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元勇者のご主人様  作者: 山科碧葵
第三章
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第一話 黄金色の魔女

 バグズ森林。


 現在この森林には、研究者やギルドナイト、ギルド登録冒険者などが多数闖入している。


 全体的に日光に晒されており、視界良好な明るい森である。

 故に初心者冒険者が初めてこなす依頼もこの場所であることも多く、この地域に生まれた冒険者からすると、全ての始まりのような場所だという。




 俺は走っていた。

 “勇気の加護”を与えられし愛剣を握り締め、辺りを警戒しながら風のように駆け抜ける。

 日差しが当たる明るい場所ではなく、薄暗い、バグズ森林の奥部である。

 鼓膜を捻じ曲げるような禍々しい鳴き声や、鼻の奥を引っ掻くような臭いが外気を汚す。

 深緑に包まれたケモノ道を駆けながら、奥へ奥へと突き進む。


「……いねえな」


 俺は胸元に仕舞った依頼受注書を取り出すと、炎魔術で作った灯で照らし、再度依頼内容を読み直す。


 ---


 依頼:バグズ森林にて行方不明の娘。


 家の娘が三日前から家に戻らない。

 近くの子供に聞いたところ、バグズ森林に入るところを見たとの情報があった。

 バグズ森林は危険だから一刻も早く救出してほしい。

 依頼は多く張り出しているため、最初に救出した方に報酬を払う。


 ※行き違いになるかもしれないので、手に負えなくなったら帰還してください。


 ---


 もう誰かが連れ帰ったのだろうか。

 それとも、こんな薄暗い奥部までは来ていないのだろうか。


 いや、見通しの良い場所であれば、子供だろうと簡単に森林を抜け出せるだろう。

 入り口付近はお散歩コースとしても有名だし、一般人の姿も多い。

 それに、数ヶ月前に突如現れた転移魔術の研究のため、普段以上にここへの出入りをする人は多いのだ。

 幼い少女が一人でさまよっていれば、誰かが救出するはず。

 だが、彼女は三日間も行方が分かっていない。

 すなわち、人気の少ない場所に迷い込み、何らかの理由で脱出できなくなってしまったのだろう。

 可哀想に、三日間一人ぼっちか。


 幸いバグズ森林は果樹や木の実などの資源が豊富なため、空腹で倒れると言うことはまず無い。

 日本と違って、この世界ではそういうサバイバル術のようなものは生まれてすぐに学習させるらしい。

 まあ、魔物やら何やらが出現する世界なのだから、当然と言えば当然なのだが。

 教えられているからといって、その通りの行動を落ち着いて行えるか、と訊けば否だ。


 学校で毎年のように避難訓練を行っても、いざと言う時はパニックになる。

 一人残らず全員が冷静に避難するなど不可能。

 絶対にありえない。

 大人ならまだしも、行方不明なのは幼い子供だ。

 考えたくないが、生存しているという確証も無い。

 もし本当にこんな深くまで侵入していたとすれば、生きている確率はかなり低いだろう。

 


