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第二話 メイドカフェ・ゴルディアス

 第二話 メイドカフェ ゴルディアス

 五味は園城の隣の席だ。

 そして最後尾である。

 基本、椅子を思いっきり引いて授業を受けている園城にとって、五味は右斜め前のポジションとなり、その姿は否が応にも目に入る。学級会議が行われていた自習時間も終了し、今は休み時間だ。

 五味は自席で、机の中に潜ませてあった競馬雑誌『グレード・ワン』を広げて赤鉛筆でなにやら書き込んでいる。耳に差し込んでいるイヤホンはきっとipodなどではなく、間違いなくAMラジオで、しかも競馬の実況中継に違いない。

 はあ、と大きく園城はため息を吐き、再認識した。

 こいつの趣味は自分とは相容れない、ということを。『萌え』というものとは次元を異する生物だ、と。

 諦めたように首を横に振り、自分のサイフにため込んだ数々のメイドカフェのポイントカードをチェックしようとした、その時。

 競馬雑誌から、ふと顔を上げた五味の視線がこちらに向けられた。

 瞬間、五味と目と目が合った園城は思わず「う」と呻き声を上げる。それに気付いた五味はあわてたように視線を逸らすと再び、競馬雑誌に自分の顔を隠した。

 そしてしばらくすると再び競馬雑誌の影からこちらに視線を向ける。そして園城が自分を見ていると言うことに気付くと、またもやあわてて顔を伏せてしまうのだ。

 なんだなんだ。

 思わぬ展開に園城は戸惑った。

 さっきの口喧嘩の続きをしようとでも言うのか。だが、五味は時折意味ありげな視線をこちらに向けるだけで、あからさまな敵対行動を取ろうとしているわけではないようだ。

 意味が分からない。

 だからといって、こちらから話しかける気にもなれない。

 なんだ、これ。新手の嫌がらせか?

 そんな居心地の悪い状況がたっぷり三分続いて休み時間も残り少なくなりかけた時、五味はいきなり意を決したように、園城に向き直った。

「おい園城」

 少し驚いた。特に用でもない限り、五味の方から声を掛けてくることなんて今までなかったからだ。どういう風の吹き回しなのだろうか。少し警戒して「なんだよ」と返答する。

「……今日もメイドカフェ巡りとやらをするつもりなのか?」

「当たり前だろ。しちゃ悪いのかよ」

「……当たり前なのか。ま、まあいい。どこへ行くつもりだ」

 ……えーと。

 質問の意味を計りかねる。どこに行くか。それはメイドカフェに決まっている。よほどの阿呆でない限り、そんな質問はしない。ということは「どこのメイドカフェに行くのか?」と訊いているとしか判断出来ない。でもなぜ五味が?

「どこだって良いだろ? お前になんか関係あんのかよ」

 園城にそう吐き捨てられ、五味は二の句が告げられなくなった。そして「ううー」と唸って机に俯せる。俯せたまま五味は園城の方を向き、苦虫を噛みつぶしたような表情で口を開く。

「園城。ゴ、ゴルディアスという名前のメイドカフェを知っているか?」

「へえ。良くそんな店名を知っているな。そこは行きつけのメイドカフェの一つだよ。なるほど、今日は久々にそこに行ってみ」

「ちょっと待ったあああああああああああああ!」

「な、なんなんだよ!」

 突然、叫び出した五味に真底驚く。激しい鼓動を繰り返す心臓を押さえる。自分が気の弱い人間なら、今の瞬間、間違いなく気を失っている。

「そこは止めた方がいい。嫌な予感がする。今日、そこに行くと大いなる災厄がお前にふりかかることになる」

「お前は占い師か! 一体、何のお告げなんだよ!」

「じゃあ、こうだ。店に行くとお前の肌はどろどろと溶け出し、五臓六腑は地獄の業火に焼かれ、お前は未来永劫苦しみ抜くことになるのだ」

「呪いか!? お前は俺に黒魔術でもかけるつもりか!?」

 こいつならマジでやりかねないと思い、背筋に冷たい物が走る。だが実際問題、冷静に考えて、こういうことなんだろうと、園城は推理した。

「うーん、あれか? 『ゴルディアス』にひょっとして知り合いがいるのか? 親戚とか?」

 五味は、園城のその言葉に、ぎょっと目を剥く。

「……なぜ、それを」

「だって、お前がその店名を知っているとしたら、それしかないだろ。どう見積もってもお前がメイドカフェに詳しいとは、ちーとも思わない」

 目を白黒させて園城の解説を聞いていた五味は、諦めたように肩を落とした。そしてぶつぶつとなにやら呟いている。呪いの文言だろうか。

 そうか。『ゴルディアス』か。と思い園城は懐から財布を取り出した。そこにはいろいろなメイドカフェのポイントカードが入っている。『スイート;モード』『吟遊浪漫』『キャラメル・リボン』『どたばたキャンディ』『キューティ・プロトコル』などなどなど……

