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元勇者のご主人様  作者: 山科碧葵
第一章
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第七話 目指すべき道筋

 広大かつ平坦な地面に、高く頑丈な壁。

 ドーム状の野球場のように、見物用の客席やライトまでが設置されている。

 いわゆるモ○ハンとかの闘技場を想像していたのだが。


 初めて見る景色に思わず見とれていると、キャッチャーマスクのような兜をフェリアに手渡された。

 お互いに全力以上の力でぶつかり合うので、見物するだけでもかなりの危険が伴うらしい。

 多少恥ずかしかったが、背に腹は代えられない。


「では、戦闘服にお着替えしてきます」


 引きずりそうなほどに長いスカートをはためかせ、フェリアは更衣室へと姿を消した。

 だよな。流石にあの格好で戦いはしないか。

 でもどうせ、着替えても形状が違うだけのメイド服なんだろうな。

 俺は兜を固定させ、傍に設置されていたハシゴを登って一番見通しの良い席へと向かった。



 ---



 雷魔術を使用し、携帯の充電をしていると、執事服に身を包んだザフィラスさんが闘技場へと現れ、軽いストレッチを始めた。

 黒光りする靴に、高級そうな服装だが、あれで戦うのだろうか。

 もしかして、いわゆる『俺はまだ本気を出していないぜ』的なハンデとかなのだろうか。

 それともあれが勝負服なのだろうか。


 ザフィラスさんが行う準備運動を暫くの間見物していると、続いてフェリアがその場に現れたのだが――。


「あれ、フェリア?」


 闇色に煌く長い髪をポニーテールに纏め、陸上選手が身につけるような薄手の運動着を身につけている。

 色彩もモノクロなエプロンドレスでは無く、派手で蠱惑的な深紅の衣装。

 普段はスカートとソックスに隠された健康的な太ももが露出しており、俺は戦いより、フェリアの格好に視線を奪われてしまいそうだった。

 別段劣情を催すような格好では無いのだろうが、いわゆる普段とのギャップのために、俺の鼓動は情けないほどに早まっていた。


「それでは、始めますよ」

「よろしくお願いします」


 二人向かい合い、頭を下げ合ってから、元の位置へと戻る。

 暫しの静寂の後、戦いが始まった。



 ---



 兜越しだったために、あまり細かなところを見ることは出来なかったが。

 天地を揺るがすような揺動や、瞳を焼き尽くすような爆炎など。

 はっきり言って、凄まじい戦闘だった。


 残念ながらフェリアは負けてしまったが、途中から俺も勝敗より、多彩な魔法や軽やかな身のこなしを食い入るように見物し、最後には感動のために涙が出かかっていた。

 これはもう、殺し合いと言うより、一種の芸術だな。


「お疲れ様、フェリア」

「ご主人様、どうでしたか?」


 褒めて欲しそうな顔で見えない尻尾をバサバサと振っていたので、眼前に広がる闇色の髪を優しく撫でる。

 頬を包み込みながら、幸せそうに頬を染めるフェリアに見とれていると。

 汗一つかかず、息も乱していないザフィラスさんが歩み寄り、フェリアに手をさし伸ばした。


「久しぶりだが、全く衰えていないな。流石フェリアだ」

「お師匠様ー」


 子犬が甘えるような愛くるしい声音を発し、フェリアはザフィラスさんの背中に腕を回して抱きしめる。

 華奢で繊細な体躯をしているが、女性的な起状も柔らかさもあるので、きっとザフィラスさんの全面は、今最高に心地良い状態になっているんだろう。

 羨ましい、実に羨ましい。


 ――しかし。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 ただちょっとじんわりと汗が滲んだフェリアが、稽古をつけてくれたお師匠様と健闘を分かち合っているだけじゃないか。

