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支部長

 シシル重繊維工房。

 現在その構造物の入口には布札が垂らされていた。

 布札にはしばらく工房が閉鎖される旨が記されていた。

 周辺の住民はさしてその事を気にもせず、何故か常連客もほとんど尋ねて来る事は無かった。

 工房が閉鎖されてからもう二日が経つが、その間に尋ねて来たのはネハだけである。

 そして、現在二人目の来客が工房の前に立っていた。

 灰色の瞳に銅色の長髪。有基系で体毛の薄い顔は不思議と年齢が分からない。

 その二人目の来客は布札を捲って扉に手を掛ける。

 扉は施錠されておらず、抵抗も無く内側へと開かれた。

 二人目の来客は逡巡の後に工房内へと踏み入る。

 工房内はやや薄暗かったが、それでも明り取りの天窓から差し込む光が十分に降り注いでいた。

 むしろ営業中の明るさが異常なのである。

 営業中は壁や床に埋め込まれた繊維がそうと分からない程度に発光しているのだが、その事を知っているのは工房長でありながらこの工房を一人で建設したダラダラだけである。

「今日は営業していないんですけどね?」

 唐突な声に二人目の来客はびくりと身体を震わせた。

 いつの間にか、本当にいつの間にか、二人目の来客の目の前にダラダラが立っていた。

 五つの瞳が灰色の瞳を見据え、二対の腕がそれぞれ別に意味の無い動きをした。

「昇格したそうですね。ナンダジエ支部長?」

 ダラダラの厭味ったらしい声に、ナンダジエは脅かさないで下さいと苦言を漏らして大きく息を吐いた。

「昇格は昇格でも厄介な昇格ですよ。貴方のせいでね」

 ナンダジエの声にははっきりとした疲れの色が混ざっていた。

 結果的にクフラ商会の暴走を止められなかった前任の支部長がその責任を取る形で降格したのだが、実際は心労が原因で体調を崩した前任者が自分から希望したのである。

 クフラ商会と公衆警察が無益な睨み合いを始めた今、傭兵組合はその間に挟まれて大変な状態なのだ。

 ナンダジエは昇格を辞退する旨を上層部に伝えたのだが、それは無視された。

 今や傭兵組合ナナタ領支部長の席はただの拷問である。

「せめて少し位説明してくれてもいいのでは?」

 ナンダジエがそう懇願すると、ダラダラは一対の腕を胸の前で組み、空いた一対の一本を顎へ添えて思案する。

「まあ、いいか」

 そう言うと商品である椅子へと腰掛けた。

 ナンダジエもダラダラに促されるまま傍の椅子へと腰掛ける。

「説明と言っても私は特に何もしていない。キヒの復讐を手伝っただけだ」

 ナンダジエは復讐と言う単語を復唱して眉根を寄せた。

「キヒは人攫いの被害者でもある」

 ダラダラは至極簡単にキヒの事を語る。

 それは悲壮な人生ではあるが、かと言って珍しい物でも無い。

 黙って復讐の顛末を聞いていたナンダジエは、話が一区切りついた所でふと口を開いた。

「その、博士と言う称号は聞いた事があります。関わるべきでは無い存在として」

 その情報は領主が意図的に流した情報である。

「関わらない方がいいに決まっている。博士の仕事は連領連合を維持するのに必要だからな」

 人で溢れる連領連合において、人口を減らす事は重要な仕事である。

 その様な漠然とした認識はナンダジエの中にも存在していた。

 ナンダジエは確かにとそれを肯定しつつも、長年自分の中で疑問としていた事を言葉にする。

「何故、赤子は死なないのですか?」

 人は皆死ぬ。その死因は様々だ。

 寿命で死ぬ者、食われて死ぬ者、病気で死ぬ者、殺されて死ぬ者。

 連領連合内には死が溢れていて、それは連領連合の外でも同じ事だ。

 しかし、連領連合内で生まれた子供だけは例外である。

 生まれた子供はその後五年間死なない。

 加えて死産も極稀である上に、その割合も減り続けている。

 俗に加護とも呪いとも言われる連領連合の神秘である。

 その疑問に対して、ダラダラは一言で真理を諭す。

「そう設計されているからだ」

 ダラダラはその件に関してそれ以上答える積もりは無く、その事は無言の圧力となってナンダジエにも伝わった。

「そう設計されているから、ある程度育ってから間引く必要がある。ここらの様な辺境であれば自然と淘汰される筈だったのだがな」

 意味有り気にそう言ったダラダラの言葉が、ナンダジエの中で一つの回答となる。

 その眼が見開かれ、額から汗が噴き出る。

「まさか孤児院、ですか?」

 孤児院。野垂れ死にする若者達を掻き集め人材を確保する為に作られる施設。

「民衆からの評判が良い仕組みは、領主と言えども簡単に排する事は出来ない」

 だから、領主は赤子を殺す方法を求めた。

「その結果が博士の始まりだ」

 ダラダラが意地の悪い声でそう言う。

 ナンダジエは軽い眩暈を覚えて頭を振った。

「……孤児院の母体となる組織の力を削ぐ事も同じ目的だと?」

 ナンダジエの疑問に、ダラダラはそこまで計画的ではないと答えた。

 火種を消さない様にする事と、放火する事は別の話だ。

「まあ、全て私にとって些事だ」

 私の目的はまた別だと、ダラダラはそう言った。

 その目的とは何だと問うために口を開こうとして、ナンダジエは椅子から落ちた。

 身体が動かない。

 ナンダジエは動かせない視界の中で、その場にある全てが解ける様を目撃した。

 床も、壁も、商品も、ダラダラも。

 糸が解ける様に形を失い虚空へと消えて行く。

「殺さないし、記憶もそのままだ」

 ダラダラの声が聞こえる。

 その言葉が意味する所は殺せるし記憶も消せると言う事だ。

「私は領主の味方では無いし、かと言って傭兵組合の味方でも無い」

 床も壁も無い空間で、ナンダジエは浮遊とも落下ともつかない感覚に包まれていた。

「私の目的は彼女を再構築する事だけだ。安心していい。それは私以外には何の意味も持たない事だから」

 ナンダジエの意識が深く落ちて行く。

 消え行く意識の片隅で、ナンダジエはダラダラの言葉をただ聞いていた。

「さようならだナンダジエ支部長。次に会う時には私をとして認識出来ないだろうからな」

 ナンダジエの意識はそこで途切れた。

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