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元勇者のご主人様  作者: 山科碧葵
第三章
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第十二話 島国

 胃を締め付けられるような錯覚を覚え、光の届かぬ深海をゆったりと浮遊していた俺の意識は、唐突に炎天下へと引きずり出された。

 ふんわりとした感覚の首根っこを掴まれ、夢心地な状況から一気に現実へと引き戻される。


 ぐらぐらと胃の中身を揺らされる感覚を得て、ようやく俺は今自身が置かれている状態を認識した。


「ああ、船の中だったっけ」


 まだ半分寝ぼけているのか、外界の景色が妙に眩しく感じる。

 刹那、外側から胃を押しつぶされたような空腹感を覚え、思わず口端から妙な呻き声が漏れる。

 忘れてた。寝る前に全部出してから、何も食ってないんだっけ。


「――あ、う。頭がズキズキする」

「大丈夫か、キンジ」


 聞きなれた声音が中耳腔を刺激し、前頭葉を舐めるかのように温かな手が宛がわれた。

 女性的な柔らかさをもつその手は、他者を労わるように優しく前頭部をそっと刺激する。

 しかしその手はフェリアのもつそれとは異なり、筋肉質で若干堅いものとなっていた。


「――ありがとう、リリウス」

「今少しだけ間があったぞ、私の膝枕よりフェリアの方がやはり嬉しいのか?」


 いじわるくそう発すと、リリウスは嗜虐的に目を細めた。


「フェリアは?」

「足が痺れたと言って、私と交代した。疲れていたのだろう、今そこで寝ている」


 フェリアの寝顔を拝みたい衝動に駆られたが、あいにく俺の位置からフェリアを視認することはできない。

 まあ、フェリアの寝ている姿くらい、いつだって見れるからいいけどさ。


「……フェリアったら、そんな脚を開いたら見えてしまうぞ。ああ、涎まで垂らしてだらしがない」


 リリウスの挑発的な言葉が耳朶を打ち、思わず体躯がピクンと跳ねる。

 フェリアの無防備な寝姿だと?

 俺と寝ているときは、そんな格好絶対にしない。

 脚はキチンと閉じて、ピクリとも動かず静かに眠る。

 まるでお人形さんのように眠るため、寝つきの悪い時など、時々抱き枕のようにして眠ることもあるくらいだ。


 そのフェリアが、そんな破廉恥な姿で寝ているだと。

 確かにありえない話ではない。掛布団は無いし、背中を支えるのは固く冷たい木箱たちだ。

 寝心地が悪ければ、普段清楚な様子を見せる人でも寝相が悪くなる可能性は十分ある。


 見てみたい。


 唐突にそんな感情に襲われた。

 腹は空っぽで頭痛はするし酷く気怠い。

 だが、大好きな女の子がだらしなく寝ているなどという状況を知って、不動の鋼の精神を貫き通すなど、健全な青少年にできるはずがない。

 喩え変な感情を持たぬとしても、そういうものを見たいお年頃なのだ。


 指先に力を込め、重たい身体を擡げようと奮闘する。

 ようやく顔が持ち上がったというところで、不意にリリウスの手によって筋肉質な膝へと無慈悲にも押し付けられた。


 眼前に広がるは、口元を嗜虐的に歪めたリリウスの顔。

 カブト虫を背後から捕らえることに成功した少年のように頬を歪め、リリウスは俺の頭をしっかりと膝で挟み込んだ。


「おっと、何も食べていないのだから動いてはいかんぞ」


 両側から太ももに挟まれ、顔の位置を無理やりに固定される。

 確かに何も喰っていない状態で起き上がると強烈な目眩に襲われるし、船酔い悪化の原因にもなるから、リリウスの言うことは正しいのだが。

 これでは文字通り生殺しである。

 フェリアの姿を見れば、もしかしたらこの不調も治るかもしれないしさ、ね?


