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第四話 五味メイド化計画

なし崩しにメイドカフェ『ゴルディアス』で働くことになった園城と五味。可愛らしさと対極にある五味に果たしてメイドは務まるのか?

第四話 五味メイド化計画

「へえ、園城くん。思ったより手際が良いね」

「まあ、中華料理屋でバイトでやっていましたからね」

 次々に食器を洗浄して、水切りカゴに放り込んでいく園城を見て、そのメイドは感心したように声を上げた。彼女はメイド服を着込んだまま、オムライスを調理している。彼女はキッチン兼ホール担当のメイド。胸に取り付けられた名札には『サーヤ』と記載されている。

「その内、こっちの調理もやってみる?」

「え? 良いんですか?」

「うん。忙しくなってきたら私もホールに出なくちゃいけないし。その時、キッチン専門でやってくれる人がいると助かるから」

「……そうですね」

 結局、園城はなし崩しに『ゴルディアス』でバイトすることになってしまったのだ。さすがに昨日のあの空気の後で、自分は全くの無関係だあっ! という顔をすることは出来るわけもなかった。とりあえず、出産のために欠員となった友原の分のマイナス一名分を埋めなくてはならないのだ。友原がいなくなったことで、自動的に代理店長となったヒメからの

「お願いっ! 新しいメイドさんを雇うまでの間で良いから手伝ってくれない?」

 という頼みを断り切れなかったのだ。同じ事は五味にも言える。園城はキッチンの裏手にある休憩所でヒメになにやら教示を受けている五味に視線を向ける。

「五味ちゃん、まずメイドネームを決めようね!」

「メイドネーム?」

「ほら、これだよ」と言ってヒメは自分のメイド服に付いている名札を見せた。

「お店の中でだけ使う名前のことだよ。これは自分で決めて良いんだよ。さあ、何が良い?」

「五味」

「ダメだよ、本名そのまんまは。個人情報なんだから学校とか住んでいるところが分かったら特定されちゃうよ?」

「じゃあ、キヨで」

「男かよっ! 即、却下だっ!」

「じゃあ、どうすれば?」

 五味は明らかに困惑気味の表情を見せる。ヒメはそんな五味を見ながら小首を傾げた。

「うーん、そうだね。だいたいあだ名とか、好きなアニメキャラの名前とか。あと本名を少し捻ったりするのもありだね。私だって姫香だからヒメなんだよ」

「ああ、あだ名だったら『ゴミタメ』というのが」

「どこのメイドが『ゴミタメ』なんて名前付けるんだよっ! だいたいあんたはそんな名前付けられて満足かっ! ああ、もう私が決める! あんたは『ごっちん』だ! 決まりねっ! 決定だっ!」

「ご、ごっちん……?」

 居心地悪そうに顔を歪める五味を尻目に、ヒメはへたくそな字で名札に『ごっちん』と書き込んだ。

「で、これから店内ではメイドネームで呼び合うこと。そうしないと、お客さんに本名がバレちゃうでしょ。クセを付ける意味でウチでは普段からメイドネームで呼び合うことにしているんだ。いいね、ごっちん」

 五味が『ごっちん』? 

 園城は思わずぷっと吹き出す。それに気がついた五味は、視線だけで射殺せるような凶悪な目つきで園城を睨み付けた。園城はあわてて視線を逸らす。

 友原不在体制の方向性がようやく見えてきたところで、五味のメイドカフェバイトも本日付をもって本格的にスタートしたのだ。今日は初日ということで、基本的な説明をヒメから受けているところだ。

「よっしゃ、次は写真を撮ろうっ!」

「なぜ、写真を?」

「お店のメイドリストに載せるんだよ。ホームページに載せたりもするんだよ」

 五味はあからさまに嫌そうな表情をした。だが、この頃になるとヒメも五味の取り扱い方を覚えてきたようだ。

「はい、いいからいいから、そっちの隅に立って。はい、もっと背筋をちゃんと伸ばしてー」

 五味に対してはいちいち意見を聞いてはいけない。その度に変な理屈を付けて否定に掛かるからだ。五味を上手く使うコツは意見を聞かずに、問答無用で動かすこと。さすがに『ゴルディアス』のトップメイドだ。わずか数時間の内にそれを体得するに至ったようだ。