 逆上したり、嫉妬に狂った様子は何よりも見苦しいものなのだ。

 こういう時には、素数を数えるといいと聞いたが。

 俺は素数とやらが何なのかよく知らない、仕方ないから普通に数でも数えていよう。

 数学はからきしダメだったからな。



 ---



「それでは、わたしは午後のお仕事とお勉強が残っていますので」


 そう言って深々と腰を折ると、フェリアは足早に立ち去っていった。

 さて、今度はこの執事さんと二人きりか、とくに話すことも無いし、俺もそろそろ家に帰ろうかな。

 ――と、恭しく佇むザフィラスさんに向き直り、礼儀正しく深々と腰を下げた。


「今日は色々とありがとうございました」

「いえいえ、何のお持て成しもできずに申し訳ありません。あの娘はきっと、私に自慢したかったのでしょう。あなたのような素晴らしいご主人様に雇ってもらえているんですよ、と」


 紳士的かつ凄く格好いい言葉だが、多分実際は逆だろう。

 フェリアは自身のお師匠様を、俺に見せたかったのだろう。

 先程の戦闘を見ても思ったが、確かにこの方は凄い。

 強い弱いという言葉以前に、まず戦い方が美しかった。

 剣舞を踊るように軽やかな動きでレイピアを振り抜き、空間を彩るような煌びやかな魔法。

 一種のパフォーマンスであり芸術的だ。

 元の世界で行っていた、ただただ邪魔する魔物を惨殺する“暴力”では無く、人に“魅せるため”の芸術だ。

 美的感覚を養われていないので、深く突っ込んだ詳しいことは分からないが。

 美術館に行ったことも無いという、非文化的人間の俺が感動したのだから、とりあえず素晴らしいことには間違いない。


「それより――失礼ながら、一つお訊きしてもよろしいでしょうか?」

「はい、何でしょう」


 フェリアに関することだろうか。

 毎日頑張ってるか、とか仲良くやってるか。とかだと、昨晩初めて会った俺としては、正確な答えを出すことは不可能だ。

 でもまぁ、そういうのは直接本人に聞くだろうけどな。


「キンジ様についてのことなのですが」

「俺――私ですか?」


 思わず首を傾げる。

 出会ってまだ半日も経っていないというのに、何か気になることでもあったのだろうか。

 まさか、フェリアとどこまでいったかとか、そういうことを――。

 いえ、大丈夫ですよ。

 お風呂で男の子の大切な箇所は丁寧に洗ってもらいましたが、それ以上のことは断じて。

 いや、寝る前に寝具姿のフェリアを抱きしめたな。あれは良いものだった。

 毎晩の日課にしよう。


「キンジ様は、フェリアに関して、何らかの感情を抱いているように思われまして」

「は、はい?」


 何らかの感情って、言葉は濁してるけど。あれだろ、フェリアに恋心を寄せているか、って話だよな。

 何で、何でバレたの。

 俺ってそんなに分かり易いか、もしくは――。


「執事さんの観察眼には、驚きましたね」

「職業柄。……人々の微妙な心の動きを理解することは、執事として当然の執務ですので」


 想い人を当てられ、沸騰しそうなほど熱い俺とは裏腹に、ザフィラスさんは飄々とした涼やかな面持ちで穏やかに佇んでいる。

 愛弟子に不埒な真似をするな、と釘でも刺そうと言うのだろうか。

 もしくは、考えたくも無いが、もう俺のものだから近寄っても無駄だ、とか戦力外通告されるのだろうか。

 悪い予感が脳内を駆け抜け、思わず俺は顔を強ばらせる。


「キンジ様、そんな怯えないで大丈夫でございます。私はただ、キンジ様の応援をしよう、と思っているだけでして」

「……応援?」


 ザフィラスさんは恭しく身を構え、軽く一礼。


「はい。フェリアにも、やはり恋焦がれる男性との淡い青春を楽しむ時間を与えたいのです。幼少時から、私の下で勉強に明け暮れ、学校に入ってからも、メイド専門の学園なために殿方との出会いは皆無。私めが口を出すことでは無いと、今までグッと堪えて参りましたが、キンジ様でしたら、フェリアを幸せにしてくれるかと、」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 ――って言うことは、あれか、メイドと主の恋愛ってこの世界では全くもって問題無いのか。