「んー……」


 鍛え上げられたリリウスの太ももを引き離そうと奮闘している間に、闇色のお姫様がお目覚めのようだ。

 視界には映らないが、聴き心地のよい声音が奏でられ、胸の奥に熱いものが湧きあがる。


 とっとっと、と危うい足音が聞こえた後、俺の顔に影が作られた。

 そっと俺の顔を覗き込むメイドさんの表情は、眠たそうなジト眼にそして――、


「フェリア、口元、口元」


 フェリアの口端には薄く雫の跡が残っており、


「…………」


 シワのよったエプロンドレスはいかがわしい感じに着崩され、胸元から薄紫色をした布地がひょっこりと顔を覗かせていた。

 対面すると分かるが、リリウスのような露出過度な衣服より、普段は内に隠匿されたモノがうっすらと顔を覗かせる方が、案外色っぽかったりする。


 しかもリリウスに膝枕されているため、フェリアが上、俺が下だ。

 見上げるような角度とは、女の子が一番魅力的に見えたりするわけで。


「んん、キンジくん顔赤いよ?」


 だらしがないほど顔を緩めた俺は、両手で顔を覆いながら暫くの間悶え続けた。



 ---



 二日目の朝。

 船の中でものを食す気になれなかった俺は、痩せこけた老婆のようになって木箱の上でボーっと天井を見つめていた。

 死体から髪を集めるような真似はしないが、とくにすべきことも無いため、俺は傍に落ちているフェリアの髪とリリウスの髪を見比べて時間が経つのを待っていた。


 フェリアの髪は、繊細でいい香りがする。

 最初の頃は黙認してくれていたのだが、何度も鼻先に持っていく内に膝枕をするフェリアの顔が赤くなっていき、途中からやめさせられた。

 ついでに俺が持っていた髪は一本残らず燃やされてしまったので、今右手は手持ち無沙汰だ。


 じゃ左手は――と聞かれる前に答えるが、何のことは無い。左手にはリリウスの髪が数本だけ握られている。

 鮮やかな銀髪で、時折黄金色に煌めくものも混じっている。

 俺の名誉のために一応言っておくと、リリウスの髪の匂いは嗅いでいない。

 暇を持て余した流石の俺でも、そんなことはしない。

 俺がするのはフェリアのだけだ。



 などと名誉もへったくれもない言葉を脳内に羅列していると、不意にゴトンという鈍い音がして船の揺れが止まった。

 予定では、まだ着くには早いはずだが。


「どうしたんでしょうか」

「着いたにしては、ちと予定より早いな」


 暗礁に乗り上げたか、氷山にでも激突したかと不安の渦に巻き込まれていると、荷物室の扉がノックされ、船長のルージェが姿を現した。

 とくに困惑したり動揺するような素振りは無く、平然とした様子で荷物室全域を見渡すと。


「船員たちの休憩もかねて、途中の島国に寄ることになりました。今晩はここで一夜を明かす予定ですので、早朝に戻っていただければ島の宿泊施設をご利用いただいても構いませんが――」