「はい、にっこり笑ってー。はいチーズ!」

「に」

 ヒメは同時にデジカメのシャッターボタンを押した。そして保存された画像データを確認して、顔を顰める。

「どうして睨むの!」

「……笑ったつもりだったのだが」

「んじゃあ、もう一度ね。はいチーズ」

 撮影後、再び画像を確認して、ヒメは天を仰ぐ。

「どうして怒っているの!」

「しつこいようだけど、笑ったつもりなのだが」

 ヒメは肩を竦めた。そしてしばらく腕を組んでなにやら考えていたかと思うと、急にぱっと顔を上げて、こう言った。

「そうだ! じゃあ、無理して笑わないで、ツンデレメイド風で行こう! そういう写真だってあるわけだし」

 自分のそのひらめきに相当自信があったらしく、鼻歌を歌いながら、再びデジカメを構えた。

「よし、じゃあ、ごっちん! 今度はカメラを睨みつけてね。はい、チーズ!」

 そして意気揚々と画像を確認するヒメ。

 だが――

「どうして、不気味な笑みを浮かべているのっ!」

「……いや、睨んでみたのだが」

 ヒメはがっくりと肩を落として、大きく息を吐いた。

「まあ、いいや。この写真を加工して載せることにするよ。でも、ごっちん? 笑顔はメイドの、そして接客の基本だから、時間掛かっても良いから素敵な笑顔が出来るようになろうね」

「は、はあ」

 五味はその言葉を訊いて俯くことしか出来なかった。


 

「ヨウコソ、オイデクダサイマシタ」

「うわあっ!」

 扉が開くと同時に出迎えた五味の姿に、驚いて声を上げるお客様――

 ここ一週間、何度となく繰り返されている光景だ。それを見る度、五味の教育係を自認しているヒメは、頭を抱える。

 抑揚のないセリフ、ぎくしゃくとしたロボットのような会釈。怒っているような笑顔(?)。メイドを始めて一週間が経とうというのに、五味は未だこの仕事に慣れないでいた。

「なんなの? 新しいコンセプトのメイド? びっくりしたよ」

 その常連客はそんなことを言いながらヒメに席を案内された。がっくりと落ち込む五味。だが、メイドカフェはショウ・マスト・ゴウ・オンだ。すでにオープンしてしまっているのだ。否が応でもお客は来店するし、接客をしなくてはならない。お客に驚かれようとも五味は必死に挨拶し、注文を取り、配膳をする。

 とりあえず、五味の仕事は正確ではあった。注文取りは間違えないし、給仕もぎこちないながらも目立った失敗はしない。だが、メイドカフェに於いて最も大事な笑顔と、愛想というこの二点については致命的だった。園城はそれに対し、傍観していた。というより、覚え立てのキッチンの仕事が忙しくて、他人のことまで気を回していられないだけだったが。そのおかげもあったのだろうか、

「園城くん、意外に器用なんだね!」

 サーヤが園城の作った本日のデザートプレートを受け取ると感激したように声を弾ませた。それを見ると、皿の余白にラズベリージャムで小粋なプレートアートが描かれている。もちろん、園城の仕事だ。

「それほどでも」と一応、謙遜はしておいたが、自分でも思わぬ才能を発見してびっくりしたくらいだ。実際、料理は作っていて面白かった。『ゴルディアス』で提供されるのはオムライス、サンドイッチ、スパゲティの軽食くらいだが、サーヤの教え方が上手だったせいもあるのか、わずか一週間で全ての作り方を飲み込んでいた。

「でも園城くんがキッチン専任してくれて、本当に助かるよ。サーヤがホールに入れるからね。欲を言えば平日の午前中もバイトに入って欲しいところだけど……」

 サーヤと入れ替わりにキッチンに入ってきたヒメがそう言う。

「さすがにそれは、無理! 学校があるんですから」

「ふふーん、まあ、分かって言ってましたけどねー」

 そう言ってヒメは鼻歌交じりで、園城からオムライスを受け取り、お客のほうに給仕に行く。ちなみにここ『ゴルディアス』でもオムライスでケチャップでのお絵かきは定番である。ただ、ヒメのお絵かきは致命的にへたくそで何が描かれているか分からない、というお客からの定評があることだけ付け加えておく。

 ふとヒメから視線を戻すと、キッチンの前で立ち尽くしている五味の姿に園城は気がついた。何かオーダーを待っているのか? と思ってあわてて手元のオーダー表を確認してみるが、とりあえず、新しい注文はない。じゃあ、なぜ? と考え掛けたところで、おもむろに五味が口を開いた。

「……メイドカフェマスターは料理の腕までマスターなのか」

「は?」

 五味はどーんと沈んだ暗い声で、呟くように言う。

「園城はたった一週間で、みんなから頼りにされるくらいに成長しているというのに、私は相変わらず、足手まといだ」

 園城は珍しい物を見るような目で五味を見つめ返した。

 ……五味、ひょっとして落ち込んでいる?

