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第一話 園城と五味

第一話 園城と五味 

「というわけで、文化祭の出し物はメイドカフェに決定となりましたー!」

「おおーっ!」

 壇上に立つ学級委員長、久坂麻紀音(くさかまきね)の力強い声に、教室中から歓声が沸いた。

 黒板には『メイドカフェ』『お化け屋敷』『釣り堀』『ゲーム屋』などの項目が記載されており、それぞれの下に『正』の漢字が連ねられている。その中で一番『正』の字を多く重ねているのが『メイドカフェ』だった。

 ここ数年の流行と言えば流行。手垢が付いて目新しくない出し物と言ってしまえば、それまでだが、このクラスの大多数が文化祭の出し物として敢えてメイドカフェを選択した理由は、別にある。

「では、文化祭の出し物がメイドカフェに決まったところで、メイドカフェ・マスターのご意見を頂きたいと思います! はいっ、それでは園城(えんじよう)(さとし)くん!」

 教室中の視線は窓際の一番後ろの席に集中した。

 そこには詰め襟の学生服をぞんざいに着こなし、両足を机の上に投げ出して尊大に居眠りをしている男子生徒の姿があった。その傍若無人な態度はどう見ても不良。どう見てもクラスの問題児にしか見えない。

「おい、おい! 園城、お呼びだぞ!」

「んが?」

 一つ前の席の男子生徒、小山(こやま)に揺すられて園城と呼ばれた生徒はその瞼をゆっくりと開いた。起きたばかりのせいなのか、凶悪そうな目つきでまるで威嚇するかのように辺りを見回す。そして自分に向けられているクラス中の期待に満ちた視線に気づき、小山の背中を小さく叩いた。

「なんだ? なにが起こった?」

「お呼びだってよ」

 小山はそう言って教壇の久坂委員長を指差す。委員長はにこにこと満面の笑みを浮かべている。園城は眠気を払うように頭を振った。そして黒板の文字を凝視する。

 ……なるほど。

 ようやく頭の中のOSが起動を開始したようだ。

「決まったか。多数決を取るまでもなく、文化祭の出し物なんてメイドカフェ一択だろ」

「……あ、そう」

 困惑の表情を浮かべる小山をよそに、園城は大きなあくびを一つすると、勢いよく立ち上がった。そしてのたりのたりと壇上へと歩いて行く。

「……ったく、しょうがねえな。とりあえず、アドバイスくらいはしてやんよ」

 それを見て、うんうんと首肯するクラスの面々。そう、誰もがなんだかんだ言いつつも最終的には面倒見の良い園城の性格を知っているのである。園城は委員長の隣に気だるそうに立つとおもむろに口を開いた。

「ええと」

 クラス全員の好奇の視線が全て自分に向けられていることに、園城は若干気圧される。だけど、自分の得意なフィールドで遅れを取るわけにはいかない。心の中で、ぐっと歯を食いしばって、クラスメイトたちの視線の圧力に耐えきった。

「と、とりあえず、メイドカフェに必要な物は、何か? ってところから始めようか」

 園城は柄にもなく顔を真っ赤にして、白墨を握った。そして黒板にかつかつと文字を書く。へたくそな字で表記されたその文字は『メイド服』。

「メイドカフェになくてはいけないもの。それはなんといってもメイドだ。そしてメイドをメイドたらしめているのは、メイド服。だからメイド服を準備しなくてはならない」

「当たり前じゃん」

 という至極真っ当な合いの手がクラスのそこかしこから上がる。それに対して園城は「まあ、待て」と両の手のひらを見せて制した。

「で、メイド服購入ってことになるんだけど、メイドを担当する生徒全員分を用意するわけには行かないよな。そんなに金がないことはさすがに知っている。じゃあ最低何着のメイド服を用意すれば良いかだけど――」

 園城はそう言って、再び黒板に向き合った。白墨で書き上げられた文字は『三十』という数字。クラスメイトたちは不思議そうにその数字を眺めている。そして一言も私語を漏らさずに、園城の次の言葉を待った。