 禁断の恋だ、とか言われても、俺はフェリア攻略に全精力をつぎ込むつもりだったが、許可が下りたとなれば心苦しさは無い。

 嫌われてはいないようだし、後は献身的な感情を、愛念の篭った心情へと変えてしまえばフェリアは俺のもの。

 無理やりでなければ、誰も不幸にはならない。

 やったぜ!


「フェリアを、戴いてもよろしいのですか?」


 恐る恐る尋ねる。

 一応この方は、フェリアが敬愛するお師匠様だからな。

 この方の前で変なところを見せてしまっては、せっかくのチャンスを棒に振ることになるかもしれない。

 まぁ。昔から、学校でも家でも教師や両親に叱られることは皆無だったし、通信簿には毎度のように『大人しくて良い子です』と書かれていたから、普通にしていればさほど問題は無いのだろうが。


 心配そうな視線を送っていると、ザフィラスさんは実に落ち着いた様子で呟く。


「それはフェリア自身が決めることでしょう。私が勝手に決めることではありません」


 正論で跳ね返された。

 だろうな。突然ここだけの口約束で関係を決めるとか、お見合いじゃ無いんだから。


 ただし――。と、ザフィラスさんは言葉を紡ぐ。


「これだけは申しましょう。フェリアは、自分より弱い男性を嫌うことは無いですが、怖いことから逃げ出す男性は、あまり好みでは無いようです。自分のできる限りの能力で、自身を守ってもらえた、というのが何よりも嬉しいと言っていました」