「私だってキッチンだったら、どうにか出来たと思う。料理の腕は多少自信がある。釣った魚だって捌けるんだ。園城、頼むから私とホールを代わってくれ」

「無理言うな! 俺がメイド服着たらお客が全員逃げちまう。つーか、メイドカフェで魚を捌くような料理はないから、安心しろ」

「……そうか」

 五味は唇を噛んで俯く。

 それを見てようやく確信した。五味はやっぱり落ち込んでいるのだ。メイドを上手くこなせない自分を情けなく思っているのだ。

 意外に思った。親戚である友原にメイドを嫌々やらされているはずの五味が、自分の無様な仕事ぶりをなげいているのだ。

 意外に責任感があるヤツだったのかな。

 園城はそう五味に対する印象を補正するとともに、ふと救急車で運ばれた友原店長の言葉を思い出した。

 

 『園城くんなら、良いアドバイスが出来るんじゃない? きぃちゃんのメイド化計画に協力してよ』

 

 メイドカフェ・マスターとして自分を信頼してくれたあの言葉。

 自分は今、その言葉を裏切っていやしないだろうか。見て見ぬフリをしているんじゃないだろうか。五味に比べて自分は、責任感がなさすぎたのではないだろうか。

 園城はしばらく自分の心の中で何かと戦っていた。だがすぐにそれは決着が付いたらしく、がばりと思い切り顔を上げ、勢いよく口を開いた。

「……ったく、仕方がねえな。よし、五味。ちょっと来い」

「え?」

「ちょうどお客が少ない時間帯だ。今からこの『メイドカフェ・マスター』が特訓を施してやる!」

「え? え?」

「行くぞ!」

 五味は訳も分からず、キッチンから飛び出した園城の後ろをあたふたと着いて行く。


 園城はフロアのテーブルに座っていた。五味は注文票を携えて、その脇で直立している。

「とりあえず、上手く笑えないことは分かっている。それは致命的だが、おいおい矯正するとして、可愛らしい仕草というものを模索しよう。たとえば『小首を傾げる』ことだ」

「小首を傾げる?」

「ああ。お客様に問いかけたり、際どい質問をされた時にとぼけるのにも有効だ。じゃあ、試しにやってみよう。『お客様、ドリンクのお代わりはいかがですか?』このセリフを言いながら小首を傾げてみろ」

「あ、ああ。分かった」

 緊張気味の五味はすうっと大きく息を吸い込んで、気合いを入れた。そして――

「オキャクサマ、ドリンクノオカワリハイカガデスカ?」

 そしてカクっと首を傾ける。

「……呪いの人形かよ」

「言われた通り、やってみたのだが」

「まあいい。次は『上目遣い』だ。お客様を下から見上げるだけで、可愛らしく見えるというスグレ技だ」

「……私は背が高いから、なかなか見上げるというシチュエーションにならない、と思う」

「だったら、お客様の隣で膝を突いて注文取りをしてみてはどうだ? 他のメイドカフェではそういう接客がデフォルトのところもある」

「そ、そうか。やってみる」

 五味はあたふたと園城の脇で膝を突いた。そして伝票に注文を書くフリをしながら、上目遣いで見上げる――

「ま、待て! 五味! なんで俺にメンチを切るんだっ!」

「いや、可愛らしく上目遣いを……」

「ヤンキーかっ! お前はっ!」

 五味はがっくりと肩を落とした。

 そんな五味を見ながら園城は思う。冗談でやっているのでないとしたら、これを萌え化させるのは苦難の道だ。その果てしのない道のりを想像するだけで気が遠くなる。園城は心の中で友原に謝罪する言葉をいくつも考え始めていた。


