第五話『萌え』ってなに?
先輩メイドのチーハにその態度を叱責された五味。思いっきり落ち込む五味を園城は、他のメイドカフェに案内する。
第五話 『萌え』ってなに?
「お帰りなさいませぇ! ご主人様、お嬢様ぁ!」
定番のセリフで迎えられ、園城と五味は可愛らしい服を着たメイドに席を案内される。きょろきょろと店内を見回している五味に対して、園城は勝手知ったるなんとやらで、案内された席に堂々と座った。五味はその正面におずおずと腰を下ろす。
「……他のメイドカフェには初めて来た。同じメイドカフェなのに、色々と違うものだな」
せわしなく辺りを見回しながら五味は言った。テーブルとテーブルの間を飛び跳ねるように移動するメイドたちは、給仕の際に「おいしくなるおまじないをご一緒に」などと話している。店の隅には小さなステージがあり、そこではメイドが歌を歌っている。
居心地悪そうにイスに座り直す五味は園城に問いかけた。
「園城はここにも来たことがあるのか?」
その問いに対して園城はこくりと首を縦に振る。
「ふん。この秋榛原に於いて俺が訪れたことのないメイドカフェなどただの一つもない」
「……格好良いのか、悪いのか悩むセリフだな、それは」
そうぼそりと呟くと、その直後、ふさりと目の前にメニューとお冷や、おしぼりが置かれた。
「お帰りなさいませぇ。あ、さとりん、久しぶりのお帰りだねぇ。うふふ」
現れたメイドは、ほわほわとした笑顔をその顔に浮かべて園城に話しかける。
「さとりん?」
五味が怪訝な表情を浮かべた。だが園城はそれを華麗にスルーしてそのメイドに答える。
「ここのところ、忙しくてなかなか来れなかったんだ」
そう言ってオレンジジュースを注文する。五味もそれを見てあわててコーヒーを砂糖クリーム抜きで注文した。コーヒーはブラック。これが五味の哲学だ。
「さとりん、『ゴルディアス』でバイト始めたんだって? もっぱらの評判だよぉ」
「なぜ、それを!」
「この前ヒメさんがウチに遊びに来た時、大声で話していたよぉ? あははは」
「ったく、あの人は……」
園城は頭を抱える。『ゴルディアス』でバイトを始めたことはなるべく他のメイドカフェには知られたくなかったのだ。園城はいろいろなメイドカフェを幅広く巡回している。その為、『ゴルディアス』だけ贔屓にしていると、思われたくなかったのだ。だが、メイド同士は他のメイドカフェにも良く遊びに行ったりする。その為、意外に情報の拡散は早かったようだ。
というより今回の場合の元凶はヒメであるのは間違いないのだが。
「それじゃぁ、また後でねぇ。あはははー」
注文をオーダー表に書き綴った彼女は、身を翻してキッチンへと去っていく。
「今のは?」
園城は五味の問いかけにこくりと頷いた。
「この『マイティ・パフェ』のトップクラスの人気を誇るメイドさんの『コロン』さんだ。なぜ『コロン』という名前なのか? それはすぐに分かる」
「?」
園城と五味はキッチンへと歩み去るコロンを目で追った。すると「うわあっちゃああ!」という素っ頓狂な声を上げて彼女は見事に前のめりに転倒する。園城はその出来事を確認すると、したり顔で五味に向き直る。
「な? 彼女はドジっこメイドさんなんだ」
「何もないところで転ぶとは……」
五味は小さくため息を吐く。そして何かを思い直したように首を横に振った。
「それはともかく……彼女がトップクラスというのは、分かる気がするな。女の私から見ても彼女は可愛いと思う」
そこまで話すとがっくりと肩を落として俯いた。
「……園城。いろいろとアドバイスしてくれたのに申し訳がないが、私にはどうしても『萌え』というものが表現出来ない」
珍しく五味が素直に園城に内面を吐露する。園城はそれを驚きの目で持って受け止めた。
「……昨日、チーハさんに叱責を受けた。『お前は嫌々メイドをやっている』と。また『こんな恥ずかしいことが出来るか、と思っているだろ』とも言われた。自分の心の奥底を言い当てられたようで、ショックだった」
