた上、船の上で残酷な仕打ちを受ける同胞やクフラ商会構成員をただ見せられる日々。

 神具等と呼ばれありがたがられた所で、その後に毛塗れの異形となる代わりに自由を返された所で、その怒りは拭える訳も無く。

 それでもダラダラに対する感情は怒りと困惑の間で揺れる事も多い。

 全身タイツさんとツエに拾われなければ今頃海の藻屑だったのだから当然と言えば当然だ。

「起きている事象自体はそれ程異常でもないさ」

 ダラダラは助手の放つぎりぎりの怒りに対して水を差す様に油を注ぐ。

「全てにおいて限りのある連領連合内で人は増え過ぎた」

 ダラダラの言葉を呑み込んだ助手は、怒りの中に苦みを覚えた。

 ダラダラは何も間違っていない。

 連領連合内では五歳以下の子供が死なない。

「五歳以上の人を積極的に間引きしないと物資が尽きる訳で、そう言った意味では何かと人命を浪費しようとするアケヤ領の有り方は正しい」

 ダラダラの挑発とも言えるその言葉に対して怒る助手は、ふと気が付いてしまった。

「待て、それじゃあ何だ? 神具ってのはアケヤ領にとっては害悪じゃねえか?」

 調査船団が無事に帰還出来る様になって数年。

 アケヤ領内で死亡する人は確実に減っている。

「近い内に、アケヤ領は破綻するだろうね」

 助手の剣呑な言葉に対するダラダラ回答は、酷く暢気だった。

「破綻した所で、正規の領主を引っ張り出せば大丈夫さ」

 それがツエとの契約だからなと嘯くダラダラを、助手はじっと見詰めた。

 真意が読めない。

 助手がダラダラに対して思う事の一つがそれだ。

 助手はツエと全身タイツさんからダラダラがアケヤ領で何をして来たかを聞いている。

 ツエを助けて、領主を引き上げる約束をして、調査船団の生存率を上げた。

 その傍らで助手を改造している。

 当初神具の役割であった助手はもふもふになって裏方に回り、裏方であった全身タイツさんは新式神具の役割を熟している。

 そして看板娘のツエは表に出て来なくなった。

 全身タイツさんはツエの現状を『身体を張っている』と表示したが、その詳細が助手に知らされる事は無かった。

 助手は足元に転がる者達へと視線を向ける。

 十一人の男女が裸で転がされていた。

 穏やかな顔は血色も良く、ゆっくりとだが呼吸もしている。

 しかし、頭の中は空っぽだ。

 何も無い。

 ダラダラが抜き取ったからだ。

 十一人はシシル重繊維工房を襲撃した者達の成れの果て。

 当初は十四人だったのだが、重要な情報を知っていそうな三人は既に糸屑すら残っていない。

 助手はダラダラが侵入者に対して行った処理の事を、何とも感じていない。

 公衆警察は一般人が自衛権を行使する事に対して寛容だ。

 その辺りの考え方が公衆警察を公衆警察足らしめる由縁であり、公衆警察にしかならない由縁でもある。

「こいつらはアケヤ領の危機に対応して襲撃して来たと言う事か?」

 もしそうであれば侵入者は自衛権を行使し、それに対してダラダラが自衛権を行使したと考えてしまう。

 何の問題も無いではないか? 強い方が生き残ったのだ。

 衝突する自衛権が落ち着く先が一方的な虐殺であったとしても、公衆警察であればそう考えるだろう。

「それはどうだろうね? ただ目障りだったから襲ってみたとかそんな程度だと思うよ?」

 実際には助手が偽装技師の調達を妨害し続けた事が原因なのだが、助手がそんな結論に辿り着く事はありえない。

 公衆警察に自衛権を行使する事は犯罪だ。

 公衆警察であれば誰もがそう考えるからだ。

「それに、今更現在のアケヤ領がどう足掻いた所で、時間の問題なんだよ」

 ふふん、と楽しそうに笑ってダラダラは二対の十七指をわきわきと動かした。

「アケヤ領はあるべき形に戻る。異常な思想を持つ者は駆逐されて、領主は正しき領主に戻り、人口は適切に調整される」

 素晴らしいねとダラダラは四つ腕を広げ、助手はそうだなと安易な同意を返す。

「しかし、異常な思想にそまった領民を駆逐したら全滅してしまうのではないのか?」

 そして助手が引っ掛かるのはそんな事だった。

 そんな引っ掛かりもダラダラが頭の中身を入れ替えれば問題無いと言うと、足元に転がる脳無しに視線を振って納得してしまう。

 助手としては現在の異常な思想に支配されたアケヤ領が正常化されると言うのであれば、ある程度の人死には許容出来るのだ。

「でも、順調に事が済んだ後、己の身をどう振るのかは考えて置いて欲しいかな?」

 ダラダラの言葉に対して、助手は顔を顰める。

 嫌な質問だと思った。

 ダラダラの許容できる枠内に着地出来なければ、足元に転がる者達と似た末路を辿らされるだろうと容易に予想出来たからだ。

 そう言った意味では、考える時間が与えられただけ良心的とも言える。

 少なくとも、公衆警察よりは良心的だなと考えた助手は、足元に視線を飛ばしてそうでも無いなと即座に考えを改めた。

 公衆警察ならば拷問の末であれども死ぬ事は可能なのだから。

「成すべき事を見付けた、とかなら契約するのも一つの手だよ?」

 ダラダラは追い打ちをかけるかの様な残酷な提案をしたが、助手は即答で拒絶した。

「身体を張るなんて事にはなりたくないですから……」

 そう言いながら、助手はやや焦っていた。

 ダラダラが時間の問題だと言うのならば、もうすぐツエの契約が成されるのだろう。

 最早仕込みは完了済みで、後は結果が出て来るのを待つだけなのだろう。

 全てはダラダラの掌で、その結末として自分は理不尽な選択を要求されるのだろう。

 だが、助手は思いもしない。

 ダラダラとて完璧では無く、ダラダラが想定しなかった事態が発生する可能性は零では無いのだと。

 そしてダラダラも、自身が想定していなかった事態が現在進行中であるとは、まったく予想出来ていなかった。

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