 『ゴルディアス』の平日の閉店時間は夜の十時だ。ここから後片付けや掃除をして、帰宅準備などをしているとバイトから上がるのは、十一時頃となる。キッチンの掃除と整頓を終えた園城は服を着替えるため、非常口へと向かっていた。『ゴルディアス』では、今まで男性従業員を雇ったことがなかったので、男子更衣室が存在しないのだ。その為、非常口の外側での着替えとなる。

「ごめんねえ。その内、なにか良いアイデア考えるから」

 とヒメには言われたが、女子更衣室を除くと『ゴルディアス』に存在するクローズドスペースはトイレくらいしか考えつかない。つまりいくらアイデアを出したところで、どうにもならないことは自明の理だ。それが分かっているので園城は特に不満を思っていない。

 秋榛原に存在するメイドカフェは、みな同じような悩みを抱えている。秋榛原のメイドカフェは、その大半が雑居ビルに間借りをしている。その為、狭いスペースでいろいろやりくりをしなくてはならなくなる。お客様を迎えるホールは出来るだけスペースを取りたいし、調理の為のスペースだって当然のごとく必要だ。そう考えると一番割を食うスペースが更衣室というわけだ。少し財力に余裕があるメイドカフェなどは別にアパートの一室を借りて、そこを更衣室兼従業員待機所として使用したりするが、この『ゴルディアス』はそこまで裕福ではないようだ。

 そもそも自分は男なので、着替えるところを誰かに見られたりするのは恥ずかしいとは思っていない。だからトイレだろうが、部屋の隅だろうが、どこで着替えても構わない。問題は、他の女子が男の着替えを見たくない、というところなのだ。

「女って良く分かんねえな」

 そう独りごちながら非常階段へ向かおうとした時、その目的地である非常階段からなにやら話し声が聞こえてくるのに気がつく。

「あんたさあ!」

 険のある声が聞こえてきた。その声には聞き覚えがある。メイドの一人である『チーハ』だ。彼女は、小柄でツインテールの可愛らしい女の子で『ゴルディアス』に於いてはヒメに続く人気メイドでもある。彼女は可愛らしい外見に似合わず、思ったことをずけずけ言う。お客に対してもそれは変わらずで、辛辣な言葉を吐くこともしばしばだ。だが、素直に感動したことについても彼女はきちんと口に出すし、態度に表す。その裏表のなさが人気の秘訣らしい。

「どういうつもりでメイドやってんわけ?」

 どうやらチーハは誰かを詰問しているようだ。

「それは、めぐ姉が」

 もう一人の声を耳にして驚いた。チーハの詰問している相手は五味だ。

「言い訳はよして!」

 園城は静かに非常階段の扉に近づいて行き、その隙間から外の様子を伺う。

「あんたの雇われた理由は知っている。でも言い訳はよして。あんた知っている? この秋榛原でもメイドになれない女の子っていっぱいいるんだよ?」

「……え?」

「メイドカフェの数も、そこで雇うことの出来るメイドの数も上限ってだいたい決まっているんだ。それでもメイドになりたいって娘はまだまだいっぱいいる。需要と供給が釣り合っていないんだよ、この世界は。それなのに、そんな娘たちに対してもあんたは『店長に頼まれたから仕方が無くメイドをやっている』って答えるの? 『嫌々メイドをやっている』って答えるの?」

 五味の返答はない。だが絶句して戸惑っている雰囲気は伝わってきた。

「嫌々メイドやっているのなら、すぐに辞めて欲しいんだけど。あんた見ていると『自分がこんな恥ずかしいコトできるかっ』っていう考えが見え見えなんだよね。それならさ、そんな『恥ずかしいこと』やっている私たちは一体何なの? あんた私たちのこと心の中で嘲笑っているでしょ。侮っているでしょ」

「そんなこと!」

「いいや、思っているね。あんた、私たちを下に見ている。『私はあんな恥ずかしいこと絶対に出来ない』って」

 五味の返答はない。だが、園城にはまざまざと想像出来る。下を向いて唇を噛んで悔しがっている五味の姿が。しばらくの沈黙の後、チーハがぼそりと言葉を継いだ。

「あんたのその姿勢は私たちに失礼だ。そして何よりも」

 一度言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。そしてその後、想いを吐き出すような強い言葉が聞こえてきた。

「お客様に対して失礼だよ」


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