それは知っている。盗み聞きをしていたからだ。だが敢えてそれは知らない振りを通す。
「園城。私はどうしたら良いのだろう。何から直していったら良いのだろう」
「あ、ああ。そうだな」
と言って園城はおもむろにテーブルの上に置かれたメニューを覗き込むふりをする。そしてちらとメニューの脇から五味の表情を盗み見る。五味は見たことの無いような頼りなさ気な瞳で園城の次の言葉を待っていた。
居心地が悪い。
園城は正直、そう思っていた。罵詈雑言を浴びせ、浴びせ返される間柄のはずなのに、なんなんだ、このシチュエーションは。
園城はメニューを読むふりをしながら、五味の視線をシャットダウンして思考を巡らした。
五味は自分に対して相談を持ちかけていた。相談する、ということは、メイドを辞めるという選択肢ではなく、これからも続けようとする選択肢を心の中で無意識に選んでいる、ということである。
正直言って、園城は昨日のチーハの五味への詰問を見て「これは五味、辞めるな」と内心、思っていたのだ。だが、実際はそんな想像と異なった。確かに今日一日、学校では落ち込みまくっていた五味だったのだが、放課後「相談したいことがある」と言って『ゴルディアス』出勤前に呼び出されたのだ。まあ、この場所を指定したのは園城ではあるが。
「園城。『萌え』ってなんだ? 可愛い、と言うことなのか? それなら私には無理だ。もとよりこんな外見だしな。可愛さとはかけ離れている」
五味は自嘲気味に薄笑いをその口元に浮かべた。そして首を小さく横に振る。
調子が狂う。こんな風に五味の方から素直に折れてきたり、相談してきたりなんてことは今までになかった。これは初めてのケースだ。この場合、俺はどうしたら良いのだろう。軽口を叩いて、受け流す、か。
……いや。
しばらく熟考した後、園城は心の中で首を横に振り、おもむろに口を開いた。
「『ギャップ萌え』という言葉もある。『萌え』というのは必ずしも外見だけのものじゃない」
園城のその言葉を訊いて、五味は少し驚いたような表情を見せる。
「じゃあ、なんなんだ」
「うん。ツンデレなんか、いい例だよな。あれは普段クールな人間が、あるとき垣間見せる優しさとか照れだとかに愛らしさを感じるってことだろ? あと外見にこだわらない萌えだと『天然』とかがあるな。理屈を超越した思考回路にも可愛さを感じるんだな。あとは……」
「ありゃりゃ? どうしてこれがこうなったのぉ?」
ほわほわ声がどこからか漂ってきた。その発生源に目を向けると、店の隅に配置されているステージからだった。そこではコロンがマイクのコードを、自分の身体や他のコードやテーブルの足なんかに複雑に絡ませて嘆いている。
「……あんな風なドジっこも萌えの対象だな」
「それは一種の幼児性に可愛さを見いだしているってことではないか? さっきの『天然』にもそれは言えると思う。それは自分より下の者に対する優越感みたいなものに直結しているのではないか?」
一瞬、以前学校で繰り広げた五味との言い争いを思い出した。その時も今と同じような論点だった気がする。だが、その時と違うのは、五味が決して感情的になっていない、ということだ。真摯に園城の意見を促そうとしている。そんな気持ちが感じられる。だから園城も感情的にならずに真剣に答えようと思った。
「うーん、それは少し違うような気もする。例えばだ。俺たちの親や先生が『ドジっこ』だったり『天然』だったりしたら、それはそれで微笑ましく思ったり、安堵したりすると思うんだ。これは自分より下の者に対する優越感とは違うだろ?」
「……確かに」
「それは『隙』という言葉で現されることだと思う。俺たちはやっぱりガチガチの固い人間とか、いつも怒っている人間と接するより、たまに笑って隙を見せてくれる人間の方に好意を抱く傾向にあると思うんだ。だから『ドジっこ』や『天然』はその人の心の隙間を愛らしく思っているということなんだと思う」