 ふむ、なるほどなるほど、なるほど――。ってちょっと待て。

 初対面から地雷踏み抜いてるじゃないか。

 魔獣に囲まれて、もう無理って投げ出して。

 生きることを諦めて、瞑目して座り込んでいるところで、フェリア参上。

 出会い方最悪じゃねーか。


「くっ……俺は大切な第一印象を棒に振った。くはっ……」


 地面に両手を着いて座り込み、バ○ケがしたいですのポーズ。

 しかし、諦めたり逃げることが嫌いと言うことは、好かれるためにはその逆を行えば良いわけだよな。

 前向きに進み、それでいてフェリアのために頑張る。

 おお、方向性が決まっただけで、何だか俺にもできるような気がしてきた。


 真っ暗闇で路頭に迷っているときに差し出された、一筋の光のようだ。

 俺に必要なものは、武力とカネだ。

 そうなれば、俺が行うことは二つ。

 いざとなった時、身を挺してでもフェリアを守れるだけの魔法と剣術。

 後は、もしこのままフェリアを雇うことに話を進めるのであれば、資金が必要だな。

 メイドさん一人雇うのに、いったい幾ら位必要なんだろうか。


 それと、フェリアの実地教育期間とはどの程度の期間なのか。

 一ヶ月とかそこらで女の子を落とせるような人間だったら、俺はこんなところでうんうん唸ってなどいない。

 ひとつ屋根の下で毎日顔を合わせるのだから、普通にクラスの女子の気を引くよりかは時間の余裕はある。

 だがフェリアは多忙だからな。

 デートに誘いたくても、勉強と家事とで休む暇が無いだろうし。

 フェリアは外で遊ぶより、日当たりの良い場所で微睡む方が好きそうだし。


 ――ダメだ。俺の悪い癖だな。すぐに悪い思考へと手を伸ばす。

 悪い方向へ考えても、負のスパイラルに食い尽くされてしまうだけだ。

 ここはまず、今俺がやるべきことから始めよう。

 家に帰る、それはもういい。

 どうしても帰りたいなら、その時はフェリアを連れて帰る。


 まず俺がやるべきこと。

 決まってるじゃないか、何のためにザフィラスさんは俺を呼び止めたのか。

 話をするため? いいや、違う。

 俺は姿勢を正して、穏やかに佇むザフィラスさんに向かって深々と腰を折る。


「私に剣術と魔法を教えてください!」


 誠意を持ってお願いする。

 フェリアのお師匠様と言うことは、武術的なものを人に教示することにも慣れているだろう。


 ザフィラスはその様子を暫しの間見据えていたが、静かに瞑目すると、力強く頷き、肯定の辞を示した。



 ---



 フェリアの家へと帰宅すると同時に、俺は玄関に倒れ込んだ。

 思っていたよりも辛い。


 剣術を教わると言っても、前の世界では普通に戦えていたので、この世界の剣術に適応できるよう、多少調整するだけだと思っていたのだが。

 握り方から細かく教示された。

 俺は両手で剣を握り締め、手が空いた時などに、おまけ程度に魔術を使用していたのだが。

 それでは全く戦闘では使い物にならないと言われた。


 確かに討伐道中でも俺が相手にしていたのは、渓流に生息するガー○ァ以上に安全な魔物であり、後は弱った魔物に遠くから魔弾と一緒に斬撃を撃ち込む程度。

 時折土魔術で造った岩玉をボコボコ投石し、パーティに貢献したことはあったが。

 それはほとんど魔術による成果であり、剣術は全くもって役に立っていない。

 ザフィラスさんにも、剣術は一旦捨てて魔法を鍛えたらどうか、とも提案されたが。

 魔術でフェリアを守ることはできないだろう。

 ザフィラスさんが言うには、中途半端だろうと全属性を使いこなせる魔術師は少ないため、その才能は磨けば光る、と太鼓判を押されたが。

 俺が行うのは、フェリアが苦手な部分をカバーしてあげることだ。

 実際にいるかどうか知らないが、例えば魔法が効かない魔物とかに襲われたとき、華麗に剣術を使用してフェリアを救えば――ヤバい、想像だけで顔がニヤけてしまった。


 とりあえず、だ。

 魔術ももちろん鍛えようとは思う。

 だが、中心に教わるのは剣術だ。

 

 ついでに、一日空くと三日分は衰える、とも言われた。

 本当に、スポーツってか運動部の基礎練習みたいだな。


「ご主人様、大丈夫ですか?」


 疲弊が蓄積され、玄関の絨毯と化した俺が視線を上方へと向けると、心配そうにしゃがみ込むフェリアの姿が目に入った。

 先ほどとは違う、室内用のエプロンドレス。

 スカート丈も膝辺りでひらついており、胸元にも若干肌色が見える。

 露出過多――というか、大して肌色も見えていないのだが、疲れているためか妙にフェリアを求めたくて仕方が無い。

 だけど、初めてはお互いの気持ちを確かめ合ってからが良いし――。あー。


「とりあえず、もうすぐお夕飯ができますので、できるだけ早くお休みになられた方が」

「うん、そうする。今日はその、お風呂には来なくて大丈夫だから、えっと」

「添い寝ですか? はい、ご主人様がそのようにわたしをお求めになってくださるのは、凄く光栄です」


 羞恥のために喉に突っかかった三文字を軽く承諾し、フェリアは鼻歌を歌いなが

らリビングのような部屋へと戻っていった。



 ---



 夕食後、風呂から上がって部屋に戻り布団を捲ると。

 生地の薄いエプロンドレスに身を包んだフェリアが、甘えた様子で熱っぽい視線を送ってきた。

 その素晴らしく魅力的なシチュエーションに、思わず総身を戦慄させると。

 溜め込んでいた俺は堪らず布団へと潜り込み、フェリアの繊細かつ肉付きの良い手によって、たっぷりとご奉仕してもらった。

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