表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

第九話 ベテランメイド、メイの助言

決意も新たにベスト・オブ・メイドコンテストである『フェアリーズ・ガーデン』に臨む五味。その二日目、五味はメイから不思議な助言をもらいます。

 第九話 ベテランメイド、メイの助言


 コンテスト二日目。

 学校が終わった後、すぐに五味は『フェアリーズ・ガーデン』に出勤した。

 『フェアリーズ・ガーデン』はさすがに商店街が特設会場を準備しただけあって、更衣室は単独で用意しており、さらに広い。メイドだけではなくキッチンスタッフたちとも共用だがそれにしても『ゴルディアス』と比べるべくも無い。そして中には自動販売機まで設置されており、資金力の差をそこはかとなく感じさせられる。

 五味は自分に割り当てられたロッカーの扉を閉めて、メイド服の後ろのリボンをきゅっと閉めると、大きく息を吸って気合いを入れた。

 メイド服。こうして着てみると、ずいぶんと身の引き締まるものだということに気がついた。戦いの場に赴くための、戦闘服。これさえ着ていればなんとかなるような気さえする。

 ぎゅっとメイド服の胸の辺りを握りしめ、五味はホールへと向かう。

 『フェアリーズ・ガーデン』の平日は午後五時より開店する。オープンしたての店内は、すでにぼつぼつとお客が来店し始めていた。仕事帰りや、学校帰りの客が来始めているのだろう。

「ごっちん。おはようございます」

「お、おはようございます」

 出勤して来た五味に声を掛けたのは、コンテスト最年長のメイだった。最年長ということは確実ではあるのだが、実際は何歳なのかは相変わらず不明である。見た目は二十代後半と思われるが、その実どうなのかは分からないし、恐ろしくて訊くことも出来ない。

「ごっちん、本日のケーキはミルクレープとベイクドチーズケーキね。それと本日のスペシャルメニューだけど、レストラン『パジャールスタ』さんのポトフだから、お客様に必ずお勧めするようにして下さい」

「は、はい」

 五味はわたわたとそれに頷いた。

 『フェアリーズ・ガーデン』では秋榛原商店街にある飲食店でレシピを公開しても問題のない店舗に限って、その店のお勧めメニューを提供される。コンテストに於けるメイドのお披露目という趣旨の、いわゆる飲食版だ。これによって今まで訪れたことのない店舗にも興味を持ってくれれば、という狙いである。

 メイは最年長ということもあるのか、それともコンテスト二年連続出場という慣れもあるのか、それとも身体から醸し出される風格なのか、いつの間にかチーフメイド的な役割を担うことになっていた。誰が言い出したわけでもなく、決められたことのでもない。自然発生的にこうなったのだ。メイは五味に一通りのことを説明すると、来店したお客に気付き、身を翻して接客に向かった。その手にはいつの間にか、メニューが持たれている。

 いけない。また、出遅れた。でも注文取りすら満足に出来なかった昨日までとは違う。今日からの私は違うんだ。いろんな人の良いところを一つずつ取り入れていくんだ。

 五味もメニューを手にした。そして今し方来店したお客へ「イラッシャイマセ!」と相変わらず抑揚のない挨拶だが、それでもいつも以上に大きな声で出迎えた。

 そして一歩を踏み出す。


「五番テーブルさんの『アールグレイ』準備出来ましたですっ!」

「はいーっ!」

 キッチン担当の天見の威勢の良い声に釣られて五味が声を上げた。普段はおどおどとした物言いの天見なのに、いざ店が開店するとどこかにスイッチが入るのか、人が変わったように威勢が良くなり猛烈に働き出す。

 人とは見かけによらないのだな。

 五味はそんなことを思い知る。だが、そんな感慨に耽っている暇はない。今はそんなことより、接客と給仕が最優先事項だ。あわててポットとカップ、それにストレーナーなどをお盆に載せ、五味は慎重にホールに歩み出た。