「ううーん、言われてみれば、そうだな」
五味が腕を組んでなにやら考え込んでいる。自分がそんな風に『隙』を作れるかどうか、考えているのだろう。しばらく、うんうん唸っていたかと思いきや、いきなり五味は顔を上げて園城を真正面から見つめた。その状況に思わず、居住まいを正す園城。そんな園城をしっかりと見据えながら五味は口を開く。
「園城、メイドは好きか?」
唐突に吐き出されたそんな言葉に目を白黒とさせる。
「な、なにをいきなり」
質問の意図を計りかねて、絶句していると五味は補足するかのように言葉を継いできた。
「なぜ、メイドはこれほどまでに人気があるのだろうな」
そう言って、明るく接客するメイドたちに視線をやる。園城は腕を組む。テーブルとテーブルの間をふわふわと飛ぶように歩む彼女たちを眺める。
「それは多分、『接客』にあるんだと思う」
「『接客』? メイド服とか可愛らしい仕草とかではなくて、『接客』?」
「ああ。メイドカフェと普通の喫茶店との最大の違いは『接客』だと思うんだ。丁寧な接客や、親しみある応対は普通の喫茶店にはないものだろ? それによってお客は『大切にして貰っている』『つながりが出来ている』と思うんだよ。そしてそれが嬉しいんだと思う」
「そんなことなのか? まさかメイドカフェマスターの園城から『一番大事なのは接客』だなんて言葉を聞くとは思わなかった」
「うん。五味に訊かれるまではこんなこと真剣に考えたことがなかったけど、でもなによりもそれが一番重要なんじゃないかと思えてきた。俺の考えだけどさ。例えば、ホテルや旅館で設備がどれだけ凄くても、従業員にぞんざいに扱われたら、そのホテルや旅館の印象は最悪だろ? 同じようにメイドさんがどんなに美人でもメイド服がどんなに可愛くても、ぞんざいに扱われたら、そのメイドカフェの印象は最悪だと思う。そういうことなんじゃないのか」
五味は目をぱちぱちと数回瞬いた。
「……そうか。可愛いとか、美人とかではなくて、そういう問題なら、私にもなんとかなるのかも知れない」
そう言って、にっこりと笑った。
園城はそれを見て一瞬、硬直した。
……なんだ、五味。良い笑顔も出来るじゃないか。
そんなことを思ってしまったのだ。だが、それは本当の一瞬。すぐに五味は眉根に皺を寄せた険しい顔に戻ってしまった。あまりにも一瞬だったので、園城は今自分が見た物が本当に現実かどうかだったのか、確信が持てなくなってきた。ひょっとして自分の心の中が創り出した幻だったんじゃないか。確かに現在目の前に展開される五味の顰めっ面を見る限りでは、そうとしか思えない。……そう思うことにしよう。
と、その時、コロンが、トレイにドリンクを載せてやってきた。
「おまったせしましたぁ。はい、コーヒーのブラックとビールでーす」
「ちょっと待ったー! なぜお前は未成年の俺に対して、そう当たり前のようにビールを持ってくるんだっ!」
「あれぇ? 間違えちゃったかなぁ? きゃははは。さあ、それはともかくご一緒においしくなるおまじないをしてもらっても良いですかぁ?」
「それはともかくなのかよ!」
「まあ、いいじゃないか園城。私はその『おいしくなるおまじない』とやらをやってみたい」
へえ? と園城は思った。「まあ、いいじゃないか」と諭されるのは何か違うと思うのだが、五味がこの手の『萌えイベント』に興味を示すのは珍しいことだと思ったのだ。
「そうですよねぇ、お嬢様。では私が『おいしくなーれ、萌え、萌え、ころころまじっくぅー!』と叫びますので、ご一緒に続けて下さい! そーれ、おいしくなーれ」
「お、おいしくなーれ。こうか?」
「そうそう! はいっ、萌え、萌え!」
「も、もえもえ」
「ころりんぽん!」
「ころり……さっきと違うーっ!」