 さりげなく、リリウスが腰かける木箱の一つに視線が泳ぐ。

 どうやら遠まわしに「ここから一晩出ていてくれ」と言っているようだ。


 ちょうどいい。揺れが止まったといっても、海面に浮かんでいる船が全く揺れないなんてことはありえない。

 波が荒れたり風が出れば、ここは揺れるだろう。


 そんな場所で一晩過ごすなど言語道断、絶対に嫌だね。

 このルージェとかいう船長も俺たちには出て行ってもらいたいみたいだし、ここは利害が一致する。

 他二人さえよければ、俺はその提案に賛成だ。


「そうですね。ご主人様もお疲れのようですし、外に出てみましょうか」

「分かった。んじゃ、早朝――出発と同じ時間で良いよな?」


 二人も同意見らしい。

 ルージェもあからさまにホッとした表情を見せているが――こんな分かり易い人間が、密売とかそういうことをしてるのか。



 ルージェ含む船員たちに見送られ、俺たちは船から降り、緑豊かな島国へと足を着けた。



 ---



 船を下りた地点で足の力が抜けた俺は、リリウスにおぶられながら雑踏の中を歩んでいた。


 リリウスは意外と背が高いため、普段より多くの情報が視界を通して伝達されてくる。

 誰かにおぶられるというのも少し恥ずかしいけどいいものだな――などと思えば、時折子供に指をさされ、隣を歩く母親がそれを嗜める。

 その度に何とも言葉にし難い羞恥心に苛まれ、いたたまれない気持ちになってしまう。

 種族はどうあれ、やはり女の子におぶられた男の子とは目立つものなのだろうか。


「……キンジ。欲求不満なのは分かるが、そうやって股座を押し付けるな。一応私だって女の子なんだぞ」

「リリウスは自分から腰を押し付けてるように見えるけど?」


 俺が誤解を申し立てるより先に、隣を歩くフェリアがぴしゃりと言い返す。

 フェリアは今機嫌が悪い。

 最初は俺をおぶる役目はフェリアがやると申し出たのだが――。


『ご主人様のお世話は、メイドであるわたしがするんです!』

『喩え歩けない状態でも、殿方とは好きな女子には情けない姿を見せたくないものなのだ』

『でも!』

『私が背負う。私の体格なら、華奢なキンジ一人背負っていても何の不思議も無い』


 ――そんな会話の末に、このような結果となったのである。


 まあ本心を言わせてもらうと、リリウスの背中も中々素晴らしい場所だ。

 素肌が汗を弾き、色香たっぷりな匂いが鼻先に漂う。

 強すぎず、それでいて頼りがいのある手が俺の足を抱え、歩く速度を緩めることなく悠々と前へ進んでいく。


 それにこの位置からだと、フェリアのつむじが見えるのだ。

 ちょこんと乗っかったホワイトブリムと、そこから流れる闇色に煙る髪。

 少し不機嫌そうに頬を膨らませる表情と相まって、素晴らしく良い景色だ。


 残念ながら胸元はキチッと閉められているので、色っぽい谷間が視界に入ることは無いのだが。


「さて、丸一日食事をとられていないご主人様でも食べられるような、消化の良いものを探さなければなりませんね」

「冒険中に見た動物の一種は、親が噛み砕いた食物を子に与えていたな」

「ご主人様。その点を踏まえたところで、何が食べたいですか?」


 フェリアにそう問いかけられ、俺は辺りを見渡してみる。

 文字を読むことはできないが、一応看板に描かれた絵やイラストを見れば大体何の店なのかは分かるのだが。


 ――揃いも揃って、脂っこいものばっかりだな。


 やはり外食と言えば脂っこいものが人気なのか、道端に連なる店のほとんどは脂ののった肉や魚などを専門に扱っているようだ。

 時折違う店もあるが、それは大抵喫茶店だったり、甘いものを扱うところらしい。


 イラストはよく分からないが、前を通ると空腹の胃を直接引っ掻かれたような嫌な感覚が喉を駆け抜ける。

 極度の空腹時に嗅ぐ甘い匂いとは、嫌悪の対象にしかなりえないのだ。

 ――つまり、


「今何も食べたくない」


 腹の虫は恥ずかしげも無く泣き喚くのだが、食物に関する欲求とはこんな調子だ。


 リリウスは若干ずり落ちた俺を背負いなおすと、吐息をこぼして首を傾けた。


「ううむ、それは困ったな。私たちも何か食べなければならないのだが、その間キンジを一人にしておくわけにもいけないし……」

「ご主人様のことはわたしが見てるから、リリウスはそこで食べてきて良いよ」

「フェリアは――」

「わたしはまだ、そんなにお腹空いてないから」


 リリウスは立ち止まり、フェリアの目をじっと見据える。

 だがそれ以上言葉を発することなく溜息をつくように瞑目すると、躊躇なく俺を地面へ下ろした。


「分かった、なるべく早く戻る」

「いってらっしゃい。さあ、ご主人様? ここからはわたしがおんぶしてあげますよ」