 そうだな。『ゴルディアス』に久しぶりに行ってみるのもいいな。一番人気のヒメさんは今日出勤なのかな? などと思いをはせていると、カードを捲る手がふと止まった。そこに表示されたカードの店名は『メルティ・ハート』。

「あああああ! 今日は『メルティ・ハート』のイベント日じゃねえか!」

 突然、園城が声を挙げたので五味はびくっと身体を震わせた。

「な、なんだ?」

「いや、すっかり忘れていた。今日は『メルティ・ハート』の『クトゥルフ・デー』なんだ。うっかり忘れるところだったぜ。思い出させてくれて良かった。ある意味サンキューな」

「い、いや。……ということは『ゴルディアス』には行かないということなんだな」

「ああ。せっかくのイベント日を逃すなんて勿体ない」

「……そういうものなのか?」

「そういうものなんだ」

 力強く首を縦に振った。そんな自信満々な園城に少し身体を引き気味で五味は問いかける。

「と、ところで後学のために訊きたいのだが……その『クトゥルフ・デー』とは一体どんな催しものなんだ?」

 すると園城は目を丸く見開いて「そんなことも知らないのか」と言わんばかりに口を開く。

「決まっているだろ。メイドさんが『フングルイ ムグルウナフ クトゥルフ』なんたらとか『イア イア ハスター』とか言って、クトゥルフ物のコスプレをする日じゃないか」

「……楽しいのか? それ」

 五味はその理解不能の解説を訊いて、完全ドン引きになる。そんな五味の様子に気がつくことなく、園城の脳内はすでに放課後、メイドカフェ『メルティ・ハート』の店内に飛んでいた。

 今日はネネさん、いるかな? あ、ポイント溜まったから写真撮影オッケーだ。アザトースコスのメイドさんはいるだろうか? 

 五味はそんな自分の世界に入ってしまった園城を見て、安堵の息を漏らし、そして自分も競馬雑誌を広げ、趣味の世界に没頭することにした。壇上では委員長を中心にして、次々と細かい事項が決まっていく。約一ヶ月後の文化祭に向けて湧き上がるクラスメイトたち。そんな、なんてことのないいつもの学園生活がゆったりと流れていく。


 校内放送を通してチャイムが、全校に鳴り響いた。担任の挨拶も待たずに、園城はカバンを肩に引っかけて、いの一番に教室を飛び出た。目指すは、メイドカフェの密集する街、秋榛原(あきはいばら)

 秋榛原は日本有数の電気街であると同時に『萌え』の街でもある。この狭い街にメイド系ショップが百店舗以上、メイドカフェに限っても三十店舗以上存在する。まさに園城にとっては天国のような街だった。電車に揺られること三十分。駅に到着すると同時に園城はすかさず駅構内のトイレに入り、準備していた私服に着替える。さすがに制服姿でメイドカフェに行くのは躊躇いがあるようだ。『メルティ・ハート』は秋榛原駅から電気街口に出て歩いて五分もかからない場所にある。大通りの信号が青になるのを待って横断歩道を渡り、横道に入れば店はすぐそこだ。

 園城は目を瞑ってもたどり着けると言わんばかりの足取りでなんなく到着した。そう、『本日臨時休業日 ごめんね』と張り紙のある『メルティ・ハート』の店の前に。

「……」

 頭の中が真っ白になる。そんな、ばかなと自問自答する。今日は数少ないイベント日だ。そんな日を臨時休業にするわけがない。改めて携帯電話を取りだし、『メルティ・ハート』のホームページをチェックしてみた。今日は十四日。イベント日も十四日。ほら、間違いがない。ということはこれは店のミスだろうか。もう一度ホームページのカレンダーを念入りに精査してみる。今日は十四日。イベント日は――来月の十四日だった。

 園城は激しい自己嫌悪に陥る。

 凡ミスだった。ほぼ全メイドカフェのイベント情報が頭に入っていると自負していたのに。自分はまだまだというわけだ。これはここ数日サイトチェックを怠っていた自分への神からの戒めに違いない。神? そうメイド神からの戒めだ。だが!