「あれ? 間違えちゃったかなぁ。あははは」
屈託無く笑うコロンを見て、五味も苦笑していた。今まで肩の力が入りすぎていた感があった、五味だったのだが、今は大分リラックスしているように見受けられる。
ここに連れてきて正解だったかな。これもメイドカフェの効用だろうか。
園城は、珍しく笑っている五味を見ながら、そんなことを思った。
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「いいか? 五味。俺も一緒に付いていってやるから、チーハさんに謝ろう」
「う、うん。でも謝るというのは、何か方向性が違うような気がする。多分、チーハさんは私が態度を改めない限り、許してくれないんじゃないか」
「それならそういう意気込みを見せるだけでも違うだろ。とにかく、何らかの反省を示しておかないと、これから一緒に仕事がし辛いぞ。つーか、このままじゃ俺も仕事がやりにくいんだ。ほら!」
「ちょ、ちょっと待て。園城」
躊躇する五味にも構わず、園城は『ゴルディアス』の扉を開けた。軽快なカウベルが鳴り響いて、園城たちが来店したことをメイドさんたちに告げる。店内にはちょうどお客はおらず、メイドたちは雑談に興じていた。その中でひときわ目立つツインテールの小柄なメイドが、チーハだ。彼女は園城たちの視線に気がつくと、怪訝な表情で「なによ」と吐き捨てた。園城はそんなチーハに近づいて行き、「あの。ちょっとお話が……」と切り出す。そんな園城と後ろで、大きい身体を小さくしている五味の姿を交互に眺めて、チーハは小さくため息を吐いた。
「いいわよ。じゃあ、裏で聞きましょう」
促されて付いていった先は、非常階段へ至る扉の外。ここは園城の更衣室でもあり、昨日、五味がチーハに叱責を受けた場所でもある。
「で、話ってのはなに? まあ、だいたい想像は付くけど」
壁に背中を預けてチーハはそう聞いてきた。園城はそんなチーハに対してごくりと唾を飲み込むと、後ろに控える五味に対して「ほら」と促す。
「あ、ああ」
五味は渋面を作ってチーハの前に歩み出た。長身の五味が見下ろすように立ちはだかる。迫力がある。端から見れば大人が子どもに対して凄んでいるように見えるに違いない。
「な、なによ」
チーハは怖じ気づいて、わずかに後ずさりした。そんなチーハに対して五味は意を決したように歯を食いしばり、更に一歩前に出る。そして――
「チーハさんっ!」
と叫んで、五味は思い切りよく頭を下げた。
だがそれは完全に目測を誤っていた。
次の瞬間、五味の渾身の頭突きがチーハに炸裂したのだ。
「ぐはっ!」と呻いて、五味とチーハは頭を押さえて床の上をのたうち回る。
「……い、一体、なんのつもりよっ!」
涙目で声を荒らげるチーハに対して、五味は「こ、こんなはず……では」と呻いている。
園城は、その光景を呆然と眺めていたが、やがてはっと我に返る。
待て。このままで終わってしまったら、五味は単に「復讐のために頭突きをかましにきた女」という認識をなされてしまう。それはマズい。
「ほら、五味! 言うことがあるんだろ、ほら早く!」
ようやく頭の痛みから解放されたのか、五味は「う、うん」と頷くと、改めてチーハに向き直った。床の上に転がったままではあるが。
「チ、チーハさん。確かに私はメイドというものを侮っていた……と思う!」
「は?」
突然、そんなことを叫びだした五味を見て、チーハと園城は目を丸くした。
「指摘されて初めて、気がついた。でも一晩考えて気が付いた。それは」
五味はそこで一度言葉を切った。そして自らを奮い立たせるようにぎゅっと拳を握る。
「それは、尊敬の裏返しなんだ!」
チーハは涙目ながら、五味の言葉におとなしく耳を傾けている。もちろん床に転がったまま。
「自分には出来ないこと。それをなんなくこなすヒメさんやチーハさんたちに、心のどこかで憧れのようなものも抱いていたんだと思う」