 『ゴルディアス』では使わなかったので知らなかったが、ストレイナーとは紅茶の茶漉しのことだった。ポットから紅茶を注ぐと茶葉までカップに入ってしまう。それを漉し取るためのものだったのだ。だがそのことについて取り立てて恥じることはなかった。コンテスト出場メイドの中でそれを知っているのは、メイとサエだけだったのだ。ほとんどのメイドカフェでは給仕には使わない道具、ということなのだろう。

 慎重にお客様のテーブルまで運び、「ご注文頂きましたアールグレイでございます」とセリフも普通に言えて、さてあとは失敗のないように配膳するだけだな、と考えていると、

「あれ? 僕が頼んだのはアッサムだけど?」とお客が怪訝な声で言った。

「え?」

 注文票を確認して見ると、そこには確かに『アールグレイ』と書かれている。注文を取ったのはメイ。ベテランメイドのメイが間違えることは百回中百回もない。それにメイが注文を取る時に後ろで五味も聞いていた。ということはこれはこちらの間違いではなく、お客様の勘違いということになる。そう心の中で納得した五味はお客の勘違いを正そうと、口を開き掛けたその時、

「大変失礼致しました、お客様」

 五味の後ろからメイが突然現れて深々と腰を曲げたのだ。

「どうも、他のお客様のご注文と取り違えたようです。ただ今、アッサムをお持ち致します。いましばらくお待ち下さい」

 メイはそう言って落ち着いた手つきで、五味が配膳したティーポットやカップを再びトレイに戻し、引き上げた。

「ちょ、ちょっと待って、メイさん。それは……」

 メイは五味のその言葉を視線で制すると、足早にキッチンへと引き上げた。後を追ってきた五味はメイの背中に声を掛ける。

「メイさん。あれはほぼ間違いなくお客様の間違いで……」

 メイはくるりと振り返って五味をしっかりと見据える。相変わらず、その表情には春の日のようなほんわかとした笑みが浮かべられている。だが、その瞳からは有無を言わさぬような意志の力を感じられた。

「ごっちん。お客様のミスなら、どうだというのですか?」

「お客様にお話しして、その間違いを教えて差し上げようと」

「そんなことしてどうなるんですか? あのお客様の間違いを指摘して、かつ希望のアッサムではなく、アールグレイを仕方がなく飲ませるんですか? ごっちん、お客様は何を求めてメイドカフェに来ているか分かりますか?」

「え……?」

「お客様は幸せな気分になりたくてメイドカフェに来ているのです。そんなお客様に間違いを指摘して不快にさせて、希望ではない紅茶を飲ませて更に不快にさせてどうするのですか?」

「あ……」

 メイは小さく肩をすくませると、にっこりと笑った。その視線から強い視線はもう感じられない。包み込むような優しさを五味は感じた。

「ごっちん? あなたは仕事の全体が見えていないようです。ただ言われた通りの給仕をするだけではいけないのですよ」

「……そうは言われても……」

「例えばですよ? お客様に『お勧めはなんですか?』と訊かれたとします。あなたはどうしますか?」

「……キッチンに戻ってお勧めを訊く……」

 メイは小さく頷いた。

「そうですね。それも答えの一つでしょう。では物凄く忙しくて誰もそんなことを答えられないとしたら? 『フェアリーズ・ガーデン』ではその状況はいくらでもあり得ることです」

「どうしたら良い……ので?」

 メイは小さくため息を吐いた。そして首を横に振る。

「それは自分で考えて下さい。……ただ、それではバイト経験の浅いあなたには少々酷ですね。ヒントを差し上げましょう。ここがあなたの作ったお店『メイドカフェごっちん』だと思って下さい」

「はい?」

「このカフェにはあなたしかおりません。あなたがオーナー兼メイドです」

 五味は目を白黒とさせる。メイはそんな五味を見てにっこりと微笑むと身を翻してお客の注文取りへと向かった。その様子を見てはっと我に返る。メイの話に集中してお客のことなど忘れていた。だがメイは五味に注意を与えながらも絶えずお客への気配りは忘れないでいたのだ。

