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総括部長

「なんだかなぁ……」

 広域傭兵組合ナナタ領支部総括部長であるナンダジエは、報告書を一通り読み終えてそんな抽象的な感想を述べた。

「報告書に何か不備でも?」

 報告書の作成者であるミドンは無表情でそう問い掛けた。

 場所はナナタ領北支部内に設けられたカフェの片隅である。

 傭兵登録者や組合の職員はもちろんの事、そのどちらとも関係の無い一般人も自由に出入り可能なカフェの片隅である。

 ミドンはわざとらしく周囲を見渡して顎鬚を親指と人差し指の間で撫でながら、この場所でそれを読む貴方こそなんだかなぁですよと悪態を吐いた。

「隠す様な物でもないだろう?」

「歴然とした部外秘情報ですよ?」

 がやがやと、まとまりの無い喧噪が二人の間に降りた沈黙に覆い被さった。

「はぐれの雪吐きが討伐された事が公表されて悪い事はないだろう?」

 小首を傾げるナンダジエを殴ってやろうかと、ミドンはそんな考えを溜息に転化させて吐き出した。

「それを成したのが登録傭兵であったのであれば、何も問題は無いのですがね」

 そう。雪吐きを仕留めたのが登録傭兵であったのであれば、何も問題は無かったのだ。

「そんな事は些事だ。使えるモノを利用しない手は無い」

 そう言い切るナンダジエを、ミドンは無表情で観察する。

 灰色の瞳に銅色の長髪。有基系で体毛の薄いその顔は若いのか年老いているのか全く見当がつかない。

 そう言った年齢不詳であると言う特徴は金属種に良く見られるのだが、有基系で体毛が薄い外皮は標準種である事を示唆している。

 一方のミドンは金属種である。

 と言ってもミドンを金属種たらしめる無基系の要素はその両眼だけではあるが。

「報酬が雪吐きの死骸で済むのなら組合に損失はないのだからね」

 ミドンは雪吐きの皮は高級素材ですよと反論を試みたが、雪吐きの森林破壊による損失の方が遥かに問題だと言い返されれば黙らざるを得ない。

 実際の所ミドンだって分かってはいるのだ。

 重繊維工房が抱える二人の看板娘はナナタ領に居るどの登録傭兵よりも役に立つ。

 しかし、数年前まで登録傭兵であったミドンの自尊心がそれを認められない。

 重繊維工房等と言う意味不明なモノ等よりも、登録傭兵の方を贔屓したいのである。

 だが、今回の雪吐きに関連した依頼を受注した登録傭兵達は悉く失敗した。

 死者も一名出ている。

 不甲斐無いとミドンは心の内で憤る。

 その死者は戦闘を主としない第一種傭兵であったが、それでも登録傭兵としての職業意識が足りないのだとミドンは思っている。

「それよりも、あの案件についての調査は進んでいるのかな?」

 不意にナンダジエが話題を変えた。

 ミドンはあの案件が指し示す事柄を脳内で検索する。

 直ぐに一つの案件に思い当たり、僅かに焦った。

「それこそここで話す話題では無い!」

 と、怒鳴ろうとして寸前の所で呑み込む。

 それは正真正銘本当に、こんな所で話せる事柄では無いのだ。

 ミドンは視線で抗議するが、ナンダジエはどこ吹く風である。

 そもそも金属種的なミドンの眼球は感情表現が苦手なのである。

「……見つかっていません」

 ミドンは周囲の様子を伺いながら声を潜めてそう言った。

 抽象的で当たり障りのないその言葉に、ナンダジエは困ったねと肩を竦めた。

「私はあんたの言動にほとほと困り果てていますけれどもね」

 ナンダジエはその嫌味に答えずに、周囲の喧騒へと意識を向けた。

 何人もの人がカフェを利用しているその光景を見て、実に平和だとそんな感想を抱く。

 実際はそこまで平和では無い。

 雪吐きがこの様に迅速に討伐されなければ様々な弊害がナナタ領を襲っただろう。

 食糧生産、産業、交易の鈍化はもちろんの事、雪吐きが森を抜けてナナタ領の中へと侵入して来た可能性だって十分にあったのだ。

 ナンダジエがなんだかなぁと抽象的な言葉を漏らしたのは、突発的な事態に迅速に対応可能な人材が登録傭兵の中に思い浮かばないからである。

 ナンダジエは重繊維工房の面々が異常なのは十分に理解しているし、ナナタ領が辺境であるが故に有用な人材が乏しいのも理解している。

 だが、有用な人材は拾う物では無く育て上げる物だ。

 看板娘の片割れであるメイド娘が重繊維工房に雇われたのは二年前の事だったが、今や第二種の特級傭兵に匹敵する戦闘能力を持つまでに至っている。

 本来雪吐きの単独討伐等正気の沙汰ではない。

 ナンダジエはそこまで考えを巡らせてから、ふと全身タイツさんがあまり表に出て来ないのは何故だろうかと、そんな疑問に辿り着いた。

 メイド娘が正気の沙汰で無いのなら、全身タイツさんの実力は狂気の沙汰だ。

 手札を出し渋る理由が分からない。

 全身タイツさんが出向けばどんな案件だってたちどころに解決するだろうに。

 ナンダジエはここには居ない全身タイツさんへと思いを馳せる、あの件だって全身タイツさんなら或いは……。

「あの件、全身タイツさんならどう対応するだろうね」

 思わず言葉に変換してしまったナンダジエの疑問を聞きとがめて、ミドンが顔を顰めた。

 失言だったなと肩を竦めるナンダジエに対してミドンは不機嫌そうに鼻から息を吐いた。

 あの件。

 それはナナタ領で数年前から横行する人攫いの事である。

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