「これは何の数字かというと、平均的なメイドカフェの席数なんだ。で、これに対してメイドカフェは何人のメイドでホールを回しているかというと」

 『三十』の数字の横に矢印を引き、そしてそのすぐ隣に『四から五』と記載する。

「だいたい四人から五人で回している。だがこれはあくまでプロの数字だ。俺たち素人が接客するとなると、もう少し甘めに見積もった方が良いかも知れない。この教室でメイドカフェを行うとすると、キッチンスペースや通路の確保なんかを考えて、席数は二十が妥当なところなんじゃないかと思う。それを五人のメイドで回すんだ。二十席を五人。これなら接客に慣れていない俺たちでも無理がない数字だと思う」

 園城は一度、言葉を切った。クラスメイトはしんとして園城の言葉に集中している。思ったよりまともなことを語ってやがる。そんな雰囲気がクラス中を包んでいる。

「とするとメイド服は五着あれば問題がない、ということになるな。十数名が交代でメイドをやるとしても、その五着を使い回せば問題はない。サイズもS一着、M二着、L一着という具合に三タイプを用意しておけば、体格の異なる人間が着ることになってもある程度対応出来ると思う」

「その辺はメイドを担当する生徒のローテーションで調整することも出来るわね」

 委員長が言葉を挟み、深く頷いた。園城は委員長のその様子を確認してから再び言葉を続ける。

「で、その肝心のメイド服だけど、安い物なら三千円くらいでパーティグッズショップでも売っている。ただ、それは安いだけあって作りは相当にお粗末だ。クオリティにこだわらなければこれでも十分だとは思うけど、もしそれなりのしっかりとしたメイド服を購入するとなると、六千円以上はしてしまう。まあ本格的な物は三万円もするけどな」

「あ、はーい」

 その時クラスの一角からおずおずと手が挙がった。気の弱そうな女生徒だった。彼女は周囲の数人のクラスメイトに目配せをしてから、遠慮がちに言葉を漏らす。

「……あ、あのう。実は私たち、服を作るのが趣味でして……。もし良ければ五着の内の何着かは、自分たちで作ってみたいのですけど……」

「グッド!」

 委員長が満面の笑みを浮かべて親指をぴんと立てた。

「いいね、いいね! そういうの! 手作り感があっていかにも高校生の文化祭っていう感じが実にいいね! 採用! 他にも自分たちで作りたいって思う人は申し出てね! あ、あと後で、必要な予算とだいたいの制作期間を申し出て下さい。それによって可能かどうかの決定を下すので」

 園城は「うん、なんか方向性が見えてきた」と悦に浸る委員長を横目に見ながら話を続ける。

「次はメニューだな。カフェというくらいだからドリンクと軽食くらいは欲しいよな。ドリンクは主に紅茶とコーヒー。そしてジュース。高校の文化祭だから、ここはあまりこだわらずにティーパックの紅茶や、粉末タイプのコーヒーで問題ないと思う。ジュースも市販のもので十分。とすると必要になるのは、お湯を沸かすポットだよな」

「その程度なら各家庭で使っている物を拝借しても良いかもね」

 委員長はアイデアが浮かんできたのか、なにやらノートに書き込み始めた。

「軽食の方は手間を掛けなければ、クッキーやドーナツ。この辺も市販の物でどうにかなる。ケーキも保存方法を考えれば可能だね。あとはオムライスなんかもやるかどうかだけど」

「あ、それはやりたいよねー」

「ケチャップで絵を描いたりしてねー」

 女子が口々に喋り出す。

「それなら、ガスボンベのコンロが二つもあればどうにかなるな。チキンライスは作り溜めしておいて、配膳前にフライパンで暖める。もう一つのフライパンはタマゴ用だな」

「おおー!」

 クラス中から歓声が湧いた。隣の委員長も満足そうに深く頷いた。

「凄いね。これだけであらかた方向性が見えて来ちゃったよ。後は細かいところを煮詰めていくだけだね」

「さすが『メイドカフェ・マスター』!」

「『キング・オブ・ご主人様』の二つ名は伊達じゃないっ!」

「よっ! 『萌えマエストロ』っ!」

「ああ、うるせえ」

 園城はクラスメイトたちのその歓声を鬱陶しそうに、首を振って顔を顰めた。だが、実際それは照れているだけで、本当は自分の趣味が思わぬところで役に立って嬉しがっているのだ。