 そう言ってフェリアは俺の身体を抱えると、いともたやすくその華奢な背中に飛び乗らせた。

 そのまま潰れてしまうのではないか、と若干危惧したものの、その恐れは杞憂であることを気づかされる。

 そういや初めて会ったときにも、抱えられたまま空とか飛んでたな。


 リリウスを見送り、フェリアは俺を背負いながら雑踏を避けるような足取りで路地裏へ向かった。

 途中、悪餓鬼っぽい風体の少年どもに指をさされて笑われた。

 つらたん。



 ---



 人けの無い路地裏へたどり着くと、俺をおぶったままのフェリアは、傍にある串焼き屋の前で足を止めた。

 食欲を掻き立てる甘タレの香りが漂い、自然と腹の虫が元気になる。

 だからといって、空腹に荒れた胃がそれを受け付けるかと聞かれれば、それはそれで不可能だ。


 頑固一徹といった風体をした串焼き屋の店主は、深く皺が刻み込まれた顔を頷かせ、フェリアの注文に首だけで対応している。

 意識が朦朧としているためよく聞き取れなかったが、「ここで食べていく」というような会話があったことは間違いないと思う。


 やがてオーダーが済んだのか、フェリアはお金を出してペコリと頭を下げると、傍に設置された申し訳程度の木製の椅子に俺を腰かけさせ、フェリアもその隣に腰を下ろした。


「食べられる分だけで大丈夫ですから、少しでも食べておかないと身体に毒ですよ」

「んん、ごめん。フェリアだって食べたいものがあっただろうに」

「いえ、わたしは」


 否定しようとするその頬を撫で、俺は闇色の髪に指を通す。

 空きっ腹が原因で自分の身体の動きがたどたどしいのが分かり、何とも歯がゆい気分に陥る。


 その口から紡がれる言葉の内容は、大方想像できる。「大丈夫ですから」とか「ご主人様のメイドですので」とかそう言って寂しそうな顔をするに違いない。

 数か月以上の期間一つ屋根の下で一緒に暮らしていたんだ。それくらい分かる。


 だがその言葉は聞きたくない。

 喩えフェリアが俺を気遣うためにそういう言葉を発すと分かっていても、それを耳にしてしまえば、フェリアがこの状況を我慢しているという事実をはっきりと受け止めなければならなくなる。


 ――だから、


「ありがとう、フェリア」


 俺はフェリアの肩を抱き寄せ、耳元でそう言葉を紡ぐ。

 あまりに鮮明な内容に思わず顔が熱くなるが、それでいい。

 こういうことは、はっきりと申した方が、伝わりが良いのだ。


「……ご主人様」


 腕の中でフェリアの体躯がピクンと跳ねる。

 力が抜け、しなだれかかるように体重を任せられた。

 羽のように軽いフェリアの体躯は、力の入らない俺でも難なく受け止めることができる。


 吐息の混ざる距離にて、潤んだ瞳からなる視線が交錯する。

 見つめ合う眸には愛する相手の顔のみが映される。

 妖艶かつ子供っぽい口元を舌が這い、より蠱惑的に湿らされた。

 その魅力的な桜色に視線を奪われ、二人の距離を無に帰そうとしたところで。


「へい、豆粥と串焼き。おまちどうさん」


 深い皺が刻まれた頑固親父が、ぶっきらぼうにそう告げて木製の盆を前に置いた。

 そのまま串焼き屋はこちらの状況に興味を示すこと無く、屋台のように外界と面した調理場へと戻って行った。


「…………」


 指も絡め合い、二人を繋ぐ吐息はもうどちらのものか分からない。

 あとちょっと互いに動けば触れてしまう距離まで近接し、フェリアの瞳に映るは上気した俺の顔だ。


 そんな状況だったが、流石の二人でも根は真面目。他者から水を差されれば、我に返る。


「……食べ、ましょうか」

「ああ、そうだな」


 微風とともにほどよい香辛料と甘タレの香りが鼻先に纏い、消失していた食欲が瞬く間に膨れ上がった。

 一瞬の間を置いてから、フェリアは串焼きの一つを口に運び、清楚に咀嚼する。


 ゆっくりと噛まれ、喉を通って胃へ送り込まれる状況に見とれてから、俺もまた自身のために用意された豆粥を口に運び、少しずつ口腔へと闖入させた。


「――んく、んく、」


 少しずつ。決して慌ててはいけない。

 食欲を消失させるほどに強烈な空腹を感じているときに、胃を刺激することは何よりも良くない。

 柔らかく潰された米粒の中に、時折すり潰された豆が混じり込む。

 補給しては、食休み。また口に運んでは、溜息をこぼす。


 フェリアが十本近い串焼きと自身の分の豆粥を飲み下し、満腹感溢れる表情で遠くを見つめている間に、俺はやっとこさ器に溜まった分の半分近くを胃へと送り込んだ。


 フェリアは切り株のような即席の椅子に尻を着き、脚をゆらゆらさせて暇そうにしていたが、その内両頬を手で包み込み、ほわーんとした表情を浮かべながら「うへへ」と笑みを浮かべ始めた。