そしていつも俯き気味の五味には珍しく、大きく胸を張り、宣言するように言った。
「だから、辞めない……それよりも、ヒメさんやチーハさんみたいに……なりたいんだ」
そこまで言い切った五味は恥ずかしそうに俯いた。そして少し呆けたような表情でそれを聞いていたチーハは、しばらくしてはっと我に返る。
「……ふん。口で言うだけなら簡単よね」
その言葉にぐっと唇を噛む五味。
当然だ。
まだ結果すらだしていない五味にはそれに対して言い返すことは出来ない。その空気の緊張感に耐えきれなくなった園城は思わず言葉を挟む。
「チーハさ……」
「でもね」
チーハは園城の言葉を途中で遮ってにっこりと笑う。
「やれるだけやってみたら? 頑張ろうとする態度を見るのは嫌いじゃないよ?」
「え」
「あ」
チーハのその笑顔と言葉に園城と五味は、ほぼ同時に間抜けな声を上げた。そしてしばらくして五味はようやくその言葉の意味を理解する。
こくり、と五味はチーハに向かって頷いた。
チーハはそんな五味に一瞥をくれると、おもむろに立ち上がり、そしてメイド服に付いていたほこりをはたく。
「ほら、あんたも園城くんもこんなところで油を売っているヒマはないよ。もうすぐ会社帰りや学校帰りの客が来る頃だよ。さっさと持ち場に戻らなくちゃ」
そう言って踵を返して店内に戻っていくチーハに五味と園城はあわてて着いていった。
店内に戻って来るといつの間にか、お客が来店していて席を埋めていた。園城と五味はあわてて着替えて、それぞれの持ち場に就く。五味のメイド姿は相変わらず似合わない。だが見慣れてきた、というのも事実だ。慣れというのは恐ろしい物だと園城は実感する。五味の接客は確かに昨日に比べると柔らかさが出ているような気がする。笑顔を作ろうとする努力が見受けられる。だが、それでも飽くまで昨日と比べれば、だ。そのメイドレベルは、チーハやヒメを百とすると一くらいにしかカウントされない。と、そこで園城は気がついた。
「そう言えば、ヒメさんがいませんね。今日は休みですか?」
園城のその問いかけに、サーヤは壁に貼ってあるシフト表を見ながら眉根を顰める。
「ううん。今日はヒメさん出勤日だよ。おかしいね。まあズボラな人だけど、遅刻なんてしたことなかったのに……」
と、その時だ。扉に備え付けられているカウベルが軽快な音を立てたのは。園城含め、全員の視線が同時にそちらに向いた。そして全員の顔が同時に驚愕に歪む。
「ヒ、ヒメさん!」
チーハのひきつった声がヒメを迎えた。そして扉から店内に入ったヒメは申し訳なさそうな表情で頭を掻く。
「あー、ごめん。ごめん。遅刻しちゃって。すぐ支度するねー」
「そうじゃなくて!」
チーハは顔面蒼白でヒメのその左腕を指差した。
「そ、それ、どうしたんですかっ!」
ヒメの左腕には純白の包帯が巻かれており、それが肩からつり下げられていた。どう、客観的に見ても大怪我だ。ヒメは苦笑いしながらそれに答える。
「ああ、これ? 大学でラクロスやっている時に折っちゃった。全治三ヶ月だってさー」
「ぜ、全治三ヶ月って……。その状況で仕事をやるつもりでいたんですかっ!」
「まあ、レジ打ちくらいはどうにかなるかな? って思ってさー。この人手が足りない時期だし」
誰も言葉を発せなかった。ヒメの「あははは」という力ない笑いがむなしく響く。そこで園城があることに気がついた。恐る恐る口を開く。
「ヒメさん。確か『ベスト・オブ・メイドコンテスト』って三日後からですよね……?」
園城のその言葉にヒメ以外の全員が「あっ!」と声を上げる。
「ど、どうすんですかっ! ヒメさんっ!」
「いやあ、まいったね、こりゃ」
ヒメは相変わらず脳天気な笑みをその表情に浮かべている。それに対して顔面蒼白なのは、他の『ゴルディアス』スタッフだ。
逆だろ、この構図。
園城は頭を抱えて俯いた。