 黄金虫の体躯のように鮮やかなブロンドの髪。

 エルフのように端正な顔立ち。

 薄い唇――と特徴欄に書かれているが、本当にそんな少女が一人で迷子になるだろうか。

 それだけ可憐な美少女であれば、取り巻きの男の子数人くらいならいそうなものだが。


 そのような事を考えながらも、俺は炎魔術で辺りを照らしながら奥へ奥へと足跡をつけて行く。

 くるぶしまでだった雑草も、今では膝の辺りまで伸びている。


 俺は立ち止まり、地面を眺めた。

 人間か魔物のものか分からないが、小さめの足跡が確かに残っている。

 間違いなく、ここ数日の間に何者かがこの場所を歩いているのだ。

 足跡の主は魔物の確率が高いだろう、だが、確認もせず諦めることは無い。

 出来る限り、全力を尽くして探すのだ。



 ---



 バグズ森林最奥部。


 足跡を追って森林を駆けていると、不意に何者かの気配を感じた。

 俺はその場で足を止め、耳を澄ませる。

 幸い他の魔物や動物はいないらしく、真夜中のように静かな空間がこの場を包み込んでいる。

 完全なる静寂。

 だが確かに、気配は感じた。


「――――ぁ」


 静まり返ったその空間にて、幼い少女のような声音が俺の鼓膜を震わせる。


 やはり、いる。

 蚊の鳴くようなか細い声だが、確かに誰かがいる。

 魔物では無いと信じたい。

 エルフや獣人の少女が出す声音は、人間のそれとも非常に類似しているため、俺のような素人には判別できない。


 だが、直感だが、俺はこの声を放ったのは人間だと思う。

 単なる希望かもしれない。

 実際はエルフなのに、心のどこかで認めたく無いだけかもしれない。


「――待ってろよ!」


 駆け出した。

 声がした方へ身を向けると、微かな希望に賭けて走り出す。

 地面の草花も種類が変わり、若干足元が滑りやすい。

 大地にへばりつくように育つツタ植物に足をとられながらも、俺は奥へ奥へと闖入する。


 ――――!


 眼前にて、プラチナブロンドの輝きが駆けた。

 刹那的な光景だったが、間違いない、あれは幼い少女の髪だろう。

 風になびくよう空間を踊りながら、繊細な光が黄金色のカーテンのように虚空を舞う。

 流し目を送るようにチラリと視線を向けると、無邪気に口元で弧を描き、その小さな体躯を滑らせるように走らせた。


「待て、待って。俺は別に怪しいものじゃないから!」


 ゴールドカラーの煌きを魅せる少女は、まるで追いかけっこでもしているかのように深緑の中へと姿を溶け込ませる。

 俺はそれを必死になって追いかける。


 ――直感だが、魔物ではなく人間だろう。


 だが、何故逃げるんだ。

 やっと見つけたってのに、あれか、子供から見ると俺ってそんな恐い顔してるのか?

 


 速い。

 プラチナブロンドの髪を烟らす少女は、深緑の空間を風のように駆け抜ける。

 三日も迷子になって、あれだけ走れるものなのか。

 日本では考えられないような事象だが――。


 異世界の幼女は化け物か?