 そうこうしている間に俺の食事もとうとう終端を迎え、空になった器を盆に戻す。

 摂取量はかなり少ないが、これで晩飯を食べるまでにとりあえず何かを消化することができる。

 胃酸で荒れきった胃壁が少しでも和らげば、あと一日程度の船旅だ。直に終わる。


「フェリア、すまないがまた俺をおぶ」

「んへへー。キンジくんと一緒のお風呂ー、一緒のお布団ー」


 伸ばしかけた手をそっと引き戻す。

 フェリアは恍惚とした様子で顔をとろけさせ、俺の名前とともに若干不純な言葉を漏らしている。


 まあ、もう少しこのままでもいいかな。


 俺はそっとフェリアの傍らに身体を寄せ、幸せそうに蒼穹を見つめる少女の横顔に見入ってみる。

 端正な顔立ち。本当に、本当にこんな可憐な少女が自身を好いてくれているのかと、俺は何とも言えぬ優越感に浸ってしまう。

 こうして見ているだけで、なんと幸福なことか。


 このまま暫しの間、フェリアの隣で彼女の横顔に魅了されるのも。

 異国にて昼下がりのひと時を楽しむ一つの出来事として、この身に刻み込んでおきたい――。


「すまないがね」


 そんな雰囲気をぶち壊すかのように、よく通る男性的な声音が俺の耳を引っ掻いた。


 見れば、太く筋肉質な腕を組み仁王立ちを見せつける頑固親父が、眼光鋭き三白眼でこちらを見下ろしていた。

 だが睨みつけている様子は無く、怖い顔だと言えば「これが普通の顔だ」と返されそうな空気である。


 少なくとも、怒っていたり嫌悪感を露わにしているようではなさそうだ。


「えっと」

「用事が済んだのなら、出来るだけ早く退散してもらいたいんだ。後片付けやら何やらで、こっちも忙しいんでな」


 立ち塞がる彼の背後に視線を送ると、幾人かの少年少女たちが小銭を握り締めながら屋台の前に列を組んでいた。


 不意に天を仰ぎ、てっぺんから降り注ぐ燦々とした輝きに思わず目を細める。

 ああ、ちょうど昼なのか。


 俺とフェリアがここにいては、二つの椅子と一つのテーブルを占領してしまう。

 さらに食器やお盆もだ。

 屋台という営業状態を見るに、そういった物資の調達は難しいと思われる。


 一応注文をして金を払った客なため遠まわしに表現しているが、ようするに俺たちに早く帰ってほしいということだ。


 実際今日の俺は豆粥一つ完食するにもかなりの時間を要したし、回転率を上げることこそが直接的な儲けに繋がる食事処では、俺のような客ははっきり言って邪魔だ。


 同じ時間場所を使うなら、来る客は多い方が儲かる。

 当たり前のことなのだが、そういう職種を体験したことないと、そういう裏の事情を忘れてしまうから困る。


 さっきまでは他に客はほとんどいないようだったが、今は違う。

 少ない資金を掻き集めて食べに来た幼気な子供たちが、新たな客としてこの場に来ているのだ。

 それを、器や場所が無いから待ってくれなどと言うなんて。


「分かりました。えっと、豆粥、美味しかった、です」


 お礼を言い慣れているはずの日本人だが、こういった場で言うのは結構照れるし苦手だ。


「そうかい、……ありがとよ」


 串焼き屋の店主は軽く頬を緩めると、俺らが使用していた食器や盆を重ねて屋台の方へと戻っていった。



「それではご主人様、参りましょうか」


 振り返ると、素晴らしく余所行きな表情をしたフェリアが、慎ましげに手櫛で髪を梳いていた。

 さきほどまでのトリップ少女の面影は消失し、今存在するのは真面目なメイドさんそのものだ。


「ご主人様、歩けますか?」

「ごめん、ちょっと辛いかも」


 確かに足元はふらつくが――実際はちょっとした甘えの感情もある。

 フェリアの背中は小さいけれど、温かくて心から安心する、そんな雰囲気がある。


 ちょうど鼻先に闇色の髪があるというのも高得点だ。何せ合法的に、移動中ずっと愛する女の子の髪の香りをたっぷり楽しむことができるのだから。


「……しょうがないですねぇ。もぉ、ご主人様ったらだらしがない」


 言葉の内容とは相対し、フェリアの放つ声音は嬉しそうな色が滲んでいた。

 そして逡巡も躊躇いも無く、差し出された背中にぴょこん! と。


「…………」


 その瞬間、屋台の前に連なる無垢な瞳が一斉にこちらを捉えた。

 笑う少年、ヒソヒソと隣の友人に囁く少女。指をさす少年と、それを嗜める少女の姿。


「ああ、あの、フェリア? やっぱり下ろしてもらっても」

「んふふ。ご主人様はわたしのものです」


 逆だ、逆と言いたくなったが、まあどっちでもいいかと開き直る。


 華奢な肩に腕をかけ、闇色に煙る髪に顔を埋める。

 繊細な指先が俺の太ももを絡め取り、くすぐったさのあまり思わず顔が綻んだ。


「ご主人様、次はどこに参りましょうか」

「ど、どこでもいい……」


 純粋無垢な視線にギロギロと晒されながら、俺はフェリアの背中にて串焼き屋を後にした。

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