 いけない、頑張らなくては。

 五味は客席、キッチン、全てに注意を払うように全身全霊を傾ける。

 ……しかし。さっきメイが言ったあの言葉。『メイドカフェごっちん』とは一体どういういう意味なのだ? そう思案を始めようとしたその時、入り口の自動ドアが開いた。お客が来店したのだ。

 「イラッシャイマセ!」とメニューを持って颯爽とお客を出迎える。……するとそこに突っ立ていたのは、うんざりするほど見慣れた人物。

「なんだ、お前か」

「なんだとはご挨拶だな」

 そのお客、園城はいの一番に出迎えた五味に顔を顰める。

「つーか、せっかく綺羅星のごときメイドさんたちが集まっているっていうのに、最初に出迎えてくれたのが、よりによってお前かよ」

「ご挨拶は園城の方だ」

 園城に悪態を吐きながら、空席へと案内する。席に座った園城を見届けると五味は思い出したように呟いた。

「そう言えば、今日は『ゴルディアス』はどうしたんだ?」

「今日はホール担当のメイドさんの出勤が多くて、サーヤさんがキッチンに回ったんだ。それで休みを貰えた」

「せっかくの休みなのにここに来るのか……」

「当たり前だろ! 各店舗の選りすぐりが(五味は除く)集結する『ベスト・オブ・メイドコンテスト』だぜ! こんな大イベントを見過ごす手はないだろ」

「カッコの中が余計だがな」

 そう言って眉根を顰める。

「で、調子はどうだ?」

「……うん。まあ。まだダメダメだ。一日かそこらでどうにかなるもんでもない」

 五味は苦笑いしながら園城にメニューを差しだす。

「そう言えばさっきメイさんに不思議なことを言われた」

「メイさんに?」

「ああ。お前は仕事の全体が見えていない。ここを『メイドカフェごっちん』だと思えと」

「はあ?」

 園城は怪訝な顔で五味を見上げる。

「少なくともそんなメイドカフェ、俺は行きたくねえな」

「……園城。暴言もその辺にしておかないと、温厚な私でもいい加減怒るぞ」

「どこが温厚だよどこが!」

 と声を荒らげかけたところで、園城は辺りを見回して、口を閉じる。そんな園城の様子を見て五味は首を傾げた。

「どうした。園城?」

「五味。一つ教えてやる。メイドカフェではな。常連さんへのトークとご新規さんとのトークのバランスっていうのが意外と難しいんだ」

「は?」

「常連さんは大事な顧客だし、何度も顔を合わせているから、話しやすい。だがな、新規のお客はあまりに常連と仲が良すぎる店はなじみにくいんだ」

「……あ」

「五味。お前には当然常連の客なんか付いてはいないと思うけど、この場合は俺がそれに当たると思う。俺とあまり長い時間話し込むと、他の客とのバランスが崩れる。それにここ『フェアリーズ・ガーデン』は忙しい店だ。こんな無駄話にかまけている暇はないはずだぜ」

 あわてて辺りを見回す。気が付いてみれば、注文をしたそうな顔をしているお客が何名かいる。他のメイドたちは接客で手が一杯で、そこまで手が回らないようだ。

 ダメだな。全てに気を配らなくては、とさっき思ったばかりなのに、すぐに他のことに気を取られてしまう。

「……な、なるほど。さすがはメイドカフェマスターだな。為になった。早速アドバイスの通りにする。今、お冷やを持ってくる」

 五味はそう行って身を翻した。そして歩きながら再び考える。

 『メイドカフェごっちん』。ここが私の店だとしたら……? 

 

 一体どういう意味なんだろう。


**************************************************


 二日目終了 得票数トップいおり『二三』、二位サエ、三位麗子、四位メイ、五位クララ。六位以降の順位はメイドのモチベーションを考慮して隠される。(参考:九位ごっちん『一』)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