 そう、目つきが悪く、素行も悪そうに見える一見不良の園城の趣味は『メイドカフェ巡り』なのである。一介の高校生に普通の喫茶店より少々割高なメイドカフェにそうそう通える物なのかという疑問もあろうが、さにあらず。園城はメイドカフェ巡りをするための資金を週三回の中華料理屋の皿洗いのバイトで捻出しているのである。従って園城の放課後はメイドカフェ巡りとメイドカフェ巡りをするためのバイトによって埋まっているというわけだ。

「あ、メイドカフェ・マスター。おいしくなるおまじないってどうやるんですかー?」

 歓声の中、一人の女生徒が挙手をした。調子に乗っている園城は即答する。

「ああ。店によっても違うし、メイドによっても違うんだけど、だいたい『おいしくなーれ、萌え、萌え、きゅーん』だな」

 どっ! とクラス中が湧く。

「きゃー! 『萌え萌えきゅーん』だって恥ずかしいっ!」

「あんた、絶対やりなさいよっ!」

「いや、さすがにそれは無理無理!」

「私は絶対やっちゃうね! 楽しそうじゃん!」

 ふざけあう女生徒たち。そしてそれを見てからかう男子生徒。口々に意見を言い合う雑然とした雰囲気。委員長は手元のノートにいろいろと書き込みながらそれを微笑まし気に見守っている。なごやかに流れるクラスのホームルーム。これぞ、ザ・高校生活。だが、その時だ。

「くだらん」

 場の空気を切り裂くように、重々しい低い声が響いてきた。園城はその声の響いて来た方向を睨み付ける。クラスメイトたちはそちらを見ない。見るまでもない。誰が発言したのか、だいたい分かっているのだ。

「また、お前か。五味」

 園城は顔を顰める。そこには一人の女生徒が不機嫌そうな顔をして腕を組んで座っていた。

 彼女の名前は、五味浄美(ごみきよみ)

 にこりともしない不機嫌な表情。眉まで掛かった前髪の下から覗くやぶにらみの瞳。体型はすらりとしているが、女性らしくふくよかなわけでもない。身に纏っている制服はだぼだぼでオシャレっ気など全くない。ようするに、全てに於いて中途半端で可愛らしくない女性、それが五味浄美だ。おまけに彼女は背が高い。百七十五センチはある。守ってあげたいタイプというより、守って貰いたいタイプだ。そんな五味はすくっと立ち上がると、その長身に物を言わせて、見下すように園城を睨み付けてくる。

「『メイド』だの『萌え』だのくだらん。なぜ、こんなくだらんものの為に私の『パチスロゲーム屋』や『人間競馬』や『釣り堀炉端焼き屋』案が却下されたのか、説明して欲しい」

「だから多数決で決まったからだろ……って言いたいところだけど、一応相手してやる。その内の一つ『パチスロゲーム屋』だけど、その場合そもそもパチスロ台はどうすんだよ」

「今はゲームソフトでパチスロソフトも存在する。視聴覚室からパソコンを何台か借りてそれを利用すれば良い。そしてその得点に応じて景品を用意するのだ。リアリティを出すのなら、景品交換所は少し離れた別のクラスにするのだ。だがパチスロソフトの難易度は超上級にしておく。これで利益率もばっちりだ」

 そう言ってにやりと口元を歪ませる五味。だが、それは笑顔とは言い難く、不気味に睨み付けられたようにしか見えない。うんざりしながら園城は答える。

「あー、そのギャンブル性が却下の理由だと思うぞ。つーか、お前の趣味丸出しの企画じゃねえか、それ」

 そして園城は、小さくため息を吐いた。

 そうなのだ。五味の趣味は競馬予想とパチスロゲームと釣りなのである。そして愛飲するのはブラックの缶コーヒー。または栄養ドリンク。変わっている趣味と言えば、聞こえはいいが、ようするにオヤジくさいのだ。若々しくないのだ。溌剌としていないのだ。そんな五味を見ながら園城は大げさに肩を竦めて見せた。

