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新式神具

 がばっと振り返る全身タイツさん。

 船員達が一斉にその方角を見た。

 場所は海洋上。全身タイツさんの役割は足無の接近を感知する事である。

 つるりとした顔に眼球は無かったが、全身タイツさんは遥か遠くを凝視していた。

 その方角は陸地であったが、凝視していたのはその奥深く、中枢区に立ち並ぶ構造物群の二百階層付近である。

 そんな事を知る由も無い船員達は足無の襲撃に対応すべく身体に力を入れていた。

 しかし船上の緊張が続いたのは僅か数十秒の事であった。

 全身タイツさんがぷいと進行方向へ身体を向け直したからである。

『大丈夫でしょう。多分』

 全身タイツさんがそんな文字を表示するのと同時に、船員達は船の運航に係る仕事へと戻って行った。

 一部に全身タイツさんの奇行を訝しげに思う者もいたが、そんな雰囲気も直ぐに霧散した。

 船員達は全身タイツさんを信用しているのだ。

 しかしそれは全身タイツさんと言う奇怪なナニかに対する信用ではない。

 新式神具としての信用だ。

 旧式と違い新式は自律して危機を伝えてくれる。

 それにより監視員に一人船員を充てる必要が無くなった。

 しかし新式の真価はそこでは無い。

 新式は足無の迎撃を行う事が可能なのだ。

 その結果、新式神具が導入されてから送り込まれた調査船団はその全員が無事帰還している。

 領主の引き上げこそ目処がたっていないが、それも凡そ自由に調査が可能な現状では時間の問題だろうと、船員達は皆やる気に満ちていた。

 それに伴い調査船団に配置される潜水技師の比率も増えた。

「少しばかり手間は掛かったが、もう全てが時間の問題なのだよ」

 全身タイツさんがダラダラからそう聞かされたのは、旧式神具が助手になった後の事である。

 その言葉の意味までは聞かされてはいなかったが、全身タイツさんはダラダラの事を信頼していた。

 自身が最初に契約を交わした相手であり、創造主でもあるダラダラの事を、無条件で信頼していた。

 だからこそ全身タイツさんはやる気に満ちていた。

 ツエとの契約は成就するだろうし、ダラダラとの契約は成就させてみせるのだと。

 全身タイツさんが足無の接近を感知したのは、意気込みを新たにしたその時だった。

『足無補足。迎撃します』

 全身タイツさんがびしりと片手を上げると、周囲の船員がその顔に表示された定型文を目撃した。

「総員足無に備えろ!」

 そう叫んだのは全身タイツさんの正面にいた船員。

 この指示に指揮権は不要だ。新式神具の表示を最初に目撃した者が注意喚起を行う決まりになっていた。

 その声を聞いた船員が同様の内容で叫ぶ。

「足無だ!」

「船外には出るな!」

「潜水技師は避難しろ!」

 怒号が飛び交う船上に悲壮感は無い。

 むしろ祭りがこれから始まるかの様な、妙に陽気な雰囲気があった。

 その雰囲気に背中を押されるかのごとく、全身タイツさんが走り出す。

 たたっと軽い足音を響かせて、四歩目には十分な加速を得た全身タイツさんが船の外へと飛び出した。

 次の瞬間、全身タイツさんの脚は変形した。

 膝から先が三本に枝分かれし、六つに増えた足裏全てが円盤状へ広がった。

 どぼんと大きな音をたてて、全身タイツさんは海面に降り立つ。

 変形した足が得た浮力は全身タイツさんの体重を支えるのに十分であったからだ。

 海面に立つ全身タイツさんは海中に意識を向ける。

 まだ海上に霧は発生していなかったが、遥か底では海水温が異常に下がっていた。

 だがそれだけである。足無に浮上してくる気配は無い。

『今回は様子見だけのつもりなのかな?』

 可愛らしく小首を傾げた全身タイツさんの右腕の内側が手首から肘に掛けて裂けた。

 そこから水色の筒がどぼどぼと海中へ投下される。

 その量は尋常では無く、それが全身タイツさんの体内に収まっていたとは到底考えられない程大量だ。。

 そもそも投下される筒は全身タイツさんの腕よりも太いのだ。

 腕に収まり切る筈も無いのは当然の事、胴体にだって十本も収まる筈も無い筒。

 それが瞬く間に三十投下された。

 明らかに異常な光景であったがその様子は船上からは見えない。船員達は全身タイツさんの背中が見えるだけだ。

 船員達の視線が及ばないのは海中も同じである。

 全身タイツさんが投下した筒もまた、海中で異常な動きを見せていた。

 筒が素直に沈んでいたのは十メートル程まで。

 そして水深十メートルに達した筒は、不意に加速する。

 ずどんと重たい音が周囲の海水を媒介に伝播される時、音源となった筒はそこには存在しない。

 筒は音を超越する速度で海底目指して沈んで行く。

 それもただ沈むだけではない。

 全ての筒が足無に向けて軌道を修正している。

 筒が足無に到達するのに要した時間は一分にも満たない。

 そして足無が筒の存在に気付いたのは直撃を受ける数秒前。

 最初の筒が足無に衝突し、燃え盛る。