 確かにどこかの闇色メイドさんは、俺を抱えたまま空中浮遊できるくらいの脚力や魔力を持っていたが。

 ――ったく、娘さんが超人的脚力をお持ちなら、依頼表の備考とやらにそう書いておいて欲しかったよ。


 あの華奢な体躯のどこにそんなエネルギーを備蓄しているのか、と疑問に陥りながらも、見失わないよう全速力で駆け抜けながら、俺は右手を前方げと突き出した。

 少々手荒になるが、このまま逃げられるよりはマシだろう。

 治癒魔術は使えないから、本人には当たらないように気をつけなければ。


 ――水、雷、いや土だな。

 地面をトランポリン状に変化させて、驚いている隙に同じく土魔術で足枷を作ろう。

 転んだりしても擦過傷とかで身体が傷つかないように、表面はゼリー状にして――と。


「――泥濘め」


 金髪幼女が右足を踏み出した刹那、プリンのようにプルプルとした大地が彼女の軸足を奪った。

 固まりかけのコンクリートに足を踏み入れたかのように、折れてしまいそうなほどに繊細な脚が膝小僧までズブリと沈む。


 右足が沈み、左足が宙を舞った直後、少女は体躯をグラリと傾けてうつ伏せにすっ転がった。

 顔面から飛び込んだが、地面は柔らかいので問題無いだろう。


 ――ベキョ。


「――へうっ」


 紫紺のローブが捲れ上がり、棒キレのような脚の間から黒っぽい布地が一瞬だけ顔を覗かせた。

 一瞬だったからよく分からなかったが、かなり刺激的なモノを身に着けているらしい。

 全く、誰に見せるんだかこのマセガキが。


 右足の自由を奪われた少女は涙を浮かべながら、睨みつけるような瞳を俺に向ける。

 口元はへの字に曲がり、頬が淡い桜色に染まっていた。

 転ばせたことか、もしくはローブの中身を見たことを怒っているらしい。

 文字通り、屈辱、といった表情を見せている。

 心配するな、俺はこんな小さい子の下着になんか興味無いから。


「くっ、殺せ」

「殺さねーよ」


 プラチナブロンドの髪を烟す少女は、いかにも侮辱されました、というような面持ちで俺を睨みつけている。

 しかもどこぞの女剣士のようなことを言いやがる。

 どこで覚えてくるんだかな。

 それとも、この世界の少女は襲われたらそう言え、とでも習うのだろうか。


「私を襲っても、何も面白いことはないわよ」


 必死に右足を引っ張り出そうとしながら、少女はそんなことを呟く。

 次第に涙声が混じり始め、嗚咽が漏れてくる。

 しゃくりあげるように涙をボロボロとこぼし、プニっとした口元にシワがよる。

 何だろう、俺はただ助けただけなのに、加害者扱いされてるんですけど。


 とりあえず、このまま睨み合っていても変わらないな。

 逃げても困るし、土魔術で手錠でも生成して連れ帰るか。

 金髪の少女が行方不明だという依頼の存在は皆知っているし、俺もその依頼書を今この状況にて所持している。

 仮に幼女趣味の変態だと思われかけても、いくらでも弁明はできる。

 さて、早くギルドに戻って報酬をいただこう。



 土魔術を使用して、金髪幼女の小枝のように繊細な手首に手錠をかける。

 四肢の自由が効かない幼気な少女。

 一瞬だけ背徳的な感情に苛まれたが、煩悩はすぐに消失させた。

 一時の感情に身を任せて理性を失えば、その瞬間明るい未来や人生設計はお陀仏だ。

 さて、帰ったら暴れ狂う魔物をフェリアに退治してもらおう。

 走ったせいか、微妙に危ない状態なのだ。


 手錠をかけて身動きのとれないフェリアを妄想しながら、俺は少女の姿をもう一度見据える。

 あどけない顔つきに、プニっとした素肌。

 エルフのように耳が尖っていることも無く、ゴブリンのように醜くも無い。

 間違いなく人間だな。


「……手錠まで、まさかあなた、本当に私を辱めるつもりなの?」

「違う。君の父さんから頼まれたんだよ、娘がいなくなったから探して来てくれって」


 直接会ったような言い草だが、相手は幼い童女だから細かい説明は別にいいだろう。

 むしろ、ギルドにあった依頼が――とか言って、首を傾げながら警戒される方が面倒だ。

 この子の前では、知り合いってことにしておこう。

 どうせこの依頼が完了すれば、もう会うことは無いんだろうしな。


「父……さん?」


 手錠をかけた少女は片足を泥濘に突っ込んだまま、ペタリと女の子座りをして首を傾げた。

 きょとん、とでも聞こえてきそうな表情で俺を見つめ、桜色の舌で口端をペロリと舐め取っている。


 その様子を暫しの間見つめ返していると、突如不安が胸中を遮った。

 おかしい、何なのかは分からないが、とりあえず様子がおかしい。

 三日も一人でいたにしては、妙に落ち着いている。

 しかも、年相応とは言い難い言葉遣いに反応。

 常人を超えた脚力。

 そして――親の話をしても、よく分からないといった様子で首を傾げるその行動。

 記憶喪失――違う。

 先ほどから感じていた妙な違和感。


「…………別人、か」


 刹那、少女の口端が裂けた。


 空間を漆黒の闇に飲み込まれたような錯覚に陥り、上下左右の感覚が消失する。

 時が止まったかのような感覚に五感を奪われ、思考が付いて来ない。

 濃紺色のローブに身を溶かした少女は、泥濘みに食らいつかれていた右足をいともたやすく地面から抜き取り、俺に向かって突進をかます。

 手首に生成した鋼の手錠も切断され、身動きのとれなかった幼い少女は、そのハンディを一瞬にして消滅させた。


「――お兄さんのこと、気に入っちゃった」


 小さな手が伸ばされ、金髪の少女が俺に肉薄する。

 口端からこぼれる吐息が混ざり合う距離まで近寄られ、ボーっとする頭を押さえながらも、俺は左手を突き出して臨戦体勢を調える。


 ――殺される。


 そんな直感が俺の胸中を渦巻く。

 脳内にて、耳を塞ぎたくなるほどの警鐘がガンガンと鳴り響き、心臓が痛いほどに早鐘を打つ。

 口腔内が渇き、喉笛から声にならない絶叫がこぼれる。

 金縛りにあったかのように身体が動かなくなり、少女の柔らかい手が俺の瞳を塞いだ。


「お兄さん、異世界の人だね?」


 その言葉が耳朶を打った刹那、全身から血液を抜かれるような感覚とともに、俺の意識が真っ暗な世界へと沈んでいった。

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