「まあ、『萌え』との対極にいるお前には分からんだろうな。メイドカフェの崇高さ、がな」

 園城のその言いぐさに、むっとする五味。そしてその様子を見て「まーた、始まった」と小声で揶揄するクラスメイトたち。

「二年H組名物のこれ見ないと、学校来たって気がしないんだよな、最近」

「なんか水戸黄門の印籠みたいだよね」

「それとかタイムボカンシリーズの自爆スイッチとか」

「お前ら何歳だよ」

 少し苛ついた表情を見せた五味が園城に対して言い返す。

「ふん、メイドだと? 男に従属してなんでも言うことを聞く、という設定が男の支配欲を満足させるだけの存在だろうが」

「ちょっと待て、五味! それは聞き捨てならねぇっ!」

 園城はつかつかと教壇から降り、五味の目の前に仁王立ちになった。見下ろしたいところだが、残念ながら背の高さは五味の方が五センチ高い。

「メイドカフェのメイドさんはな、そんな単純なもんじゃねえんだよ! 丁寧な接客。親切な応対。そして可愛らしいメイド服。心が傷ついた現代人を別世界に連れて行ってくれる案内人なんだよ! それを『男の支配欲』とか低俗な言葉で現して欲しくないもんだな」

「結局、メイドが下手に出てくれているから癒されるんだろ? それは上に立つ者の驕りだ」

「ちっちっち。それは、ちょっと違うぜ五味。ツンデレメイドっていうのもあるんだぜ」

「世迷い言だな。演じられた接客をされて何が嬉しい。そこには心がこもっていないのだぞ」

「ああ、あー言えば、こー言う! それでも俺は嬉しいんだよ!」

「ならば、Mのお前限定だ。それを広く普遍的なもののように言うのはよせ」

「うっせえな! メイドカフェは女子にも人気あるのを知らねえのかっ! このゴミタメ!」

「ゴ、ゴミタ……。言ってはならんことを言ったなあ! 名前や身体の特徴で人をバカにするのはいけないと小学校で教えられなかったかあっ! このメイドヲタがっ!」

「メ、メイドヲ……。てめえこそ、競馬雑誌ばかり読みやがって、オヤジ臭ぇんだよ! 加齢臭が漂ってくんだよっ!」

「はい、そこまでっ!」

 二人がとっくみあいになりそうなところで、割って入ったのは、他の誰でもない、委員長だ。

「貴重な学級会議の時間を潰さないでちょうだい。続きは休み時間にいくらでもやってくれて良いから」

 そう言って引き離された園城と五味は、憎々しげに互いを睨み付けながらも、大人しく自分の席に帰って行く。と言っても五味の席は窓側から二番目の最後部。つまり園城と五味は隣の席同士なのだ。二人は互いにあらぬ方向を向いて、見えない壁を形成していた。

「しかし、さすがは委員長。慣れたもんだよな」

「猛獣遣いの異名を取るだけはある。職人芸だぜ」

「まあ、あいつらも怒りが持続しないんだけどな、いつものことだけど」

 クラスメイトたちは口々に呟く。園城は憤慨しつつも自分の席に座ると次第に落ち着いてくる自分に気がついていた。それはいつものこと。いつも何かにつけ突っかかってくる五味を相手にすると、一瞬かっとくるが、それはすぐに治まってしまう。つまり後腐れのある怒りではないのだ。

 それにしても――と、五味の方を見ながら、ふと思った。

 今日は、やたら突っかかってきた。何かメイドに対して嫌な思い出でもあるのだろうかと勘ぐる。実は父親がメイド服が好きで毎日、家でファッションショーを行っているとか、はたまたメイド姿の暗殺者に襲われ掛けたことがあるとか。

 ……下らない想像をするのは止めよう。園城は頭を小さく振り、椅子にぞんざいに寄りかかり、そして再び眠りの世界に入って行った。

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