第六話 コンテストの出場者は誰?
メイドカフェ『ゴルディアス』代表としてベスト・オブ・メイド・コンテストに出場予定だったヒメが怪我をしてしまいました。一体誰を出場者にしたら良いのでしょう?
第六話 コンテストの出場者は誰?
「で、どうするんですか、ヒメさん」
チーハの問い詰める声が閉店後の『ゴルディアス』店内に響き渡る。お客のいないホールの一角でスタッフ全員が集められ、今、急遽対策会議が開かれている。
「そうだねー。でも『包帯萌え』っていうジャンルもあるわけだから、私がこのまま出場しても、案外イケるんじゃないかなー?」
脳天気なヒメのその発言に、チーハの怒りメーターがいきなり沸点に到達した。
「冗談は止めて下さいっ! その腕じゃ、仮に『ゴルディアス』でレジ打ちは出来たとしてもコンテストに出場は無理ですって! コンテストでは給仕をしなくてはいけないんですよ!」
「ごめん。すまん。ちょっと場を和まそうと……」
「ちっとも和みませんっ!」
そう言って頬を膨らませて、チーハはどかっと音を立てて着席する。
「いやあ、あはは。でも、そうすると代わりの出場メイドを選出するしかないかねー?」
ヒメはそう言って、チーハを指差した。
「チーハ。あんた出てみたらいいじゃん」
ヒメのその言葉にチーハはぶんぶんと首を大きく横に振った。
「ダメですよっ! 私は学校の部活の関係で週六日も出勤できないんですよっ! コンテストの出場規定忘れたんですかっ!」
「え? そんなのあったっけ?」
首を傾げるヒメに、チーハは手元に置いてあったコンテストのポスターを突きつけた。
「ほら、この通りです! 『コンテストの期間中、週六日(土日は必須)出勤出来ることが条件』と書かれているじゃないですかっ!」
「……ああー、そういえば」
「やっと思い出してくれましたか」
チーハは疲れ果てたようにがっくりと肩を落とす。
「んじゃ、他に週六日出勤出来るメイドを探そう。サーヤ、あんたは?」
「無理です。そもそも私『ゴルディアス』でさえ、週三日なんですよ」
「そうかあ、じゃああんたは?」
ヒメはそうやって順番にメイドに出勤可能日を問いただしていく。だが、誰もそれに該当する人間がいない。
「うーん。誰もいないかあ。これじゃあ、出場辞退するしかないかなあ」
「それはダメですよっ! 大会規約には『コンテスト出場を登録した後に、辞退した店舗は翌年の出場資格を剥奪する』とあります。今年辞退したら、来年出場できなくなっちゃいますよ!」
「だったら再来年出ればいいじゃん」
「それもダメです! コンテストに出場しているとしていないとでは、その年の集客率が全く違うんですからっ! 現に去年ヒメさんが出場してから『ゴルディアス』はお客さんが増えたじゃないですかっ!」
「……うーん。そうなんだよねえ。めぐさんが不在のこの時期にコンテスト辞退して、客が減ったなんてことしたくないしねー」
眉根を顰めて、うんうん唸っていた時、ヒメはふと目の端に、脂汗をだらだらと流している五味の姿を捉えた。
「あれ? どうしたの、ごっちん」
ヒメのその問いかけに、五味は一瞬答えることに躊躇した。だが、しばらくして顔を引きつらせながら五味はゆっくりと口を開いた。
「わ、私……一応、週六日出勤出来る」
「ま、部活もバイトも何もやっていないお前は暇だらけだろうからな」
隣に座っていた園城は、即座にそんな悪態を吐く。
「うるさい。私だって家で家事の手伝いとかいろいろあるんだ」
頬を膨らませて、反論した五味だったが、その後あまりにしんと静まりかえっている『ゴルディアス』のホール全体の雰囲気に気が付き、口を噤んだ。そしてそのガラスのように固まりきった空気にヒビを入れるかのようにチーハが口を開いた。
「……ってことは、ごっちんが『ゴルディアス』代表ってこと?」
再び静まりかえる『ゴルディアス』店内。そして直後、ホール全体に響き渡る悲鳴のような叫び声。
「ええええええええええええー!!」
思わず席から立ち上がるチーハ。自分の出勤可能日を計算し直すサーヤ。お客もいない閉店後の静かな店内が一気に騒がしくなった。
「と、すると自動的にごっちんがコンテスト出場ってことになるかあ」
ヒメのその言葉に五味は顔を歪ませる。その気持ちは園城にも分かる。五味のメイドとしての経験値やスキルは圧倒的に劣っている。恐らくこの秋榛原でも最低ランクと言って良いだろう。その五味が各メイドカフェの選りすぐりが集結するコンテストに出場して良いわけがない。恐らく、というよりほぼ間違いなく恥を掻いて戻ってくることになるだろう。それは五味にとっても『ゴルディアス』にとっても不利益にしかならないのではないだろうか。
「……とすると出場辞退した方が良いかも……」「でも、それは逆にお店として不利益に」「かといってごっちんを出すわけには……」「でも今年誰かが出ないと来年出場出来ないし」「他に出られる人はいないのぉー?」
喧々諤々の論争が始まった。本日出勤していないメイドも含めて、改めておのおのの出勤可能日数を精査したが、やはり週六日出勤可能なのは五味とヒメしかいない。ここに至って議論は『出場を辞退するか』『五味を出場させるか』の二点に集約されることになった。ごくごく自然に考えれば、ほとんど素人同然の五味をコンテストに出場させることはあり得ない。『出場辞退』するべきである。だが、その結論に至らないのは、昨年度のコンテスト後の集客率がケタ違いに多かったという結果と、『出場辞退すると来年出場の資格が剥奪される』という規約に由来している。