 園城の足はすでに次の店へと向かっている。そう。秋榛原にはメイドカフェは三十店舗以上あるのだ。たった一店舗の臨時休業で園城の行動が束縛されるわけでもない。さて、どこに行こうか、と脳内でメイドカフェマップを展開する。

 ええと、ここが『メルティ・ハート』だから。ああ、この角を曲がれば……。

 園城は至極簡単に目的地に到達する。そこのビルの二階がメイドカフェ『ゴルディアス』だ。『ゴルディアス』は園城お気に入りのメイドカフェの一つ。おのおののメイドがなんらかのオタクで、そのメイドたちと軽いオタク話を交わせるのが、魅力のメイドカフェだ。『メイド』以外にオタク趣味はない園城だったが、会話主体のその独特の雰囲気が気に入っていた。学校で五味の口からその名前を訊いたこともこの店に足を運ぼうとするきっかけになったのも否めない。

 一階から階段を上がり、扉を開けると、そこはもうすでに『ゴルディアス』店内だ。店内の特徴の一つである、垂れ下がったロープや、壁を彩る様々なヒモによる装飾が目に飛び込んでくる。そしてお客様を出迎えるメイドの「いらっしゃいませ!」の声、声、声……。

 ――だが、それが聞こえてこない。

 いつまで経っても聞こえてこない。

 いつもなら扉が開いた瞬間にメイドが目の前に現れ「いらっしゃいませ!」と出迎えてくれるはずなのだ。それが、ない。

 ちなみに『ゴルディアス』では人口に膾炙している「お帰りなさいませ、ご主人様」の出迎えはしない。このメディアから良く訊かされるフレーズは実はそれほど多くのメイドカフェで使われているわけではないのだ。秋榛原でもこのフレーズのお出迎えをされるのは、実は三系列のメイドカフェだけなのだ。

 どうしたのだろうと、怪訝な表情で店の奥を覗き込もうとした時、どたどた大きな足音を立ててメイドが歩いてきた。

「こら! 足音を立てない!」

 そのメイドは背後から叱責を受けた。その時点で園城はようやく現状を把握する。

 そうか。これは新人メイドだ! 新人メイドが初出勤かなにかで、戸惑っているところなのだ。そしてお客様への出迎え方を年長のメイドに教えて貰っているところなんだろう。どんな新人メイドが出迎えに来てくれたのだろう。どんな初々しい接客をしてくれるんだ!

 園城は興味津々でそのメイドを待ち受ける。メイドは覚束ない足取りで、なんとか園城の前に現れた。顔は下を向いているので良く分からない。加えて前髪が長いせいもあり、表情すら掴めない。背は少し高いようだ。メイド服はここ『ゴルディアス』のイメージカラーであるライトグリーンを基調にした、ロングタイプのもの。似合っている似合っていないで言えば、あまり似合っているとは言えない。

「ほら、お客様にご挨拶しなさいな!」

 再びその新人メイドの背中に叱責が飛んだ。新人メイドは「ぐ」とくぐもった声を出すと、何かを決意したように勢いよく顔を上げた。そして出迎えの言葉を吐こうとした、その時。

「げ」

 その新人メイドは目を見開いて、そんなうめき声をあげた。だが、それは園城も同じだ。

「な!」

 園城は口を閉じることも忘れて呆然とその新人メイドに見入る。頭の中がブラックアウトしてホワイトアウトした。電気信号が脳内を適当に飛び回って、目の前に起きた事象を解析しようとしない。目の前にいたのは確かに見たこともない新人メイドだ。だが園城はなぜかそのメイドを知っている。

 長い前髪。その下から覗かれるやぶにらみの瞳。不機嫌そうな表情。自分より五センチほど高い背。そう、そこにいたのは、

「ご、五味……!?」

「イ。イラッシャイマセ」

 圧倒的な棒読みのセリフと怒りの形相で園城を出迎えたのは、キュートなメイドの格好をしているにも拘わらず、全く『萌えない』五味浄美だった。


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