 筒が繊維状に変形して広がるのと同時に、海水に反応して発火したのだ。

 足無は酷く混乱した。

 炎は足無にとって天敵であったが、同時に海中で出会う事の無い相手だったからだ。

 しかしいくら混乱したからと言って後続の筒は足無を待ってくれない。

 むしろその混乱に付け入るかのごとく、連続して足無に衝突して燃え盛る。

 五つ目の筒が炎へ変化した時、足無の混乱は恐怖へと変化した。

 既に体積が二パーセント程減少していた。

 僅か二パーセントであるが、それは足無がこれまで被った損害の中で跳び抜けて多かった。

 加えて筒が後どれ程到来するのかを足無は知らなかった。

 このまま燃やし尽くされてしまうのではないか? 足無はそう恐怖した。

 投下された筒の数量は僅か三十程度であり、これが足無に与える被害は精々十パーセント強でしかない。

 もちろんそれだって足無にとっては未知の領域だったが、それでも足無が死滅する程では無い。

 そんな事にならない様に全身タイツさんが加減しているのだから、足無が死滅する事はまだ有り得ない。

 足無が死滅するのは少し先で無ければならないのだ。

 しかし足無はそんな事を知る由も無く、三十の筒を全てその身で受けて止めてから逃走に転じた。

 体積を十一パーセント減少させた足無は必至に海底の巣へと逃げ込む。

 全身タイツさんはその様子を海上で観察していた。

 しばらく足無が巣へと戻って行く様子を見守っていた全身タイツさんは、足無が八割以上帰巣した時点で調査船へと帰還する。

 軽快な足運びで海面を踏み締めて助走をつけた全身タイツさんは、最後に左足を強く踏み込むのと同時にその表面積を倍以上に広げた。

 円盤状の足裏を持つ細かい襞の生えた三本の脚が海水を踏み締め、全身タイツさんは大きく跳躍した。

 全身タイツさんは音も無く船上へ着地し、その顔に定型文を表示させる時にはいつものすらりとした美脚へと戻っていた。

『迎撃は問題無く完了しました』

 船上で大きな歓声が沸き上がった。

「流石新式だぜ!」

「よっ! 神具!」

 実際に起きた出来事を何一つ目撃していないのにも関わらず、船員は皆全身タイツさんを讃えた。

 新式神具にはそれだけの実績があり実力があるのだ。

「潜水技師は調査の準備をしろ!」

「先行艇の奴等に偽装技師を準備させろ!」

 歓声に混じってそんな指示も飛び交う。

 船員は知らない。

 全身タイツさんが追い返した足無が巣に戻った事を知らないし、その巣が自分達の真下にある事を知らない。

 その両方を知っている全身タイツさんにとって、船員の行く末等知った事では無い。

 全身タイツさんにとって重要なのはツエとの契約なのだ。

「領主様を引き上げたい」

 海底に領主が沈んでいると言う保証はどこにも無い。

 しかし、ツエが望んでいるのは海底に領主が存在するか否かでは無い。

 ただ単に調査船団の任務を完遂させたいだけなのだ。

 その願いを、ダラダラは二つ返事で引き受けた。

 引き受けたついでに海底に領主が沈んでいるのだと明言した。

 全身タイツさんはそれらの事柄を一切気にしていない。

 ダラダラが引き受けると言ったのだ。

 即ちその契約は実行可能だと言う事だ。

 全身タイツさんはダラダラの事を信頼している。

 それは最早盲信と言い換えても過言では無い。

 全身タイツさんはダラダラが調査船団を支援する理由を聞かされていない。

 領主が沈んでいるというのなら潜って引き摺りだせばいいのだと思わなくも無いのだが、ダラダラがこの手順を必要としているのであれば、必要なのだろう。

 全身タイツさんはそう納得しているので異論を挟まない。

 ただただ調査船団の作業を見守って手助けするだけなのだ。

 全身タイツさんが佇む横を船員や潜水技師が駆け抜けて行く。

 そして何人かの潜水技師は既に海面に居た。

「そう言えばよ」

 海面を漂う潜水技師の一人がふと思い付いて、隣を漂う潜水技師に問い掛けた。

「なんだよ?」

 今正に潜ろうとしていたその技師は、若干苛つきながらも返事を返す。

「偽装技師って必要あるのか?」

 二人の前で偽装技師が四肢の動かない身体で必死に抵抗しながらも海中へと沈んで行った。

 偽装技師の役割は足無の足止めだった筈である。

 だが、新式神具は足止め所か足無を追い返してくれる。

 それでも、未だに毎回四体の偽装技師が海に沈められる。

 新式神具の性能は確実であるにも関わらずだ。

「そりゃぁおめぇ……お館様の指示だからだろ?」

 そう言って問い掛けられた潜水技師は海中へと潜って行った。

「……それもそうか」

 問い掛けた潜水技師もまた海中へと潜って行く。

 彼等潜水技師は調査船団が定期的に送り出される本当の意味を知らない。

 それは全身タイツさんも知らない。

 その事を知っているのはダラダラと、調査船団と言う仕組みを作った者だけである。

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