昨年度のコンテスト終了後の集客率が増えたのは、もちろん昨年出場した『ヒメ』というメイドの力に寄るところも大きかったのだろうが、それだけではすまされない何かもあったのではないか、という感覚をメイドたちは感じているのだ。
結局、誰も結論が出せないまま延々と時間だけが過ぎて行く。いつもは給仕するはずの紅茶が、今回は自分たちだけでどんどん消費して行く。
そんな中、園城は隣の五味の表情を盗み見ていた。いつもは能面のような五味の表情が、今日は猫の目のように変化していく。それは五味の心が揺れ動いているのだと、園城は推理した。やがてその表情の揺れが治まってきて、何かを決意したように口元をきりっと固く結んだ五味を確認すると、園城も緊張に包まれた。
「あ、あの!」
決め手のない意見が飛び交う中、五味が突然、声を上げる。緊張しているのか、それとも久しぶりに声を出したからかなのか分からないが、声が裏返っている。だが、それに対して誰も咎める者はいない。これからどんなことが発言されるのか、皆なんとなく分かっているのだ。
「わ、私が出る」
場がしん、と静まりかえった。皆の視線は五味に集中している。そして皆、五味の次の言葉を待っている。凄まじいプレッシャーだ。隣で見ている園城ですら、胃が痛くなりそうだった。
「ヒメさんが出られないのなら。私が出るしかないのなら。私が出る。……それではダメか?」
五味はそう言って辺りを見回した。すると
「ダメだね」
そうあっさり切り捨てたのは、チーハだった。
「あんた、コンテストに出場するって、どういうことだか分かっているの? この『ゴルディアス』の看板を背負うってことなんだよ? あんたがミスったら私たちも恥ずかしい思いをするし、この『ゴルディアス』の看板に泥を塗ることになるんだよ? あんたにその覚悟はあるの?」
チーハは、じっと五味の目を見つめた。だが五味はそれに臆することもせずに、チーハの視線を真正面から受け止めている。そして首をしっかりと縦に振った。
「覚悟は、ある。私はみんなのような、魅力的な接客は出来ない。レベルも数段劣る。『萌え』というものも良く分からない。だけど、『ゴルディアス』のみんなに恥を欠かせないくらいの接客は、出来ると思う。コンテストに出場すると、しないとではその店の評価が大きく異なるんだろう? 来年の出場資格がなくなるのだろう? それなら私のような者でも出場しないよりはマシではないか?」
五味のその真剣な物言いに、皆の意識がほっと安堵するのが分かった。結論の出なかった議題にようやく道しるべが出来たのだ。実際、園城もこれがセコンドベストの選択だと思った。決してベストの結論ではない。だが、そのベストの結論を選べない現状としては、この辺りが落としどころだろう。メイドたちは、ちらちらと視線を交わし、
「それなら……」
「あと二日、死ぬ気で接客の勉強を頑張れば……」
などと、楽観的な会話が小声で交わされる。
だが――
「『出場しないよりマシ』? 『出来ると思う』? そんな心構えでやっていけると思ってんの!?」
チーハは五味に人差し指を突きつけた。
「そんな言葉は言い逃れと同じだよ! 結局それじゃ、あんたは今までと同じ最低レベルの接客をしてきて恥を掻いて帰ってくるだけだよ。そんな考えでコンテストに参加するんじゃ、私は許せないね!」
「……」
チーハのその言葉に、顔を真っ青にして五味は俯いた。そして他のメイドたちもがっくりと肩を落として下を向く。結局これでは元の木阿弥だ。議論の決着はでない。だからと言って、チーハの言葉に反論出来る者はいない。チーハの言葉は峻烈だが、正論過ぎるほどに正論だ。そう考えると、コンテストの出場は辞退するしかないのだろうか……。
皆がそう考え始めた時、チーハは五味を睨み付けたまま、再びその口を開いた。まだ言葉は続いていたのだ。
「……ったく、あんたは。コンテストで優勝してやる、くらいは言えないの!? というか、それくらいの気持ちであんたは丁度良いんだよ! いい? あんた、出場するからには優勝して来なさい! 絶対よっ!」
「え? え?」
五味は目を白黒とさせる。
園城も、そして他のメイドたちもその光景を唖然と見つめていた。
「ええと、それはつまり……」
いまいち、頭の中が整理できない園城が口を挟んだ。
「それは五味がコンテストに出ても良いってことですか……ね?」
その言葉にチーハの顔が一気にヒートし、ケチャップのように真っ赤になる。
「それしか無いんだから、仕方がないじゃない! ともかくあんた死ぬ気で頑張って来なさい! いいわねっ!」
チーハはそうまくし立てると、まるで何かをごまかすかのようにそそくさと奥の方に引っ込んでしまう。
「あの、どちらへ……」
「トイレよっ!」
残された面々はその様子を見送りながらぽかんと放心状態だった。
園城は目の前の紅茶を口に含むと、頭の中でこの状況を整理した。
チーハは「出場するからには優勝しろ」と言った。つまりそれは遠回しに五味がコンテストに出場することを容認した、ということ。そして五味に「頑張れ」とエールを送っているということ――
チーハさん、見かけによらず意外に体育会系だ。
「よっしゃー! これで決まりね。コンテスト出場者はごっちんに決定! はい、みんな拍手」
同じく状況を把握したヒメが、事態をまとめあげるためにそう高らかに宣言する。全員からの拍手が五味に捧げられる。
だが、それは決して祝福の拍手ではない。長い議論にようやく決着が付いた事による、「お疲れさん」的な拍手だ。でもそうは思っていない人間がここには一人いる。その一人、五味は固い決意と不安を胸に秘め、拳をぎゅっと握りしめていた。園城はその様子をしっかりと見つめていた。